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思念

 歩きながら、リートは話を続けた。


「『魔剣』として認識された結果、人々の『想い』は、なお一層深くなり、集約されました。

 『あれが魔剣でさえなければ、こんなことにはならなかった』

 『こんなことになったのは魔剣の所為だ』

 『けして自分の所為じゃない。あれが魔剣だった所為だ』と、いうように」


 その方が、きっと楽だから。


「その集約された人々の『想い』が、やがて剣を、本当の魔剣にしてしまったのです」


「本当の、魔剣………」


「それまでは、ただ切れ味の良い剣に過ぎなかったものが、人々から『負の思念』ともいうべき想いを受け続け、ついに剣自体が『負の思念の塊』になってしまった。

 人々の『負の思念』が剣に宿った、とも言えるかもしれません」


「人の、思念が? 宿るのか? 剣に?」


「ええ。宿ります。たった一つの『負の思念』ですら、別の『負の思念』を引き起こします。

 ましてや『負の思念の塊』となってしまった剣は、その持主の心の『奥底に眠る負の思念』すら引き出してしまう。

 そうやって引き出された『負の思念』によって、剣はますます『負の思念の塊』になっていく。

 悪循環、ですね」


「それが………その『負の思念』っていうのが、『黒い欲望』?

 魔剣が引き出し、拡大し、その渦中に人を巻き込む、っていう……」


「『悪しき気』ともいいますね。

 だからこそ、妖精は、魔剣に触れられない。

 触れれば自分も『悪しきもの』となってしまうから」


「もしかして『呪い』っていうのは、『呪い』だと認識されないと『呪い』にならない?」


「はい。『占い』がそれを信じる人にしか効かないのと理屈は同じですね」


「昔……剣の師匠から聞いたことがある。全ての武器には『凶気』が潜むって。

 剣だけじゃなく、槍とか鞭、包丁やナイフにまで『凶気』が宿っているって。

 武器を手にすると、人はそれを使いたくなる。

 それを使って、人を傷つけたくなる。殺めたくなる。

 それが『凶気』のなせる(わざ)

 威力の大きい武器ほど『凶気』も強く、それを克服したものだけが、真に武器を操ることが出来るんだって……」


「…………『凶気』、ですか。なるほど」


 リートにとって初めて耳にする単語だ。

 しかし意味は分かる。言い得て妙、といったところか。


「『魔剣』と呼ばれるほど優れた武器なら、その『凶気』だって桁外れだよな。それを『呪い』と勘違いした?」


「そうかもしれません。

 『魔剣』として認識しているが故に、克服できる『凶気』を『呪い』と思い込み、克服することを初めから放棄してしまったのかもしれませんね」


「だったら、さ。『魔剣』を『魔剣』として認識しなければ、『魔剣』の呪力は効かない?」


「最初なら、おそらく。でも今は……もう、無理でしょう」


「なんで?」


「先刻も言った通り、今となっては、ティルフィングそのものが『負の思念の塊』です。事実、あの時……」


 言いながら、リートの表情が曇る。

 できれば思い出したくない記憶。


「あの時、私は動くことが出来なかった。

 ティルフィングの放つ、邪悪な波動に引きずられそうで。

 ただ、自分の心を保つのが精一杯だった………」


「………………」


「ティルフィングが造られた直後、小人の呪いを笑い飛ばす者がいれば………ティルフィングは魔剣にならなかったかもしれませんけど………」


「もう、手後れって訳か……」


「今となっては『時』を待つしかありません。『負の思念』を浄化するには、それなりの『時』が必要です」


「『時』は美の女神ユーファの最大の武器、か……」


 何気なく、美の女神ユーファの詩の一節を口にするアド。

 その瞬間、リートの胸が、ツン、と痛んだ。


 特別なのだ、この詩は。


 何故なら、レイ一行に初めて会った時、あの黒髪の少女ティーに頼まれて、最初に歌ったうた詩が、これだから。


――そういえば、ティーはどうしたんです? 一緒じゃないんですか?


――彼女は、亡くなりました。両親の元に送り届けたはずなのに、再会したのは戦場で……敵、でした……。


 再会した夜、レイの泊まっていた宿舎で交わした会話。


 レイは、それ以上語らなかった。

 リートもまた、聞かなかった。否、聞けなかった。


「…………復活するって………言ってたよな」


「え?」


 アドの問いに、余所に行っていた思考をあわてて戻す。


「ティルフィングだよ。封印する時にさ、そう言ってたろう?」


「ええ。聖地の封印が破られ、魔剣の呪力は再び放たれると……。

 しかし、それが最後だと。

 三つの新しい風が吹く時、魔剣の呪いは浄化される、と、精霊王は言っていました」


「聖地の封印が破られる時、いにしえ古の闇は解き放たれ、新たなる三つの風が、大陸行路を吹き抜ける……か」


「……なんです? それ」


(ちまた)で話題の『吟遊詩人の予言』。リートが言ったことになってるけど?」


「…………はい?」


 リートは文字通り目を丸くした。


「私、そんな力ありませんよ?」


「ま、いいんじゃない?」


「…………いいんですかねえ?」


「それよりもさ、『魔剣』が『魔剣』になる原因が『人の思念』なら、『聖剣』が『聖剣』になるのも『人の思念』?」


「そういうことになりますね。武器そのものが元々『破滅をもたらす』ものですから、『魔剣』になるより難しいと思いますけど」


「でも、プロセスは同じって訳だ。誰かが優れた剣を『聖剣』って言い出して、皆がそれを『聖剣』と認識して、結果、『正の思念』が剣に宿る?」


「多分、そうだと思います。『本当の聖剣』っていうのを見たことがないんでよくわかりませんが」


「…………なんだか『聖剣』も『魔剣』も、『言ったモン勝ち』ってカンジ」


「実際、そうなんだと思いますよ。言葉には力がありますから……」


言霊(ことだま)ってやつ?」


 そう言ったアドの表情がふと曇った。


 言霊(ことだま)。アドの育ての親であり、リートの息子であるアンディが得意とした白月神官(ソム・ルフィーナ)の技。


「…………………ええ、おそらく」


 リートはそう答えるに留めた。それ以上語るのは……まだ少し、辛かったから。


 しばらく、沈黙が続いた。


「なあ」


 ややあって、アドは妙に明るい声でリートに声を掛けた。


「聞き忘れてたんだけどさ、この聖剣、『グランシャリオ』ってどういう意味?」


「……『北の七つ星』って意味ですよ」


 間違いではないが正確でもない答え。


 しかし、これ以上の説明は無意味だろう。


「ああ。刀身に星が七つ、あるからか」


 独り合点してからふと小首をかしげる。


「でも、なんで『北』なんだ?」


(いにしえ)の方位学では、『黒』は『北』を表すそうです」


 今度は、間違いではないが、的外れな答え。


「黒? ………あ、そうか。元が黒竜の角だからか。なるほど」


(……ま、こんなところでしょうね)


 内心、苦笑しつつ、ドワーフの言葉を思い出す。


――聖剣の名前なんさ、意味がわかんない方が神秘的でいいってもんだ


 もしかしたら、解説なんてしない方が良かったかもしれない。


(…………ま、いっか)


 開き直るリートの視界に、グナイゼ隊の陣営が見えてきた。






「よおっ!」


 姿を見るなり、グナイゼは右手をアドの頭に載せ、ワシャワシャと栗色の髪をかき回した。


「元気か?」


「まあね」


「ふん?」


 そのまま頭を掴み、ぐいっと自分の方へ顔を向ける。


「……なるほど、元気そうだ。礼を言う」


 最後の一言はリートに向けられたもの。

 旅に出る前に比べ、アドの表情が生き生きとしていることについての礼。

 彼もまた、アドの様子を気にしていたのだ。


「ガリアの処には行ったのか?」


 グナイゼの問いに、首を横に振る。


「いいんだ。今はまだ」


「ふん?」


「ここに来たのも、別にグナイゼに会う為じゃなくて……。あ、いや、会いたくなかったって訳じゃないけど」


「ンだよ、そりゃ」


「実はさ、ここに来る前に………」


 語りながら二人は、グナイゼの天幕へと入っていった。


 後に続こうと思えば別に咎めだてされることなく入れたろうが、リートはそこから踵を返した。

 メラが後に続く。


 陣営の外れに腰を据えると、リートは竪琴を取り出した。

 奏でるでもなく、何となく弦を弾く。


 ポン、ポン、ポン


 曲、というよりは音を弾きながら、先程の会話を反芻する。


 魔剣と、聖剣と、人の想いと………………


(結局、この世の中で一番強いものは、『想い』なのかもしれない)


(『想い』が強い者………言いかえれば、『信念』の強い者が、きっと真に強い者、なのだろう)


(なのに、何故………)


(妖精は滅びつつあるのだろう)


 それは、ずっと気にかかっていた疑問。


(妖精は、人よりもずっと強い『想い』を持っているのに)


 なのに何故、妖精は滅ぶ?


 妖精が人よりも劣っている点、といえば……


(『気』だけでは…………不完全なのか?)


(問題は『肉体』…………?)


(確かに………妖精の『肉体』は、弱い)


(死してその『気』が消滅したら、『肉体』までも消滅してしまうほどに)


(逆に言えば、強い『気』がなければその形が保てないほどに、弱いのだ。『肉体』は)


(やはり………『気』と同時にその容れ物である『肉体』も強くなければ……………)


(不完全、なのだろうか。『種』としては)


(だとしたら………………)


(同じ、なのではないだろうか)


(例え新天地に向かったところで)


(妖精は滅びに向かうのでは?)


 リートはしかし、頭を一振りすると、その考えを放り出した。


(だから何だと言うのだ?)


(まだ、だ)


(まだ、滅んでいない)


(だから)


(生き続けること、生きること。それが尊い生命持つものの、最大級の権利にして義務)


(白竜に、そう言ったのは私だ)


(生命の権利と義務が生き続けることであるならば)


(種としての権利と義務もまた、生き続けること)


(生命の先に死があるように)


(種の先に滅びがあるとしても)


(その瞬間までは……………)


(明日、摘み取られるからと言って自ら落ちる果実はない)


(最後の最後まであがくのが生命)


(生きることをあきらめない)


(繋げることをためらわない)


(だからこそ)


(可能性が少しでも高い選択を……)


「リート!」


 不意に掛けられた声に驚いて振り向くと、案の定アドが立っていた。


「ったくもう! 何してんだよ、こんなとこで! 探したぞ?」


「ああ。すみません。……ちょっと、考え事、してました」


「ふぅん? ま、いいけど。あのさ、グナイゼが、船、貸してくれるってさ」


「船?」


「銀竜の島に行くのに、船が要るんだろう? スピネルに置いてある船、テキトーに使っていいってさ。ほら」


 そう言うとアドは、一枚の紙を差し出した。

 手にとって見ると、それはグナイゼ直筆の使用許可証。


「で、とりあえず今日はここに泊まれって言いたいところだけど、戦闘に巻き込みかねないからサッサと出てけ。挨拶は無用、だって」


「彼らしいですね」


 クスクスと、笑いながら、リートは立ち上がった。


「では、お言葉に甘えて、挨拶抜きでサッサと出ていきましょうか」


「オッケー」


 そうして二人と一匹は、西に向かって歩き出した。

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