狂った友達
「くそっ・・・重いな・・・。医院長も少しは手伝ってくれればいいのに。」
ガラガラと、大きな箱を積んだカートを引くドジソン。その大荷物は、アリスの病室へと向かっていた。
「アリス君、入るよ。」
病室に辿り着くと、一言声だけを掛け、重いカートを病室へと詰め込んだ。
「ご覧よ、君の友達の体が出来たんだ。」
嬉しそうに箱をゆっくりとカートから下ろすドジソン。そんな彼を、相変わらず無関心で見つめているアリスだったが、箱のフタが開くと同時に、体を少し乗り上げて覗き込んだ。
箱の中には、白い肌をした美しい男の子が入っていた。凛々しい燕尾服を着ており、まさにアリスに仕える為に来た、と言った感じだ。そしてその頭からはうさぎの耳らしき物が、ひょっこりと二本、飛び出している。
「これは何?」
その耳を不思議そうに見つめて聞くアリス。ドジソンはニコニコとしながら言った。
「うさぎの耳だよ。君の中のイメージ通りに作ってみたのだけどね。気に入らなかったかい?」
とても満足気に言ってくるドジソンを見ると、文句を言うのは余りに可哀想だと少し思え、アリスは無言で首を振った。
「よかった。気に入ってもらえて。私の自信作なんだよ。」
ドジソンはさらに顔をニコニコとさせた。
「じゃあ、彼はここに置いて行くね。医院長先生から、中に入れる時はアリス君一人の方がいいと言われているから。」
「そうね、そうしてちょうだい。」
そっけなく言うアリスを背に、ドジソンは病室を後にした。
アリスは箱に入ったうさぎの髪をそっと撫でると、額に手を置き、ゆっくりと目と閉じた。そして優しく呟いた。
「さぁ・・・出てらっしゃい。貴方の体よ・・・この中に・・・入りなさい・・・。」
言い終えると同時に、アリスの体は淡い光に包まれた。そしてその光は、腕から手へと渡り、うさぎの体へとゆっくりと移って行く。今度はうさぎの体が光に包まれたと思うと、それは次第に消えていった。
「本当に・・・移ったのかしら?」
少し不安そうにうさぎの顔を覗き込むと、ピクッと微かに耳が動いたのが見えた。そして閉ざされたうさぎの目がゆっくりと開く。その瞳は赤く、宝石の様に輝いていた。
「こんにちは、アリス。」
うさぎはニコリと笑い言った。そして重そうに体を起こす。
「貴方・・・本当に私の中に居たうさぎなの?」
目の前の人形が動き、言葉を発する事に戸惑いながらも、どこか嬉しそうに言うアリス。
「そうだよ。僕はアリスの中に居たよ。でもこうしてアリスと会えるなんて、凄く嬉しいな。」
嬉しそうにニコニコと笑いながら言ううさぎに、アリスは険しい顔をして言った。
「僕・・・?貴方・・・・私の中では男の子だったわよね?今も男の子なの?」
「男の子だよ。アリスの中からそのまま出て来たんだから。」
嬉しそうなうさぎに対し、アリスはムッとした顔で言った。
「嘘よ!貴方、女の子でしょう?」
突然のアリスの言葉に、うさぎの顔はキョトンとする。
「何言ってるの?アリス。僕はちゃんと男の子だよ。」
「嘘よ!だって貴方、どう見ても女の子の顔をしているじゃない!」
更なるアリスの言葉に、うさぎは困った様子で言う。
「え・・・それは・・・僕の体を作った人が、こう言う顔にしたから・・・。」
「おかしいわ!女の子なのに燕尾服を着ているなんて。着替えて!」
アリスはうさぎの言葉をさえぎり、強い口調で言った。
「着替えるって・・・僕、洋服はこれしか持っていないよ・・・。」
弱々しく言ううさぎに、アリスはまたも強い口調で言った。
「私の洋服があるわ!」
そう言うと、自分の衣装ダンスをあさり出し、一着の白いワンピースを引っ張り出した。
「これを着なさい。」
ワンピースをうさぎに突き付けると、うさぎはそれを受け取り、広げた。
「これ・・・スカートだよ?男の子がスカートって・・・。」
困った顔をするうさぎに対し、またもムッとして、アリスは更に強い口調で言う。
「この洋服に着替えなさい!今すぐ!これは命令よ!」
怒鳴る様なアリスの言葉に一瞬ビクッとなるうさぎだったが、すぐにニッコリと笑い言った。
「分かったよ。アリスがそう言うなら、そうするよ。それでアリスが喜ぶなら。」
そう言うと、うさぎは後ろを向き、着ていた燕尾服を脱ぎ捨てて行く。
「ふぅ~ん・・・意外と素直なのね。」
着替えるうさぎをジッ見つめながら言うアリスに、うさぎは恥ずかしそうに、ぬいぐるみの山の中へと隠れて着替え出す。
「僕はアリスが望む事なら何でもするし、アリスが言う事なら何でも聞くよ。それでアリスが嬉しいなら、僕も嬉しいし、アリスが楽しいなら、僕も楽しいから。」
着替えながら言ううさぎに、アリスは首を傾げて聞いた。
「どうして?」
と一言。その問いに、うさぎは嬉しそうに答える。
「アリスの事が、大好きだからだよ。」
着替え終えたうさぎは、ぬいぐるみの山の中からゆっくりと出てきた。
「どう・・・かな?」
照れ臭そうに言ううさぎ。アリスは白いワンピースに包まれたうさぎを見て、嬉しそうにハシャギながら言った。
「いいわ!とても似合っている。やっぱりさっきの陰気臭い燕尾服よりも、こっちの方が絶対いいわ!」
嬉しそうなアリスを見て、うさぎも嬉しそうに笑った。
「そうだわ!忘れない内に、あれもしておかなくちゃ。」
思い出したかの様に、パンっと両手を叩くと、アリスはまたも衣装ダンスの中をあさり出す。
「あれ・・・って・・・?」
不思議そうにアリスを見つめるうさぎだったが、その顔は一瞬で固まった。アリスが取り出した物によって。
「これよ。」
ニッコリと微笑みながらアリスが手にしていた物は、長い鎖の付いた、首枷であった。
「最初にうさぎの体が来ると聞いて、すぐに用意をしたの。さぁ、早くこれを付けなさい。」
微笑みながら首枷を突き出して来るアリスに、うさぎの耳は怯えた様に垂れ下がる。
「どうして・・・そんな物を付けるの?」
震えた声で言ううさぎに対し、アリスは嬉しそうに言った。
「決まっているでしょ?逃げない為よ。うさぎはすぐに何処かへ逃げてしまうって言うから。」
「そんな物付けなくても、僕は何処へも行ったりしないし、アリスから逃げたり何てしないよ?ずっとアリスと一緒にいるよ。」
必死に訴えるうさぎとは裏腹に、アリスはまたしても強い口調で命令をする。
「私の言う事が聞けないの?付けなさいって言っているの!」
うさぎは何も言わずに、そっと首枷を手にすると、それを自分の首へガチャッと付けた。
「これで、いいかな?」
そうしてニコリと笑って言った。
「ふふふ・・・これでいいわ!これで逃げられない!貴方はずっと私の側に居てくれる。」
アリスは嬉しそうに笑いながら、その場でクルクルと回った。その度に鎖が引っ張られ、うさぎの首もまた引っ張られていく。
「うっ・・・痛いよ、アリス・・・あっ・・・。」
勢いよく鎖が引っ張られると、そのままうさぎの体も強く引っ張られ、ドタッと床へと倒れ込んでしまった。それを見たアリスは鎖をゆるめ、うさぎの元へと駆け寄った。
「ごめんなさい。ハシャギ過ぎてしまったわね。」
優しくうさぎの体を起してあげると、ニコニコと笑いながらうさぎの頭を撫でた。
「平気だよ、これくらい。アリスが楽しいのなら、いいよ。」
うさぎは嬉しそうな顔をして言った。
「貴方、本当にいい子ね。」
そう言うと、アリスはうさぎの頬に手をそえる。
「柔らかいわ・・・。それに温かい・・・。」
その手は頬から首筋へとなぞる様に下がり、ゆっくりと太股に置かれた。
「貴方・・・何で出来ているの?人形の材料って・・・土?それともレンガと同じなのかしら?・・・あぁ・・・あれも元は土だったわね・・・。」
太股に置かれた手は、スルリとスカートの中に入って行く。
「ア・・・アリス・・・。ダメだよ、そんな所触っちゃ・・・。」
顔を真っ赤にして、これ以上アリスの手がスカートの奥へと行かない様、うさぎは必死にアリスの手を押さえ付けた。
「手を離しなさい。何で出来ているのか確かめているんだから。」
「でも・・・。」
アリスがうさぎを睨み付けると、うさぎはそっと手をどかした。
「いい子ね。」
ニコリと笑い、アリスの手はそのまま奥へ、奥へと進んで行く。そしてそのままスカートをめくり上げ、もう片方の手でうさぎの方足を、グイッと大きく持ち上げた。
「アリス・・・はっ・・・恥ずかしいよ・・・こんな格好・・・。」
うさぎは恥ずかしそうにうつむいた。しかしアリスはそんなうさぎを気にもせず、持ち上げた足の太股に顔を近づけ、頬をピタリとくっ付ける。
「温かいわ・・・。本物の人間の肌の様・・・。こんなにもスベスベだし。」
そしてもう片方の手で、何度もうさぎの太股をさすった。
「アっ・・・アリス・・・。くすぐったいよ・・・。」
「そう言えば、貴方さっき痛みを感じたわよね?感覚もちゃんとあるのね・・・。」
そう言うと、今度は強く太股を握った。
「痛っ!痛いよ・・・。」
「痛い?やっぱり痛みを感じるって事は、感覚があるのね。本当に、何で出来ているの?」
「ぼっ・・・僕にもよく分からないよ・・・。僕を作った人に聞いてみたら?」
「ドジソン先生に?」
アリスは持ち上げていたうさぎの足を、パッと離すと、そっけなく言った。
「別にいいわ。そんなに話したい相手でもないし・・・。」
うさぎはソソクサとめくれ上がったスカートを直す。不機嫌そうにするアリスの顔を見て、不安気に聞いた。
「その・・・ドジソン先生の事・・・アリスは嫌いなの?」
「別に・・・嫌いって訳じゃないわ。ただ興味が無いだけ。」
「そう・・・。」
しばらくの間、沈黙が続いた。
コンコン、と静まり返っていた病室に、ノックをする音が響く。
「誰か来たみたいだよ?」
沈黙が破られたノックの音は、うさぎにとってはありがたい物であった。このままお互いに何の言葉を交わさないで居続けるのは、アリスにとっては何と言う事もないが、うさぎにとっては少し寂しい物があったから。
「アリス君、入るよ?」
ノックをしたのはドジソンだ。ドジソンは何の応答も無い事に、既に慣れたと言った感じで、そのままドアを開け病室へと入って来る。そして赤い目をパチパチとさせるうさぎの姿を見ると、とても嬉しそうに言った。
「これは・・・成功したのだね!ハハハっ!凄い!凄いや!本当に、僕の作った人形の中に入ったのか!」
そのまま一直線にうさぎの元へと駆け寄ると、そっと頬に手を当てようとした。その瞬間、うさぎはビクッと怯えた様に体をそらす。
「あぁ・・・ごめんよ、驚かしてしまったね。初めまして、私は君の制作者だよ。」
優しく言うドジソンに、うさぎもまだ少し怯えながら挨拶をした。
「はっ・・・はじめまして・・・。」
うさぎが言葉を発すると、ドジソンは更に嬉しそうに言う。
「ハハハっ、凄いや!アリス君、一体どうやって人形の中に彼を入れたのだい?」
はしゃぐドジソンとは真逆に、アリスは冷めた口調で言った。
「別に・・・たいした事は何もしていないわ。ただその子が自分から移っただけよ。」
「そうか、よくは分からないけれど、とにかく凄い!医院長先生の試案は成功だ!・・・ん?これは・・・?」
と、ドジソンはうさぎの首に付けられている枷に気が付くと、長い鎖を手に取った。
「こっ、これは!僕が付けたんだ。付けてって、アリスに頼んだんだ。」
うさぎは焦りながらも、何とか誤魔化そうと、必死に訴えた。これがアリスの命令で付けていると知られれば、アリスが責められてしまう、そう思ったから。
「ふん・・・そうか・・・。君は変わった趣味をしているのだな・・・。記録をしておこう。」
ドジソンはうさぎの言葉を疑う事も、疑問に感じる事もなく、ソソクサとポケットからメモ帳を取り出し、何やら書き始める。そんなドジソンとうさぎのやり取りを、アリスは冷めた目で見ていた。
「それより先生。何の用?確認をしに来たのなら、もう済んだでしょ。早く出て行って。」
冷たくあしらうアリスに、ドジソンは少し困惑をした様子で言う。
「あっ・・・ああ。確認もあるのだけれども・・・その、もし本当に移って人形が動いていたら、そのお祝いにと思って・・・。いやっ、人形が動いたお祝いではないよ、君に新しく友達が出来たお祝いだ。」
「・・・それで?」
「ああ、そのお祝いに、ケーキを持って来たのだよ。君が甘い物が好きだと聞いたからね。」
そう言うと、ドジソンは廊下に置いてあったカートを病室の中へと運んだ。いつももならその上には、ガーゼや消毒液、と言った医療道具が乗せられているが、今日は大きな生クリームたっぷりのショートケーキワンホールと、いい香りを放つ温かい紅茶、それにティーカップ2つが乗せられていた。
「ほら、美味しそうだろ?二人で食べなさい。」
ドジソンはニコニコとカートをベッドの前へと置いた。
「わぁ!いい香り。ありがとう、ドジソン先生。」
うさぎはとても嬉しそうに言う。
「どうもありがとう。頂くわ。」
アリスは相変わらず、そっけなく言った。
「それじゃあ、私は二人の邪魔をしては悪いから、もう出て行くよ。」
そう言い残し、ドジソンは病室を後にした。うさぎは嬉しそうに、ヒラヒラとドジソンに手を振って見送る。アリスは床からベッドへと座り直し、ニコリと笑って言った。
「うさぎ、こっちへいらっしゃい。」
うさぎは言われるがまま、アリスの元へと近づき、隣へと座ろうとした。するとアリスは。
「違うでしょ?貴方は床に座るの。」
アリスは床に向かって指をさすと、うさぎは指のさされる所へと座りこむ。
「ここでいいのかな?」
ニコリと笑い見上げるうさぎ。アリスもニコリと笑う。
「いい子ね。さっきはどうして、その首枷を自分から付けたと言ったの?」
「え?だって、アリスが付けたって分かったら、アリスが怒られてしまうと思ったから・・・。」
「そう・・・私を庇ってくれたのね。ふふふ、いい子のうさぎにはご褒美をあげるわ。」
アリスは嬉しそうに笑った。
「本当?僕、嬉しいなぁ。」
うさぎも嬉しそうに笑う。
「私がケーキを食べさせてあげるわ。」
そして右手でおもむろにケーキをわし掴みすると、それをうさぎの目の前に差し出した。
「さぁ、お食べなさい。」
ニコニコとしながら手に掴んだケーキを指し出して来るアリス。うさぎはニコリを笑い、アリスの手からケーキを食べ始めた。
「ふふふふ、美味しい?」
顔じゅうクリーム塗れになりながら、うさぎは一生懸命にケーキを口にする。
「ほら、ちゃんと残さず食べなさい。クリームがまた指に残っているわ。」
うさぎは言われるがまま、手に付いたクリームも隅ずみまで舐めた。
「このケーキ、とても美味しいよ、アリス。」
嬉しそうに、クリーム塗れで言ううさぎ。アリスは自分の指に付いたクリームをペロリと舐めると、うさぎの顔に自分の顔を近づけた。
「顔じゅうクリーム塗れね。ふふふっ。」
そしてうさぎの顔に付いたクリームを、ペロペロと舐め出す。
「フフッ・・・アハハッ。くすぐったいよ、アリス。」
アリスに顔を舐められる度に、こそばゆそうにクスクスと笑う。
「喉が渇いたでしょう?紅茶をあげるわ。」
今度は紅茶の入ったポットを手に取り、ティーカップには入れず、そのまま上からうさぎの顔へと注ぎ込む。
「あつっ!熱いよ!アリス!」
うさぎは思わず顔を避けてしまう。
「何してるの?さぁ、飲みなさい。」
容赦なく注ぎ込むアリスに、うさぎは大きく口を開けて、上から流れて来る紅茶を受け止めた。ゴク、ゴク、と口からこぼれながらも飲み込む。いつの間にか、うさぎの洋服と床は、ビチョビチョに濡れてしまっていた。
「やだ・・・部屋が汚れてしまったわ。」
アリスはポットをカートの上に置くと立ち上がり、タンスの中からバスタオルを取り出した。そしてバスタオルで、紅茶塗れの床を拭き始める。
「あっ、アリス。そんなの僕がやるよ。」
アリスの持っていたバスタオルを取ろうとするが、その手は振り払われる。
「いいの。私が汚したんだもの、私が綺麗にするわ。貴方も後で、私が綺麗にしてあげる。」
うさぎは不思議そうにアリスを見つめた。意地悪な事をし出したと思えば、突然優しく真面目になるアリスの行動が、よく分らなかった。一生懸命に床を拭くアリスを見て、うさぎもタンスの中からバスタオルを取り出し、一緒に床を拭き始めた。
「僕も手伝うよ。僕もアリスと遊んでて汚してしまったんだから。」
優しく笑いかけて言ううさぎに、アリスは嬉しそうに言った。
「ありがとう。」




