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森は静かな幻想迷宮  作者: 風祭
第二章 『水の都レジス』
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第二章 十二話

「さてと。それでは私たちも部屋に行きましょうか、フィアセル。美味しいお茶菓子があるんですよ」

 去っていく三人の後ろ姿が見えなくなるまで見送ってから、ロイルはもとから穏やかな顔を()()にこやかに崩す。

 さっきまでとは違い、役職を付けずに少女の名前を呼んだその氷碧の瞳は、砂糖菓子のように甘い。


「はーい」

 にこにこと、フィアセルもつられて笑顔になる。

 普段は誰に対しても公平な態度を崩さないこの大司教は、周囲に誰も居らず二人だけになった時は、いつも()()()()を示してくれる。それが、フィアセルは嬉しかった。

 けれども、ちょっぴり心配にもなる。


「でも、大丈夫ですか? また長老たちに嫌みを言われるんじゃないかな。あの人たち、私が(とう)……じゃなくて、ロイル様のお部屋に行くのを嫌がるでしょう?」

 ロイルの甘い眼差しに一瞬ゆるみかけた言葉を立て直し、フィアセルは確認するように首を傾けた。


 二人とも同じ姓「ロンギスト」を名乗っているので、()()であることは周知の事実。

 けれども父娘(おやこ)であることは、一部の人間を除いて知られてはいないことだった。

 風の神フォン=ティエンの代理でもあるこのロイルは、表向きは()()()ということになっていた。


「ふふ。おまえは、そんなことを考えなくても良いんですよ」

 くしゃりと少女の髪を撫でながら、ロイルはそっと目を細める。

 普通の親子であれば必要のない気遣い。それを娘にさせてしまうことが不甲斐ない。


「うん。わかってるんだけどね」

 にっこりと、フィアセルは明るい笑顔を見せた。

 『大司教と司祭』という立場である()()の場では別として、自由時間であれば気にする必要はないと、フィアセルはいつもロイルから言われていた。

 父娘(おやこ)であることはいちおう秘密だというのに、それは()殿()()()()()であり、この大司教自身は特に隠し通そうとも思っていないようだった。


 フィアセルはそれなりに父の立場を考えて、滅多に近づくことはしなかったけれど。それでも事情を知っている年配の司教たちには「いくら誰も見ていない時でも好ましくない」と諫言されることもある。

 穏やかで知的な大司教といわれるロイルだが、そんなときは「公務を離れた親が子供を可愛がって何が悪いのか」と、あっけらかんと言ってしまうような子煩悩な人でもあるのだった。


 束縛を嫌い、自由を愛するフォン=ティエンを神と祀るこの神殿の()()()として、ある意味、最も相応しい思考の持ち主なのかもしれない。



「それで、王都はどうでしたか?」

 神殿の奥深く。最も神座に近い場所に設えられた私室にたどり着くと、ロイルはゆったりとした口調でそう訊ねた。

 部屋の扉には無造作に、けれども誰も出入りできないよう()()()()と神力による封印を施して、娘との会話を楽しむ気は満々。

 大きなソファに座るようフィアセルを促しながら、花をかたどった可愛らしいカップにお茶を淹れてあげる様子はとても楽しそうだ。


「そうですねー。プリンが美味しかったです!」

 フィアセルは満面の笑みを浮かべ、甘い香りのするお茶をこくりと飲んだ。

 王に呼び出された話の内容ではなく、それを真っ先に言うのが彼女らしい。

 ロイルとしても娘の食の好みに興味があるのか、くすくすと笑いながら何度も頷いている。


「それは良かったですね。今度レシピを聞いて、神殿の食事でも出せるようにしましょう」

 にこにこと提案するあたりは、フォン=ティエンの代理である大司教というよりは、どこからどう見ても単なる()()鹿()だった。


「そのプリンを食べたお店で、レジス=クルセイドの子供に会ったんです。その子、どうしてなのか『風の人間には触られるのも嫌だ』って言ってました」

 食事処と、モルトン川のマーケットで会った時の少年の態度を思い出しながら、フィアセルはぷっくりと口を尖らせた。

 大好きな『風』を悪く言われるのは悲しいし、なぜそこまで嫌われるのかもわからない。


「フォン=ティエン様とレジス=クルセイドの国神様は、交流があったはずですよね?」

 かつて聞いた神学の講義に、風神フォン=ティエンと水神アトゥイ=レジスは親交が深かったという(くだり)があったように記憶していた。

 それなのに、あんなにも嫌悪を持つのは何故なのか。フィアセルにはさっぱり分からない。


「よく、覚えていましたね」

「そりゃあ、いちおう私も司祭ですから」

 ぱちりと軽く右目を閉じて見せて、フィアセルは得意げに笑った。

「ふふ。偉い偉い」

 にっこりと、ロイルは氷碧の瞳を笑ませてそんな娘の頭をぽんぽんと撫でた。


「その二神には親交があったと()()()では伝承(いわ)われていますが、レジス=クルセイド皇国ではそうは考えていないのでしょう」

 静かに応えるロイルの双眸の奥には、何故だか少し悲しそうな(いろ)が見て取れた。


「父さま……?」

 そんな珍しい父の様子に、フィアセルは目をまるくした。

 どこか懐かしそうな。それでいてひどく切なげな眼差しのように思う。

 その理由が訊きたくて、フィアセルが口を開こうとすると、ロイルは不意に何かを思い出したように、顔の前で軽く手を打った。

 その動作につられて、ふわりと銀色の髪が宙を舞う。


「そうそう、フィアセル。シルクスの用件はなんでしたか?」

 今さらながらにそのことを訊いてくる眼差しは、穏やかで暖かい。

 いつもの陽だまりのような父の笑顔に、さっきの様子は見間違いだったのかとフィアセルは不思議に思った。


「シルクスに腹が立ったと言ってましたよね」

「そうなの! あの王様ってば、本当にいったい何なのかしら」

 その時の苛立ちを思い出したのか、フィアセルは両の拳を握り締めるように上下に振った。


 フォンシュ・シンキという宝珠を()()、もしくは封じるために優秀な神官が欲しかったのだということ。

 そしてそれが紛失してしまったので、準備が整ったら捜索に行くらしいということ。

 国の存亡がかかった事だという割には、まったく緊迫感がなかったことなどを、つらつらとフィアセルは訴える。


 このことは「他言無用」とは言われていたけれど、もちろん上司であるロイルに報告するのは当然で、そのことはシルクスも許可していた。


「……やはりその事でしたか」

 ふうっと深いため息をついて、ロイルは苦笑を浮かべた。

 伝承上の()()が見つかったらしいという情報は、ロイルの耳にも入っていた。

 シルクス本人からは何の報告も来ていなかったけれど、彼にも独自の情報網がある。


 神殿に依頼が来るまでに随分と時間がかかったものだと、いささか苦々しくも思う。本来ならば『優秀な神官』などではなく、すぐにでも自分が赴いて然るべき案件だった。

 それでも、ロイルは国王シルクスが自分を頼りたくない()()は知っていたので、こちらから行動を起こすことはしなかった。

 けれどもそれならば何故。シルクスはその理由の一端である()()()()を自分のもとに使者として寄越したのか。

 そういうところが、あの男の()()()だとロイルは思う。


「 ―― まったく。あの()鹿()二律背反的(アンビバレンス)な対応はいつものことだけど、今回のことは格別だな」

 誰にも聞こえないくらいに小さく毒づくと、ロイルはもう一度溜息をついた。

あと1~2話で第二章は終了予定です。

そのあとの第三章からは宝珠探しの旅が始まります。小説タグの「冒険」から来てくださっている方がいましたら、お待たせしてすみません!

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