魔法少女の祈りごと⑤
外の景色が紅に覆われ、同じく紅に染まった壁、棚、空間。それに抗う光は店内照明の他には白色と薄緑色――正面から相対する二つのみ。
「よう、美咲」
「お久しぶりです。……佐藤、山田、鈴木でしたっけ? 三人のうちの誰か……あるいは複数人が探知系の魔法を持っていて、かつ『宝石の盾』に所属していたと。若葉さん、そして木枯小夏さんは連絡を受けてここに来た。この認識で合ってます?」
「ああ、その通りだよ。ったく……相変わらず頭の回転が早えから説明要らずで助かるわ」
「……どうも。で、一ヶ月も経ってからのご登場ですか」
美咲はコートからナイフを抜き放ちつつ言葉を続ける。
「てっきりもっと早く……そうですね、なんなら私の傷が治る前に来るとすら思ってましたが。もしかして不測の事態に対しての代償を支払っていたか、あるいは組織自体を――」
「――美咲! 悪いが、あんま時間に余裕はねぇんだ。先にアタシの話を聞いてもらうぞ」
美咲は紗夜の強さ、そして小夏の実力も共に知っていた。故におおよそ紗夜が勝利するであろうことも理解していた。対して自分が若葉に勝てる可能性は、経験を積んだとて未だ低い。時間を稼ぐことで紗夜の加勢を待つことが最善手であると、それは分かっていた。しかし。
「……」
美咲は黙り、ナイフを構える。構えたまま動かない。
「……美咲。アタシはな、『宝石の盾』を抜けてきた。お前の言う通り、あの時の件で色々あってよ……そんで逃げてきた。組織に縛られず、自由になるためにな」
「……」
「あんなとこに居ちゃ迎えに来てやれねぇからな。……美咲、アタシと一緒に帰ろう」
「……私は既に、『宝石の盾』に狙われています。虚道さんとなら……貴女を餌に一緒に居ることで、私の安全はそこそこのレベルで確保されているはず――です!!」
言葉の終わり際、無造作に突き出されたナイフを若葉は軽くいなす。
「だから……迎えに来ていただいたのに申し訳ありませんが、貴女と一緒には――」
「そうじゃねぇだろ、美咲。お前の居場所ってのは……そういうのじゃねぇだろ」
いなされた勢いのまま、美咲は不格好な回し蹴りを放つ。若葉はまたしてもそれを容易に受け止めた。
「それに、前に言ったのを忘れちまったか? 追手なんざ、アタシが全員ぶん殴ってやるよ」
「あ、貴女の強さくらいは理解しています! でもそれだけじゃ……! 貴女は虚道紗夜には――」
「……なんだ、自分の身を案じてるようで……アタシの心配をしてくれてんじゃねぇか」
「あ、う……」
「ま、確かにアタシじゃあのガキには勝てねぇさ。だが、小夏はアタシと一緒に居ることがバレたらヤベーのに協力してくれて、そんで足止めしてくれてる。……あのガキを倒す仲間は見つけられるさ」
「……どうして協力なんて……あんなことがあったのに――! きっと……きっと何か裏があるに違いありませんっ!!」
美咲は力任せに両拳を叩きつけに行く。若葉は容易にそれを捕らえ、そして確かに握りしめた。
「知りたきゃ小夏に――後で本人にゆっくり聞いたら良いさ。とにかく、アタシ達は損得だけで動いちゃいねぇんだよ。宙ぶらりんでよ、何をしたら良いか分からないからって……元凶を自分だと思い込んで、追い詰め続けるのはもうやめろ」
「な、なにを分かったようなことを――」
「分かるんだよ。アタシはな本当に自分のせいだが……長い間、居場所を失くして彷徨ってた。でも、救ってくれた奴が居たんだ。アタシだけの為に全てを投げ出してまでよ」
「……っ……」
「だから……お前のことも救ってやりたいんだよ。アタシは」
美咲は大きく仰け反り、額を若葉の顔面へ叩きつけにゆく。が、両拳を取られており、かつ身長差もあって届かない。
「……私はもう……戻れないところまで殺しを重ねてしまってます。背負いきれない十字架を捨てて、他人の命を踏みにじって……ここに立っています」
「……ああ、そうだ。でも……まだ間に合うさ」
若葉の握力は強まり、美咲はナイフを振るうことも、蹴りで距離を取ることも許されなかった。
「十字架はアタシも一緒に背負ってやるよ。大丈夫だ、美咲。……お前は独りじゃない」
「――っ」
不意に若葉の握力が緩み、美咲はそれを見逃さず突き飛ばす。
「……わ、私……は……迷惑を……面倒な、人間ですよ……」
「だろうな」
「……これからもきっと、戦いは避けられないでしょうし……私なんかが生き残るためには……殺しも避けられません……きっと……」
「安心しな、勝ち方くらいアタシが教えてやるよ。任せとけ」
「……なら……私は……ぅ、でも――」
沈黙が満ちた場で美咲は俯く。そして僅かな時間の後、長い長い思考を終えて目を見開いた。その瞳は白い輝きを放っている。
「――私に……信じさせて、欲しい……です。……信じさせて下さい」
美咲はナイフを放る。不意を突くため、あるいは攻撃のためではなく、ただ放り捨てた。見せるため、見てもらうために。自らも模索していた、「殺し方」ではない「勝ち方」を。
「貴女が強いんだって……貴女と往く道が正しいんだって……。貴女と……一緒に居て良いんだってことを……!」
「……ああ。信じてもらえるよう、めちゃくちゃカッケーところを見せてやるよ。……おいで、美咲」
魔法を行使せず、ほんの僅かな思案だけで美咲は踏み込んだ。場所はカウンターの中であり、側面への移動は不可能。直線的な攻防に限られる。そして放った初撃は若葉に習った技、刻み突き。
「――やるな。綺麗に撃てるようになったじゃねぇか!」
若葉は突きを掌で受け止めると同時に、左頬を平手で打った。大した力は込められておらず、掌底というにも甘い。だが、美咲は気付いていた。
(このカウンター……その気なら『虎爪』で打って、同時に目に指を入れられてた……!)
美咲は怯まず、突き出した右手を若葉の肩へと滑らせて掴み、顎への飛び膝蹴りを狙う。しかし若葉は右腕を引き戻すのが間に合わないと見るや、瞬時に身を寄せてゼロ距離へと詰める。
(――膝を曲げるスペースすら……!)
美咲が自由に動かせるのは左腕のみ。しかし、それも若葉の右手によって手首を掴まれ制される。肩に置いていた右手も、既に左腕によって身体ごと抱えられていた。
ベアハッグ。鯖折り。あるいは単なる締付け――。そんな力技から、他の無数の選択肢も取れる状況。美咲は既にそんな袋小路に追い込まれていた。
「――どうだ、カッコいいだろ?」
「……いえ……なんか、舐めプされてましたし……」
「はっ! そりゃそうだ。ま、互いに本気じゃないとはいえ、それでも実力差は良く分かったろ」
「……はい。あと……あの、それに――」
美咲は拘束から逃れようとしていなかった。それ以前に、若葉も拘束してはいない。力は込められていない。しかしながら、細身の身体に真白の髪がうずめられる。――拘束はいつしか抱きとめる形となっていた。
「――あったかいです」
「……ん。そうだな」
絹のような、さらさらとした髪。若葉は白に輝くそれの温度を確かめるように、優しくゆっくりと撫でた。




