仮存街デビュー
俺は結局、街にある美容院に百代と共にいる。
出かけるときに窓から顔を出したボサボサ頭の百代を見て、三里さんが強制的に呼び出し、連れてきたからだ。
なぜ美容室にいるかというと、俺たちの話を聞いていた松尾が、街の美容室に話をつけてくれたからだ。
美容師の卵が店を自由に使っていいのか? と思うが、この街は異常なほど住民ファーストだ。
市販のものではなく、プロのカラーリング剤も使えるとなり、三里さんはさらに張り切ってしまっていて、もう俺たちは何も口出しできなくなってしまっている。
まずは時間がかかりそうな俺からだということで、
俺は鼻歌混じりでご機嫌な三里さんに、細かくブロックごとに髪を分けられ、何やら薬剤を塗られていく。
百代は美容院にあった漫画を手にしながらも、心配そうにこちらを見ている。
松尾はその隣でニコニコと楽しそうに見守っている。
「全然ケアしていないくせに、健康な髪をしているのね。これならブリーチしても綺麗に色が入りそう♪」
刷毛で何やら塗られ、頭皮も冷えていく。俺はどうなっていくのだろうか?
何やら作業が終わったのか、一旦放置されている間に、別の席に百代が座らせられ、櫛を入れられている。
「百代くんは、柔らかい髪なのね〜」
「あの、俺は派手に染めるとは……」
オズオズと百代は鏡越しに三里さんに声をかける。その言葉を聞いているのか聞いていないのか、イマイチ分からない。
「肌が白いから青が浮いてしまいそうね。少しグレーを混ぜて馴染むネイビーがいいか」
「青!?」
思わず声を上げる百代に、三里さんはニッカリとした笑みを返す。
「大丈夫! 貴方のキャラから、アニメのような不自然な感じにはしないから」
そんな時にカランと音がして、美容院にお客様が来たようだ。
「こんにちは〜! あらマーちゃん?」
入ってきたのは祖母だった。
俺は祖母にアパートのみんなを紹介し、状況を説明する。
「おばあさま! 任せてください! お孫さんを超イケてる感じに変身させますから!」
「まぁ、楽しみ!」
祖母と三里さんはキャピキャピと会話して、妙な意気投合をしている。
女性というのは、男性よりも世代を超えて無邪気な感じで仲良くなるような気がする。
祖母は美容師さんにカットとパーマをお願いしている。
「今日せっかく髪型を決めてから、孫に晴れ姿を見せに行こうと思っていたけど、ここで見つかってしまうとは」
美容師さんと楽しそうに話している祖母。
「笠緒さん、ごめんなさい〜」
「いえいえ、こういう孫の姿という貴重な体験をさせてもらって嬉しいわ」
「二人でこのあと素敵になって街を歩けますね〜」
女性だけが楽しそうに言葉を交わし、男性陣は黙り込んでしまっている。
三人が会話に花を咲かせている間に、俺は自分が白髪になっていることに驚く。
その上にまた何か塗られる。
どうなってしまうのか、ドキドキしてしまう。
百代はブリーチはされなかったようで、俺がカラーリングに入っている間に先にカットされている。
横目に見ていると、青に染めたと言っても、影になっている部分は黒いままで、光が当たっているところだけ青く見える感じだった。
ボサボサだった髪が整えられていく。
先に仕上がった百代を見て、俺は感心してしまう。
ボサボサでゆったりした服を着ているので分からなかったが、実は可愛い顔立ちをしていたようだ。
柔らかく空気感を持たせた感じでカットされた青い髪の百代は、色白で細いため、中性的で不思議な魅力を作り出していた。
「へぇ……すごい似合ってる! かっこいいよ」
「そ、そうかな?」
俺がそう言うと、照れたように下を向く。
「キャラから言うと、強い色を入れてしまうと合わないと思って。
いい感じにできたね」
満足げにそう言ってから、俺の方に視線を戻す。
「奥野くんも仕上げにかかるわよ!」
シャンプー台で溶剤を落としてもらい、鏡の前に戻り唖然とする。
髪がオレンジ色になっていたからだ。
「うん、正解。このくらい落ち着いたテラコッタなら、いかにも『染めました!』って感じがなくていいでしょ? 日に焼けた肌とも合っているわ」
そう言いながら、俺の髪にハサミを入れていっている
充分「染めた!」って感じにはなっている。なんだか自分ではないような不思議な感じだ。髪を染めるなんて生まれて初めてだから、戸惑いの方が強い。
先に終えた祖母が嬉しそうに後ろからこちらの様子を見守っている。
「まあ、紅葉みたいな可愛い色。素敵」
祖母バカの祖母の俺への評価は、あまり信頼できないが、髪の毛を整えて透かされていくうちに、洗練された雰囲気になってきた気がする。
「よし、できた♪」
満面の笑みを浮かべた後、鏡越しで目が合う。
「お客様、いかがでしょうか?」
少し戯けたようにそう聞いてくる。正面を見ると、オレンジというか柘榴のような色の俺と目が合う。
髪の長さは変わってないけど、無難な髪型が何となく伸びてきていた時とは変わり、イケてる男子という感じだ。自分で言うのも恥ずかしいが、結構カッコよくなったと思う。
「なんか自分ではない感じで、不思議な気持ち」
「可愛い♪ さすがマーちゃん♪ アイドルみたい!」
ぼんやり言葉を漏らす俺に、祖母がテンションを上げてはしゃいでいる。
「スッゲーカッコいいよ」
百代にも言われることで、ムズムズと嬉しさが込み上げてくる。
そんなに長さを変えたわけでもないのに、頭が軽く、心も軽く、浮かれた気持ちになっていく。
「オレンジ系は染めたて感が強くなりすぎるから、ブラウンを加えてこなれた感じにして、毛先に向けて明るめにグラデーションを入れてみました。
イメージとしては爽やかスポーツ系好青年に陽キャラ要素を加えてみた感じ」
そして三里さんは百代に視線を移す。
「百代くんは、引きこもり系キャラをミステリアス男子にシフトチェンジしてみました。室内では分かりづらいかもしれないけど、明るい所ではネイビーブルーに輝くの!」
百代もまんざらではないようで、静かに変身した自分を喜んでいるように、口の端が上がっていた。
二人で見事に大学デビューならぬ、仮存街デビューを果たしたようだ。
松尾と三里さん、百代に加え祖母と五人で遊歩道を歩き、古民家カフェへ入る。
「奥野くん、私に夢を思い出させてくれてありがとう! そして百代くんも付き合ってくれてありがとう!」
「いや、俺も初めて美容院に行くという夢を叶えてくれてありがとう。
俺、生まれつき身体が弱くて外を出歩けなかったから。
伸びてきたら家族に切ってもらう感じで。だから俺もちょっと嬉しかった」
モジモジとした様子で百代が答える。
「松尾さん、ありがとう。
こんな形で私の夢を叶えてくれて」
三里さんが松尾に頭を下げる。
「俺は何も。
あの美容院、混んでいることはないから大丈夫だろうなと。
それにしても二人のこんな大変身が見られて、俺も楽しかったから、楽しませてくれてありがとう。今度は俺もお願いしようかな」
松尾はのんびり答える。
三里さんは悩む顔をする。
「うーん、松尾くんはイメチェン難しそう。何というか……」
「酷いな〜俺も格好良くなりたいのに」
そう返したことで、みんなは笑い、場が和む。
その後、美容院を利用した三人をそれぞれ褒め合い、会話を弾ませる。
三里さんは気がつけば祖母と名前で呼び合うほど仲良くなっていた。
その後、みんなでスーパーに買い物をして、アパートのオープンキッチンで祖母お手製のご飯を楽しみ、祖母を二木荘に送り、星空を眺めながら帰った。
そんな楽しい気持ちは、次の日、アパートにある人物が訪れることで弾けて消えた。




