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魔法少女の飾りごと③




「――以上よ」


 工業地帯を抜け、川沿いを歩きながら小夏は電話で報告を終えた。それを受けたクリプトは、起伏のない声色ながらもハッキリ分かるほど不機嫌に答えた。


「……そう……お疲れ。ブレイズはこのまま、今日は……もう休んで……」


「あたしは、って……。勿論スレイヴも休んで良いのよね?」


 言い方に不安を覚えながら問いかける。しかし、嫌な予感は的中していた。


「いいえ……スレイヴはまた箱庭に寄越して……。今日はまだ任務が残ってる……」


「あのねぇ、今日ったってもう11時過ぎよ? それに手首を痛めてるって報告、まさか聞いてなかったわけじゃないでしょ。流石におかしいんじゃないかしら?」


 小夏は感情的に言葉を叩きつける。しかしクリプトの返事は無い。否、それが返事なのだ。それを証明するように、スピーカーで聞いていた美咲が隣で答える。


「……すぐに戻ります」


「ちょっと――」


「大丈夫ですよ。このタイミングの任務なら戦闘ではありませんから。……ありがとうございます、いつも」


 闇に隠れて美咲は笑う。笑ったはずだ。二人が差し掛かった交差点は、ちょうど箱庭と小夏の家との分かれ道だった。クリプトに通じていた電話は途切れ、美咲が走り去る。十数分も経った後、小夏も家に向かって歩き出した。



―――――


――――――――――


―――――




 美咲は跪く。祭壇上、クリプトは相変わらず目深なフードと長い前髪の下で薄い笑みを浮かべている。


「……おかえり……今日も頑張ったね……」


 彼女の言葉は美咲に宛てられたものではない。声に呼応し、美咲の耳にズルズルと這い回るような音が響く。音の出どころは――


「――っぷ……ご、えほ、げほっ! ごほっ!」


 口内から胃液と共に、紅葉色のヘドロめいたものが吐き出される。500ミリリットル程の量があるそれは、一見すると綺麗な色でありながら、不自然な乳白色の光沢を持っていた。


「おいで……私のかわいい子……タマ……」


 クリプトが話しかけているのはそれ――否、()()()に対してである。ヘドロはゆるゆると震えた後、明確な意思を伴って這いずり、蔓状に伸びてクリプトのローブ内へと消えていった。


「――えほっ……けほ、けほっ……はぁっ……はぁ――」


 美咲は液体に塗れた顔で見とめる。次なるクリプトの声に反応し、ローブの袖口からもう一匹のそいつが這い出して来たのを。「タマ」に比べてやや細く動きの速いそいつは、まるで狂喜するようにのたうち回った後、尖らせた身体の尖端を美咲の腕に突き刺した。


「――あぐっ……い、いづ……っ!」


 注射などではない、ペンを突き立てられたような激痛に顔をしかめる。ヘドロはずるずると音を立てて体内に潜り込んでいく。不気味なことに、痛みこそあれど異物感はない。細い血管や細胞に染み込み、一体化していくような恐ろしい感覚だった。それを表すように、全てが体内に入り込んだ後は傷痕も何もない。


「……ミケはおてんばだね……いってらっしゃい……」


 クリプトは手に巻き付く「タマ」を愛おしそうに撫でながら、フードの下で微笑む。これが彼女の魔法であり、美咲に着けられた『首輪』の一つであった。


「はぁっ、げほ……これで、もういいですか?」


「……ん……行きなさい……」


 美咲はよろめきながら立ち上がり、その場を後にする。魔法少女という存在以上に生物そのものを冒涜しているかのような『首輪』と、まるで影の魔物のようなそれを使役するクリプト、そして体内に入れられている事実――全ての事象に恐怖し、頭痛を覚えながら。


 自分に与えられた部屋に戻ると、濡れたまま放置され、硬く乾いたベッドシーツが出迎える。洗わなければいけない。でなければ次に訪れた魔法少女(おきゃくさま)に殴られるだろう。下ろしかけていた腰を上げ、脱衣所へと向かう。


「あれ……」


 水音、そして電気が点いている。先客が居た。焦茶色の髪を洗面台に突っ込み、頭から水を被る少女だった。


「――っぷは! あークソ、マジ痛ぇ」


 胸を強調するようなチューブトップと極短のホットパンツ、そしてブーツにはどこも血が滲んでいた。背後に立つ美咲に気づき、振り返った少女の名は『ファニング』。今日の任務で合流するはずだった魔法少女である。


「お、スレイヴか。あー……ワリーな、任務すっぽかしちまって」


「いえ……滞りなく進みましたし。それに、その姿を見れば何かがあったのは分かりますから」


「話が早くて助かるわ。変な魔法少女にかち合っちまってよ、つえーわ弾をはじきやがるわスマホも壊されるわ。やっと今帰ったとこなんだよ……ったく、報告しねーと」


 濡れた髪を掻き上げ、ファニングは内陣へ向かう。両脇と腰に計四つ装備されたホルスターの中には一丁も銃が入っていなかった。その後ろ姿が見えなくなった頃、シーツを洗濯機に放り込んだ。


「……変な魔法少女。その対処。どうせ私が露払いに……鉄砲玉にされる……」


 近いうち、もしかしたら明日かも知れない。恐らく自分にされるであろう命令を受け入れ、スイッチを押した。洗濯機を動かしたまま寝ては怒られる。まだ寝れない。今のうちに何か出来ることをと、血の付いた洗面台に洗剤を撒いた。


「……お姉ちゃん……」


 目を閉じ想いを馳せる。もう何度目か、重苦しい雨が降る。こうなったのはいつからだろうか。何が悪かったのだろうか。ルミナス。あの魔法少女を私が――


「――うぷっ――」


 照明を反射して白く光る洗面台に胃液をぶちまける。鏡に映る顔は陶磁器のように青白く、魔法少女としての容姿変化があってなお瞳は霞んでいた。醜い。よく似ていると言われたものだが、今では姉の面影はどこにも感じられない。


 だが、覚えている。自分に映し出せずとも、いつも瞼の裏には見えている。それに――


「……」


――黄色のヘアピン。無骨で飾り気も無いが、指で触れると温かかった。感じた熱を決して手放さぬよう拳を握り締める。生きるのだ。進む先に何があろうと、闇に足を掴まれようとも。

 海のように深いが、しかし水面のように白く輝く瞳が波立った。




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