第1話_神との出会い――嘘のようなホントの夢のような話
「お…ついに!コンプだ!」ガチャガチャを回して、中年のしがない男が喜んでいた。見た目はよれよれのジャケットにぼさぼさの髪型、ぱっと見で出来ない男感がすごい。
――あたしは、月白結愛、近くの高校に通う女子高生18歳。自分で言うのも何だけど? 成績優秀、運動神経抜群、見た目もそこそこ? 学校では「高嶺の花のクールギャル」で通している。男子からの告白を毎週のように袖振り、SNSのフォロワーだって4桁は下らない。そんなあたしが今、薄暗い自販機の陰で、スクバを握りしめながら何を死に物狂いになっているかと言えば……
――……ちょっと、何この人。ガチャガチャの前で大の大人が一人で、しかも『スタドロ(スタードロップ)』の筐体相手にマジになってんだけど……引くわ~……
「……はぁ」
わざとらしくため息をついて、少し離れた自販機に背中を預けた。 スクバを肩にかけ直して、冷めた視線をその背中に向けた。
――クラスでもこういう「いかにも」なタイプには関わらないようにしてるし、ぶっちゃけ話しかける筋合いなんて1ミリもないんだけど。
……ない、んだけど。
「ノスフェルが大量に出たときはどうしようかと思ったけど…全部そろってよかったな~」男は戦利品を見つめていた。
「……ッ!」
――…… 今、あの人なんて言った? は? 今、ノスフェルって言ったよね!? ノスフェルが大量に出た、って……。 スタドロの第3弾アクキー、鬼畜封入率で有名なあの『孤高の闇騎士・ノスフェル』をダブらせたってこと!? こっちは軍資金溶かしても1体も引けてないっていうのに、何その神引き……! 呪うわ、マジで!
内心の動揺を隠すように、前髪を人差し指でくるくると弄った。
――普段のあたしなら、こんな冴えない男なんて視界にも入れない。だけど、その男の手元にあるカプセル……あれ、もしかしてシークレットの『聖騎士仕様』じゃん。コンプしたってことは、そういうことじゃん……。
気づいたら、足が勝手に動いてた。 男の真後ろまで歩いていって、できるだけ低めの、冷めきった声を出す。
「……ねぇ。ちょっとさっきからうるさいんだけど。ガチャガチャ回したくらいで、いい大人がそんな大声で喜ぶとか……ぶっちゃけ引くし」
つま先でトントン、と地面を叩きながら、ジト目で男を睨みつけた。
「……てか、それ。スタドロの第3弾じゃん。別に興味ないけど、それの『ノスフェル』が大量に出たって……マジで言ってんの?……あ、勘違いしないでよね! あたし、別にそんな子どもっぽいアニメとか全然興味ないし! 従兄弟がさ、それ好きでなんか集めさせられてるだけだしね!」
腕を組んでフン、と顔を背ける。 だけど、視線だけは男の手元にあるノスフェルのアクキーに、完全に釘付けになっていた。
「あ…すみません、占領しちゃって…やります?」男は横に体を避けてガチャガチャの前を開けた。
「は? いや、だからあたしは別にやりたくて待ってたわけじゃないし。っていうか、JKが一人でこんな子供向けアニメのガチャ回すわけないじゃん。マジ勘違いしないでほしいんだけど」
慌てて一歩後ろに下がって、組んだ腕にさらにギューッと力を入れた。
空いた筐体には、スタドロのメインキャラ。そしてあたしの、いや、全人類の推しである『孤高の闇騎士・ノスフェル』の、あの、闇堕ちから奇跡の帰還を果たした第12話の作画を完全再現したっていう噂の、神アクキーが飾られていた。
「……あー、いや、でもさ。その……従兄弟が、どうしてもノスフェルが欲しいって泣きついてきてて、超ウザいわけ。あたし、優しいからさ? 頼まれたら断れないタイプっていうの?」
髪を少しキツめにいじりながら、視線は男の足元に転がっているカプセルの山へと向かう。
「……ねぇ。ノスフェル、大量に出たとか言ってたよね。それ、ぶっちゃけ……何個あるわけ? も、もし余ってて、どうしても処分に困ってるって言うなら、あたしが代わりに引き取ってあげても……あ、いや! あくまで『ゴミを減らしてあげる』って意味だから! 感謝してほしいくらいだしね!」
「えーっと……5つありますシークレット2つと、普通のが3つ。従兄弟さんにあげますか?」その男は一つずつ差し出してきた。
「は、5つ……!? しかもシークレット2の、ノーマル3……ッ!?」
――……っ、やっば。声、裏返った。
「あ、いや……なんでもないし。っていうか、ちょっと待って。シークレット2ってマジ……? あの、封入率が天文学的確率って言われてる、背面メタリック仕様の『漆黒の翼・覚醒ノスフェル』が……2つ……?」
差し出された手のひらの上できらめくアクキーを見て、頭の回路が完全にショートした。 あの、第24話「漆黒の夜明け」で、主人公のピンチに駆けつけた時の神作画を完全再現したっていう、あの幻のシークレット……!
「ちょっと、それ……! 24話の、あの『我が翼は、君を護る盾となる』のシーンのやつじゃん……! メタリック塗装の再現度高すぎだし、てかこのエフェクトのクリアパーツの透明度、過去最高クオリティって言われてるやつ……尊っ……!」
ヤバい、心の声が全部漏れてる。 ハッと我に返って、慌てて両手で口を塞いだけど、もう遅い。 私は男の顔をゆっくり覗き、目を泳がせた。
「あ、今の……今のなし! 忘れて!!」
ぶんぶんと首を振って、取り繕うように髪をガシガシとかきあげる。
「ち、違うから! あたしが言ったのはその、従兄弟が! そう、その子が『24話のノスフェルまじ神』とか毎日うるさくて、あたしも耳にタコができるくらい聞かされてたから、つい名前が出ただけで……! あたしは全然、これっぽっちも興味ないし!」
差し出されたアクキーから必死に目をそらそうとするけど、視線がどうしても吸い寄せられてしまう。 シークレット、本気でめちゃくちゃ綺麗だし、ノーマル版のポージングも捨てがたい……。
「……っていうか、くれるとか、そんなわけわかんない親切、逆に怪しいんだけど。……でも、まぁ……。あんたがそこまで『引き取ってくれ』って頭下げて頼むなら? 従兄弟のために、もらってあげなくも、ない、けど……」
上目遣いでチラッとその男の顔を見て、それから差し出された手のひらの上のアクキーを、壊れ物でも扱うみたいに、そっと指先でつまみ上げた。
「じゃあ差し上げますね。好きな人に持っててほしいので従兄弟さんにあげてください。でも、お姉さんも詳しいですね。なんかうれしいです。好きな作品のことうれしそうに話してくれて、みんなほんと生き生きしてて、ノスフェルは特に勝手に動いてくれるから…あ、いやなんでもないです」男は慌てて口をふさいだ。
「……じゃ、じゃあ、この、シークレット1つと、ノーマル1つ……もらうし。……あ、ありがと。べ、別にあたしが嬉しいわけじゃないからね! 従兄弟が喜ぶだけだから! あと別にあたしは好きじゃな……」
――って、そんなことどうでもよくて、今この人、なんて言った……!?
そこまで言いかけて、男が口にした後半の言葉が、脳内でリピート再生される。
『勝手に動いてくれる……?』
――動いてくれる? ……勝手に?
「……ねぇ、ちょっと待って」
さっきまでの赤面パニックから一転、あたしの声は、自分でも驚くほど低く、ガチなトーンに変わっていた。
「あんた、今……『勝手に動いてくれる』って言った? ……それ、どういう意味? 趣味で二次創作の小説でも投稿してるとか、そういう話? ……いや、それにしては引っかかる……。スタドロを、書いてる……?」
じっと男の顔を見つめた。 ガチャガチャのコンプ。そして、大の大人がこれだけの熱量。 あたしの脳内で、パズルのピースが音を立てて繋がっていった。
「まさか……あんた、スタドロの……公式の、構成作家……!? もしくは、あの重厚な人間ドラマを裏で支えてる、脚本家だったりする……っ!?」
ゴクリ、と息をのんだ。
――もしそうなら、あたしは今、推しの生みの親を目の前にして「引くわ」とか「ゴミを減らす」とか言っていたことになる。
あまりの衝撃に、持っていたはずのツンツンした態度が音を立てて崩壊していく。
男は肯定も否定もせず苦笑いをしていた。
「嘘……マジ……? 嘘でしょ……? 24話の、あのノスフェルが命を賭けて光を取り戻す神プロット、あんたが書いたの……!? 尊すぎて毎週リアルタイムで全裸(嘘)待機して、円盤も3コンプしたあの、あのネ申シナリオを……っ!?」
普段のクールなギャルの姿はどこへやら、あたしは男の胸ぐらに掴みかからんばかりの勢いで、超早口で詰め寄っていた。ボロが出るとか、隠すとか、そんな次元はもうとっくに超越していた。
「あ…いや…なんでもないです。忘れてください!!!」男は動揺していた。
「……忘れてください、って……そんなの無理に決まってんじゃん!!」
――忘れるわけない。っていうか、その慌てよう、完全に黒(確定)じゃん……!
その時、男は手に持っていたスマホを落とした。SNSアプリの通知画面が見えた。
私はつい見てしまった。その文字を。神の名前を。
『アレックスさん宛てにメッセージが届いています。』
「アレックスさん……。って脚本家どころか原作者じゃん……!! 毎話のクレジットにのってる、あの『アレックス』先生……っ!? マジで神、マジで本物じゃん……!!」
あまりの衝撃に頭がクラクラして、思わず自分の頭を押さえた。
――丁寧な心理描写とキャラ同士の掛け合いの熱さが尋常じゃなくて、SNSでも「この作者一体何者なんだ!?」って超話題になってる。特に15話がやばくて、あたしなんて、録画したやつをセリフ暗記するまでループ再生したし、あの回のおかげでノスフェルの解釈が深まりすぎて、尊死するかと思ったんだから。
「あの……あの、アレックス先生……っ。あたし、あの15話の、ノスフェルが雨の中で自分の無力さを呪うシーンのセリフ、本当に、本当に人生のバイブルにしてて……! 『影があるからこそ、光はより強く輝くのだ』ってやつ……、あれ、もう、人間の業の深さを描ききっててマジでネ申だし、言葉の重厚感が子供向けアニメの枠を完全に超越してて……っ!」
一気にそこまで捲し立てて、ハッと我に返った。
――……あ、最悪。あたし今、何やってんの……? クラスの奴らには「アニメとかマジ興味ないし〜」って顔して生きてるのに。JKがガチャガチャの前で、大人の男に、しかも公式の原作先生に向かって、限界オタク特有の早口で熱弁するとか……ぶっちゃけ、死にたいくらい恥ずかしい。
「あ、いや……! 違う、違くて……!」
耳の先まで真っ赤になるのがわかった。 慌てて掴みかけそうだった手を引っ込めて、スクバの紐をギューッと握りしめた。
「違ッ、勘違いしないでよ……っ! あたしは、その、ただ……従兄弟がいつもそうやって熱く語ってるから、それを今、代わりに言ってあげただけだし! あたし自身の言葉じゃないし、別に……あんたのことなんて、全然、神だなんて思ってないんだからね……っ!?」
ツンとそっぽを向いて言い訳をするけど、手元に大事そうに握りしめたシークレットのノスフェルのアクキーは、絶対に離さなかった。
「ごめん、そうだね……」男は頭を下げた。
そして、大きく息を吐いた。
「原作者だ……原作者のアレックスさんは僕のことだよ。騒がないで静かにして目立たせないで……」アレックスさんは小さく震えていた。
「ちょ、え、あ、……ッ」
慌てて両手で口を完全に塞いで、必死に声を殺した。 ここで大騒ぎして先生に迷惑かけるわけにはいかない。それはオタクとして絶対に、万死に値するタブーだから。
大きく深呼吸をして、めちゃくちゃ怪しまれないように周囲の様子をキョロキョロと見回した。
――よし、誰もこっちを見てない。安全確認、よし。
あたしは一歩、いや半歩だけ先生に近づいて、消え入りそうなひそひそ声で、でも信じられないくらいの熱量を込めて、超早口で囁いた。
「……すみません、あたし、本当に失礼なことばっか言って……! でも、静かにします、絶対誰にも言いません、墓場まで持っていきますから……! だって、アレックス先生の生み出すストーリー、マジで毎回、キャラの感情の解釈が『天才のそれ』だし、子供向けとか言いつつ人生の酸いも甘いも詰め込まれすぎてて、毎話情緒がグチャグチャにされるんです……っ! 特にノスフェルのあの、不器用だけど内に秘めた熱い正義感とか……もう、本当に……!」
そこまで一気に囁いて、ふと我に返った。
――またボロが出た。っていうか、もうボロとかいうレベルじゃなくて、中身の限界オタクが完全に全裸でダンスしてる状態じゃん……。
「……あ、いや! だから、これも、全部っ! 従兄弟の! 熱いパッションをあたしが代弁してるだけだしね……っ!?」
顔の前でブンブンと手を左右に振りながら、必死にギャルのポーズを取り戻そうと、ツンと胸を張った。
「べ、別に、あたしは、あんたが原作者だからって、ちやほやする気とか全然ないし! ……でも、その、先生がそこまで言うなら……このアクキーは、あたしが、責任を持って……家宝にする、し……」
最後の方は声がどんどん小さくなって、恥ずかしさのあまり、スクバで顔を半分隠しながら先生を上目遣いで睨みつけた。
「ありがとう、従兄弟のために真剣に俺の作品を観てくれてるのが素直に嬉しい。人が本気になる姿を届けたい、それを真似してもらいたいと思って書いてるからキミが従兄弟のために本気でスタドロを見てくれているだけで嬉しいよ。ありがとう。」
『本気で見てくれているだけで嬉しい』
先生のその言葉が、真っ直ぐあたしの胸に刺さって、一瞬だけ思考が真っ白になった。
――本気で見てる、か……。うん、そうだよ、本気だよ。本気でノスフェルの生き様に救われて、本気で先生の紡ぐ言葉に熱くなって……それを、こんな風に真っ正面から肯定してもらえるなんて、思ってもみなかった……
心臓が、さっきとは違う意味で優しくトクン、と跳ねた。 不器用で優しすぎる先生の言葉に、なんだか泣きそうなくらい胸がいっぱいになって…
少し間をおいてアレックスさんはあたしに提案した。
「コーヒーでも飲みながら話するかい?」
―――――――――――――――――【作者より】
すみません、かなり勢いで書いたラブコメです。
感情描写の練習で書いてます、前8~9話くらい。ほぼ書きあがっているので
6月中にちょこちょこ公開していきます。




