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ココトキ  作者: 奈月翼
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優しさが伝わった時の涙には 第5話

 微かに声を震わせながら女の子は答えた。

「えっと……森で倒れているのを見付けて……生きているみたいだったから……ここまで運んで来たの……あっ、ここ私の家!」

「助けてくれたの?」

「えっあっ……うん」

 じっと見詰める無表情のフウトの目は鋭い刃のようだった。少女からすれば滅多刺しにされているような感覚に陥ってしまう程だった。

「助けてくれて有難う」

 一瞬、時が止まったかのような感じがした。何を言われたのか理解するのに僅かな時間を要したが、少女は恐怖で凍り付いていた表情をやんわりと緩ませた。

「うん! どう致しまして!」

 その瞬間から少女は塞き止められていたダムが決壊してしまったかのように喋り出した。

「私が歩いていたら急に音がして、何かなぁ~って思って見に行ったらあなたが傷だらけで倒れていたから本当にびっくりしちゃった! でも何であんな所に倒れていたの? 木に登っていて落ちたのかな? でもそれだったら何で登る事になってしまったのかっていう疑問が出てくるし、それに流石にそこまでボロボロにはならないと思うから、もっと高い所から落ちて来たって言う考えをしてもおかしくないよね! 木よりも高いって事は飛行機か何か空飛ぶ物から落下しちゃったのかな? あぁ~! でもそうなったら逆に怪我だけじゃ済まないし、生きてるのが奇跡って事になっちゃうよね。そうだとしてもでもでも! コートを着て空から落ちて来るなんて不思議だよね! 一体何してる人なの? どうしてこの森に落ちてきたの? 歳はいくつ?」

 マシンガンの様に話す少女は幾つもの質問をフウトにぶつけてきた。だが、質問をしたいのはフウトの方である。

「あの――」

「私一人で暮らしていると思うかも知れないけど、街に仕事をしに行ったお母さんが帰って来るのを待ってるの!」

「いや、鞄――」

「全然寂しいって言ったら嘘になっちゃうけど、お母さんだって頑張っているんだから私が弱音を吐いちゃう訳にはいかないから!」

「……あれ? コートも無い」

その瞬間、マシンガンの様に連射されていた言葉が止まったと同時に少女は顔を俯かせた。

「何も見てないから……」

「え? もしかして背中見た?」

 少女は首を横に大きく振った。

 フウトは左手を背中に回すと、コートの中に着ていた服までもボロボロに破けていた。

(ヤバイ……翼を見られた。『地上』の人間じゃない事がバレてしまった)

 顔を俯かせたままの少女に恐る恐る尋ねた。

「背中の何を見たの?」

 疑問の言葉に少女は相変わらず首を横に振った。だが、フウトは出来るだけ自分の出来る範囲の優しい口調でもう一度尋ねる。

「怒らないから素直に答えてくれ……背中の何を見たの?」

「……傷をね、手当てしようと思って……コート着てたら手当て出来ないと思って……別に見るつもりは無かったんだよ……」

「君が悪気があって見たなんて思ってないよ。素直に答えて欲しい。何を見たの?」

「……大きな火傷」

「他には?」

「他には何も無かったよ……火傷を見ちゃってごめんなさい」

「いや、大丈夫だよ。別にそんなに気にしてる訳じゃないから」

(良かった。翼は見られてないみたいだ)

 『地上』の人間じゃない事に気付かれなくて、ホッとした様子のフウトだった。背中全体に渡って広がっている火傷の痕は生まれた時からフウトにはあった。本来なら生まれたばかりの赤ん坊がそんな怪我を負っていたならば生命を脅かす危険性もあったのだが、まるで古傷の様に何も問題は無かったのだった。

「ところで僕が倒れていた周りに鞄は落ちて無かった?」

「うん、あったよ。だから一緒に持って帰って来てるよ。隣の部屋にあるからちょっと取って来るね!」

 そう言うと少女は隣の部屋に走って取りに行くと、Uターンするかの様にすぐに戻って来るとフウトに鞄を差し出した。

 すぐさま受け取ると手紙の無事を確認する為に鞄へと手を入れた。ちゃんと中に入っていた手紙は無事だった。

 安心した様に大きく息を吐くフウト。その姿を見ていた少女が質問を投げ掛けてきた。

「その鞄に入っている物ってそんなに大切な物なの?」

「あぁ、とても大切な物だ。僕はこれを届けに行く途中にこの森の中で倒れてしまったんだ」

「へぇ~郵便屋さんだったんだね! でも何で届けに行く途中に森の中で倒れてたの? もしかして道に迷ってしまって、高い所から捜そうとして木に登ったけど落ちちゃったってオチかな?」

(まぁそういう事にしておけば話もややこしくならずに済むか……)

「まぁ、そんなところかな」

「郵便屋さんなのに方向音痴なんて全然ダメダメじゃん!」

(……この人間……少し口が悪いな……)

 少し気分を悪くしたフウトが黙り込んでいると少女は何も無かったように笑いながら

「そういえば名前を聞いて無かったね! 私は衣塚さゆみだよ。あなたは?」

「僕はフウト」

「フウト君かぁ~。それで苗字は?」

「苗字? ……えっと……コ、コートラル・フウト」

「コートラルって言うんだ! 珍しいね! ハーフかな?」

「あっ、いや……」

(ヤバイ……また質問攻めにされてしまう……)

 危険を察知したフウトは何かを思い出したかのように立ち上がった。

「そうだ。僕もう配達に行かなきゃ。届け先の人を待たせてしまう訳にはいかない」

 そそくさと出て行こうとしたフウトだったが、さゆみが目の前に立ちはだかった。

「それだけの大怪我をしているんだからもう少し安静にしていないとダメだよ! 配達も大事かも知れないけどフウト君の体があってこそ出来るものなんだからね!」

「いや、これだけは僕の体がどうなっても届けないといけない」

「どうなっても良い訳無いじゃないの! 配達は今日出来なくても壊れたり無くなったりはしないけど、自分自身はそうはいかないのよ。壊れたら直すって訳にはいかないんだから、もっと自分を大切にしてあげてよ!」

「僕にはやらないといけない事がある。助けてくれた事には感謝しているけど、もうこれ以上は関わらないでくれ。僕を止める権利なんて君には無い筈だよ」 

フウトはさゆみの言葉に温もりを感じたが、配達という重要な責任を感じている為についつい強い言葉を吐いてしまう。無言になったさゆみの横を通り過ぎようとした時、フウトは腕を摑まれた。

「確かに私にはフウト君のやらないといけない事を止める権利なんて無いよ。だけど、森で倒れていたフウト君を助けた時点で私にはフウト君をちゃんと治してあげないといけないっていう責任が出来たんだもん。だから私がやろうとしている事を止める権利もフウト君には無いって事だもん!」

 一体どう考えたらそんな定義が生まれてくるんだとフウトは心で思ったが、何だか出て行けないなぁ~っと感じた。ドアを目の前にしていたフウトは「分かった」と言うとベットまで戻っていった。さゆみも一安心した様に笑顔が零れた。

 ベットに横になったフウトは『ファーラ』からの手紙をどうしようかと思い、鞄から取り出して見詰めていた。するとある事に気付き、さゆみに声を掛ける。

「確か君、『衣塚さゆみ』って言ってたよね?」

「うん! 私の名前だよ」

「じゃあ『衣塚真奈美』って知り合いかな?」

「真奈美は私のお母さんだよ。何でお母さんの名前知ってるの?」

 隣の部屋に居たさゆみは驚いた感じでフウトの所までやって来た。するとフウトは手紙をさゆみに向かって差し出して言った。

「僕が配達しなきゃいけなかったのは君だったんだ」

「えっ……」

 言葉を失ってしまったさゆみに対してフウトはコートラルから出て行く際に言われたイシンの言葉を思い出していた。そしてさゆみの手の中に手紙を渡しながら言った。

「お母さんからの想いが沢山込められた手紙だ。一番の大切なお母さんとの思い出の事を想いながら読むと良い」

 言われるがままにさゆみは手渡された手紙の封を切ると中から取り出して広げて見た。だが、次の瞬間さゆみの口から思わぬ言葉が飛び出した。

「……どうしてこんな事するの?」

「えっ……」

何がどうなっているのかフウトには分からなかった。母親から依頼された手紙を依頼通りに届け先のさゆみへと届けたのだ。これの何処に不具合が生じたというのか。

広げた手紙を見詰めたまま、涙をぼろぼろと溢していくさゆみ。それは徐々に体を揺らすまでになってゆく。息を詰まらせながらさゆみは訴える。

「……どうしてこんな酷い事をされないといけないの? 私がフウト君に何かした? 引き止めたのがそんなに腹の立つ事だったの? 何でお母さんの名前を知っていたのかは分からないけど……あまりにも酷過ぎるよ! どれだけ私がお母さんからの連絡を楽しみに待っていたか……悪戯にも程があるよ……あんまりだよ……」

 そう言いながら泣いているさゆみの手から滑る様にして床に手紙が落ちる。一体何が書いてあったのか気になり、床に落ちている手紙を広い上げて見るフウト。だが、フウトはその手紙を見た瞬間、驚きを隠せなくなってしまうのだった。何故ならさゆみに渡した手紙には何も書かれて無かったのだから――つまり白紙だったのだ。

何も言葉を発さない――というより何も発せられないまま無言の時間が流れる。そんな張り詰めた空気の中でさゆみは小さく言った。

「もう帰ってよ……出て行ってよ……」

 涙を必死に堪えながらやっとの思いでさゆみは言った。

 このまま悲しませた状態で帰る事なんて出来ないと感じていたフウトは思いとは裏腹に床に落ちていた封を切られた封筒を拾い上げると、持っていた手紙を折り畳んで入れ、鞄と帽子とコートを手に持ち小屋を後にした。

 ドアを閉める時、何か言葉を言おうとするフウトだったが、何も言えないまま静かにドアを閉めた。その瞬間、さゆみは我慢していた思いが一気に解き放たれたかのように目から涙が溢れてきた。そのまま床へと塞ぎ込んで大声を上げて泣いたのだった。

 森の薄暗い道をただ無心に歩き、『地上』にある『風のトンネル』の入り口まで来たフウトは一度森の方を見るが、すぐに振り返ると『風のトンネル』内に入って行き、スピリアへと戻って行くのだった。

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