この街はまるでラビリンス
俺が住んでいた田舎の道はシンプルだった。
と言うより、畑や山ばかりで、道そのものが少なかったとも言える。
そういう俺にとって都会の道は、巨大なラビリンスだ。
俺が下宿している街は、川に沿って広がっていた田畑の跡に作られた住宅街らしい。
曲がりくねった道と、やたら多い行き止まり。
住み始めて、早くも戸惑っている。
小高い場所にある大学に行くにしても、俺は大きな道を使って通っている。
うっかり小道を使うと、とんでもなく離れた場所に連れて行かれるからだ。
別に新しい街での生活を楽しむことを諦めたわけではない。大通り沿いにはスーパーやコンビニ、ファストフードの店が並んでいる。そこを先ず押さえておけば、生活は無難にスタートできる。
こちらを通る方が、大学の行き帰りで買い物もできて便利だ。
迷路のような住宅街を歩くよりも、良いだろう。
ただ、三十分弱ほど、ゆるい上り坂を歩き続けなければならないだけだ。
バスは街中を走っているのは見かけるが、なぜか大学行きのものは見当たらない。
結局、歩いていくしかないようだ。
自転車を使えばいいのかもしれないけど、俺は自転車が苦手だし、下宿先に持ち込んでもいない。
だから、せっせと大通り沿いを歩いている。
そうやって辿り着いた学校の門は、ファンタジーに出てくるような植物のレリーフがあしらわれた金属の柵で作られていて、やたらデカい。
敷地も、蔦に覆われた高い煉瓦塀に囲まれている。
建物も煉瓦造りで、ちょっとした西洋の城のような感じだ。
中学から大学まであるので、敷地も広大だ。
三つの学校は中で繋がっているが、中学・高校・大学でそれぞれ違う門が用意されているらしい。
こういう構造だと、同じ門を中学生から大学生までバラバラの年齢の人が利用しそうなものだけど、大学の門では、なぜか小さい子どもをほとんど見ない。
まあ、中学・高校側には一軒家の住宅街が広がっていて、大学の門の方面には下宿用のアパートが多いこともあるのかもしれない。
朝の通学ウォーキングで少し火照った身体のまま、受付の警備員に挨拶しながら門をくぐる。
「奥野〜!」
構内を歩いていると、上から俺の名前を呼ぶ声がした。
見上げると、三階の窓から松尾がニコニコと笑いながら手を振っている。
松尾は同じアパートに住んでいる。
たぶん二年生で先輩だと思う。
中肉中背で、どこを取っても個性はあまりない。
目も鼻も口も大きくも小さくもなく、上がっても下がってもおらず、容姿で説明するのは難しい。
でも一度見れば、なぜか忘れることができない。不思議な存在感がある。
一番の特徴は、穏やかで、いつもニコニコと笑っているところだろう。
「今、杉風理事長がコーヒーを淹れたところなんだ。一緒に飲まない?」
「理事長?」
思わず聞き返すと、松尾は当たり前みたいにうなずいた。
こいつはコミュ力が半端なく高い。
おかげで、アパートの皆ともすんなり仲良くなれた。
さまざまな研究室や、時には警備室に入り込んでいて、お茶やコーヒーと一緒に菓子を楽しんでいる様子ばかり見かける。
厚かましいわけではなく、その場所に自然に溶け込んでいる感じだ。
今日は驚くことに、理事長室にいるようだ。
しかし松尾はともかく、俺まで理事長室にお邪魔しても良いものだろうか。
入学式で一方的に姿を見たくらいで、ほとんど関わりがない。
口髭でダンディな風貌の理事長も、窓から顔を出す。
「ああ、奥野正道くんか。美味しい豆を手に入れたんだ。よかったら一緒に飲もう」
そう言われてしまうと、伺うしかない。俺は理事長室に向かうことにした。




