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第1話

 時刻は夕方、午後五時を少し過ぎた頃。


 魔王城学園から車を飛ばし、風魔邸に駆けつけた鬼束は、部下である三好伊乃里との合流を果たしていた。


「お疲れ様です」

「うむ。無事で何より……と言いたいところじゃが、今はのんびりしとる場合ではないのう。現時点で分かったことを教えてくれんか?」

「残念ながら、茜さんと壱号君の消息は不明のままです。清心たち三人を捜索に当たらせているのですが……」


 挨拶もそこそこに、素早く情報共有を行う二人。鬼束が緊急連絡を受けてから三時間ほど経過しているが、茜と壱号の足取りは掴めずにいた。


「あ、あの……」


 二人の会話に口を挟んだのは、どこか茜と似た雰囲気を持つ少女であった。


「おお、お主が風魔楓じゃな? 大変な目に遭ったのう。もう大丈夫じゃぞ」

「は、はい。でも今はわたくしのことではなくて……」


 楓の体調はお世辞にも良いようには見えない。茜の母、風魔早苗に支えられ、立っているのがやっとの様子だ。


「お、お主本当に大丈夫か?」

「すいません。本当は病院に連れていきたいのですが、理事長に『どうしても伝えたいことがある』って聞かなくて。……楓さん、なるべく手短にね?」


 楓の左手首に巻かれた包帯が痛々しい。その傷は、茜との戦いでカッターを突き立てた時のものであった。


 茜と壱号による『治療』が功を奏し、楓の体内からは精霊喰いが駆除されている。

 精霊喰いに寄生された肉体は、多少の傷など物ともしない強度と回復力を得るとされている。しかし、これからは楓自身の力で怪我を治さなくてはならない。父親から虐待を受けていたこともあり、楓の衰弱は目に見えて明らかであった。


「良いじゃろう。気になることがあるなら言ってみるがよい」


 心配する早苗を目で制し、鬼束が楓に話しかける。


「父が精霊喰いに寄生されている所を、初めて見た時のことを思い出したんです。書斎の中で、父は大事そうに古そうな『本』を抱きかかえていました」

「ふむ……。伊乃里よ、書斎の調査はどうなっておる?」

「その『本』に関してはすでに押収済みです。何かの古文書のようなのですが、特に不審な点は見当たりませんでした。……楓さんは納得がいかないようですが」


 風魔邸の敷地をくまなく捜索したものの、主である風魔幸広の姿は影も形も見当たらなくなっている。

 そのため、先ほどの調査は行方不明者たちのプラーナ反応を探ることに集中していた。もしかすると、それ以外のことを見落としている可能性があるかもしれない。


「ちょうど良い。この手の調査にうってつけの奴を連れてきておるぞ」


 そう答えた鬼束が、自身が乗ってきた自動車のドアを開けた。スモークガラスに隠れた後部座席には、御庭番衆のメンバーである高坂美都の姿が見える。


 美都の隣には、一人の子どもが座席に腰を下ろしている。エメラルドグリーンの髪色をした、まだ六・七歳位の少女だ。


(? 女の子……?)


 長旅で疲れているらしく、少女は美都の膝の上ですやすやと寝息を立てている。この幼い少女に何ができるのか、楓には想像もつかない。


「ほら、芽衣子(めいこ)。そろそろ起きるっスよ」

「う~ん……。なあに?」


 美都に優しく揺り起こされて、芽衣子が髪と同じ色をした瞳を見開いた。


「芽衣子や。ちょっとこの本を『視て』くれんかのう?」


 百地芽衣子は、プラーナ使いの中でも異端の能力を持っている。


 一般的なプラーナ使いが筋力などの身体能力が強化されるのに対し、芽衣子は『視る』ことにしかプラーナを発揮できない。


 芽衣子のように『視る』ことのみに特化した者は『幻視者』と呼ばれ、他のプラーナ使いとは区別される。

 幻視者は風魔幕府の『託宣』を司るなど、この国の歴史に大きな影響を及ぼしたとされている。それほどまでに貴重な能力を、鬼束は茜たちのために使おうとしていたのだった。


「わかった。んー」


 エメラルドグリーンの瞳が、プラーナの光で満たされる。


「どうじゃ? 何か分かったかのう?」


 パラパラとページをめくる芽衣子に、待ちきれない鬼束が話しかける。


 幼い芽衣子に、古文書の内容が理解できているわけではない。鬼束が期待しているのは、他の者たちが気付くことのない、古文書に潜む『秘密』を暴くことである。


「このほんは、いりぐちになってるの。いまはとびらがしまってるけど、なかにはいっぱいひとがいるよ。みんなくろくてどろどろしてて、とってもくるしそう」


 とりとめのない芽衣子の言葉を、正確に読み取るのは骨が折れる。


「十中八九、『くろくてどろどろ』というのは精霊喰いのことじゃろう。『いりぐち』というのは――もしかすると、『幽世(かくりよ)』への入り口を指しているかもしれん」

「なるほど……あり得る話ですね」


 興奮した面持ちで、伊乃里が鬼束の推論に同調する。

 実体化した亡霊、精霊喰いが発生するメカニズムは、現代においても明らかになっていない。それが解明されるのであれば、対精霊喰いの切り札となるかもしれない。


「……あ、あの! 茜さんがどうなったかは分かりませんの?」

「そうじゃな。芽衣子、茜と壱号はどこにおるのじゃ?」


 楓に急かされ、さらに茜たちの安否も尋ねる鬼束だったが――芽衣子の答えは要領を得ないものであった。


「あかねねーちゃんはね……んーと、おさかな! いちごうにいちゃんもいっしょだよ」

「魚……どういうことじゃ?」


 茜と壱号は、どうやらまだ無事ではあるらしい。しかし、現状の鬼束たちには救援を差し向ける術はない。

 何もできないもどかしさに、鬼束は思わず唇を噛んだ。

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