魔法少女の憩いごと②
「あら、あらあらあら!? 今日は中学生〜!?」
開店から暫く、店長のどうでもいい雑談に付き合っていると、やっとの来客があった。ゆるふわ茶髪にスーツ姿、そして間延びした声のOLである。
「おーユキちゃん! 今日は早いなぁ」
「そうよぉ、お仕事が一段落したの。それで店長、この子達は〜? 新人さんよねぇ?」
「臨時雇いのバイトちゃんや。本日限りやで!」
挨拶もそこそこに、ユキと呼ばれた女性が席に着くと、注文を貰わずとも店長が酒を用意しだす。どうやら相当の常連らしい。しかしそんな常連さんの意識は、仲良しらしい店長へではなく美咲と小夏へと向けられていた。
「あ、えっと、小夏です!」
「……美咲といいます」
「やっほ〜、ユキお姉さんでーす。ピチピチの24歳よ〜」
「去年から数えんくなったけどな」
「ちょっとぉ、店長〜?」
笑顔で顔をしかめるという器用な芸当をしながら、ユキが酒を受け取る。それからちょいちょいとした手招きに応じ、小夏が隣に腰掛けた。
「ね、小夏ちゃんは何か飲む? お姉さん奢っちゃうわよ〜」
「あっと、あたしはまだ中――」
「おーっとっと、その子めっちゃ下戸なんや! だからソフトドリンクだけなんよ。な?」
「……あら〜、そういうことねぇ」
「なっははは! 一応な?」
小夏は店長に呆れつつ、一応話を合わせる。ユキも当然その嘘を見抜いてはいるが、とはいえ何を指摘するわけでもなく酒に口をつけた。
「でも良いわねぇ、中学校の制服。デザインは変わってるけど、茜沢の校章でしょう? お姉さんもそうだったのよ。思い出しちゃうわ〜」
「……ユキさんはどんな学生だったんですか?」
美咲はカウンターの奥から笑顔を向ける。普段の様子を知ってる人間からすれば吹き出してしまいそうなほどの営業スマイルであるが、しかし自然で可愛らしい。小夏も知ることではないが、美咲の素の顔はこちらなのだから。
「そうねぇ~……いっぱい女の子とイチャイチャしてたかなぁ。昔ねぇ、小夏ちゃんみたいにキリッとしててスレンダーな子が居たのよ。その子はいっつも私に抱きつ――」
「――おーっとその話はキャンセルや。つかユキちゃん、手ぇ出したらアカンで!」
店長に言われ、密かに小夏の腰へと回されていた手を引っ込める。笑顔でしょんぼりするという器用な芸当を見せつつ、寂しそうに酒に口をつけた。
「そういうんは正規の秘百合ガールズにせえや。ま、二人がどうしてもしたい言うなら、奥にシャワーと『自由恋愛スペース』くらいあるけどな」
「い……いや、だから犯罪ですって」
美咲が呆れ顔で店長を嗜める。生唾を飲み込んだような音がしたのは気のせいだろう。きっと。小夏はそう自分に言い聞かせ、ユキからのサービスであるジンジャーエールをあおった。
「でもさぁ店長、そのガールズはいつ帰ってくるのよぉ。もうそこそこご無沙汰だし……あの変な人たちもどうにかしないと流石に危ないわよ〜?」
「なっははは! 心配せんでええ。手ぇ打ったっちゅーか……打ってもらう目星はついとる。次ユキちゃんが来るときには解決しとるさかい、気にせんで飲みぃや」
「なぁにそれ……だって変な人たち、一昔前のカラーギャングみたいじゃない。心配なんだものぉ……」
「……カラーギャング?」
その言葉に、カウンターの向こうで店長に肩を揉まれていた美咲が目を細める。つい最近どころか、昨晩そんな連中を見たからである。
「そうよぉ、オレンジ……肌色……橙色〜? みたいなぁ」
「美咲、それって……!」
小夏も合点がいった。昨晩の集団も橙色の服を着用しており、それでいて魔法少女ではないが魔力を扱っていた。この店に自分達が派遣された理由はそれだったのだ。
「まぁ知っとったか。女の子ばっかの集団……今風に言うたら半グレっちゅーんか?」
「なによぉ。私の言い方が古臭いみたいじゃないのぉ〜……ヒック」
「なっははは! コイツもう酔いはじめよった。ホンマ、昔っから酒弱いやっちゃなぁ」
たった指三本程度のブランデーを二杯で、ユキは電池切れでも起こしたかのように机に突っ伏した。店長はそれを慣れた手つきで担ぎ上げる。
「お手伝いしましょうか?」
「あ、気にせんと休んどって!」
「でもそれじゃドアも開けづらいんじゃ――」
「ええてええて! 慣れとるから、な?」
「――はい……」
美咲の心配通り、店長は苦戦しつつドアを開けて中に入る。音からして布団に寝かしつけたのだろう。小夏がしょんぼりする美咲に声をかける間もなく、すぐに部屋から出てくると、パンと大きく手を打ち鳴らした。
「おーし! まぁユキはビックリするほどすぐ潰れる子やったけど、二人も思ったより尻込みせんと喋れとったな。その調子で気張りぃや! ……ま、どうせ常連ばっかやしグダグダでもかまへんねやけどな!」
「「……は、はい」」
気の抜けた返事をしながらも、二人は気合を入れなおす。敵は昨日と同じ、正体の分からない相手なのだから。
そうして二人、三人と接客を続ける。店長の言う通りに気の知れた相手ばかりのようであり、二人はあくまで補佐をしたり話のネタになる程度。誰も接しやすい雰囲気なこともあって負担は少ない。美咲も小夏も自然な笑顔で馴染めていた。
三人目の客が帰った頃、早くも十時前。普通のバーであればここからが本番といったところだが、この店に限っては違った方向での本番を迎える。無論、それはサービスの意味ではない。むしろその対極である。
「さて、と」
その空気を体現するかの如く、グラスを洗い終わった店長の声色が重くなった。
「……もうそろ時間や。特別なお客様がいらっしゃるで」
「いよいよですね。何か情報はありますか?」
「んーっとな、いつも来とったんは二人や。あっちも二人、こっちも二人。タッパも小夏ちゃんと変わらんくらいやったし、どっこいどっこいでええ感じやろ。……ま、同数以上は派遣して貰えんかっただけやけどな」
「大丈夫よ。あたし達に任せてちょうだい、店長」
「なっははは! そら頼もしいわ! ……と、噂をすれば来よったな。内装はボロボロにしたってかまへん。任せたで、気ぃつけや」
階下、明らかな威圧を含んだ足音が響いてくる。店長が奥の部屋に身を隠すと同時に、二人は位置についた。被害は厭わないと言われど、出来ることなら迅速に、スマートに片づけたい。
足音が大きくなる。そして。
「邪魔するよ店長さん!! 今日こそブツの場所を――っと、おお?」
存外丁寧にドアが開かれ、現れたのは情報通りに橙色の服を着た二人組。先頭に立つ小柄な少女は顔をしかめる。店内には目標である店長が居らず、予想もしていなかった人物――奥のソファ席で背を向け、嗚咽する制服の少女が居たからだ。
「ヒロミ……誰か泣いてるよ?」
「分かってるよ。マコトはドアの外で開けたまま待っときな。……おーいアンタ、なんでこんなとこ居るんだよ、オイ」
ヒロミと呼ばれた小柄な少女が奥の席、酒瓶を抱えるように隠し持ち、うずくまって嗚咽の演技をする小夏の元へと歩み寄る。マコトと呼ばれた比較的大柄な少女は指示通り、店外でその様子を眺める。
(――以外に抜け目ない……)
この時点で美咲は感嘆していた。押し開きであるドアの裏、開けた際に死角となる場所で待機していたのだ。小夏が店の奥まで誘い込み、敵が全員入ってきたときに挟撃する腹積もりだった。しかし、ヒロミはそのような状況を警戒しているということだろう。
小夏は予定通り、ヒロミがすぐ後ろまで近づいた時点で動くだろう。酒瓶で殴りつけると同時に変身。予定通り。となれば美咲が狙うのは、それを見て慌てて駆け寄るマコトを背後から叩くこと。依然として問題ない。
「オイ、なんでこんなとこに居るんだって聞いて――」
ヒロミの手が小夏の肩に触れる。刹那、小夏は振り向いた。手に持った酒瓶を声の位置に、ヒロミの頭に向かって振り回しながら。当然ながら、不意打ちによって一撃で昏倒――
「――んだよ、シケた手ぇ使いやがって」
――しなかった。叩きつけられた酒瓶は片手で受け止められ、ビクともしない。どころか、そう簡単には割れない強度のそれを握りつぶした。
「……は?」
ガラスが圧し潰され砕ける、ミシミシと気味の悪い音が店内に響く。中身の安ウィスキーがガラス片と共にフローリングに撒き散らされ、鼻をつくアルコールの匂いが立ち込める。
この状況。彼女のこの膂力。これはあの時、倉庫で見たものと同じである。証拠に、ヒロミの瞳が橙色に輝くのを小夏は見た。




