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結論から言うと、ジゼルは非常に優秀だった。

メイドとしての素質がヒロイン補正なのかは分からないが、言葉数の少ないブランシェの意図をよく汲み取りきめ細やかな気遣いを見せた。

時折、こちらの予想を超えた行動をとることもあるがブランシェの日常に欠かせない存在になっていた。


(ここまで、気を許すつもりもなかったのだけれど…)


「お嬢様、本日のお菓子はガトーショコラでございます」


そうしてサーブされたのはブランシェの好みであるミルクティーで、ジゼルがブランシェ付きになって早数か月。

リズが傍に控えていたのは僅か一か月程度で、ブランシェのお茶の準備はジゼルが管理することになった。

元来の優秀さによりブランシェの世話は基本的な貴族に比べるとかなり少ない。だからこそ彼女の甘党を知る屋敷の人間にとって、この仕事をジゼルに任せるということはジゼルをブランシェ付きのメイドとして認めた証でもあった。


(本当にわたくしの好みを間違えないのよね…。手放すには惜しいと思うほどに。)


ヒロインが悪役令嬢のメイドというのはゲームの設定から大きく離れている気がするが、それに関してはブランシェは一つの仮説を持っていた。

主人公であるジゼルは自由に行動できるのではないか、ということだ。

悪役令嬢であるブランシェの婚約は結ばれてはいないが、完全に立ち消えてもいない。暗黙の婚約者として貴族の中での理解を得てしまっている。

公式な婚約者ではないが、だからこそ王子の婚約者という設定は変えれていない、ともいえる。

ブランシェの記憶にはスチルと呼ばれる立ち絵しかないが、フェリクスとブランシェに出会う瞬間のスチルがあるのだ。

そこで彼女は「はじめまして」と言っており、ジゼルがブランシェのメイドだった事実はない。



(それにしても素晴らしい土下座だったわね。あの時助けた少年がヒロインだったというのも驚きだったわ。

助けなかったら良かった、とは決して思わないけれど自分からゲームに関わってしまっているのはどうしようもないわね。)


ブランシェはジゼルとして出会った日のことを思い出していた。


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確かにメイドが必要だという話はブランシェも聞いていた。

幼少期から同年代の貴族子女を世話するものは庶民からの奉公よりも、家が保護している教会孤児がつくことが多いことも知っていた。


「はじめまして、お嬢様。本日よりお嬢様付きのメイドとなりましたジゼルでございます。」


そうしてリズから今日から新しくメイドがつくと言われて現れるのが、ヒロインだと誰が想像できるだろうか。

肩につく程度のストロベリーブロンドの髪は貴族ではありえない短さだが、快活そうな彼女の魅力を引き出し、

ふわふわした髪も、蜂蜜を煮詰めたような丸い瞳も愛らしさを前面に押し出した可愛らしさで流石ヒロインといったところか。

息をのんだのは一瞬、何故ここにヒロインがいるのかブランシェには見当もつかなかったが、主人となるものとしてしっかりと対応せねばなるまいと気を引き締めなおした。


「こんにちは、ジゼル。これからよろしくね。」


ブランシェの表情筋はピクリとも動かないが、彼女なりに微笑んだつもりだった。


(ゲーム内のヒロインは無表情のブランシェが冷たい人間だと怯えていたわけだし、仲良くなるのは無理かしら。

ジゼルが悪役令嬢のメイドだったなんて設定は聞いたことがないし、一体何が起こっているのかしら)


少し気持ちを落ち着かせようと紅茶を飲んだブランシェが再度ジゼルへと視線を移せば、そこにいたはずのジゼルはいなかった。

先ほどまで立っていた位置で非常に美しい土下座を披露しているジゼルに戸惑いが隠せない。

ヒロインは頭の形も綺麗だな、と栓無き事を考えていたらジゼルが口を開いた。


「以前は助けていただき、ありがとうございました。本来であれば、その場できちんとお礼を申し上げるべきところを助けられたにもかかわらずお嬢様から対価を要求されるのではなどと、愚かな考えをしてしまい本当に申し訳ありませんでした!!」


「あ、あの…ジゼル?わたくし、一体何の話をされているのか…。それに顔を上げてちょうだい?」


「お嬢様には数か月前に街で酔っ払いに絡まれているところを助けていただきました。小汚い孤児にも慈悲をくださったその姿に、私、天使を見ました。絶対にお役に立ってみせたいって思ったんです!」


「教会の子を助けたことはあるけれど…」


「偽名まで用いたことを重ねてお詫びいたします、お嬢様。自分で申し上げることでもないのですが、この通り私の容姿は人目を引くものですから。少女では身を守るのも難しかろうと神父様からの助言もあり、男として生きてまいりました。多少の火の粉は払えますから。」


なるほど、と思った。確かにジゼルの色味は平民では珍しく囲いたがる貴族も多かっただろうことは容易に想像がつく。そして、そういったことを望むものほど悪意を抱いて近づくものだ。

ヒロインの過去は描写されていなかったが、当然ゲーム外の人生は存在してる。神父による助言があったということは、少なくとも一度強引に縁組を行おうとした貴族がいたのだろう。


「ですがあの日、私は天使に出会い、悟ったのです!!この人生、天使に捧げよう、と!!」



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(人を天使と呼ぶのは勘弁してほしいけれど、あの熱量のあるジゼルの方がゲームで描かれていた健気なヒロインよりもリアルに感じるのよね。実は口が悪いこともわたくしは知らなかったのだし。

そもそも、あのリズにわたくし付きにしても良いと言わせれるほどメイドとして優秀なのよね、この子。)


つまり、ジゼルだけはゲームの理から離れた行動がとれるのだ。彼女はこの世界の主人公なのだから、それも当然なのかもしれない。

ジゼルが望まなければこの乙女ゲームすら始まらない可能性がある。それこそ今のブランシェはジゼルの主人なのだから学院に行かせないようにするだけだ。

ただそれはジゼルの幸せを奪うのではないだろうか。


「ねぇ、ジゼル。あなた学院に行くつもりはないの?」


「もちろん、お嬢様のメイドとしてお供いたしますよ。リズさんからも許可は得ています。」


「そうじゃなくって、生徒としてよ。あなたは頭もいいし入学は目指せるでしょう?可愛いのだし、それこそ素敵な殿方に出会えるかもしれないわ」


「旦那様はご存知ですから申し上げますが、私には光魔法の素質があります。それこそ聖女として神殿仕えが出来るレベルの。ですから学院の入学も可能でしょう。

それでもお嬢様。私の幸せは学院に通うことではなく、一生お嬢様のお仕えすることでございます。公爵家にはご迷惑をおかけしますが、いざという時にお嬢様を助けられるのだから、と旦那様が隠蔽に手助けしてくれてもいるのですよ。

まぁ平民の素質なんてわざわざ国も管理していられませんからね。」


「あなた…聖女って。それこそ私のメイドなんてしている場合じゃないでしょう」


ジゼルが自分の能力をここまで把握しているのは予想外だった。呆然とするブランシェに「リズさんには黙っててくださいね。」と笑いながらジゼルは話し出した。


「私、孤児院にいたころ、一度女神さまとやらの声を聞いたことがあるんですよね。『あなたは光の力に選ばれし者。必ずあなたを守る騎士が現れることでしょう』って。それ聞いた時に思ったんです。

ふざけんな。って。当時変態貴族やらに絡まれて、荒んでたのもあるんですけど、正直私としては胡散臭いな、ぐらいの認識しかありませんでした。で、私を守る騎士様とやらを待つより自分で自分守るしかない!女神なんてあてにしてられるかって少年として生きることにして、出会ったんですよ。

孤児なんか助けても良いことなんてないのに、目の前に飛び出してきた天使に。珍しい力をくれた女神さまよりも、いつか現れる騎士様よりも、危険を顧みず現れたお嬢様の方が私にとって大切なんです。だから何がなんでもお傍に仕えさせていただきますよ」


さぁ、お茶のお代わりが必要ですね。と厨房に急ぎ戻るジゼルを見送りながらブランシェは思ったのだ。


「まったく、ヒロインの笑顔は最強ね。あんな風に笑いかけられて手放すほど無情な人間に成り下がれるわけないじゃない」


恐らく自分の想像通り、ジゼルだけは完全に自由に動ける。そして彼女はヒロインとしてでなく悪役令嬢のメイドとして攻略対象者に出会うことになるのだろう。

この変化がこれからのブランシェを取り巻く人生にどう変化があるのかは分からない。

ただ、ゲームのことばかり考えるのはもうやめよう。

ヒロインも、悪役令嬢も、それぞれの欲に忠実に生きていくのだ。


「お嬢様、次のお茶はストレートにしてみました。そして、こちらのクリームとベリーソースを残りのガトーショコラと合わせてお召し上がりください。」

時間がたっても表面のサクッとした感触が失われず、むしろ中のしっとり感により濃厚さが増したガトーショコラに甘さ控えめの生クリームと数種類のベリーソースを添えられ、至福の時間を味わいながらブランシェは覚悟を決めた。


「ジゼル、あなたは好きに生きなさい。わたくしも好きに生きるのだから。」


「はい!お嬢様の好みを知り尽くしているのは私ですからね。学院でのお茶の時間もばっちりですよ!!」


「そういうことじゃないのだけれど…」

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