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プラネタリウムと【だ】




「この間の埋め合わせにプラネタリウムに誘うとは、奴はどういうつもりなんだかな……。

…………まあ、ある意味ベタだけど、そんな期待したって無意味なことだし、どうせいつものダボダボなジーンズに季節外れにもほどがあるパーカーとかで来るんだろし……」


「あ、ごめん。待たせちゃった?」

「やっと来たな、五分の遅刻だこのマイペースやろ、…………」


「ゴメンって、いつもと降りる駅違うからちょっと迷っちゃってさ。

……どうしたの?」

「……はっ、いや、ちょっとビックリしちゃって」

「びっくり?あ、もしかして服のこと?

……やっぱり俺こんな格好変かな」

「いやいや、変なんかじゃないって!

普通にかっ、カッコイイと、思うよ?」

「なんで疑問形?」


「なんか、アンタにもこんなファッションのセンスとかあったんだなぁって。

というか、センスが爆発でもした?じゃなきゃこうはならないんじゃないかって、なんか別の意味で変な感じがしてきた」

「それ褒めてるつもり?まあ、君のいうこともちょっと当たってるかな。

この服友達に薦められて買ったんだけど、いつもの服装と違いすぎて自分でも凄く違和感がしてさぁ」

「うわ、でた、超他力本願。

あぁ~でも、納得。なんか服に着せられてる感があるから変な感じがするんだよ」

「やっぱり似合わないってことか……」


「いんやぁ、別に似合わないってわけじゃないと思うよ?夏の季節感とかこの場所に合わせてコーディネートされてると思うし、派手すぎず地味すぎないいい塩梅だと思う。

あとは……着てる本人の心意気次第?」

「そこで精神論ですか。俺はまだ経験値足りてないってことか」

「あはは、そうとも言うかもねー」


「そういえば、そっちもいつもと違った格好してる。可愛いね」

「…………ふんっ」

「えっ、なんでそんな全力で鼻で笑ったの?」






つい最近な気がするが、そんなことがあったのは1ヶ月以上も前のこと。

馬鹿真面目にもほどがあるアイツは、本当にイベントの誘いを断った代替案を持ってきやがったのだ。

脱出ゲームのテーマが流星群だったことから思い付いたのか、まさかプラネタリウムへのお誘いが来るとは予想外だった。

しかも二人っきりなんて、なおさらのこと。

それでいつもの野暮ったい服装ではなくて、ちょっと大人っぽい装いで来たものだから、うっかりとき……、じゃなくて驚いてしまったものだ。

畳みかけるように聞いたこともない単語が出てきたのだから、

可愛いってガラじゃないんだけど、違うでしょ私のことじゃなくて服のことだよねー。

とか切り返そうとしたけど、思いの外動揺していたのか全く言葉が出てこなくて、結果鼻息しか出なかった訳ですけども。


まあ、結局予想通りというか予想を裏切らない彼は、フッッツーに展示物見て回ってプラネタリム眺めて、それで飯食ってお開きになりましたとも。

いや普通に楽しかったけどね、私的には。

ただ、変に緊張してしまったせいで疲れたっていうのもあったけれど。



さて、感傷に浸るのもこれくらいにして、っと…………。

……あれ?いつもの流れなら新しいアイテムとかヒント的な物が一緒に出てくるはずなんだけど、……なくね?


再度水の張られた水槽を調べてみるが、めぼしい物といえばカードを隠す為のモニュメントたちがあるくらいだ。

何故かキリッという効果音が付きそうな凛々しい顔立ちをした、片手ぐらいの大きさの青魚やサボテンを模した物。

どこかで見覚えのある、ピンクの毛色のげっ歯類の置物や割烹着が似合いすぎるマダムなおばちゃんの置物。

それに、鮮やかな色合いの太陽や月の作り物があるくらいだ。


それぞれ水を被らないよう慎重に取り出して、裏返しにしたり振ってみたりと念入りに調べてみたが、やはり何か目新しい物は発見できなかった。

ということは、次の謎解きは今あるアイテムで解けるということなのだろうか?


部屋をぐるりと見回してみて、あと手を付けていない場所といえば……あそこだ。

一番手強そうで、かつその特殊な状態から下手にいじれない為に避けていた、あのバスタブだ。


恐る恐るあの墨汁のような水が張られた白い浴槽に向かえば、やはり最初に目にした時となんら変化のない黒い水たまりが広がっているだけ。


そうすると、やっぱりこの歌詞に何かヒントが隠されているのだろうか。


改めて側面に立て付けられたボードを見れば、それは私の好きなシンガーソングライターの『空と海の境界線』という曲の歌詞が全編に渡って書き記されていた。




【君が空に産声を上げた日。

 僕は船の終着点で、舵をなくして立ち尽くした。

 何もかも置き去って来た僕の手はからっぽで、

 なのに、何にも持たない君はその手を伸ばして空をかく。

 与えてあげるものなんて何もないのに、それでももがく小さな腕。

 どこかへ羽ばたこうとする未知なる翼、どこへも羽ばたけないか弱き翼。

 それでも、あのこうみょう射す空に憧れるのなら。

 雲の向こうを見に行きたいと言うのなら。

 それならば、僕はかいを手に取ろう。

  

 いつか大空へ飛び立つ君が、

 寂しくないように、道を見失わないように、

 疲れたら翼を休めるように。

 その時の為に僕は今一度舟を出そう。

 この黒き大海原へ。



 あなたが海に鎮まった日。

 わたしはれいめいの空の出発点で、翼を広げて立ち尽くした。

 何もかも拾い上げてきたわたしの腕はいっぱいで、

 なのに、全てを持つあなたはその手でまた取り上げようとする。

 重荷を抱えるほどの余裕なんてないのに、それでも奮う大きな腕。

 どこかへ去ろうとする広い背中、どこへも去れない老いた背中。

 それでも、あの深い海に沈みたいと願うなら。

 波間に漂う小舟のようになりたいと言うのなら。

 それならば、わたしは大きく風を煽ろう。


 いつか大海原に眠るあなたが、

 悔い残らぬように、振り返らないように、

 安らかに旅立てるように。

 その時の為にわたしは今一度羽ばたこう。

 この白き大空へ。



 この世界ではない海と空は、互いを真似たような青色をしているという。

 水平線は混ざり合うように重なり、遙か彼方まで続いていく。

 そんな景色をその瞳に宿して、あなたはみょうじょうを見上げてどこか誇らしげだった。

  

 この海と空は真似しようがないくらい違う色で良かった。

 だって、わたしの目指す境界線があんなにもよく見えるのだから。

 海のような目をしたあなたはそう言った私を見上げて、あかるく笑ってくれた。

  

  君が   (あなたが)

  恐れを抱かないように、不安に駆られないように、

  僕は   (わたしは)

  力強くあすに向けて旅立とう。

  それが最高のはなむけ




この文章から何か分かることや共通するようなこと……。

あえて言うならばこの世界観の黒い海と白い空がまるで黒い水が張られた白いバスタブに似ていることくらいだろうか。

大分こじつけみたいだが。


そういえば、このアーティストの音楽はお伽話のような抽象的で独特な表現の曲調が多いのだが、この曲はいつもと少し違ったテイストなのだ。

二人の人物がそれぞれに語りかけているような歌詞に、伴奏もアコースティックギターとベースだけのシンプルなつくりをしているのに、不思議と心に響く、そんな音楽。

このアーティストのファンの間では、この曲の登場人物と似たような人物が別の曲で描かれていて、実は一つのストーリーになっているのでは?などと考察されているのを知って、なおさらこの曲に興味を持った私はカラオケでも歌うように。

バラード調なのでアップテンポの曲の息抜きやカラオケの締めなんかによく歌うため、今ではもうテロップを見なくても歌えるくらい得意な曲だ。


そんな話を彼にした時、なんと向こうも知っていたアーティストだと分かり、他の好きな曲だとか歌詞の解釈なんかで盛り上がったものだ。

確か、この一文の言い回しは意味深だよねとか、曲調明るいのに歌詞がとんでもなくダークだけどそういう所イイよねだとか、黎明だとか餞とかたまに難しい漢字出てくるけどちょっとした勉強になるよね、とかどうでもいいことで……、

……と、ちょっと……待てよ?


そこである違和感を感じた私は、もう一度歌詞が書かれたボードを端から端まで目で追って、その違和感の原因に気付いた。

もうカラオケの定番と化しているその曲は、歌詞を見なくても一言一句書けるくらいに覚えているのだけど、所々原曲と違う箇所があるのだ。


頭から順番に抜き出せば、『こうみょう』『れいめい』『みょうじょう』『あかるく』『あす』の、この五箇所。

これらの単語は本来漢字で表記されていて、それぞれ『光明』『黎明』『明星』『明るく』『明日』という字で間違いないはずなのだ。


考えを整理しようとスマホでその文字を打ち込み、その最後の変換をしたところで、あっと声があがりそうになる。

この言葉たちに共通すること、それは全てに『明』という漢字が入っていることだ。

恐らく、この文字が重要なヒントなのだろう。


……で?どうしろと?

多分良いところまで行っているとは思うが、もう一捻りが足りない。

この歌詞から浮かび上がってきたキーワードと、何かを掛け合わせないと答えは現れない。

あと、ここから得られる情報はなにかあるだろうか?


歌詞以外の情報といえば、この歌の曲名、だとか?

『空と海の境界線』

この曲中に出てくる舞台である白い空と黒い海、そしてそこに浮かぶ対照的な二人の生き様を象徴しているような曲名。

船乗りの「僕」と翼を持つ「わたし」は全く違う姿をしていても、どこかで確かな繋がりを持ってひとつのカタチになっている、そんなかんじだ。


かんじ……、かんじ?

……も、しかして。

そこである可能性が過ぎった私は、後ろを振り返ってあの水槽を覗き込んだ。


浴槽があの歌詞の世界観を再現しているとしたら、そこには足りないモノがある。

それが『明』という漢字であり、ソレをあの浴槽セカイに足せば完成するということ、なのだとしたら……。


他の物たちよりも一回り大きく、一際存在を主張しているように見えるその二つを水槽からすくい上げると、次のステップへと舞台を移した。

水槽と同じように水の張られたバスタブに、両手にしたソレらを再び浮かべた。


左側には太陽、右側には三日月を。


数拍の間のあと、ピンポーンと間の抜けた正解がどこからか鳴って、栓の抜けるような音が聞こえてきた。

チョロチョロと洗濯機が排水しているような流水音が段々と大きくなるにつれて、浴槽の水嵩がみるみる内に減っていく。


あっという間に底をついた水から覗いたのは、待ちに待ったあのカードだ。

そっと取り上げてみれば角から水が滴っていて、カードを振って水気を払う。


『さ』という文字の最後のカードは、裏側に白く優しい湯気の立つお粥が描いてあった。






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