表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ココトキ  作者: 奈月翼
10/31

優しさが伝わった時の涙には 第9話

すっかり日は落ちてしまっていたが、幸運な事に満天の星空が出ていた事により、それ程暗いとは感じなかった。それに瞬く星を背にして降りて行く事で、『地上』からフウトの姿を確認される心配も無かったのだった。

 短時間のうちに二回目の『風のトンネル』を通っているという事や昼間の時と比べて風も安定してたという事もあり、危なっかしい様子も無く円滑に『地上』に辿り着く事が出来た。

 ハルのお陰で力強い決心を持つ事が出来ていたが、ふと思い出したかのように込み上げてくる不安を背にさゆみの居る森の中へと入って行く。

 さっきまであんなに瞬いていた星の光は空を覆うように高くまで伸びて生い茂った木々に遮られ、足元を気を付けながら歩くのが精一杯だった。

 暫く歩いていたフウトの視線の先に微かな明かりが見えた。きっとあそこだと思ったフウトは目的地を見付けた安心感からか、僅かばかり早足になった。小屋の目の前に来ると中から穏やかな光が洩れていた。昼間の事が頭の中に浮かんでしまい、後ずさりしたい気持ちを抑えながら深呼吸をして心の準備を整える。

 そして意を決したフウトは軽く唇を噛み締め、小屋のドアを軽く三回叩いた。中から「は~い!」とさゆみの声がした瞬間、心臓が口から飛び出してしまうような感覚に陥った。何とか冷静になろうと軽く息を吸い、一拍おいて言う。

「僕です。昼間の事を謝りたくて……」

 さゆみからの返事は無かった。フウトは更に言葉を付け加えた。

「もう一度お母さんからの手紙を受け取って欲しい」

「また私を騙して笑うつもりなんでしょ! 何がお母さんからの手紙よ! 嘘だって分かり切ってる!」

「嘘なんかじゃない。ちゃんとお母さんに依頼されて君に届けに来たんだ」

「何も書いてない白紙が手紙だって言うの? 何の為に私にこんな酷い事をするの? もう帰って! そしてもう二度とここには来ないで!」

「そんな訳にはいかないよ。君がちゃんとお母さんからの手紙に込められた『想い』を受け取ってくれるまでは帰れない。それに君が白紙と言ったこの手紙は見えないだけでちゃんと書かれているんだ。僕を信じて欲しい」

「信じる事なんて出来る訳無いじゃない! だってフウト君がさっきから言ってるお母さんからの手紙なんて送られてくる筈が無いんだもん!」

「……それはどういう意味なの? さゆみのお母さんは街に仕事で行ってるって言ってたよね?」

「お母さんは街に仕事に行って……私の為に一生懸命働いて……一年前に過労のせいで死んだの……だから手紙なんてくる筈無いの……分かったでしょ! フウト君が言ってる事は全部嘘! だからもう帰って!」

 

さゆみは知っていたのだ。定期的に帰って来ていた母親がある時から一切帰って来なくなり、連絡も途絶えてしまっていた。きっとそういう事が出来ないくらい忙しいんだと思い、半年前のある日、さゆみは母親に会う為に森から街に出掛けて行った。突然会いに行ってお母さんをびっくりさせるんだからっと楽しそうに街までの長い道のりを歩いて行った。お金を持っていなかったさゆみが母親に会う手段はこれだけだった。体は疲れ切っていたが、母親に会える事を心の支えにして何とか街まで辿り着くとすぐさま職場まで行った。だが、何処にも母親の姿は無かった。そこで働いていた一人の中年の女性に声を掛けて母親の事を尋ねるとこう話してくれた。

「さゆみちゃんのお母さんは半年くらい前に亡くなったんだよ。凄く性格の良い人だったのに頑張り過ぎたんだろうね……いつもあなたの話をしながら幸せそうに笑ってた。本当に残念で仕方無いよ……」

 何も考える事も出来ないくらいショックだったさゆみは疲れ切っていた体のまま、森に帰って行ったのだった。それからずっと寂しさを紛らわせる為に母親はいつか帰って来ると自分自身に言い聞かせていたのだった。どんなに時が経とうとも必ずまた自分の目の前に姿を見せてくれると……


 フウトは両手を強く握り締めていた。

(――そうだったのか。『ファーラ』からの手紙って言うのは『死者の思い残した言葉』の事だったんだ。特別な手紙や『想い』という意味はそういう事だったんだ)

心待ちにしていた母親からの手紙をあんな形で受け取らせてしまった事を悔やんだ。だが、それなら尚更この手紙に込められた母親からの『想い』を届けないといけないと思ったフウトは握り締めていた手をドアに打ち付けた。その瞬間、中に居たさゆみはビクッと体を震わせた。

「ずっとお母さんは君に伝えたかったんだ。言えなかった言葉を死んでもなお……だけどその言葉は手紙として君の元に届いた。僕が必ずお母さんの『想い』を君まで届けてあげるから信じてくれ!」

「そんな事出来る訳無いじゃない!」

「出来無い事なんて無いんだ! だって俺は郵便屋だ! 頼まれた依頼は絶対に果たすのが仕事なんだ! 例えそれが死んだお母さんからの依頼でもだ!」

 フウトは『感情』を爆発させた。決して大きな声など上げないフウトだったが、その声は森に響く程だった。そしてさゆみからの返答は無く、森全体が静寂に包まれた。

(やっぱり僕が何を言っても心を動かしてくれる訳無いか……)

 そう半分諦め掛けたフウトの顔に光が差し込んできた。そこにはさゆみの姿があった。半信半疑ではあったが、フウトの言葉を信じてドアを開けてくれたのだった。

「本当にお母さんが私に伝えたかった言葉……『想い』を知る事が出来るの?」

「あぁ、大丈夫だ。今度は白紙じゃなく、ちゃんとお母さんの言葉が書いてある手紙を届けてあげる。でもその為には君自身にも協力して貰わないといけない」

「協力ってどうしたら良いの?」

「教えて欲しい。君とお母さんとの心の中で『想い』が一番強く残っている話を」

「う~ん……そんな事言われてもお母さんとの思い出はどれも私にとっては大切なモノばかりだし……森に住み始めた頃は良く一緒に川に行って魚を取ったりもしたし、山菜を取ったりもした。あとは街に連れて行ってくれて色んな場所を回ったりした事も大切な思い出だよ」

 確かにさゆみ本人にとってはどれもお母さんと過ごした大切な日々の思い出かも知れないが、強い『想い』が残っている場所とは程遠いような感じがした。

 フウトは鞄から手紙を取り出して手に持ってみたが、そう簡単に手紙から強い『想い』を見付け出せる訳も無かった。

「もっと他に強く残っている思い出や場所とかは無いかな?」

僅かな手掛かりでも見付けようとさゆみに質問をぶつけるが、特に何も分かる事は出来なかった。フウトは必死になって考える。

(さゆみの中に必ずお母さんの『想い』を解き放つ事が出来る思い出がある筈なんだ。一緒に色んな所に行った中にあるのか? いや、そんな日常の出来事の中にあるとは思えない……っとなると果たせなかった『約束』とか……しかも『特別な約束』みたいなものがあったとしたなら……)

「ねぇ、もしかしてお母さんと何か約束した思い出とか無いかな? 例えば最後に会った時に何処かに行こうとか何かをしようっていう約束みたいな事なんだけど……思い当たる事無いかな?」

「約束……何かしたかな? お母さんが帰って来る度に約束はしてたし……でも、それは街に行こうとか今度は何を食べようとかっていうぐらいだったし……」

 さゆみの様子にフウトは気付いた。きっと忘れられない程、大切な思い出がさゆみの中にある。でも、お母さんが死んでしまったショックで日常の思い出は残っているが、強い『想い』が込められている思い出は記憶の奥底へと仕舞い込まれているに違いないと感じた。

 さっきからさゆみは大切な思い出を話しているが、どれも有り触れたものばかりなのだ。普通これだけ大切に想い合っている母と娘ならばその親子にしか無い思い出がある筈なのに、さゆみの口からは何一つ出てこなかった。

 フウトは考えた。何か強い『想い』へのヒントが無いかと。何か重要なキーワードでさゆみに思い出して貰うしか無いと。

(確かこの手紙、昼過ぎに届いたのに速達になっていた。何故急ぐ必要があったんだ? 別に『想い』だけを伝える為なら遅くならない程度なら、いつだって良かった筈だ。でも、敢えて今日を選んだ……今日だけの特別な事……今日じゃないと見えないもの。

 ふと顔を上げたフウトの視界に窓越しから見える満天の星空が入ってきた。


(――あ、星だ!)


 すぐさま、さゆみに質問をした。

「お母さんと星空について何か約束とか無かったか?」

 その瞬間、さゆみの記憶の奥底にあった思い出が甦る。「あぁ……」っと声を出して目を潤ませると

「この先にある夜空が良く見える場所に一緒に行こうって約束した……次の私の誕生日にそこに行けば素敵な事が起こるからって言ってた……」

 その言葉でフウトは確信した。さゆみの母親の『想い』が一番強く残っている場所だと。徐にさゆみの腕を掴むと小屋を飛び出し、さゆみと母親の約束の場所へと急いだ。至る所に枝が落ちていて躓きそうになりながらも走った。

 そのうち空を覆うように高く生茂っていた木々は疎らになっていき、約束の場所に辿り着いた時には満天の星空が目の前に広がっていた。それはまるで宇宙に迷い込んでしまったような気分にさせられる程の光景だった。立ち止まって眺めていると、さゆみは驚いた表情を浮かべたかと思うと突然一粒の涙が頬を流れ落ちていった。そして心で思った。

(お母さんと一緒にこの星空を見たかったなぁ……最後にお母さんが帰って来た時に約束したのにすぐに思い出せなくてごめんね……あの日から私の中のお母さんは止まったままだった……今でもお母さんが死んじゃったなんて信じられない。でもそんな弱い事ばかり言ってたらお母さんが安心出来ないんだもんね…………私これからはちゃんと前に進んでいくから見守っていてね。この星空の上で……」

 さゆみは何か吹っ切れたような表情を浮かべていた。その時、フウトの鞄の中から光が溢れ出した。何が起こったのかと鞄を開けて手紙を取り出す。手の中で光り輝く手紙をフウトはさゆみに手渡した。

「今度こそはちゃんとお母さんからの『想い』が読める筈だから取り出して開いてごらん」

 言われるがままにさゆみは手紙を取り出し開いてみると、そこには見覚えのある母親の文字で書かれていた。それを見たさゆみの目からは涙が零れ落ちる。

 

――さゆみ、寂しい思いをさせてしまってごめんね。もっともっと一緒に居たかったのに、もっともっと傍でさゆみの事を見ていたかったのに……出来なくなってしまって本当にごめんなさい。幼い頃から不自由な暮らしばかりさせてしまっていたのに、いつだって笑顔を絶やさず、どんな時も変わらないその明るさに何度助けられた事か。でもそういう明るい娘に育ってくれた事がお母さんの何よりの自慢でした。それに比べて何一つ自慢の出来ないお母さんでごめんね。あと、さゆみの誕生日の時に一緒に星空を見ようって約束したのに果たす事が出来ないまま居なくなってしまってごめんね。きっとこの手紙を読んでいるという事は今さゆみは星空の下に居るって事になるのでしょうね。さゆみの目にはどんな風に映っているのか、お母さん想像しながらこの手紙を書いています。ところで、一緒に星空を見るという約束の他にもう一つの約束というかお母さんの言葉を覚えていますか? きっとさゆみの事だからちゃんと覚えてくれていると思います。この手紙を読み終わった後、空を見上げて下さい。私がさゆみにしてあげられる最後の事です。これから先もずっとさゆみはお母さんの宝物です。いつでも空から見ていますから寂しがらずに元気でいて下さい。そして私の娘、さゆみの幸せを一番に願っています。


止め処なく溢れる涙を拭ってはまた溢れていく。もう触れる事の出来ないと思っていた母親の優しさに再び触れる事が出来たさゆみ。母親の手紙に書いてあった通りに空を見上げると、そこには目を疑ってしまう程の流れ星が降り注いでいた。母親はこの綺麗な夜空を愛する娘に見せたかったのだろう。胸の奥へ、更に奥深くへと沁みていく想い。いつしか夜空を見上げていたさゆみは笑顔を浮かべていた。涙と共に浮かべる笑顔――

そしてさっきまで隣に居た筈のフウトの姿は無かった。さゆみにちゃんと『想い』を届ける事が出来、笑顔を取り戻す事が出来、安心してスピリアへと帰って行ったのだった。誰も聞こえない小さな言葉を残して――あなたの『想い』ちゃんとお届けしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ