第三章 リラに吹く風 2
王宮殿の屋上には、頑丈な橋が岩山の上に建つコの字型の建物にかかっていた。
スマール・ル・マナディラ(聖なる主の館)と呼ばれる三階建ての王の居城である。
隣の王宮殿に比べれば質素な建物だった。
この橋を渡らなければ居城へは行けず、周りは絶壁の崖に囲まれていたので、容易に近づけなかった。
ごつごつした岩が居城を守るように多く突出していたので、攻撃からも避けることが出来、まさに鉄壁の城といえた。
作戦会議はもっぱらこの居城で行われ、ごく限られた側近しか入ることは許されなかった。橋のたもとには屈強な兵士が幾人か並び、通る者を厳しく見張っていた。が、パルと王の親衛隊たちは例外で、マントで全身を覆っていても簡単に通過出来たのである。
総司令官や大臣たちは、そのつど顔を見せなければならないことを考えれば雲泥の相違といえた。
それは、マントの色の重要性と効力を物語っていた。
もちろん勝手に違う色の着用は許されない。
銃で人を傷つけるよりも、重い罰が下されたからである。
その中には、母星から追放という重い事例が過去にあった。
「わが君。このスマール・ル・マナディラといえど、いつ攻撃の対象になるやもしれません。それに先日捕まえた反乱軍の者によりますと、わが君のご家族を人質にとるという計画があるとのこと。確かな情報ではございませんが、安全面も考えて居城からいったん他の星へ移られたほうがよろしいと存じ上げます」
パルは、淡々とした口調で言い一同を見渡した。
居並ぶ面々――円形の大理石のテーブルの中央に緋のマントをまとった大柄なダール王が陣取り、彼を取り囲むようにして黒マントの親衛隊十人が立っていた。
その右隣にパル、青マントの総司令官をはじめ五人の指揮官、向かい側には黄のマントの大臣が五人と、それぞれ顔を合わすようにして座っている。
親衛隊以外、皆素顔を見せ、パルは誰よりも王の身近にいた。
「うむ。パルの言う通りかもしれん」
「はい。もはや宮殿も居城も安全ではありません」
「しかし、パル殿。精鋭部隊が待機している限り、その心配は皆無だと思うが」と大臣の一人が口をはさんだ。
「いいえ。今は、内乱の時代です。いつ、誰が、反対派に変わるか油断はできません。今までのように安心して宮殿内や居城を歩けないのが現状といえましょう。なれど、これは、あくまで我々だけの問題――わが君のご家族に累が及ぶことだけは、避けねばなりません」
しばらくの沈黙の後、決定を下すようにダールが言った。
「わかった。パル大臣、ただちに避難できるよう手配をしてくれ。ところで、グエル総司令官。ユラ山に蟠踞する反乱部隊はまだ鎮圧出来ないのか?」
「はい。申し訳ございません。まことに影のような者たちでして。彼らに惑わされ岩山を放浪している間に、いつのまにやらユラ山を超え、宮殿を攻めているのでございます。捕まえようにも手が出せません」
総司令官のグエルは、マントの中から陽に焼けたたくましい腕を出すと、テーブルの中央に広げられた地図上の宮殿と山を交互に指差し、一直線になぞった。
「もっと奇妙なのは、我々に対してただの一度も攻撃をしかけてこないことです。爆弾は、我々のいない場所ばっかり狙い撃ってくる有り様で、民も反乱軍の味方です。追い詰めても入り組んだ町に逃げこめば、必ず誰かがかくまうのですから。反乱軍の元へ投降する兵士の数が、日毎に増えているのが現状です」
大臣たちの間に深いため息ともつかないざわめきが広がった。
「どういうことだ?」
「我々と戦う意志がないということでは」
「では、反乱軍は無益な殺生ではなく、狙いは宮殿ということか……」
互いに話し合い、最後の言葉は小声で付け加えた。
「敵の指導者は、よほど頭の切れる人物らしいな。パル大臣、そなたならどう動く?」
親衛隊の一人が、突然声をかけてきた。
パルにはその人物が誰か、声ですぐわかったので、左後ろに向かって
「恐れながら、バーグ殿。影のような部隊を率いている人物では、太刀打ちできない風のようなもの。捕まえる前にどこかへすり抜けていってしまうでしょう。その前に、もっと別の方法を行えばよりよい効果が得られると存じます」
よどみない、静かなしゃべり方だった。
そして、今度は横に座る王に向かい語り出した。
「わが君、武器庫の保管の強化を主張致します。お渡ししました報告書によると宮殿内にいる何者かが反乱軍へ武器をひそかに渡しているということが推測できます。それが何者か、確たる証拠がなくわかりませんが、毎日誰かが攻撃のたび傷ついているのです。しかし、反乱軍といえど同じリラの民。傷つけあうのは得策とは申せません。九十日後に青の月が始まります。青の月の青い中日。何年ぶりかにおとずれる聖なる日までに、この内乱は何としてでも終わらせなくてはなりません。相手に武器を渡さないためにも武器庫を封鎖し、運び出す際は、必ずわが君の石印が必要なように取り計らっていただきたいのです。そして、許可なく近づく者は、誰一人許すことなく捕らえて下さるようにお願いいたします」
「うむ。そうだ。パル殿に賛同致す。まさか、そんな者がいるとはのう。宮殿は、今まであまりにも無防備だった。そして、あまりにも信用をおき過ぎた。どこにでもスパイがひそんでいると思わねばならんのは、むなしい気もするが。いや、いたしかたあるまい。のう、大臣方」
老齢にさしかかった実直なグエルは、白いものが混じったあごひげをさすりながら、残念そうにつぶやいた。
指揮官や大臣たちの賛同により、王は、パルの意見を聞きいれた。
「パル大臣」
会議が終わり、それぞれが部屋から退出しかけたころ、バーグがパルを呼びとめた。
「はい。何でしょうか?」
「大臣職も大変なようだな。若いヤパの扱いから、政権の仕事まで、ゆっくり眠る暇もあるまい。ところで、先程仲間に傷つけられたと聞いたが」
「はい。そう仲間です。リラの民は元をただせば、多くの枝葉が連なる一本の大きなリュリの木ですからね」
「ふふふ、なあるほど。お前こそつかみどころのない風のようなものだな。獅子身中の虫は手に余るだろう」
パルは、低く笑った。
「バーグ殿は、何を私に言いたいのでしょうか? 私は、そうあなたの言われるように風になって、宇宙の星々をめぐり回りたいと願っておりますが」
バーグは鼻を鳴らし何か言いかけたが、ダールに名を呼ばれそのまま引き下がった。
「バーグと何を話していたのだ?」
「私の傷のことです」
「おお、そうか。傷を負ったと聞いたが大丈夫なのか? そなたは、わしの大事な右腕だ。くれぐれも体を大切にするように。ところで、公務抜きでいつでも良いから我が家へ遊びにきてくれぬか。息子も娘もそなたに会いたいと言っておる」
「はい。是非。近いうち伺わせていただきます」
パルは頭を下げ、王と親衛隊の一団が隣室の扉の奥に消えるのを眺め、複雑な面持ちでいた。
そこは、パルさえも入ることの出来ない司令中枢部だった。
書類の束をつかむと、ゆったりとした足取りで居城を後にした。
赤茶けた砂は、サラサラと乾いていた。
布製の靴は、ともすれば地中深く沈み、歩く速度を鈍らせた。
残骸となった家の町並みはすでに名前だけその存在を示し、かつてにぎわっていた王宮殿までまっすぐ伸びた大通りは、床石がところどころはげ落ち、通る者は誰もいない。
しばらく行くと旅人を招き入れた門は土台だけが残り、はるか彼方まで砂煙が舞い上がる大地が見渡せた。
この区域は、ダール勢力の者にとっては危険地帯となっていたのだが、パルは迷わずどんどん前へ進んだ。
そして、ゆるやかな丘に座りこむと、引き裂かれた木の先が折れ曲がり土にのめりこんでいるのを悲しげに見つめた。
「最後まで残っていたリュリの木だったが……」
手にすくった砂は、一条の川のように風に飛ばされていく。
緑のマントがめくれ上がり、中の服が乱れた。
やわらかな布で作った、リラの民が着ている軽い服だった。
老若男女問わず首からくるぶしまで一枚布をまとったようなスタイルで、女性は腰に色彩豊かな飾り紐やきれいな布をリボンにして巻きつけていたが、男性は何も飾らなかったので、広がった裾が強風に激しくなびいた。
フードも後ろに跳ね上がり、踊る髪の横でくるくる回っていた。
パルはその場に立ちつくしていた。何かがくるのを待っているかのように。
そして、見たのだ。うずもれた砂の中にリュリの葉がのぞいているのを。
「これは、なんと幸先のいい」
根元ごとすくい取ると、大事そうに宮殿へ持ち帰った。
硬度で発色のいいライトストーンで造られた六階建ての王宮殿の近くには、円形の尖塔が三つあった。
内乱が始まるまでは穀物倉庫だったが、現在は戦闘で傷ついた人々を収容する仮病院となっていた。
その塔へ負傷者を見舞った後、パルは、考え事をしながら中庭を歩いていた。
いつ行っても元気なリィトムの姿が塔にいなかったからである。
彼はほとんどパルとともにいたが、手が空いている時は塔に赴き、けが人の世話や、雑用をこなしていた。
(仲間のところへ行ったか)
一人納得すると、吐息をつき水の出ていない噴水の側を横切った。
すると円形の噴水の陰から、掌にすっぽりおさまる小動物シロリリスがあらわれ、パルの姿に驚いて白いふわふわの毛の後ろ脚をのぞかせながら跳ねて逃げた。
心和む光景に穏やかな笑みを浮かべ気持ちをゆるめていた時、ふいに呼びとめられた。
「パルさま」
「はい……何でしょう?」
パルは、苦笑いをした。そう呼ばれるのは苦手で、何度さまは不要だと言っても皆同じように口にするのだった。
「ちょうど良かったです。たった今、バイス協会アルファ支部から王さまに連絡が入っているのですが、いかがいたしましょう。スマール・ル・マナディラへつなごうかと思っていたところ監視カメラにパルさまの姿が映られたので、お呼びしました。お忙しいのに申し訳ありません」
一兵士は青マントを風になびかせながら走ってくると、早口で用件を伝え、すまなそうにぺこっと頭を下げた。
「いいのだよ。用件は何と?」
「はい。いつものことです」
パルは、笑った。
「では、私が聞こう。わが君の手を煩わすまでもない」
王宮殿の一隅にある通信室へ入るなり、大きなスクリーンに一人の男が映った。
優雅な仕草でマントを後ろへやり、ゆっくり椅子に腰かけるとにっこり笑った。
「これは、ミューラー殿。ご機嫌いかがでございますか?」
スクリーンいっぱいに映るいかつく、大きい顔をしたミューラーは、口をゆがませながら
「パル大臣か。ふん、いつになったら内乱が終わるのだ。ダールは何をしている。軍隊を総動員し、一刻も早く反乱者どもを叩き潰せ!」といきなり怒鳴った。
臆する様子もなく、パルはいつもと同じ口調で答えた。
「はい。皆一丸となって戦っています。武器類を調達していただいたバイス協会の参謀長官殿には申し訳ありませんが、リラの民はリラのもの。今しばらくお時間を下さい。そのうち旅行者観光同盟星に加入し、どなたでも自由にこられるような星にしたいと存じますので」
「平和になったらそれでかまわん。何も観光地にしなくともいいではないか。どうだ、パル大臣。我々の協会戦士を紹介しようか? 目覚ましい活躍をするぞ。内乱もすぐ終結だ」
「戦士とは、報酬を出せば命をかけて使命をまっとうする人々のことでしたね。たとえば、シルバーフォックスのような」
「おお、彼を知っているのか?」
「はい。以前、わが君の頼みでレーザー銃を運んでいただきました」
「そうか。わしは会ったことはないが、上層部の話では、何でも報酬さえ出せばどんな仕事でも引き受け最後まで真面目に働く、戦士の鑑とまで言われた人物らしい。噂や、ファイルでしか知らないが仕事には定評があって、闇の太子、レッド・ヴィオレッタ、パープルアイ同様この世界じゃ知らない者がいないほど有名なのだ。シルバーフォックスは、数年前から子どもが後を継いだって言ってたな。それでかもしれん」
「何がです?」
「父親を越えるのは難しいってことだ。亡くなった初代のフォックスに比べて儲けがガタ落ちしたって聞いたがな」
「亡くなられた……そうですか。知りませんでした」
「まあな。そういうことは、おおぴっらに言ってないからな。父親の件でショックを受けたせいかどうか知らないが、一時は行方不明になったとも伝えられたな。まぁ、まだバイスに所属してるってことは、どこかで細々と仕事をして暮らしているんだろうよ。父親を見習って、頑張ってもらいたいもんだ」
パルは、おかしそうに笑った。
「ミューラー殿。あなたはフォックスのファンだったのですか?」
「おう、そうよ。数ある戦士の中でスターの連中にとっ捕まらなかったのは、彼ぐらいなもんだからな。皆、多かれ少なかれ世話になっている……はっ、おい、パル大臣。またわしを魔法にかけたな。どうもお前と話をすると、余計なことまでしゃべってしまう。早く、内乱を終わらせるようにダールに伝えろ。いいな、パル大臣」
咳払いをすると、威厳を保つように急に恐い顔をした。
「はい。では、失礼します」
挨拶を述べスクリーンが真っ暗になった時点で、先程の通信士が
「パルさま、ありがとうございました。しかし、飽きもせず毎日同じ文句を並べて連絡してきますね」
呆れ返って言った。
「ふふっ、これが彼の仕事なのだろう。それに、私は彼と話をするのが嫌いじゃない」
パルが部屋を出てから、通信士は同僚にこっそりと打ち明けた。
「お、おい、今、パルさま笑ってらしたぞ」
「何を今さら。パルさまはいつも愛想が良くて、笑っているほうが多いのだ」
「いや、違うんだ。いつもと違う。とてもうれしそうな。そう、お前が恋人のことを話す時の顔に似ていた」




