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第五十話 それもまた愛のかたち

 九月五日。

 アマリの屋敷に滞在を続けるチャーリー・サイモンのもとに一通の手紙が届けられた。

 配達してきたのはポストマンではなく、長崎輸送局に詰めていた陸軍兵士であった。

 その陸軍兵士は仲間たちとともに、先月の二十七日に、コクショウの家から出てきて、チャーリーの護衛をつとめてくれたそうだ。

 チャーリーが玄関先で受け取った手紙の入った封筒の裏には、懐かしい手癖で、チャーリーの夫のジャン・サイモンの名前が書かれていた。

 その場で封筒を破り捨てて手紙を読んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 親愛なるチャーリー。


 何とか生き残った。

 今、釜山で手紙を書いている。

 これから仁川に向かう。

 ハナブサ公使のもとに連れていかれる。

 釜山の近くで、朝鮮の役人に捕縛されてしまった。

 その時に、俺は連中に伝えた。

 自分がハナブサの個人的友人で一緒に漢城から脱出してきたんだぞ、と。

 一発で俺の待遇がよくなった。

 何でも、ハナブサは軍隊を引きつれて朝鮮に戻っているそうだ。

 そうしたら、ハナブサに連絡されて、ハナブサは俺のことを友人として認めてくれて、俺は仁川の日本軍に保護されるという話になってしまった。

 俺は朝鮮の役人たちに歓待されている。

 連中は俺を自分たちの手でハナブサのもとに連れて行ってハナブサに恩を売りたいらしい。

 嘘ばかりついて日本と朝鮮との条約を交渉を混乱させていた大院君は、清国人の手で排除され、条約は日本の要求を朝鮮が全て丸呑みする形になる。

 朝鮮人はハナブサ公使の機嫌を取りたがっている。

 ハナブサが俺のことを仁川の日本軍で保護したいと言い出せば、誰も逆らうガッツはない。

 そういうわけで、俺は連中とともに仁川に向かう。

 遅くとも一か月もすれば、日本の長崎に行くことができるだろう。

 君は長崎で元気にやっているそうだね?

 互いに無事で何より。

 釜山から面会に来てくれた日本の外務省警察の人たちから色々と話を聞いた。

 ちょっとした舞台俳優よりも君が長崎で人気だとか。

 驚いた。

 俺のことは、心配しなくていい。無事だ。 

 ハナブサのところに連れていかれたら、歓迎のパーティーとかあるだろうし、そういうのは面倒だと思うけれども、俺の生命にかかわる問題ではない。

 長崎で待っていてくれ。

 また近いうちに長崎で再会しよう。楽しみにしている。

 走り書きでごめん。

 書く時間が少ない。

 この手紙を持って行ってくれる日本の外務省警察の人たちを待たせている。


 君のことを誰よりも愛している夫のジャン・サイモンより。


 追伸


 面会に来てくれた日本の外務省警察の人たちの中にシズサブロウ・コバヤシがいた。

 俺が本物であることはコバヤシが確認した。

 コバヤシも一緒に仁川で戦ったから。

 俺が生きていることにコバヤシは驚き喜んでくれた。

 ところで、コバヤシの話によると、ヨシ・ミズシマがまだ行方不明のままだ。死体も見つかっていないそうだ。

 俺とミズシマとチハラが後列で敵の追撃を防いだ。

 しかし、残念ながら、俺もミズシマがどうなったのか見ていない。

 コバヤシは俺が生きていたのだから、ミズシマも生きている可能性がまだあると希望を持っている。

 そいつは俺も信じたい。

 チャーリー、君もミズシマの無事を祈ってやってくれ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 戦火の中で消息不明になった夫から こんな手紙が届いたら、ずっと心配していた妻として、どう反応したらいい?

 チャーリー泣くことができなかった。

 ただ無言。

 手紙を持ってきた陸軍兵士が不思議そうな表情で声をかけてきた。

 横からカネが訳する。

「手紙に何が書かれていたのか、差し支えなければ教えてくれ、と彼は言っています」

 ふうう。

 チャーリーは溜め息をつく。

「私の夫、ジャン・サイモンは無事よ。とても嬉しい。

 でも、仁川で、ジャンと一緒に戦った仲間の一人が行方不明。まだ死体も見つからない。ヨシ・ミズシマ。彼の無事を祈ってくれ、とジャンは手紙にそう書いてきている」

 カネは驚いた。

「本当ですか?」

「こんな手紙を書いてくるようなひとは、私の夫、ジャンだけ。ヨシ・ミズシマの無事を祈る」

 チャーリーは両手の指を組み合わせて祈った。


 ふと気が付くと、陸軍兵士も手を合わせて祈っていた。

「彼も一緒に祈るそうです」

 と、カネの通訳。

「ありがとう」

 チャーリーは涙をこらえた。


 ジャンの昔から変わらないふざけた調子の手紙は全体でチャーリーに対して『泣くな』と告げていた。

 人生の苛烈な戦いは続く。

 たやすく泣いてしまえば心が折れて全て終わることがある。

 ジャン・サイモンは、みんなが顔をうつむいて泣きじゃくる状況で、『Show-Timeがやってきた』と笑いを顔に無理やり張りつけて前に出ていく。

 ろくでもない馬鹿。

 チャーリーに心配ばかりかける。

 でも、みんなと調子に合わせて尻を振ることしかできない有象無象に比べれば、ジャン・サイモンは百万倍も値打ちがあった。

 少なくとも、彼の妻であるチャーリー・サイモンにとっては、だ。

 確認。

 チャーリーの心が本当に折れそうなときに、ジャンは無理をして彼女のためにお道化てみせる。

 それもまた愛のかたちでは?





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