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お粥と【さ】




その日は週の半ばから少し調子が良くないな、という自覚はあった。

まあ季節の変わり目だし、ちょっとのど風邪でもひいてしまっただけだろうと、そう油断していたのだ。

だからせっかくの休日なのに、ものの見事に風邪をこじらせてしまって寝込むハメに。


そこで素直に寝られれば良かったものの、

あー先週掃除してないからこの休みに色々と掃除しなきゃだった。とか、

仕事用の靴がダメになったから靴屋行かなきゃ、ついでにティッシュも無くなりそうだった。だとか、

あと、なーんか忘れているようなぁ……。

みたいに、色んなことを考え込んでしまって、寝なきゃと思えば思うほど眠れなくなってしまっていたのだ。


熟睡できずになんとか夜を越し、眠気と疲労と体調不良のせいでベッドから動けずにいた、その時のこと。

滅多に使われない玄関の呼び鈴が鳴り響いたことによって、私は忘れていたことの一つを思い出した。

彼が、訪ねて来る日だったことを。


怠重い体を何とか起こして鍵を開ければ、いつもと同じようなラフな格好の男がいつもは緊張感のない顔を驚きに強張らせて立っていたのだ。

私の無様な格好を見ればおおよその検討はついたのか風邪をひいたことを当てられて、その通りだから今日はもう帰ってほしいと伝えた、はず。

そのまま熱に浮かされながら布団に逃げ帰った私は、そういや昨日炊いて余った米冷凍してなかったや、などどとまた一つ思い出していた。どうでもいいことだな。

けれど、しばらくしてからキッチンからする物音と聞き慣れた声に、あれれ?と疑問詞が浮かんだ私は目を開いたのだ。


台所に続く半開きになった扉から見えたのは、彼がお米はあるな鍋はどこだろう、などと言いながら右往左往してる様。

その内お湯を沸かす音と匂いに交じって、どっちが塩だ?なんて困り果てている声が聞こえてつい笑いそうになったのもしょうがない。

ウチの砂糖と塩って同じデザインの容器に入ってるから料理初心者には分かりずらいよね、こんなことならラベルでも貼っとけば良かったか。

なんてほくそ笑んでいると扉が開け放たれて、彼が慎重に運んできたのは大きめのお椀。


何も食べないと元気もなくなっちゃうから、と恐る恐る差し出されたスプーンを受け取って、私はその温かい湯気ごと掬い上げて口にした。

一口食べて、これ塩じゃなくて砂糖入れたな、とわかる程度には味覚は衰えていなかったようだ。

正直美味しいかと聞かれたら首を横に振るところだったが、慣れない料理を作ってくれる人が側にいることがその時の私にはひどく嬉しかったのを、よく覚えている。

ありがとう、とそれだけ伝えて少しずつ食べ進めていくと、何故だかこの甘いお粥がクセになっていて、結局完食したのはやっぱり味覚が変になっていたのだろうか。


そんな優しいもので満たされた私はその後不思議とぐっすりと眠れて、次の日には一人で動き回れるほどには回復した。

そして、中途半端な洗い物や郵便口から入れられた家の鍵などを残して帰った彼には、今度会ったら一言だけじゃなくて二言三言も言ってやらなきゃだな、と心に決めたのだ。






あれから2週間も経ってすっかり風邪は治ったというのに、何故だかあの熱が戻ってくるような気がして私はそれを振り払った。

そういえば、あの時から今日までアイツが忙しいってことで一回も会ってなかったんだよなぁ。

もしかして、この部屋の改造をするで忙しかったのだろうか?

私を喜ばすためだけに、こんな大掛かりなことを?


……まさかね、ハハ、そんな訳ないよねー。



さて、と。

いよいよ最後の砦、出口の扉の仕掛けを解くための手札カードが全て揃ったわけだ。

全部で9枚、この9文字は恐らく何らかの法則で並び替えることによって、扉のロックを解除するパスワードになるのだろう。

ソファーに座ってテーブルの上で試しに入手した順に並べてみると、こんな文章になった。


 いつきってあくださ


……いつきって誰だよ。

あまりの見当の付かなさに、ついどうでもいいツッコミが口から洩れてしまった。

落ち着け落ち着け。自分はこういう並び替え系のクイズは苦手なんだから、山勘で正解にたどり着けるとは思ってないから。


と、なれば、やはりこの裏面のイラストが唯一の頼りだ。

パラパラとカードを全て捲れば、見覚えと思い出のある光景が目の奥でじわりと広がった。


……そうなのだ。

見覚えがあり過ぎるのだ、この部屋のそこかしこの謎解きには。


例えば、コインをドライバーの代わりに使用してネジを外す仕掛けは、「Knock」シリーズの1作目で同じような方法で扉を開けるステージがあったし。

それに、楽園エデンシリーズでは案内キャラとも言えるカピバラが穴に落ちてしまったのを助ける為に、組み合わせた道具で水を引いて浮いてきたのを捕まえたり。これからあの水槽の仕掛けも水を張ればいいのだろうと察しが付いたのだ。

他にも、植物の葉っぱが謎解きのヒントになったり、光を当てると文字が浮かぶ、等々の似たような場面を私は今までに解いてきた。


それはどれも、ムーンフリークスのゲームで、だ。


それは……、私の気のせいなのかもしれない。

ただ、私がここのゲームが好きでよくプレイしていると知っていたから、参考にしただけのことかもしれない。

だってアイツ……世間に疎いし、自分の意思主張とかしないし、人に流されやすいっていうか自己決定しないで他力本願だし。

でも、だからこそ他人の想いや心意を……オリジナリティを尊重する彼だからこそ、安易に他人様の作品をダシに使うとは考えにくいのだ。


……まあ、そのことはここから出られてから問い詰めればいいか。

今は目の前の問題に集中しよう。


気を取り直してテーブルに並べたカードを見渡し……、と、その時視界の隅でチラっと見えた物を、ふと私は手に取った。

目が覚めて最初に手にした、アイツからのメッセージカード。



『突然一人にしてごめんね。

けど安心して。この部屋は俺の家の一室で、隣の部屋で自分は待機してるからもし何かあったらすぐに駆け付けるよ。

それで、本題。

君にはここから脱出して欲しいと思う。

いくら脱出ゲームが好きな君とはいえ急な話で驚いているだろうし、そんな気分になれないってことならすぐに中止するけど、君の為に作ったゲームだから是非とも挑戦して欲しいな。

もう一回言っておくけど、無理だと思ったり気分が悪くなったりしたらすぐに連絡して。でも、そんなに難しくない筈だからヒントを求めて連絡されても答えないから、そこだけはよろしく。


じゃあ、楽しいひと時を、君に』



改めて読み直してみて、あることに気が付いた。

さっきどこかで見たことがあるなと思ったのは、これだったのだ。

「君の為に作ったゲーム」だと、なんだかクサイ台詞だなと思っていたけれど、これはある意味ヒントでもあったのだ。


通りで私が解き易いって言ったら癪に障るが、私と彼が知っていることを元にした脱出ゲームとなっているのだ。

だとすれば、このカードの謎も見当が付く。

私たちに実際にあった出来事を示しているのだとしたら、並び替えの法則は恐らく『時間』だ。


試しにカードを時系列の早い順に並べ替えてみて、文章になるか見てみよう。

左から、オムライス・洋菓子とカップ・メガネ・『Knock』のアイコン・『星の泪』のアイコン・脱出ゲームのチケット・プラネタリウム・お粥・そして鍵。

……そういえば、この太陽のキーホルダーが付いた鍵、未だにどこにも使用してなかったな。

もしかして、このドアの開けた先でまだ何か仕掛けが残っているのだろうか?

まあ、それならそれでドンと来いってもんだ。

一人でここまでやってこれた私は、一皮も二皮もむけたってものだからな。


まだ脱出はしていないものの、ゴール目前という達成感にテンション急上昇な私は鼻息荒くカードをベんっと勢いよくひっくり返した。

そこに現れた言葉は……、



…………え?

こ、れは………。


9枚のカードは、確かに9文字の言葉、というか文章にはなった。

しかし、でも……まさか。



その言葉の意味は私にだって分かる。

でも、その真意は……いったいどういうことなのだろうか?



いくら考えても、今の私にその最大の謎は解ける気はしなかった。


いや、でもこれが正解とはまだ決まったわけではないし。

とにかく、合っているかどうかを判定してもらわないことには、何も進めやしない。


意を決して、私はそのカードを扉の仕掛けに、ゆっくりと当てはめていった。


最初は『つ』、次は『き』『あ』に繋げて『っ』『て』、続けて『く』『だ』『さ』と順に嵌めていく。

最後の『い』を入れれば、パネルは隙間なくぴったりと埋まった。



たった数秒、されどその瞬間の間に心臓の高鳴りが嫌に大きく聞こえて、私はグッと息を詰めた。



ピンポーンという正解の音に必要以上に驚いてしまって、つい一歩後ろに引いてしまう。

けれど、しばらくの沈黙のあと、私は大きく一歩を踏み出して、そのドアを数回『ノック』した。


間を置かず、ガチャリという音と共にドアノブが回って、しずしずと扉が手前に押し開かれた。




そこに居たのは、疑いもなく『彼』その人だ。


「脱出おめでとう、日向ひなた。Gratulationes」

「……卯月うづき。もうちょっと華々しいお祝い方は出来なかったの?」


ぺちぺちと、祝うつもりがあるのか甚だ疑問なユルい拍手を送る彼に、私はジト目を返してやった。






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