第三章 リラに吹く風 3
(リシュー……)
(では、あなたが、フォックスの名を継いだのですね)
歩きながらリシューを思い出す彼の唇には、自然に笑みがこぼれたが、すぐまた強く引き結ばれた。
(あなたが、今の私の立場を見たらどのように思うだろう)
複雑な表情のままエア・カーが置いてある裏庭へ向かった。
リラ星では数台しか残っていない貴重な代物だった。
「ギオー砦へ視察に行ってくるよ」
見張りの兵士に用件を述べ、乗ろうとした。
その時、リィトムが息せき切って走ってきた。
「ラアダ、だめです!!」
パルの手をつかむと、急いでその場から離れ、地に伏したと同時にドオンと轟音をたててエア・カーは爆発した。そして、横に並んでいた三台のエア・カーが次々と音を立てて燃え上がった。
勢い良く燃える炎、辺りにもうもうとたちこめる黒煙と異臭に人々は、大声で避難を叫び、王宮殿で働く女性たちの悲鳴が騒ぎに拍車をかける。
誰も乗っていなかったことが不幸中の幸いといえた。
熱風にたなびくマントを押さえ
「これは!」とパルは呆然とした様子で目の前の光景を見つめた。
「申し訳ありません。とめたのですが、仲間が……」
リィトムは、爆弾をしかけた張本人のようにうなだれていた。
「ダールとその家族がどこかの星へ逃げるという噂が広まって、船にもしかけたのです。宇宙へ逃亡させないようにと。私は、ダール一人の責任であって家族に罪はないと主張したのですが、聞きいれられずこんな結果になってしまいました。武器は、奪われる前に使うべきだと強引にしかけたのです。先生を捜している途中でお会いできて、本当に良かった」
「なんと、船まで」
逃げまどう人や、宮殿から飛び出してくる人とで裏庭は混雑し、宇宙船を保管している東門近くの倉庫から地をとどろかす爆音に続き火の手が上がった。
その瞬間さらに悲鳴が起こり、あちこちで祈りの言葉がささやかれた。
「倉庫は今ごろ大混乱だろう。けが人がいないか見てこなければ。リィトム、命拾いをしたよ。ありがとう」
「先生、私をしからないのですか。私が皆に教えたからこのような事態に」
「君のせいじゃない。いつかは起こった出来事だ。少々無謀だったが。気にすることはない」
リィトムのほほをやさしくたたくと、パルは人が入り乱れる中を駆けて行った。
宇宙船は、大破した。
エア・カーも全焼し、これで所有する船は、大気圏外にある巡視艇二隻を残すのみとなった。
ダールは、初めてスパイが身近にひそみ、危険が迫っている事実に直面した。
その夜。
緊急会議で集められた中に、総司令官や指揮官、大臣たちの姿はなかった。
テーブルに座しているのは、最も信頼のおけるパルと親衛隊だけだった。
「一刻も早く、スパイを見つけるのが先だ」
親衛隊は、この一点張りだった。
パルは、黙っていた。組み合わせた指を軽くテーブルに乗せたまま、何も発言しなかった。ただ
「何よりもわが君のご家族を最優先に考えることが肝要かと、存じます」と言ったきりだった。
人心把握の皆無、王政地位の揺らぎ、内乱鎮圧の平行線、内憂外患の煩わしさ、抱えている問題は山のようにあった。
ダール王は頭を悩ませ、繰り広げられる愚にもつかない討論に肝を冷やしたり、腹を立てたりしていた。
ちらとパルをうかがったが、彼はマントを深くかぶったまま、いるかいないのかわからない存在になっていた。
「パル、どう思うか?」
その問いに、王の家族の安全を述べただけである。
一日の最後の鐘の音(20時)が聞こえたと同時に、ダールはいらいらしながら言った。
「もうよい。明日また行う」
会議は、一時間足らずで終わった。
ランプの弱々しいがあたたかい光に照らされ、パルは椅子に座ったまま自室の壁にもたれ瞑想にふけっていた。時折、開け放たれた窓からは湿った夜の空気が、夜行性の鳥クロフクリンの鳴き声とともに入ってくる。
宮殿内の三階西の端にあるパルの部屋は、質素で一部屋しかなかった。
あるものといえば古びた机と椅子、真四角の小型の台と服をしまう布箱、ベッド、そして、ぎっしり詰まった本棚と側に幾つもの山積みにされた分厚い本の数々。
目を引くのは、その本の山とベッドの横壁に貼られた大きな海図ぐらいだった。
寝る準備をしていたリィトムは、窓にへばりついているアカイモリを指で追い払い、久しぶりの攻撃のない夜に機嫌を良くしていた。
会議から帰ってから一言も発していないパルが気がかりだったが、それは、何か考え事をしている時だとわかっていたので、何も聞かず、いつものようにあれこれ世話を焼いていた。
「先生、またろくに召し上がっていないではありませんか。いけませんよ。朝もスープしか口にしなかったのですから。せめてパンだけでも食べてください」
木の台に残されたままの夕食に、心配して声をかけた。
パルは、深いため息をついた。
眉間にしわを寄せると、ふいに立ち上がった。
そして、扉を開け柱廊に立っている兵士二人を呼び
「ただちに、この者をギオー砦へ連れて行くように」
リィトムを手で指し示した。
みるみるうちにリィトムの顔色が変わり、信じられないように叫んだ。
「ラ、ラアダ、なぜです!?」
「船を爆破した者として、捕まえる。私は、以前から君の行動を探っていたのだ。証拠がそろった今、見逃すことはできない。ディゼッパ・スェン・ディルコ・ギオー」
・
「パルラアダ!!」
すがってくるリィトムを突き放し、後ろを向いた。
なかばリィトムは引きずられるようにして連れて行かれ、闇の中に叫び声とともに消えた。
「パル殿、この騒ぎは?」
反対の廊下からあらわれた黒マントの一団が声をかけてきた。
「いえ。スパイを一人捕まえたのです。見回りでございますか?」
「いや。実は、そなたの従者であるリィトムを捕らえに参ったのだ。バーグ殿が船の爆破は、リィトムとその仲間だと会議が終わった後、王に進言してな。そなたが首謀者という話は一笑に付されたが。そのままにしておけばまたどこかが同じように爆破されると言われては、王もそなたの従者だからと遠慮していたのだろうが。とりあえず事情を聞こうと思って、こうして出向いてきた訳だ」
「なるほど、そうでございましたか。バーグ殿はこの中にいらっしゃいますか?」
「いや。スマール・ル・マナディラに王とともにいる」
「それではご安心を。その者でしたら、たった今捕まえました。だいぶ前から怪しいと思っていたのですが、証拠がなく今まで何もしなかったばっかりにこのような事態になり申し訳なかったと、わが君にお伝えください。そしてバーグ殿にも」
「おお、そうであったか。さすがパル殿だ。では、早速お伝えしなければ」
「それともう一つお願いしたいことがございます」
パルは、深呼吸をすると一同を見渡した。
「スパイの情報網は、もはや軽視することはできません。わが君のご家族を人質にとられては一大事です。一刻も早く信用できるバイス協会の力を借り、他の星へ逃れていただくように取り計らうことが先決ではないかと思います。わが君もご存知のバイス戦士、以前、レーザー銃を運んでくださったシルバーフォックス殿に頼んでみてはいかがでございましょうか、と」
パルの意見は、反対派もいたが、ダール王の強引さもあって即決定となった。
翌日の午後。
すぐさまバイスを通じ、シルバーフォックスへ大至急の伝言が送られたのである。
(リシュー)
(まだ、風は激しく吹いている)
(だが、永遠ではない。明けない夜はないのだから)
パルは、待っていた。
リュリにこめられた花言葉――平穏――がくるのを信じ、一つの大きな起点となるフォックスの出現を一人、空を見上げ嵐が吹き荒れるリラの地にて、待っていた。