魔法少女の恨みごと②
翠山町にあるワンルームアパート。その一室、表札に「木枯」と書かれている部屋の前に小夏は居た。
あの後、三人でケーキを堪能し、カラフルへといくつかの報告を終えて小夏は帰宅していた。時間は午後七時を回っている。
「あ……鍵開いてるじゃない」
抵抗なく回った鍵を引き抜き、ドアをくぐる。鍵の閉め忘れ、空き巣、あるいは恐ろしい魔法少女。そんな可能性もある状況ではあったが、小夏には原因がそれらでないと分かっていた。
「あーもう、またこんな脱ぎ散らかして……」
雑に玄関に転がされた一足のスニーカーを直し、部屋へと繋がる扉を開ける。そこに居た――もとい、これまた雑に敷かれた布団にだらしなく寝転んで、スマホを弄っていたのは一人の少女。そして鍵が掛かっていなかった原因。
キッチリと制服を着ている小夏に対し、少女は適正より何サイズも上であろうぶかぶかの白いシャツで細身の身体を包み、紫のインナーカラー入りの黒髪を低く一つに結っており、更には両耳に多数のピアスを煌めかせていた。地味で無個性気味な小夏とは相反する装いであるが、しかしながら顔立ちはよく似ている。無論、それは他人の空似などではない。
「おかえり。姉さん」
「はーいただいま、小夏」
『木枯 小冬』。彼女が小夏の姉であり、そして唯一の家族であった。
「いつ帰って来たの?」
「んー……三十分くらい前かな。小夏は遊び?」
「いや、箱庭。ご飯は?」
「んーん、食べてなーい。お風呂も沸かしてなーい」
「全くもう……分かったわ。準備しちゃうから待ってて」
「いえーい」
小夏は部屋着に着替えてキッチンに立つと、慣れた手付きで食事の用意を始める。小冬は幹部……『輝石』の一人、カラフルの懐刀であり、いつも不規則なタイミングで任務に駆り出される。故に昔から家事やら何やらを全て担当していたのは小夏であった。
「あ、小夏ー? お金は私のパーカーに入ってるから、洗う前にちゃんと出しといてね」
「なによ、また全部現金で貰ってきたの? もう……不用心っていうかなんていうか……。でも、ありがと」
「うえーい」
洗濯機の前に投げ捨てられた、サイズの大きな白いパーカー。その中には数十万ものお金が入っている。
二人が親を亡くしたのはずっと昔のことだった。苦労している様子も見せず、女手一つで育ててくれた母は魔物に喰われた。そしてその際、当時小学生だった小冬は魔法少女になった。
小夏がその事実を知ったのはもっとずっと後、中学校に入学してからの……自らも魔法少女になってからのこと。自分が生きてこられたのは姉が『宝石の盾』からの報酬で養ってくれていたからということも、そしてその稼ぎを増やすために――小夏の為に姉が他人を殺めたことも。全てその時に知った。そして、同時に決意したのだ。
自分のために組織の暗部に属し、人を殺め続けている姉。そんな姉を超えることで手を血に染めさせず、二人で生きていけるようにしてみせると――そんな願いを強く抱いたのだ。
「姉さん。お鍋作るけど、味噌と醤油ならどっちがいい?」
「お寿司食べたーい」
「醤油ね」
「んーん、味噌がいい」
小夏は買い置きの野菜を刻み、鍋を火にかけた。今はお金があろうとも、決して豪遊して良いわけではない。必要以上に倹約することはないが、常に節度は守り、貯金にあてる。学校に通い、家もあるとはいえ、自分たちが一般社会というレールの上をまともに走れているとは到底思っていないから。そのレールを完全に外れた時、しっかりと人間でいるために必要になるのはお金だろうから。
(……若葉さん……美咲ちゃん……)
しかし、やはり気になるのは二人のこと。非日常の中を走る人の中では親しい存在であり、若葉はより以前から交流もあった。まだ分かれてたったの数日とはいえ、一時的に『宝石の盾』を裏切ってまで協力したのだから、気にならないわけがなかった。
(二人はこれからどうするのかしら。あの時、確保した天羽聖奈は一応若葉さんの仲間だったわけなら、それを助ける――いや、重要性からして現実的じゃないわね。……結局こっちから接触する手段はほぼ無いわけだし、あたしはあたしでいつも通り過ごすしかない)
若葉も美咲もスマホなど持っているはずもなく、小夏との連絡手段などを確立しておくにもそれが『宝石の盾』から居所を辿る手段となってしまう可能性もある。今は何もしないのが最適であると……その歯痒さを誤魔化すように、小夏はスープで器を満たした。
「……小夏」
「どうしたの姉さん? 珍しくまともな顔しちゃって」
小冬は布団に座ったまま器を受け取る。
「いや私、明日からもちょっとお仕事だからさ。また何日か家空けるから」
「うん……分かったわ。気を付けてね」
互いに表情は柔らかいとは言えない。軽々と死地に赴く者と、それを受け入れる者。これが二人の普通。そして同時に、魔法少女という世界に溢れる普通でもあった。
この普通を……異常を少しでも正すために。せめて姉だけでも――
(――ううん、違う。若葉さんと、それに……美咲ちゃんも……)
救える人を救うため。否、救えるかも知れない人を救いたいと、願いのために小夏は心を燃やす。
「……」
しかしそれを。炎のように揺らめく願いを、小冬は深い海のように暗く濁った――それでいて全てを見透かしているような、不思議に黒く輝く双眸で覗き込んでいた。




