第3話「見えない親友」
◇ シーン1 夜の小学校・三階廊下
懐中電灯を構えて仁王立ちする若い女性。ジャージ姿、手にはモップ(武器のつもり)。一条あやな(25)。
あやな「動かないで! 警察を呼びました! 呼びましたから! 今から呼ぶので!」
遥「どっちだよ!?」
あやな「そこの不審者! 名前と所属を名乗りなさい!」
遥「不審者に所属聞く人初めて見たよ!?」
光に照らされた遥の顔を見て、あやなの動きが止まる。
あやな「……え?」
懐中電灯がゆっくり下がる。月明かりの中、互いの顔を認識する二人。
あやな「……彼方、くん?」
遥「……一条?」
拓真「(遥の隣で)げっ!? あやなちゃん!? なんでここに!?」
遥のモノローグと共に、あやなの顔を月明かりで美しく照らす。
遥(M)「一条あやな。小学校の同級生で――俺の、初恋の人」
◇ シーン2 職員室(夜)
お茶を出され、パイプ椅子で小さくなる遥。腕組みして正面に座るあやな。机の上には「反省文用」のレポート用紙。
あやな「宿直の代わりに書類仕事をしていたら物音がして、来てみれば……。彼方くん、母校に泥棒に入るなんて、あなたそんな人になってしまったの?」
遥「泥棒じゃない! ……ってか一条、お前ここの先生になったのか」
あやな「五年二組の担任です。話を逸らさない。理由によっては通報します」
拓真「(遥の耳元で)おい遥、正直に言っちゃえよ。あやなちゃん、昔っからバカ真面目だけど、話せば分かるやつだって」
遥「(小声)いや、これ正直に言ったら一番通報される案件なんだって」
あやな「(じとっ)……さっきから誰と話してるの?」
遥、観念して深呼吸。
遥「……笑わないで聞いてくれ。俺は今、大倉拓真と一緒に、大倉拓真を殺した犯人を捜してる」
あやな「」
遥「拓真の幽霊が、そこにいるんだ。ここ。この椅子の横」
拓真「(手を振る)よっ、あやなちゃん。二十歳の同窓会以来? 俺そのとき東京から来て――あ、見えてねえのか」
あやな、静かに立ち上がり、静かに受話器を取る。
遥「待って待って待って!!」
あやな「大倉くんが亡くなったニュースは、私も見ました。……悲しかった。とても。だからこそ、そういう冗談は許せない」
遥「冗談じゃ――」
あやな「じゃあ何? 彼方くん、あなた疲れてるのよ。お仕事大変なんでしょう。カウンセリングって今は全然恥ずかしいことじゃなくて」
遥「話が進まねえ!! 拓真、なんかないのか! お前が本物だって証明できるやつ!」
拓真「んなこと言われても……あ」
●拓真、ぽんと手を打つ。それから、ちょっと意地悪い、懐かしい顔で笑う。
拓真「――あるわ。とっておきが」
◇ シーン3 職員室(続き)
遥、拓真の言葉を耳で拾いながら、そのまま復唱していく。
遥「『五年生の秋、音楽室のベートーベンの肖像画が破れた事件』」
あやな「(受話器を持ったまま)……それが何? 犯人は大倉くんでしょう。職員室に呼ばれて、怒られて」
遥「『あれ、破ったのはあやなちゃん。合唱コンクールの練習で残ってて、譜面台を運ぶときに転んで、支え代わりに掴んだ額ごと落として破いた』」
あやなの顔色が変わる。受話器を持つ手が止まる。
遥「『泣きそうなあやなちゃんと廊下でばったり会って、俺が「見回りの先生が来る」って言って、身代わりに立候補した。あやなちゃんは最後まで嫌がったけど、俺が「学級委員が停学になったらクラスが困る。俺はどうせもう転校するから無敵」つって押し切った』」
遥「『そんで破れたベートーベンは今も――体育倉庫の古い跳び箱の、五段目の中に隠してある』」
ガチャン。受話器が落ちる。あやな、よろめいて机に手をつく。
あやな「なんで……それ……」
あやな「それ……私と、大倉くんしか、知らないのに……。親にも、誰にも、言えなくて……ずっと……」
あやなの目から、ぼろっと涙がこぼれる。真面目な彼女が十四年間抱えてきた、小さくて重い秘密。
あやな「(涙を拭いもせず、誰もいない空間を見回して)……大倉くん、そこに、いるの?」
拓真「(片手を挙げて)おう。いるよ」
遥「『おう。いるよ』……だってさ。俺のちょっと右」
あやな、少しずれた方向に向かって、深々と頭を下げる。
あやな「ごめんなさい……! ずっと、ずっと謝りたかった。私のせいで怒られて、そのまま転校しちゃって、お礼も言えなくて……! 卒業式のたびに思い出してた。教師になってからも、ずっと……!」
拓真「顔上げろって。俺はあれ、けっこう楽しかったんだぜ? 正義の味方の最後の大仕事」
遥「(復唱)『顔上げろって。楽しかったんだぜ、正義の味方の最後の大仕事』」
あやな、顔を上げる。泣きながら、笑う。
あやな「……ふふ。何よそれ。……そういうところ、全然変わってないのね」
あやな「おかえりなさい、大倉くん」
見えないのに、確かに「再会」している三人を、教室の窓からの月光で包む。
◇ シーン4 資料室(深夜)
埃っぽい資料室。段ボールの山。「平成14年度」のラベル。三人(+一人)がかりの捜索。
あやな「(手袋とマスク完備で)言っておきますが、これは教師である私の管理下での資料閲覧です。不法侵入ではありません。いいですね」
遥「はい先生」
拓真「はい先生」
遥、一冊の文集を掘り当てる。十四年前の、低学年の文集。ページをめくる手が止まる。
遥「……あった。田久保ゆう」
文集のページのアップ。つたないひらがなの、大きな字。
【しょうらいのゆめ たくぼゆう ぼくは、けいさつかんになりたいです。まちのわるものをぜんぶつかまえて、みんながあんしんしてあそべるまちにしたいです。】
沈黙。あやなが口元を押さえる。拓真は文集をじっと見つめたまま動かない。
拓真「……悪もんに捕まったんじゃ、世話ねえよな……」
遥「拓真……」
拓真「絶対、見つけてやる。ゆうの事件も、俺の事件も。全部だ」
あやな、別の段ボールから古いファイルを引き抜く。
あやな「見て。これ……当時の『不審者情報』の連絡網プリントの控え」
黄ばんだプリント。【保護者の皆様へ:裏山雑木林付近で、白い車が長時間停車しているとの情報が複数寄せられています。お子様の一人歩きは絶対にさせないでください】日付は、失踪の一週間前。
遥「失踪の一週間前……『白い車』……」
あやな「私、決めた」
あやな、まっすぐ二人(片方は見えない)を見る。
あやな「協力する。教師として、この学校の卒業生として、あの事件をこのままにしておけない。それに――」
あやな「(少し赤くなって)……友達が、二人も困ってるんだもの」
遥「(思わずドキッとする)お、おう」
拓真「(にやにや)お前、今ちょっと惚れ直しただろ」
遥「(小声)うるせえ黙れ」
◇ シーン5 小学校・校庭(明け方近く)
東の空がうっすら白み始めている。校門で別れの挨拶。
あやな「連絡先、交換しましょう。次の作戦会議は――」
ふと、遥は気づく。拓真がさっきから一言も喋らず、あの連絡網プリントのコピーを見つめたままなことに。
遥「……拓真? どうした」
拓真「…………白い、車」
拓真の視界に、ノイズ混じりのフラッシュバック。断片。夜の路地。街灯。背後の足音。そして――声。
拓真「遥……俺、思い出したかも、しれない」
遥「!? 犯人の顔か!?」
拓真「顔じゃねえ。……声だ。刺される直前、俺、後ろから声をかけられたんだ」
拓真、ゆっくりと顔を上げる。幽霊が、恐怖で青ざめている。
拓真「『――久しぶりだな』って」
拓真「その声……俺、知ってる。ずっと昔に、聞いたことがある」
拓真「十四年前――あの林で、聞いた声だ」
凍りつく遥とあやな。三人の影の向こう、遠景に裏山の雑木林の黒いシルエット。
【第3話・了】




