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魔法少女の恨みごと①




 ここは『箱庭』と呼ばれる施設。各地に点在する『宝石の盾』の拠点だった。外見、内装共にさほど規模の大きくない教会そのものである。付近に住む構成員の集合場所として使われる他、家を持たない魔法少女の住居としての役割も備えていた。


 今夜、ここに居るのは三人。無作法にも講壇に直接腰掛けるのは、家を持たない紅葉色の魔法少女『クリプト』。フード付きのローブを目深に被り、のっぺりと平坦な印象を持っていた。目元はフードだけでなく長い髪にも隠れて伺えず、やや口角が上がっているのが分かるのみ。


 もう一人。長椅子の一つに座っており、ふわりとカールがかかった空色のサイドテールを仔犬の尻尾のように振る小柄な魔法少女が『エリアル』。その目は静かに一点を見据えているが、膝に置かれた両手やその表情は露骨に何かを堪えている。


 そしてこの場にいる最後の一人は、エリアルの隣に腰掛けている、紫色のポニーテールを携えたやや無個性な魔法少女『ブレイズ』――木枯 小夏である。


 美咲と仲間になり、紗夜から逃げ出したあの日から二日が経っていた。

 あの後、若葉が協力を取り付けていた『闇医者』のところへ二人は匿われた。未だ『宝石の盾』に所属している故に一緒に居られない小夏は、治療を受けた後にいつもの生活へと戻っていた。


 すっかり治った腕を擦りながら隣のエリアルへと視線を向けると、彼女は目を涙で潤ませていた。


「ねぇ、もう良いですか……?」


 既に辛抱堪らんといった声色を隠さず、懇願するようにおずおずとクリプトの隠れた相貌を――否、正確にはその傍らに置かれている紙袋を見つめる。


「……だめ……まだまだ……」


「うぅ、もうそろそろ限界です〜。先輩からも何か言ってくださいよぉ」


「え? そうね……あたしもこういうのは万全を期したい派なのよ。ごめんね、エリアルちゃん」


「ぶー! アイスみたいで美味しいかもじゃないですか……いけずぅ」


 論争(?)の火種となっているのは「風林堂」と書かれた紙袋――正確には、その中に凛と座すお高いチーズケーキであった。紙袋の隣には美味しく食べる方法が記載されており、それによると冷凍庫から出したあと常温にしっかりと戻してからお召し上がり下さいとのこと。購入時、店舗では冷凍庫に仕舞われており、現在の経過時間は十分ちょっと。いくらなんでも早すぎるが、エリアルの我慢は既に限界を迎えつつあった。


「食べたいよぉ……うぅ〜」


 そんな様子を見かねてか、クリプトが細い声で提案する。


「……そんなに待てないなら……明日に予定してたパトロール……今行ってきたら良い……」


「あ、確か葵原あおいはらの方よね? 近づかないようにって規制も解除されたんだったかしら」


「……そう……だから……どうかな……?」


「は――はいはいはいっ! 行きます行きます! 今なら時間も潰せて、人を救うことにも繋がる! 一石二鳥ですもんね!」


 エリアルは表情を一転させると、散歩をせがむ犬のように小夏の腕をぐいぐいと引っ張る。


「先輩〜! 早く行きましょすぐ行きましょ!」


「ちょ、ちょっと! 分かってるからスカート引っ張るんじゃないの! じゃあ行ってくるから留守番お願いね」


「……ん……任せて……」


「いってきまーす!」


 エリアルに手を引かれた小夏は正面扉ではなく二階へと向かい、その窓から跳びたつ。現在地は翠山みどりやま町。昇格試験で美咲と戦った場所である葵原はすぐ隣であり、魔法少女であれば五分もかからず到着する距離だった。



 二人は適当な公園へと降り立つ。ブランコとシーソー程度の僅かな遊具は錆や蜘蛛の巣に塗れ、雑草は伸びっぱなしになっており、広い敷地をもて余しているだけの場所だった。


「んじゃ、魔物が居ないか探知してみて」


「はーい」


 軽い返事と裏腹に、真剣な表情でエリアルが集中するのを見守る。エリアルはまだ魔法少女になって三ヶ月程の新人であり、小夏は彼女の教育係だった。


(でも新人とはいえ、かなり才能はあるのよね。魔法も恵まれてるし……すぐに私より強くなるわ)


 彼女は小夏より一つ年下ながら、使命に燃えていた。故郷である茜沢を、そして人々を守りたいと。守るため、魔物を狩れるよう強くなりたいと。やや軽い言動や小動物のような頼りなさの内に明確な意志を秘めた子だった。


 エリアルが魔法少女になった経緯は聞いていない。間違いなく心に負っているであろう傷に触れることになるだろうから。故に彼女から語ってくれたこともない。


 しかし、小夏はその真っ直ぐな目を信用していた。春の訪れを告げる風のように、優しく空色に輝く瞳は信頼に足るものだと判断していた。


(あたしも……頑張らないとね……!)


 小夏は自分の胸に手を添える。そうしてエリアルへと意識を向け直した時、空色の風が優しく渦巻く。彼女の魔法は風を操るもの。魔力を乗せた風によって偵察を終えたところだった。


「……居ました。魔物」


「どの辺り? 近くに人は居たかしら?」


「そんな遠くないとこです。人も居なかったので……ここまで誘導しときました!」


「へっ?」


 何を聞き返す間もなく、空色の風に誘われて路地からそいつが現れた。


 意思を持つ黒いヘドロの塊。ゲル状に収束した蠢く悪意。人を喰う『影の魔物』。そいつは見た目から想像もつかない速度で二人の前に跳び出すと、不定形の身体を僅かに震わせた。


「ちょ――ま、まぁ良いわ! というかこいつ、なかなか大きいわね」


「ですね! でもその割に人を食べた気配は無いですし……良かった、早く見つけられて」


 そう言ってエリアルが手中に出現させたのは空色の傘。持ち手にフックがついた和傘のようなチグハグな見た目である。

 対して服装は、腹部や肩・腋・太ももを露出するスポーティーな服装ながら、随所に翼の意匠やフリルがあしらわれた《《まさに》》といった印象。たなびくマントを除けば、そのサイドテールと合わせてルミナスに酷似していた。


「ほら先輩、来ますよ!」


「大丈夫! 任せときなさい!」


 小夏は結界を展開すると共に、地面から一対の大剣を引き抜く。足元の媒体は土であるものの、紫色の魔力で塗り固められたそれらはしっかりとした斬れ味を持っていた。


(美咲ちゃんと戦った時には使えなかったけど……!!)


 両大剣を揃えるように、高く大きく振り上げる。あまり素早い相手には使えないが、しかし魔物の大きさは四メートルほど。そもそも素早いとはいえ、相対的には鈍重な個体であった。ならば。


 しかし当然、それを待ってくれるような相手ではない。理性は持たずとも、何を優先的に喰らうべきかは分かっているようだった。紫色の光を増しつつある小夏に対し、魔物は地面を抉って跳ね迫る。


「させるわけないでしょ……このっ!!」


 その軌道をエリアルの傘が遮る。自らの周囲に巻き起こした風を傘の羽根、露先つゆさきで拾い、軽やかに滑るようにして躍り出た。


「エリアルちゃん! いける!?」


「この程度なら大丈夫ですっ!」


 エリアルは盾のように、斜めに構えた傘で突進を受け流す。進路をずらされた魔物は砲弾めいてジャングルジムを押し潰すが、自傷している様子はない。魔物が立ち直るのを待たず、すかさずエリアルは開いたままの傘を振るった。踏み込まないが、それは突進の威力に臆した訳ではない。


「やああっ!!」


 一閃。傘に纏う空色の風が収束し、形成された『風の刃』が遠間から魔物の身体を斬り裂いた。

 魔物にも筋肉のような概念があるのだろうか。風の刃による切創は決して深いものではないが、足にあたるであろう下部を傷つけられたことで躓いたようによろめく。


 続けざま、これを好機と()()。足元から吹き上げるように起こした風を傘で受け、そして魔物を地面に縫い付けるように、上空から風の塊を叩きつけた。

 魔力が込められた風とはいえ、広範囲に対して行った攻撃では外傷を与えるには至らない。しかし、行動を止めるには充分過ぎる。


「今です!」


「オッケー、ナイスよ!!」


 エリアルの足元。そこには更に輝きを増した紫色の大剣が掲げられている。小夏はそれを思いっ切り、有り余る膂力を以て振り下ろした。

 連撃のため、あるいは相手の身を案じて威力を制限した奔流ではない。全力の、両大剣を同時に犠牲とする一撃。


「――爆ぜろ――ッ!!!」


 ズシン、と空気を揺らして。地面を、空間を焼き焦がして――魔物は紫色の奔流に呑み込まれ、跡形も残さずに消え去った。


「……よっし!」


「先輩! 流石ですー!!」


「ありがと。でもこんな戦い方、エリアルちゃんが居てくれるから出来るのよ。しっかり自分のことも評価してあげなさいね?」


「えっへへ、もちろんです! 私も頑張ってますから!」


「……ふふっ」


 隣に降り立ったエリアルは、柔らかな笑顔でガッツポーズを取った。釣られて小夏の顔もより綻ぶ。


「じゃあじゃあ、早く帰ってケーキ食べましょうよ!」


「あー……いや、駄目ね。すんなりいきすぎて全然時間経ってないわ」


「むむ……た、確かに言われてみれば! でも周囲にもう魔物の気配は――あ、それなら!」


 エリアルが手を鳴らして指差したのは、地面が焼け、変に雑草の禿げてしまった公園。二人はせっかくだからと残りの雑草も綺麗に刈り、整えた後に箱庭へと戻った。



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