魔法少女の憩いごと①
「で、今日は華金なわけだけど……貴重な放課後の時間を使って、どんな素晴らしいお仕事をさせていただけるのかしら?」
箱庭。今日も今日とて祭壇に腰掛けるクリプトに対して、小夏が投げつけるように問いかけたのは、隣に居る美咲の体調を何度も確認した後だった。
「……今日は……葵原のとあるバーに行って……」
向けられる二対のジト目に対し、クリプトがフードの奥から答える。聞く限りでは昨晩のように危険を伴う任務には思えないが、二人共そんな訳が無いと理解している。しかし、それ以上の説明を求めても紅葉色の陰気な少女が応えることはなかった。
「……行って……魔法少女ってこと含め……そこの店長に話は通ってるから……」
その言葉を背に箱庭を後にして、向かうのはかつての廃ビル街。美咲と小夏が初めて邂逅した場所であり、命をかけて戦った場所でもある。
そんな頃とは一転、間違いなく友人と呼べる立場になった二人はむず痒いような感覚を覚えていた。
「……もう何ヶ月も前よね。なんだか懐かしいわ」
「そうですね。……あの時は……すいませんでした……。本当に」
「あっいや、そういう訳で言ったんじゃないの! ただあの時、やり合ってたのが嘘みたいねって思って――」
あたふたしながら隣を見ると、美咲は笑顔を浮かべていた。自らの杞憂に控えめな胸を撫で下ろすと、ちょうど差し掛かったビルを見上げる。
「……ここですね」
美咲がテナント看板を指差す。その中の一つ「秘百合」と書かれた店が目的地であった。
「うわぁ、他も古臭い名前のバーやら空きスペースばっかじゃない。……ほんとに制服で来ちゃって良かったのかしら」
「私にまで茜沢中の制服が用意されてたわけですし、何か理由があるんでしょう。行ってみれば分かるはずです」
「まぁ、それもそうね」
二人はエレベーターのボタンを押しかけるが、妙な小汚さに顔を見合わせると、溜め息を吐いてコンクリートの階段を上っていく。こちらは人の通りがあるようで、土汚れなんかは目立つものの変に蜘蛛の巣などが張っている様子は無かった。
上ること三階。シックな木製ドアが「秘百合」であった。
「あの……こんばんはー……」
カラカラと綺麗な音を鳴らし、押し開きのドアが開かれる。室内スペースは細長く、カウンターが四席にソファー席が二つだけの小ぢんまりとした内装。ドアの印象と違わず、薄暗く大人びた空気だった。
「あ、あのー?」
小夏が恐る恐る入店するが、人影は見当たらない。誰も居ないのか、あるいは――
「――よう来たなぁ!!!」
「っぴゃあああ!?」
カウンターの奥、裏手に繋がるドアが勢いよく開け放たれたと思いきや、威勢の良い声が響く。素っ頓狂な声と共に跳び上がったのは美咲。抱き着く彼女の肩を撫でながら、小夏がそちらに視線を向けた。
「おーっと、すまんな。驚かせてしもたか。ま、そのつもりやってんけど」
「は、はぁ……。あの、貴女が店長さんですか?」
「おう、うちがこの秘百合の店長や! 気軽に『てんちょー』って読んでくれてええで! なっははは!!」
真っ白な歯を見せて明快に笑ったのは、長い金髪を半端に染めた、いわゆるプリン頭の女性だった。二十代中盤といったところで、魔法少女ではない。黒のシャツとスラッとしたパンツが似合う細身の美人である。
「それで、あの……店長さん。あたし達はどうしてここに? 話は通ってると聞いたのですけれど」
先程のとんでもない驚きが糸を引いているのか、背中に隠れたまま様子を窺うばかりの美咲に代わって小夏が話を進める。
「んーと、ポニテの嬢ちゃんが小夏ちゃん。ほんでおっかなびっくりの可愛子ちゃんが美咲ちゃんでええんよな?」
「あ、はい! そうでした、挨拶もしてなくって……」
「ええよそんなん。なんなら敬語も使わんでええくらいや! うちのことは幼い頃から面倒見てくれとった、絶賛片想い中の隣人のネーチャンくらいに思て、な?」
「……なんですか、その妙に具体的な例え。それに片想い中って余計では……」
可愛らしいウィンクに誘われ、美咲が顔を出す。皆で笑顔を交わすと、ひとまず少女二人はカウンター席に腰掛けた。
「で、えーっと……店長。結局なんであたし達は呼ばれたのかしら?」
「せや、説明せんとな。あ、なんか飲むやろ? カルーアミルクなんか飲みいいと思うで」
「ナチュラルにお酒を進めないで下さい。未成年ってのも伝わってるはずでしょう? わざわざ制服まで着せて――」
「なっははは! 美咲ちゃんはマジメやなぁ。しゃーない、ほんならウーロンハイで許したるわ」
そう言って注がれたウーロン茶で二人が喉を潤す。グラスに入った氷の高い音が儚げに響く中、雰囲気にそぐわない騒がしい声で店長が続けた。
「この『秘百合』はな、女の子による女の子の為のバーなんや。今はワケあって自慢の秘百合ガールズが皆出払っとるが……いつもは割と賑やかやねんで? 店の雰囲気で勘違いせんといてな」
「いえ、店長さんがこの調子なら勘違いはしないわよ。多分」
「なっははは! 小夏ちゃんも言うやん。……でな、わざわざ『宝石の盾』から二人に来てもろたんは、その辺り色々と頼みたいっちゅーワケや」
「……色々ということは……つまり」
それぞれの目つきが鋭さを増す。ただでさえ人相の良くはない三人の視線がぶつかる中、店長が口を開いた。
「キャスト&用心棒。ここ最近、厄介な連中が店に来るようなってな。ガールズが来られへんのもそのせいなんよ」
「で、その連中というのが魔法少女ってわけですか」
「話が早くて助かるわ! やるやん、美咲ちゃん」
ぷにぷにとほっぺを突っつかれるのを軽くいなす美咲を横目に、小夏は苦い顔をする。ウーロン茶の味のせいではない。色々と不明点が残っているからだ。
「あの……でもキャスト? って言っても、あたし達は中学生よ? お酒出すようなお店じゃ働いちゃいけないんじゃなかったかしら」
「なっははは! んな法律なんぞ気にしたら負けやで!」
「え、えぇ……」
ドン引く小夏に美咲も同情する。が、同時に納得した。きっと彼女には複雑な事情があるのだろう。ただの一般人でありながら『宝石の盾』や魔法少女の存在を知り、あまつさえそこに依頼できるパイプを持っているのだから。きっと法律無視程度は序の口なのだ。
「で、とりあえずうちは七時から開店やから。お客さんが来たらテキトーに接客してくれたらええ。ま、あんま来うへんやろけどな。……とにかく、二人の本番は不届きもんが来たときや。暫くはゆったりしとったらええ」
そう言って指差された時計の針が示すのは開店十分前。それでいて店長が規定の制服を用意しないということは、つまり――
「――あ、制服はそれな。汚さんよう上手いこと頼むで」
「……やっぱりね」
「なっははは! 学生服プラスジト目はかわええなぁ! えらい犯罪臭やけど、こら眼福やわ!」
「いや、犯罪ですけど」
一人はぎゃあぎゃあと騒がしく、二人はテンションについていくのを諦め開き直ってのんびりと。三者二様の中、機械仕掛けの鳩が七時を告げた。




