第二章 十三話
「それで、宝珠の捜索にはフィアセルも行くのですか?」
ロイルは気を取り直すように小さく息をつくと、穏やかに娘に視線を向ける。
「うん。そうみたい」
たしか国王シルクスは、準備が整い次第迎えに行くと言っていた。
自分が捜索に参加して何が協力できるのかは分からないけれど、必要だというのなら力を貸してあげても良いと、フィアセルは得意げに笑った。
「では、迎えが来るまでの間にきちんと準備をしないといけませんね。大切な娘をそのまま無防備に神殿の外に放り出すわけにはいきませんから」
ロイルはゆったりとソファから立ち上がり、向かいに座っていた娘の前にひざをつくように座る。
何事かと目をまるくしたフィアセルの大きな瞳と、目線の高さが同じ程度になった穏やかな氷碧の瞳は、けれども娘の顔ではなくどこか遠くを見るように、彼女の頭の少し斜め上を見つめていた。
それが、この大司教がフォン=ティエンの神力を借りて未来を判じるときの仕草であることに、フィアセルは気が付いた。
どのように視えるのかは訊いたことがないけれど、先のことが見通せる不思議な神力が彼にあるのは確かだ。
「うん。今のところは、大丈夫そうだね」
「ふふっ。父さま、あまりその力は使わないって言ってたのに」
いくら周囲の者たちが希っても、本当に重要な時にしかその力を発揮しない大司教だった。それなのに、娘の為となれば迷うことなく使ってみせる親馬鹿ぶりがなんだか可笑しい。
「……まあ、見ることが出来ても、変えられなければあまり意味はないことですから」
「分かっていても、変えられないものなの?」
未来が分かったとして、それが悪いことなら原因を除けばいいし、良いことなら更に善くなるように行動すれば良いのではないかと思うのだ。
「 ―― そう、出来るのが一番ですけれどね」
春の陽だまりのような眼差しは変わらずに、けれどもひどく静かにロイルは微笑んで見せる。
フィアセルはむぅっと唸るように口を尖らせた。
自分が思うほど、見えた未来を変えるということはそう単純な話ではないのかもしれない。
「フィアセル。あなたは自由な存在である風神フォン=ティエンが大好きだと、いつも言ってましたね」
ロイルはやんわりと娘に問いかける。
「うんっ、大好き。だから司祭になったんだもの。もちろん、父さまの近くに居られるからでもあるけどね」
照れたような笑顔を見せながら、フィアセルは頷いた。
まだ幼い頃 ―― 父が教皇の座についた当時は、独り身であるとされた彼に子供が居ることを秘するため、会えるのは年に数回ほどだった。
ロイルは毎日のように手紙を書いてくれたし、たまにこっそり会いに来てくれてもいたけれど、やっぱり寂しかったのは覚えている。
だからこそ、自分がこのフォン=ティエン神殿の司祭となってからは、毎朝礼拝の時には顔を見られて、たまにこうして二人きりで話すこともできるようになったのは、とても嬉しいことだった。
「そうですね」
にこりと笑って、ロイルはフィアセルの頭を優しく撫でるように己の胸へと抱き込んだ。
シルクスが掲げた改革に賛同して、教会権力を担う高位の役職を廃すよう動いたのも、何の未練もなく教皇を退き大司教に降りたのも、王の改革に共感したからというよりは、娘に会いたかったからだ。
「フィアセル。自由な存在になるというのは、実はとても難しいことなんです。矛盾していると思うかもしれませんが、自由には大きな責任が生じる。そして、自由を得るために失うものもまた……多い。だからこそ、自由であることが逆に不自由になってしまうことすらあるのです」
ロイルはそっと娘の両頬に手を置きながら、ふわりと笑う。
「……はい」
父が伝えたいことがなんなのか。それをしっかりと受け止めるよう思案して、フィアセルは珍しく神妙な面持ちで頷いた。
自由に行動することと、好き勝手に行動することは、似て非なるものだ。そこは、司祭としてフィアセルも理解していた。
近頃はフォン=ティエン信徒の中にも「自由」と「我儘」を履き違える無法者がいるし、フィアセルもつい、今回のように自分勝手に動いてしまうのが現状ではあったけれども ―― 。
「なんとなく、わかるような気がします」
大司教ロイルは未来を見通す力を持っている。
けれども、分かったからといって簡単にそれを変えてはいけないのだろう。そう、フィアセルは理解した。
「そういえばレジス=クルセイドには、父さまみたいに未来のことが分かる巫女姫が居るんだって。王宮で女官たちが話してるのを聞きました」
早朝の散歩をしている時に、宮女たちがにこやかな談笑をしている場に何度か遭遇した。
そのときに聞こえた噂話のひとつだった。
「父さまと同じように銀髪で、とても綺麗な人なんだって。もしかして銀髪の美人は神様からの寵愛をうけやすいのかな」
娘である自分が言うのもおかしいが、父ロイルは穏やかな雰囲気をまとった綺麗な顔立ちをしている。もちろん、大好きな『ティスリーヴ様』には敵わないけれど。
「私も、父さまと似てれば良かったのに」
フィアセルは肩からこぼれる赤毛をくるくると指でつまんで、小さくため息をついた。
神々からの寵愛が深ければ深いほどその神力は強くなると云われ、行使する『言霊』の精度も高くなるし、多くのことが出来るようにもなる。
「おまえは母さまとよく似て、とても可愛らしいよ」
そっと娘の髪を梳くように撫でながら、ロイルは愛しそうに目を細める。
「へへっ。そう言ってくれると思ってた」
にこにことフィアセルは笑った。
物心つく前に母親は亡くなっていたので記憶にはないけれど、明るく柔らかな赤毛も、伸びやかすぎるこの性格も、すべて母親譲りなのだと、嬉しそうに父が何度も話し聞かせてくれたので知っていた。
「でもなんだか不思議。レジス=クルセイドって『嘘つき皇国』と蔑まれているかと思えば、巫女姫のような存在が神秘的に噂されたりするんだもの。みんな、あの国が気になって仕方ないみたい。もしかしたら太古から存在したっていうのを、心のどこかで少しは信じてるのかも。そう思わない、父さま?」
食事処で叫んでいた少年の言葉や、揶揄するように突っかかっていた大人たちの姿を思い出しながら、フィアセルは不思議そうに父を見やる。
ロイルはそれには直接応えずに、ただゆるやかに笑った。
「……さて。そんな国の話はもうやめて、楽しくティータイムでも過ごしましょうか。私はおまえ自身の話の方がもっと聞きたいからね」
ぽんっと娘の頭に軽く手を置くと、向かいにある己の席に戻るように、ロイルはいったん娘に背を向ける。
その穏やかな氷碧の瞳の中に、わずかな波紋がゆうるりと広がっていたことに、背後のフィアセルが気付くことはなかった。
ご無沙汰しています。いつも更新にあいだが開いてしまってすみません。
次話は来月中には更新したいなと思っています。
今年もよろしくお願いします。




