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魔法少女の祈りごと③




「あ、そうだ! 美咲ちゃんの饒舌タイムついでにさ、女子トークしようよ」


「……はい?」


 唐突に、紗夜は手をぱちんと鳴らした。


「恋バナとかさ、ちょっとドロドロしたお話とかさ! ラブホ女子会って言ったらやっぱそれでしょ!」


「女子会……。そこまで仲良くなった覚えはありませんけど」


「酷いなぁ、もう一ヶ月も一緒に居るんだよ? じゅーぶん友達だよ友達! それに僕、生きてる人とちゃんと来たのなんて初めてだからさ、ちょっと憧れてて!」


 ソファに腰掛ける美咲に対し、近すぎるほどにずずいと距離を詰めてくる。殺気は無い。変身もしていない。これはただの彼女の性分だった。とはいえ。


「う、あの……あんまり近づかないでください……」


「えへへ、もしかして照れてる? 大丈夫だって! 僕、美咲ちゃんのことタイプじゃないし……それに生きてるし!」


「……そうですか」


 沙夜は笑顔で毒を吐く。どす黒く汚らわしい本性の一部と共に。

 美咲も一応は思春期の乙女であり、タイプじゃないなどと真正面から言われれば顔をしかめるが、しかしこの場合は都合が良い。仮に彼女の好みに合致していたら、色々と無事では済んでいなかっただろうから。


「……それに、さっきの美咲ちゃんの戦いを見てて思ったんだけどさ、なんか殺しを躊躇してるじゃん。トドメだって僕が代わりに刺したわけだし。なんか……違和感があってさ。見ててモヤっとするんだよね」


「……」


「えへへ……そんな怖い顔しないでよ、弱いって言ってるわけじゃないんだから。ほらじゃあ恋バナだよ恋バナ! 僕からしよっか? といっても結局僕が好きなのは『クローバー』……若葉おねーさんに尽きるんだけど! あーほんと、美咲ちゃん羨ましいなぁ……暫く同棲してただなんて!」


 沙夜はぎゃーぎゃー騒がしく、はしゃぐ子犬のように話し始める。興奮しすぎ、いきなり変身しだすほどに。


「同棲って……。だいぶ齟齬のある言い方ですね」


「あーあ、早く会いに来てくれないかなぁ。そのためならいくらでも殺すんだけどなぁ。……若葉おねーさんになら生きてたって興奮するくらい好きなのに、伝わらなくってもどかしいよ」


「……」


 フリフリの可愛らしい深紅のドレスをくしゃくしゃにしながら可愛らしくはしゃぐ彼女が殺しをする理由は、己の欲を満たすため。破滅の階段を上がっている自覚がある故に、殺しを重ねる日々を送る彼女が自分の未来の姿ではないかと……美咲はそう思ってしまう。


「で、美咲ちゃんの番だよ?」


「へ?」


「へぇじゃなくって、ほら。恋バナ! 好きな人とか居ないの?」


「……好きな……人……」


 こんな状況でそんなことを真面目に考える気にならないが、しかし。好きな人と言われると脳裏に浮かぶ存在が居ることは確かだった。


「……お姉ちゃん」


 口をついて出る、その存在。何よりも大事で、大切で、一秒たりとも忘れたことのないその存在。


「ん? お姉ちゃん? 義理? それともマジの近親のやつ?」


「……いえ、そういうのじゃなくて。私を……ずっと支えてくれた、一番大好きな人なんです」


「あー、つまり恋バナ即終了でドロドロした話にシフトってことね。よろしい、僕が付き合ってあげましょう! ……たまにはさ、そういう感情って吐き出さないと良くないし」


 沙夜が異常者というのは分かっているのに、なぜか気が緩んでしまう。……いや、自分も同類だと認識しているからなのかも知れない。だから己の内にある不幸を話してしまいたくなってしまう。軽々しく他人に話すことではないと理解しながらも、緩んだ思考と口からは記憶が泥のように零れ出した。


「お母さんが死んじゃってから、何年も……おね――姉さん一人に育ててもらったんです。だから、好きな人……大好きな人っていうと、姉さんしか」


「ふーん、そっか……。んでそのお姉ちゃん、今はどうしてるの?」


「……殺され、ました。魔法少女として街を魔物から守ってたのに……。同じ魔法少女に……ルミナスとかいう奴に」


 ルミナス。本名、月峰つきみね 綾乃あやの。同じ茜沢中学校の生徒会長。姉と同じく忘れられない存在だが、姉とは違って――はらわたが煮えくり返るような名前。自分を暗闇に突き落とした、憎い相手。自分がゴミのように、ぼろきれのようになるまで刺した相手。初めて殺した相手。


「うっわ、ルミナス!?」


「……知ってるんですか?」


「知ってるも何もそりゃ有名だもん。でも、ルミナスが対人やるなんて珍しいなぁ」


「魔物と戦ってるとき……意図的に、あいつが魔法で巻き込んだんです」


「あー『ルミナリフレクション』かぁ。なるほどねぇ……。じゃあ、ルミナスに復讐するのが目的なんだ?」


「いえ、復讐は果たしました。けど……それから……色々どうしたらいいか……」


「……は? 果たした? ルミナスを殺したってこと?」


 美咲は一介の魔法少女としか思っていない相手だったが、しかしその名前を聞いて沙夜は驚き……否、驚嘆の表情を浮かべる。そう、彼女は知っているのだ。


「はい。初めて私が殺した相手で――」


「――いや、そんな話じゃないよ、それ。ルミナスって『宝石の盾』の大幹部だよ? 多分、美咲ちゃんは知らない内になんか……ヤバいトリガー引いちゃってるんじゃないのかなぁ」


 言われてみれば心当たりはあった。姉が殺されたから聖奈が来た――のではなく、ルミナスが死んだから聖奈が自分の元へ来たのだとしたら。そして、聖奈が『宝石の盾』に狙われ始めたのはその頃から。確かに、美咲が関わってるところで『宝石の盾』が動いていたように思える。


「……確かに、そうかも知れません」


「なーんか興味なしって顔してるねぇ。えへへ、美咲ちゃんおもしろーい!」


 彼女の指摘通りである。気づいてなお、美咲は自分でも意外なほどに興味が湧かなかった。今のところ執拗に狙われるということもなく、であれば『宝石の盾』がどうなろうが知ったことではないのだから。


「ま、僕もその気持ちわかるけどさ。自分が不利益を被らなければそれまでだし、悪いのは向こうだもんね〜」


 沙夜は美咲の頭を撫でる。生身の温かい右手で。美咲はそれを払い除けなかった。


「僕達、案外気が合うのかもよ? 同い年だし、美咲ちゃんも強いし。このままバディ殺人鬼として活動しちゃう?」


「……それは絶対に無いです。絶対に。私が魔法少女を殺すのは……根本的には、自分が殺されないためですから」


「むー、ざんねん! 本気で勧誘してたんだけどなぁ」


 わざとらしく頬を膨らませ、沙夜は立ち上がる。美咲は半ば無意識に、頭から離れた温かさを目で追うが……今度そこあったのは、酷く冷たい深紅の『霧の腕』。


「まぁいいや。じゃ、そろそろ時間だから準備しよっか!」


「時間って……まだ入ってから一時間も――」


「もー違うよ美咲ちゃん。時間っていうのは『利用時間』じゃなくて『帰宅時間』。すぐ近くの中学校にも魔法少女が三人居てね。土曜日だけど、今日は半日授業なんだ」


「――なるほど」


 頷いた美咲は手を取り、立ち上がる。伝わる温度に負けないほど冷たく、そして濁った瞳を携えて。


「その内の一人がめっちゃ好みでさ。いつか()()()()と思ってキープしてたんだけど……美咲ちゃんに譲ってあげる。柔道やってる魔法少女だから、強くなりたいって美咲ちゃんのニーズに応えられるんじゃないかな?」


「……良いですね。正直、まだまだ足りないところだらけですし」


「うんうん。消化不良って顔してたもんね。この一ヶ月で四戦くらいしたっけか? 美咲ちゃんは頑張り屋さんで偉いね〜」


「……」


 手を引かれるまま、二人は非常階段の踊り場へと足を運ぶ。数分も待つと、紗夜の言う通りに少女達が通りの奥から歩いて来る。


「三人居ますね。もしかして……」


「そ、仲良し三人組の魔法少女。いっつも一緒に居るんだー。おさげのちっちゃい人が山田ナントカさんで、ショートの人が鈴木ナントカさん。そんで件の人はあのポニテの『佐藤さとう 愛華まなか』さん。めっちゃ美人っしょ。あ、ちなみに山田さんも鈴木さんも愛華さんのことが好きみたいだよ。でも愛華さんはどっちのことも苗字呼び……お手本のような三角関係だよねぇ」


「……そ、そうですね。他に情報は持ってますか? 使う魔法とか、武器とか」


「その辺りは全然。ただ、愛華さんの家は片親で日曜日以外は深夜まで働きっぱなしでね、遊び場として学校終わりに皆で集まることが多いんだ。……ってことで、まとめて襲う? 愛華さんだけやる?」


「……魔法が分からないのであれば、リスクも考慮して一人になったところを狙いたいですね」


「おっけー。じゃ、家が見えるところでガン待ちしよっか」


 二人は平然と話していた。罪を犯す算段を。美咲はあの若葉の言葉を受け、殺しに躊躇が……忘れていた罪悪感が僅かに再度生まれていた。だが、美咲が殺さずとも、魔法少女を倒せば同行する沙夜によってその命は結局奪われる。即ち美咲が殺すのと何ら変わりがない。


 しかし、美咲はそれを咎めない。むしろ受け入れ始めていると自覚していた。先ほど沙夜の勧誘を受けた際、拒否したものの本当は嬉しいと感じてしまっていたのだ。例え悪魔の誘惑であろうと、それによって自分の居場所が出来るのであれば――他人の命なんてどうでも良いのでは、と。



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