第1話「深夜のチャイム」
◇ シーン1 夜の通勤電車・車内
金曜の夜。仕事帰りの満員電車。吊革につかまり、死んだ目でスマホを眺めるスーツ姿の彼方 遥(25)。ネクタイは緩み、鞄はくたびれている。
遥(M)「彼方 遥、二十五歳。趣味、特になし。特技、終電までに帰ること」
遥(M)「今日も世界は平和で、俺の人生には何も起こらない。……そう思ってた」
スマホの画面。何気なくスクロールするWebニュース。指が、止まる。
【高城市の路上で男性刺殺 被害者は東京都在住の会社員・大倉拓真さん(25) 警察は通り魔の可能性も視野に捜査】
遥「……………………は?」
周囲の乗客が振り返る。遥、スマホを持つ手が小刻みに震え出す。
遥(M)「大倉、拓真……?」
◇ シーン2 回想・十四年前 小学校の校庭(夕方)
夕焼けの校庭。
上級生に泣かされている下級生。その前に、仁王立ちする少年二人。ランドセルを地面に投げ捨てた小5の遥と、隣でマント代わりの体操服を羽織った拓真。
少年遥「弱い者いじめするやつは――このカナタマンが許さん!!」
少年拓真「相棒のタクマンも許さん!! ちなみに二人合わせて!」
少年遥&少年拓真「「カナタクマン!!」」
上級生「ダッセ!!」
ボコボコにされて花壇に転がる二人。それでも下級生を背にかばって笑っている。
少年拓真「(鼻血を拭いながら)なあ遥。俺たち、大人になっても正義の味方でいような」
少年遥「おう! 約束な!」
場面転換。夏の終わり。引っ越しトラックの前で頭を下げる拓真の母。窓越しに、こちらを見ている拓真。
遥(M)「拓真は小5の夏、何の前触れもなく東京へ引っ越した」
遥(M)「『じゃあな』の一言すら、言えないまま」
◇ シーン3 電車内(回想明け)
震える指でニュースを開き直す遥。記事内の顔写真。大人になった、しかし面影のはっきり残る大倉拓真の顔。
遥(M)「同姓同名の別人だ。そうに決まってる。だって……」
写真と、回想の少年拓真の笑顔がオーバーラップする。
遥(M)「――拓真、なんだよな。お前」
電車のアナウンス「次はー、高城ー、高城ー」。うつむく遥の顔に前髪の影が落ちる。
◇ シーン4 彼方家(遥の実家)・リビング(夜)
古い一軒家。両親が駅前のマンションに越して以来、遥が一人で住んでいる。仏壇、古い家具。飲みかけの缶ビール。
遥、押し入れから埃をかぶった古いアルバムを引っ張り出す。母が几帳面に貼ってくれた小学生時代のスナップ写真。遠足、運動会、プール開き――そのどれにも、必ず遥の隣でピースしている「大倉拓真」がいる。
アルバムの間から、ぱさりと滑り落ちる薄い冊子。――四年生の時の、学級文集だ。
文集の拓真のページ。「しょうらいのゆめ:せかいをすくうヒーロー(むり)。むりなら、こまってるやつをたすけるおとな」
遥「……なんだよそれ。全然変わってねえじゃん、お前」
目元を拭う遥。時計は深夜二時を回っている。
その時――ピンポーン。
チャイムの音が不気味に大きく鳴る。ビクッと跳ねる。
遥「……こんな時間に?」
インターホンのモニターを覗く。誰も映っていない。夜の玄関先だけが白黒で映っている。
遥「ガキのいたずらか……?」
ピンポーン。もう一度。モニターにはやはり誰もいない。
遥、恐る恐る玄関へ。ドアスコープを覗く――誰もいない。
遥「(チェーンを掛けたまま、そっとドアを開ける)……あのー、どちらさ――」
ドアの隙間。目の前に、大倉拓真(25)が立っている。生前のままの姿。ニュースの写真と同じ顔。
拓真は少し気まずそうに、あの頃と同じ顔で笑っている。
拓真「よう、遥。……久しぶり」
遥「」
無言でドアを閉める遥。チェーンを掛け直し、鍵を二重に締め、ドアに背中を預けてずるずると座り込む。
遥「(顔面蒼白)見てない見てない見てない俺は何も見てない疲れてるんだ今日残業だったし」
拓真「(遥のすぐ隣に、壁からぬるんと上半身だけ出して)いや見ただろ。今バッチリ目ェ合っただろ」
遥「うわあああああああああ!!!」
◇ シーン5 リビング(深夜)
大騒ぎの後。畳の上に、盛り塩ならぬ「ぶちまけ塩」。掃除機、木刀、お札代わりの年賀状が散乱している。
拓真「(塩まみれで正座)……気は済んだか?」
遥「(木刀を構えたまま)済むか!! なんで塩効かねえんだよ!!」
拓真「俺が聞きてえよ。ってか幽霊に掃除機はなんだったんだ。吸えると思ったのか」
遥「映画で観た」
拓真「それゴーストバスターズな」
拓真、座布団に座ろうとして、そのまま下半身が畳にずぶずぶと沈む。
拓真「おっとっと。……ほらな。座れもしねえの」
遥、木刀を下ろす。拓真の体越しに、向こうの家具がうっすら透けて見えている。
遥「…………本物、なんだな。お前」
拓真「らしいな。俺もまだ半信半疑なんだけどよ」
拓真、自分の透けた手のひらを見つめる。
拓真「気づいたら、あの路地に立ってた。目の前に、血まみれで倒れてる俺がいて。警察とか野次馬とかいっぱい来てさ。……誰も、俺の声に気づかねえの」
遥、黙って畳に座る。
拓真「なあ遥。俺、殺されたんだってな。ニュース見たろ」
遥「……ああ」
拓真「悔しいんだよ」
拓真の拳が震える。幽霊なのに、泣きそうな顔で。
拓真「俺を殺した奴が、今もどこかで飯食って、風呂入って、笑ってるかもしれねえのが。悔しくて悔しくて、たぶんそれで――俺は、まだここにいる」
遥「……警察が捕まえてくれるだろ。通り魔だって、ニュースにも」
拓真「それがな、遥。一番ヤバい話をしていいか」
拓真、顔を上げる。
拓真「俺――自分が殺された瞬間を、思い出せないんだ」
遥「……は?」
拓真「あの夜、飲んで、店を出て、歩いてて……そっから先が、真っ黒なんだ。塗り潰したみたいに。犯人の顔も、声も、何もかも」
沈黙。遠くで犬の遠吠え。
拓真「頼む、遥」
拓真、畳に手をつく。透けた手は、畳を掴めない。それでも土下座のかたちで。
拓真「俺と一緒に――俺を殺した犯人を、捜してくれ」
遥、天井を仰ぐ。長い長いため息。そして、あの頃と同じ、少し悪い顔で笑う。
遥「……明日、土曜だしな」
拓真「!」
遥「一日だけだぞ。一日だけ、昔のよしみで付き合ってやる。……カナタクマン、十四年ぶりの再結成だ」
拓真「(泣き笑いで)おう!!」
あたたかい空気の二人を窓の外から見るような引きの構図。
電柱の陰。二人の部屋の明かりを、じっと見上げている何者かのシルエット。顔は見えない。
【第1話・了】この「一日だけ」が、とんでもない事件の始まりだとは、遥はまだ知らない――。




