銀竜
ゴルボア大陸南東の海域。
広大な砂漠の東の沖合いに、その島はあった。
島は、全体が巨大な岩山であった。
周囲は全て、切り立った崖。
とても人が登れるものではない。
故に、島は岩壁島と呼ばれていた。
「竜の住処って、なんでこんなんばっかなんだよ………」
クリフ島の近くまでやってきたアドは、その切り立った崖を見上げて嘆息した。
「仕方ないでしょう?」
その横で、着々と下船の準備を進めるリート。
「こういう場所じゃないと、人目についちゃうんですから」
「そりゃそうだけどさぁ……………」
はふぅ、と、大きなため息。
「カイラーサより厄介だぜ、こいつは……」
「そうですか?」
「なあ、メラ」
人間離れした連れを無視して、アドは人間じゃない連れに呼びかけた。
ピィ? と返事して首をかしげる仔竜。
「お前、俺のこと、持って飛べる?」
赤い仔竜は、フルフルフル、と首を横に思いっきり振った。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…………やっぱり」
がっくりと肩を落すアドの横で
「じゃ、行きましょうか」
リートは、どこか嬉しそうに停船準備にとりかかった。
「仕方ねえか」
覚悟を決めたアドの耳に、ふいにリートの『人ならざる言語』の呼びかけが響いた。
「リート……………」
「何ですか?」
「お前って、ホンット、性格悪いよなッ」
「そうですか?」
「こういう手があるならあるって先に言えよッ!っていうか、青竜の処でも使えッ!」
「言ったでしょう? 竜族は、自分の処に自力で来られないような者の言うことなんて聞かないって」
「じゃ、何で今は、シルフに運んでもらったりしてる訳?」
数人のシルフの腕に抱えられながら、ムスッとしてアドが尋ねる。
「あ、何か勘違いしてますね」
一方、リートは楽しそうだ。
「先刻の『人ならざる言語』は、島の麓にシルフが集まっていたから、彼らに『何かあったのですか』と聞いただけですよ」
「へ? じゃ、なんで今、俺たち運ばれてるんだよ」
「シルフの答は『銀竜様の処へお連れする為にあなた方をお待ちしていました』でした」
「…………………あ、そ」
「御厚意は素直に受けないとね。それとも、ここで降ろしてもらいますか?」
「冗談じゃない!!」
ブンブンブン、とアドは勢い良く首を横に振った。
銀竜は、年老いていた。
何千年という時を重ね、もはや飛ぶことすらできぬほど。
かつては眩く輝いていたのであろう銀色の鱗は、曇り、苔むし、所々ひび割れている。剥れているところすら、あるようだ。
無理もない。
本来幼竜に生まれ変わるべき時期を、とっくに過ぎているのだから。
「良く……来た……」
それでも、その声は威厳に満ちており、ズシン、と、身体中に響き渡った。
「手っ取り早く、すませよう……」
語る言葉は、ゆっくりであったが。
「水晶を……」
言われるままに無言で差し出す。
ふぅ……と、銀竜が息を吹きかける。
ふぉぉぉん……
宝珠の中に、銀の色が加わった。
「治療」の緑。
「大地」「泥人形」の黒。
「疾風」の白。
「火炎」の赤。
「雷光」の青。
そして銀。
ついに六種の力に満たされた宝珠を、リートは恭しく受け取った。
「我が力は……浄化……。ただし……一度しか…使えない」
「一度しか?」
「使うのは、最後……。幻竜さまの………卵の、前………。さすれば……卵を取り囲む……悪しき『気』が……浄化される……」
もはや語ることすら苦しいのか、時折、ふぅっと息を吐く。
「その後……語りかけよ。人ならざるものの、言語で………。『目覚めよ』、と……」
「はい」
「その声が………届けば、卵は割れ……幻竜さまが……お目覚めになる……」
「承知しました」
「……済まぬ……な……。本来なら………もう少し、力を……込められるのだが……。今の我には、これが……精一杯……」
「いえ、充分でございます」
「………代わりと、言っては……なんだが……。詩人よ…………シルフから、聖歌を……学べ……」
「聖歌?」
「浄化ほどでは、ないが……それに近い力を……持つ。役に……立つだろう……」
「仰せの通りに」
「そして…………我の髭を………使うがいい」
「髭……ですか?」
思いがけない単語に首をひねる。
「我の髭を……竪琴の弦に……………」
「あ…………!」
ポン、と右拳で左掌を叩くリート。
「なるほど」
さすれば聖歌の威力も増すというもの。
「有り難うございまず。お言葉に甘えさせていただきます」
「それから……緑竜の、治療の力には……解毒の作用も……ある……。覚えておくと……いい……」
「はい」
「それと今一つ………。我の鱗も……数枚、持っていけ」
「……は?」
「そなたらの、船………。人の作りし船のままでは………あの島へは行きつけぬ」
「………そうでしょうか」
「無理だ」
断言された。
「故に……ドワーフに……依頼せよ。我の鱗を対価に」
「あ、なるほど。わかりました」
「では……後は……頼む……」
銀竜は、そう言うと、ゆっくりと両の目を閉じ、すぅっと眠りに落ちていった。
『さぁ』
『先ずは、髭を』
シルフたちに促され、リートは銀竜に近付いた。
銀竜の髭は、思ったよりも柔らかかった。
銀、ではなく、既に真白であったけれども。
触れた掌から、銀竜の想いが伝わってくる。
案ずる心。期待する心。そして、安堵の心。
己の身、ではなく、竜族の行く末を案ずる心。
気難しい同族から、全ての力を集め得た者達に期待する心。
と同時に、彼らの身を、案ずる心。
そして、己の命終前に、彼らが訪れたことに対する安堵の心――
リートは、剣を引き抜くと、静かに髭を切り取り、懐にしまう。
そこに込められた想いも共に。
『次いで鱗を』
言われて少しためらった。
銀色の鱗は、曇り、苔むし、所々ひび割れている。
割れているところなら簡単に剥がれそうだが、価値は低いだろう。
しかし、綺麗な鱗があまりに少ない。
それを剥ぐのはさすがに気が引ける。
『ためらうことはありません』
『それが銀竜様の意志』
『ほらそこ、その綺麗な鱗をお取りなさい』
シルフたちに促され、リートは損傷の少ない鱗を3枚、剥ぎ取った。
その間、アドは何も言わず、ただじっとその様子を見ていた。
『………では、こちらへ』
シルフたちに導かれ、その場を立ち去る直前。
アドは、眠ったままの銀竜に向かい、深々と頭を下げた。
そして。
一行は、そっとその場を立ち去った。
『これは………』
シルフたちから聖歌を聞いたリートは、思わず眉をひそめた。
『難しいですね。マスターできるかどうか……』
『してもらわねば困ります』
シルフの言葉に肯きながら、リートはアドに向き直った。
「この歌をマスターするには、かなり時間がかかりそうです。その間……どうします? 船に戻ってますか?」
「かなりって……どのくらい?」
「早くて半月。もしかすると一ヶ月……」
「……マジ?」
「こんな嘘ついてどうするんです? 本当ですよ」
「ううん……」
アドは、しばらく考え込んでいたが、
「……オッケー。船に戻るよ。でもって、マレアまで行って最終決戦の準備、整えとく」
マレアは、ここから一番近い港町だ。
「一人で? マレアまで?」
「大丈夫、大丈夫。ここはゴルボアだし、襲われることはないって」
「じゃなくて、船の操縦の方です」
「うっ………」
言葉に詰まる。
グナイゼの肝入りで借り受けた船は、小型の扱いやすいものであったが、アドの操船は、はっきり言って下手だった。
あまりの下手さに呆れ果て、スピネルからここまでは、ずっとリートが操船していたのだ。
ちなみに船は帆船である。
エンジン付きの船など、この世界に存在しない。
少なくとも今のところは。
「な……何とか、なるさ。アハハハハハ」
乾いた笑いの横で頭をかかえたリートは、シルフたちと何やら相談し始めた。
「……話がつきました」
ややあって、ようやくアドの方に向き直る。
「シルフに、同行してもらいます」
「は?」
「で、一旦マレアに向かいましょう。その合間に聖歌の学習も進めます」
「はぁ……」
「マレアに着いたら、先ずはドワーフを探します。船の改造をするのか、新しい船をもらうか、それは相手と相談して決めましょう」
「あ、ああ」
「その後、私は、何とか聖歌をマスターします。ですので、最終決戦の準備はお任せます」
「は、なるほど……。っていうか、最初からそうしろ」
「しょーがないでしょ?たった今、シルフと話つけたんですから……」
何はともあれ、一行はシルフに連れられて船に戻ると、マレアに向かって出発したのだった。
「よ、待ってたぜ」
マレアについてすぐ。
桟橋を下り、とりあえず宿を探そうと歩を進めた二人は、ほどなくかけられた声に振り向いた。
そこにいたのは豊かな髭を生やした背の低い一人の男だった。
パッと見には。
だが
「……ずいぶん大胆ですね」
苦笑しながらリートは、アドを促しつつ男に近づいた。
「人の町に出て大丈夫なのですか? ドワーフさん?」
「え……」
小声でかけられた声に驚いたのはアドの方だ。
「心配ない。俺は背の高い方でな。おかげで人の間に居ても、『背の低い男』扱いされるだけだ」
髭の男――背の高いドワーフは、そう言うとニヤリと笑った。
「まあ、それだけ人の言葉が達者なら、そうでしょうね」
「え~と。今、『待ってた』って言った?」
「おう。言ったな」
アドの疑問にドワーフはひげをしごきながら答えた。
「シルフに聞いた。船を改造すりゃいいんだろう?」
「お、話が早いじゃん」
アドがニコッと笑う。
対してリートは、半信半疑で問う。
「お願いしてよろしいのですか? ええと……」
名を呼ぼうとして、互いにまだ名乗っていないことに気付く。
「失礼、まだ名乗っていませんでしたね」
「要らねえ。リートとアドだろ。俺の名はエギル」
「ではエギル。私たちの行く先も全て承知の上で引き受けていただけると?」
「おう。ただし鱗はもらうぜ」
「もちろん、お渡しします」
「2枚な」
「え?」
「知ってる。3枚もらったんだろ。でも2枚でいい。実はな」
ニヤリ、とエギルは相好を崩した。
「ちっとばかり試したい技があるんだよ。鱗2枚でいいから試させろ」
「へえ? そりゃ助か」
「試したい技、とは?」
即座にOKを出そうとしたアドを遮るようにリートが問う。
「そう警戒すんな。ま、一言で言えば『失われた技術』ってヤツだな」
「『失われた技術』?」
「星船に入れるのはお前さんだけじゃねえ」
ピクン、とリートの眉が揺れる。
星船、というのは、月神殿の地下にある、あの移民船のことだろう。
「……確かにあなたなら、入るのは容易でしょうね」
リート自身、ドワーフの力を借りて中へ入ったのだ。同じドワーフであるなら造作もないだろう。
「俺はな、ちっとばかり変わり者なんだよ」
エギルは頭を掻きながら呟いた。
「普通のドワーフは、武器やら装飾品やらの細工に興味を持つんだが、俺が興味のあるのは人の技の方でね」
「人の技?」
「科学とか工学とか言われる奴だよ」
「それは……珍しいですね」
「良く言われる。でな、例の星船にもかなり前から潜り込んで、色々調べてたんだ。この惑星でも何か作れるんじゃないかと思ってな」
「で、何か作ったんですね?」
「ん、まあな。ただ、上手く動くかどうかはわからん。けど、動けば役に立つ。特にあそこへ行くためにはな」
「賭け、というわけですか」
「どっちかって言うと博打に近いがな」
「…………」
リートはじっとエギルを見た。
「………わかりました」
ややあって、リートはふっと息を付きながら答えた。
「事の成就には博打も必要でしょう。あなたに賭けてみます」
「よし、商談成り……」
「ただし」
リートはエギルの言葉をぶった切った。
「鱗1枚で」
「はあ?」
「私たちが無事に帰ってきたら、もう1枚差し上げます。それでいかがですか?」
「は、はは。そういうことか。OK、それでいい」
「では、商談成立ですね」
言いながらリートが差し出した右手を、エギルはギリッと握り返した。
「じゃ、早速だが船を確認させてくれ」
そういうわけで。
3人と一匹は、今来た道を引き返し、エギルを船へと案内した。
「ところでエギル」
早速船の検分を始めたエギルに、リートが問うた。
「何だ?」
「この港町で、聖歌の練習をしても差し支えないような宿ってありますか?」
「なら、『ドルフィン』って宿がお勧めだ」
視線を船から離さずエギルが答える。
「町の中心からちょっと離れたところにあるし、女将は、年取って目が悪くなってきたとかで、音楽や歌を聞くのが唯一の気晴らしだ。
ちっとばかり歌の練習をしたいって言えば、嫌がるどころかむしろ歓迎するだろうよ」
「わかりました。ありがとうございます」
礼を言うと、二人と一匹は、今度こそ桟橋を後にした。




