起筆に終わる物語 ~黒幕系彼女より愛を込めて~
賑やかなパーティーも解散となり、会場の空気が落ち着いた頃。
各々、あるいは酒を呑み続け、あるいは客室へと休息に向かい。
穏やかな雰囲気に戻った図書館の廊下を、充は歩いていた。
しかし、ふと、彼はその足を止める。
艷やかに磨かれた、長く続く廊下の途中にある、ひとつの扉。
その中から、誰かの気配を感じたのだ。
何気なく、その扉を開けてみれば、どうやら物置らしい。
天井が展望室のように透明となって、満天の星明りが射し込む部屋の中。
この図書館では見慣れた書架の波ではなく、大量の機械が鎮座していた。
見覚えのない、正体の分からない機械たちを目で追っていくと――。
「おや、充さんじゃないか。こんな場所に来るなんて珍しい」
部屋の奥、ゆったりと幅広のソファの上に。
色鮮やかなローブの裾を床に広げる、見慣れた黒髪の美女の姿があった。
「こんな場所?」
「ああ。ここは武器や兵器の保管庫さ。迂闊に触らないほうが良いよ」
美貌の魔女は、注意喚起をしながらも、充を部屋へと招き入れ。
自分の横へ座るよう、促した。
充は、それじゃあお言葉に甘えて、と。
人ひとり分のスペースを空けて、沈み込むようにソファへと腰を下ろした。
「今回の騒動については、充さんに、特別にお礼を言わなきゃならないな」
魔女は、そう言って妖しく微笑む。
充へと身を乗り出し、誘うように目を細め。
いつもは綺麗に閉じられている胸元がはだけて、白い柔肌が覗いている。
「特別って……私はそんな特別なことをしたつもりもないけど」
充は、目のやり場に困る、と苦笑した。
目の前の大人びた風貌の女性が、見た目通りに色香を振りまく様は。
口元へと優美な指先を添え、挑発的な視線を寄越す仕草は。
確かに、この上なく似合っている筈なのだが、それでも。
いつものミヤに慣れてしまった今では、逆に違和感が強くて仕方ない。
「エンシェを説得してくれただろう? あれは、僕にはできなかった」
落ち着かない様子の充を楽しむように眺めながら。
魔女は艶っぽく笑ってみせる。
「エンシェは、前に似たような決断をしたことがあったんだ。“水の国”の勇者一行がここを訪れたとき、魔力塔を壊しても良いかってマロー君から聞かれてね」
「わざわざ聞くなんて、真面目なマローさんらしいね」
「そうだね。それで、エンシェは壊して良いと判断した。僕も反対する理由はなかったし、それでマロー君たちの故郷は守られ万事解決……の筈だったんだが……」
そこで初めて、魔女は表情を曇らせた。
艷やかな声音に、苦味が混じる。
この表情、この声、どこかで――充は記憶を辿った。
そうだ、あれは私が“扉の迷宮”で、初めて勇者一行と会った日のこと。
かつてミヤが「勇者による“魔神”討伐」を初めて語った際。
今と同じ、煩悶の表情をしていた。
「後になってからエンシェが知ってしまったんだよ。この図書館の管理機能――つまりは僕と、あの魔力塔とは、同じ設計者の手によるものだったって」
魔女の様子から、充はその言葉の意味するところを察した。
「要は、ミヤさんと魔力塔は兄弟みたいなものだったってこと?」
「そうなるね。建造物に家族の概念を用いるべきかは怪しいところだけれど……それでも、エンシェはそう判断してしまった」
主人に心労をかけさせてしまったことを悔いるように、魔女は溜息を吐く。
「魔力塔の自律思考部位はバックアップも取っていたし、僕としては気にもしなかったけれど……エンシェはすっかり気に病んでしまってね。僕の家族を自分の判断で殺してしまった――と」
「それでりゅーちゃんは、あんなに決断を悩んで……」
「原因である僕からでは、かけられる言葉もなかった。充さんには感謝しているよ。エンシェにとって、少しは前を向く切欠になったんじゃないかな」
そこで言葉を止め、魔女は充の手を取った。
長い睫毛に飾られた魔女の目が、充の眼前に迫る。
仄かに甘い花の香りの吐息が、充の鼻をくすぐった。
「だから、ありがとう――充さん」
その言葉に、両耳まで赤く染めた充は、ただ小さく頷くしかなかった。
もしもミヤに迫られたら、こんな感じなのだろうかと想像しながら。
そのまま、2人は暫し至近距離で見つめ合い。
やがて、魔女の肩が微かに震えだしたかと思うと――。
「あはは、ごめんごめん。ちょっとからかい過ぎたかな?」
堪りかねて笑い出し、すっと充から身を引いた。
「ちょっとどころじゃなく心臓に悪いよ……」
充も、止めていた息を吐き出し、ようやく胸を撫で下ろす。
「けれど、少し残念だったな。もっと驚いてくれるかと期待してたんだが……その様子だと、充さんは最初から分かっていたのかな?」
「まあ、ね」
「さすが、世界の真実に自力で辿り着いた名探偵だ」
しかし、ミヤと同じ姿をした魔女は休む暇を与えてはくれなかった。
一旦は身を離した彼女であったが、すぐに双眸を妖しく輝かせ。
再び身を乗り出し、探るような上目遣いで充を見つめる。
「名探偵さん。どうして気付けたのか、僕にご教示願えないかな?」
充はソファに沈み込み、少しでも距離を稼ぎながら。
苦笑いで、魔女の疑問に答える。
「色々と理由はあるけど、まずは1000000000÷6000÷365が約456だから……」
「へぇ?」
「この図書館の蔵書は10億品目で、それを6000年かけて熟読したって前に聞いたとき、最初は数字の大きさに騙されそうになったけど、10億冊の本を6000年で読もうと思ったら一日に456冊以上のペースで読まなきゃならないから、それを『熟読した』ってミヤさんが言ってたのが、気になって」
「なるほど。でも、その辺は得意の魔法でどうにかしたかもしれないだろう?」
「それもそうだけど、他にも、センからはミヤさんとりゅーちゃんはいつも一緒にいるって話を聞いたことがあってね……なのに、私がこの図書館に来たときって、結構、ミヤさんひとりだったし……」
「あぁ……」
「ミヤさんとは毎週会ってるのに、ミヤさんが一ヶ月以上“水の国”を旅していたなんて書かれた手紙が見つかったこともあってさ」
「なるほど、それで僕が複数人いないと辻褄が合わないと気付いたわけだ」
得心がいった、と頷いた魔女に。
ああ、いや、と充は更に言葉を重ねた。
「それで、気になってミヤさんに直接確認したら教えてくれたんだよ。『僕は決まった役割をこなす身体をいくつも持っているんです』って」
「なんだ! 聞いちゃっていたのか! そこまで明かしているなんて、あっちの僕も随分と充さんのことが気に入っているみたいだね」
それは余程に予想外のことだったのだろうか、あるいはそれも演技か。
目を丸くした魔女は、大仰に驚いてみせ。
「それでは改めて自己紹介しようか」
最早、隠す必要もない、と。
「僕が――荒事担当のミヤだ」
名乗りと共に、うやうやしく一礼した。
「普段は“水の国”でエンシェの身に危険がないよう付き添っているから、こうして充さんと話す機会はなかったが、よろしくね」
そして蠱惑的な笑みと共に、たおやかな手が差し出される。
その、新たな関係の始まりとなる、魔女の手を。
「話には聞いていたけど、まさかここまで雰囲気が違うとは思ってなかったよ」
「サプライズのプレゼントにはなったかな?」
「本当に。ミヤさんはいつも私を楽しませてくれていますよ……ってね」
この期に及んで新たに実感する、自分が踏み込んだ世界の超常さを。
充はそっと、握り締めた。
星空に下で起きた、思いがけない出会い。
魔女との問答も、一区切りとなった頃。
「世界に違和感を感じていた理由、僕という存在、僕と充さんの関係……全ての真実が分かった気分はどうだったのかな、名探偵さん?」
「そうだなぁ……一言では言い表せないけど、でも、悪い気はしなかったよ」
「そうかい。それは良かった」
ひとときのティータイムも、お開きにしよう、と。
充はティーカップを空にすると、ソファから腰を上げた。
「それじゃあ、私はそろそろ展望室に戻るよ」
「ああ、そうかい?」
名残惜しそうにしなだれかかる魔女の身体を、充はさらりと躱し。
「そういえば、充さんはなんでこんなところを散歩していたんだい?」
「ミトラさんたちから冒険譚を聞いててね。お酒のペースが早かったから、ちょっと酔い覚ましに館内散策していたんだ」
「なるほど。充さんは本当にそういう話が好きだね」
「それもあるけど、私が“水の国”で本でも書くかーって話があって」
魔女は、ソファの上で猫のように横になった格好のまま。
充を引き留めるつもりか、会話を続ける。
充は、ゆるゆると部屋の扉へ歩を進めながら、それに応えた。
「最初は旅行を題材にしようかって話していたんだけど、“水の国”だと旅行は一般的じゃないでしょ? もし書くなら、馴染みのないものより、まずは救国の勇者たちの伝記を書いたほうが喜ばれそうだから、その取材も兼ねてって感じだね」
「さすが商売の国の生まれ。市場のニーズに敏感だ」
「まあ、本当に本を書くことになるかはまだ分からないけどさ」
充が語った、本を書く、という言葉に反応し。
魔女は、それなら、と言う。
「充さんの日本旅行記も、そのうち頼むよ。エンシェが日本をどんな風に楽しんでいるのか、充さんの目線でも知りたいんだ」
「そうだねぇ……もし勇者の伝記が売れたら、その外伝として出すのもいいかもね。『一方の勇者が恋した竜は、どのような生活を送っていたのであろうか』って。ミヤさんとりゅーちゃんのことを書いて」
「それは楽しそうだ」
そうこうする内に、部屋の扉の前まで充は辿り着いていた。
それではまた、機会があるときに――。
扉に手を掛け、そのまま、別れの挨拶をしようと彼は口を開く。
「僕も、取材ならいつでも受けるよ」
だが、魔女の最後の言葉を聞いた、その瞬間。
充は、不意に身動きを止めた。
扉に掛けていた手を、静かに話す。
天井を見上げ、宇宙に浮かぶ星々を眺め。
もし、この魔女が全ての疑問に答えてくれるというのなら――。
「それじゃあ、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ。いいかな?」
もう一度、美貌の魔女へと振り返った。
「早速の取材かい? いいよ。今回は充さんへの感謝もあるし、いつもなら答えないようなことだって答えるよ」
悪戯っぽく微笑む魔女を前に、充は一呼吸置き。
それから意を決して、口を開いた。
「ミトラさんたちも知らなくて、曖昧なままのことがあるんだけど……」
それは、見て見ぬふりをしても良かったかもしれない、ひとつの疑問。
それでも、この魔女の存在を前にして。
この魔女の様子を目の当たりにしてしまったからには。
どうしても、生真面目な充にとって、聞かざるを得なくなってしまったこと。
ミヤとエンシェの出会いを聞いた、かつての山梨旅行から、ずっと。
気にはなっていた、けれど、その真実を知るのを恐れていたこと。
「“水の国”の危機について考えると、そもそも気になることがあってさ」
それは、勇者たちの冒険譚が生まれる、切欠となったこと。
「どうして魔力塔が動き出したのか、荒事担当のミヤさんは知っているかな?」
“水の国”に災厄を。
“石の国”にエンシェという存在を。
それらをもたらした、全ての始まりの原因は、なんだったのか。
迷宮落成の記念日の、今日という節目を迎え。
その答えを、充は知りたくなったのであった。
それは、かつて充が自分の世界の真実を尋ねたときと同じく。
既に彼の中に、ひとつの答えが出ている質問だった。
「あっちのミヤさんに聞いたらね、私と出会う前に、ミヤさんは私の世界の、どこかの国へ訪れたことがあったそうなんだけど」
充は、あくまでも穏やかに語る。
「そのときに私の世界へ行ったのは荒事担当のミヤさんだったって教えてくれて」
目の前の魔女の姿に、あたふたと慌てる同じ姿の女性を重ねながら。
「なんで今のミヤさんは日本に来たら『ひとりは怖いです!』なんて言うくらいなのに、昔はひとりで私の世界に来れてたんだろうと思ってたから、それを聞いたときは凄く納得したものだったんだけど」
充の言葉に、笑顔を貼り付けたままの魔女は、小さく頷きを返す。
無言の肯定、続きを促す態度。
そう判断した充は、言葉を続ける。
「ミヤさんが私の世界のどこかの国を訪れたのって、50年くらい前だってね?」
そうだよ、と笑顔の魔女は答える。
「魔力塔が動き出したのって、50年くらい前なんだよね?」
そうだね、と笑顔の魔女は答える。
「私はさ。ゲームが好きで、子供の頃から色んなゲームで遊んできて。だから、この世界の迷宮を知ったときに、『なんてゲームの世界みたいなんだ!』って感動したんだけど……」
充は思い出す。
かつてミヤからこの世界のことを学んだ際に、気付いたことを。
「実際のところ、私が迷宮の仕組みをゲームっぽいと感じたのは、ミヤさんがわざわざゲーム用語でこの世界のことを翻訳してくれたからだったんだなーって、一度は思ったんだけど……それにしたって、そっくり過ぎる部分が多くてさ」
そして、気付きの先にあった、それだけでは説明しきれないことを。
「50年くらい前っていうと、私の世界だと、海外でダンジョン探索ゲームの原型が流行した時期なんだ」
偶然にしては妙に一致する、様々な出来事の発生時期のことを。
「前にミヤさんから教えてもらったんだけど、魔法の特徴には『似た行為は似た結果をもたらす』ってものがあるんだって。だとするとさ、見た目やお約束だけでも迷宮そっくりのシステムを世に広めれば、それが実際に迷宮を造ったときみたいな結果をもたらす魔法の儀式になるんじゃないかな」
人を模した藁人形に釘を刺して遠くの人に傷を与える、みたいに。
迷宮を模したものを動かすことで、周囲の魔力を目的の装置に流し込む。
そのようなことも、あるいは可能なのではないか。
充が幼い頃から親しんできたダンジョン探索ゲームとは。
魔力の枯渇した世界でも稼働する、迷宮の代替品だったのではないか。
全ては、世界の外にある“古代の民”の遺産を動かす布石だったのではないか。
だとするならば、それを仕掛けた張本人こそが――。
今、充の目の前にいる。
今や、ただひとりで充の世界を管理する存在。
充の世界の言葉で言えば、創造主であるとか、神と呼ばれる立ち位置の。
彼女――ミヤ、その人だったのではないだろうか。
「もし、充さんが言うように、僕が魔力塔を起動させたとするなら」
充の疑問に対し、魔女は、平然と笑顔を崩さないまま。
その理由はなんだと思う、と聞き返す。
「りゅーちゃんを孵化させたかったから」
間髪入れず、充は答えた。
「この星に残された本を全部探して集めたっていうミヤさんが、その探索中に竜の卵を見つけられないってことはないと思う。だから、卵を見つけたミヤさんが、卵を孵化させるために魔力塔を動かしたんじゃないかな」
例えば、自分の存在価値を得るため。
例えば、寂しかったから。
自分の中の価値感というものは、ときに世界まるごとよりも重いものだと。
己の住む世界とずっと戦い続けてきた充は、よく知っているのだから。
「それで……充さんの疑問は全部かな?」
「そうだね」
全てを語り終えた充は、小さく息を吐き。
そして、魔女の答えを待った。
「面白い予想を聞かせてくれてありがとう、充さん」
充の語ったことは彼女の意に沿うものだったのか。
「さて、それで質問のほうは、なんで魔力塔が動き出したのか、だったね」
果たして、ソファでくつろぐ笑顔の魔女の回答は――。
「――僕も昔のことは忘れちゃったよ」
充の嘆息を誘うものだった。
「ミヤさん……」
「取材を受けると言っておいてすまないね」
「そっか……」
それからも、決して笑顔を崩さぬ魔女は、のらりくらりと言葉を返し。
最後まで、全ての疑問の答えを出してくれることはなかった。
結局、曖昧なものはうやむやのまま。
6000年を生きる魔女なら人を騙すのもお手の物、とはジーンの言葉だが。
どうやらこの図書館には、本当に計り知れない魔女が潜んでいたらしい。
もしかすると、今日、自分がこの部屋を訪れたことすら。
この魔女が、先程の礼を述べるために仕組んだことなのかと思えてしまう。
「ああ、そうだ。さっき言った本を書いたら、またここにおいで。読んでいるうちに、もしかしたら僕が何か思い出すかもしれないからね」
そう嘯いて、にこやかに笑う魔女に見送られながら。
今日のところは祝いの日でもあるし、一時撤退だ、と。
充は静かに、謎ときの答えが眠る部屋の扉を閉じた。
次回、『起筆に終わる物語 ~異世界洞穴 山口県秋芳洞~』に続く
※ミヤの人格……星ひとつ分の知識を全て得ているミヤは、そのままではおよそ人格と呼べるものが成立しない(例えば誰かに挨拶された際に、「笑顔で挨拶を返す」か「問答無用で相手を殺す」か、判断ができない。前者を採用するべき理由をどれだけ知識の中から見つけても、同数の後者を採用するべき理由が見つかるため。人格を得るには、全ての知識は等価なものではなく、特定の知識には重みがあるという「偏り」「線引」が必要となる)。そのため、用途に応じた目的意識という「偏り」を持った多数のミヤが生まれた。
※対人担当のミヤの記憶……普段、充と会話しているミヤは、人との対話を重視する役割を担っているため、長期記憶を保持していると日常生活に支障をきたす場合がある(相手は忘れていることを覚えていて会話に齟齬が出る等)ため、人の寿命や記憶力を参考に、50年経過した出来事の記憶の中で、使用頻度の低いものは図書館本体に記憶を保管して忘れるようになっている。




