1/7節『世界の常識非常識(上)』
充が本格的に冒険者を目指すと決めた日から1ヶ月ほど経ったこの日。
彼は、“水の国”の“終焉と始まりの町”にほど近い荒野に立っていた。
“水の国”は過酷な環境の星。
昼間とはいえ、町の外を人がうろついているなどということは、めったにない。
――だというのに、その日、その場にいたのは充1人だけではなかった。
充の周囲には、両手の指で数えきれないほどの人間がたむろしていた。
皆、革製の鎧や金属製の鎧を装備し、武器も携帯している冒険者である。
いかにも荒くれ者風の彼らは、ガヤガヤと喧騒を撒き散らしていた。
――と、そのとき。
「見張りから連絡が入った! 標的群は3方向にばらけて移動中! 作戦に従って、左右の者たちは迎撃に向かってくれ!」
高い岩場の上から、隻腕の大男が大声で叫んだ。
苦労がシワとなって顔に刻まれているような、初老の男性。
乱雑に刈られた頭髪も、無精髭も、ゴマ塩のように白が混じっている。
この場の責任者にあたる冒険者、“炊き出しの”ジゲインである。
ジゲインの指示を聞き、冒険者の群れは慌ただしく動き出す。
2つの人の群れが、それぞれ別の方向へと離れていく。
遠ざかる冒険者たちの姿が見えなくなり。
その場に残っていたのは、充を含め20人ほどであった。
大勢の靴に踏み散らされた砂埃も落ち着いたころ。
残った者たちの顔を見まわし、ジゲインは檄を飛ばした。
「こちらに向かっている敵は泥人形10体! お互いの立ち位置に気をつけろ! 絶対に挟まれるな! 常に挟み撃ちにしろ! いいか! ここは後ろに町を背負っている場所だ! 絶対に敵を通すんじゃないぞ! ただし! 死にそうになったらその場を離脱しろ! 今回はかの“勇者”たちが後方で町の警護にあたっている! ここで仕損じたとしても、名誉は失うが人命は“勇者”が確実に守ってくれる! 失った名誉ならば生きていればまた回復もできる! そこを見計らって動け!」
充はその言葉を、ミヤの同時通訳魔法により聞き取りながら。
いよいよこちらの世界で買った自分の剣を振るうときがきた、と。
静かな高揚感に身を浸していた。
今日は、充が異世界での冒険者生活を本格的にはじめるための準備期間。
身体慣らしとして開始した、初の“水の国”長期滞在1日目である。
冒険者の心得を教わる約束をしている、“魔法蒐集家”ジーンによれば。
「ミツルはまず常識的な冒険者を知る必要があるわ」とのことで。
彼女の指示により、この現場に送り込まれたのであるが。
仕事の内容は、迷宮から脱走した魔物の討伐。
“人形の迷宮”から飛び出した泥人形の殲滅である。
念のために、ジーンも近くから様子を見ているとの話であったが。
充があたりを窺っても、荒野にそれらしい人影は見えなかった。
「――来たぞ! 敵集団だ!」
そのように充が気を散らしているあいだに、戦いのときは訪れたらしい。
荒野の向こうから、巨大な魔物の影が蠢き、湧き出すや否や。
ジゲインが再び、大声で叫び。
一斉に物々しい雰囲気に包まれる冒険者集団のなか。
充もまた、剣を手に取り。
冒険者たちの集団による、襲い来る魔物からの町の防衛戦。
なんと格好良い響きだろうか。
これは、なんとしても頑張るしかない――そう、心のなかで決意を燃やし。
「全員、かかれぇっ!」
この日からはじまる、充にとって、大団円の先にあった異世界生活の。
まるで騎士道物語やコンピューター・ゲームのなかの物語さながらの。
激動の冒険者生活は、こうして幕を開けた。
戦いの火蓋が切って落とされて、直後。
充の行動は素早かった。
「遊撃班、中央、狙います!」
集団の先頭にいた冒険者たちが、左右に広がるのを見て。
充は即座に、敵の戦列の正面に駆け込んだ。
正面にいるのは、3体の茶色い泥人形。
およそ人の形をした、体長5~6mの泥の塊である。
地響きをたてて迫る巨人の足元まで、充は接近すると。
「――はっ!」
気合一閃、1体目の泥人形の片足を切り裂いた。
手応えは軽いもので、あっさりと刃が通る。
片足を失った泥人形が、その巨体を斜めに崩したところで、
「――やっ!」
潰されないように身を引きながら、もう一閃。
巨人の首を切り落とす。
途端に、泥人形の身体が崩れ、ただの泥の山に変わった。
ものの数秒で、まず1体目の泥人形を撃破。
残る2体は充のことを強敵と認識したのか、その場で足を止めた。
しかし、充はそれに構わず2体目の標的の懐へ駆け込む。
なにせ、その行動も、充にとっては事前に予測済みのものであった。
充がこのように迷いなく泥人形を攻められるのは――。
実のところ、今回の仕事の話がジーンからミヤを通して伝えられた際。
予め、ミヤのところで泥人形との模擬戦をこなしていたためである。
ミヤの魔法による、今回の標的と同程度の性能の泥人形との戦い。
それを複数回こなして、充は事前に今回の敵の強さを把握していた。
敵はかつての初異世界アルバイト時に戦った岩人形より、はるかに弱い。
身体も柔らかく、動きも鈍い。
魔法によって身体能力の強化された充の敵ではなかった。
2体目の泥人形との戦いも、危なげないものとなった。
リーチ差を活かして、遠巻きに腕を振るってくる敵に対し。
充は、落ち着いてその動きを見極め、焦らずにすべてを回避し。
「――ふっ!」
隙をついて、首元へと跳び上がり、その首を切り離した。
崩れ落ちる泥の山を蹴り、そのまま3体目の敵へ視線を向ける。
――が、
「あ、まずい」
充の口から、そのような声が漏れた。
充が2体目の泥人形を倒しているあいだに。
3体目の泥人形が予想以上に接近していた。
そして、敵を倒し、空中を跳んでいる充に向かい。
下からすくい上げるように、拳を振るってきたのだ。
巨大な泥の拳を、充は剣で受ける。
ガツリと重厚な手応えが、充の全身に伝わった。
敵の動きは見えている。反応も問題なくできる。
そのため、その攻撃で怪我を負うようなことはない。
だが、充と泥人形とでは、体格が違いすぎる。
いかに身体を魔法で強化して、頑丈にしていようとも。
下から攻撃されては、否応なしに空中へ弾き飛ばされてしまうしかない。
結果、充の身体はバットで打ち上げられたボールさながらに。
戦場の上空へと打ち出されていた。
充は、宙を飛びながら、
「……う……わぁ」
眼下に広がる光景を目にして――。
自分の置かれた状況も忘れ、思わず溜息を漏らしていた。
荒野で暴れまわる、巨大な泥人形たち。
その足元で、幾人もの冒険者たちが剣や槍や斧を振るい、戦っている。
どこまでも続く荒野で暴れる巨人と、それに群がる戦士たち。
ファンタジー映画のワンシーンのような、泥臭くも幻想的な光景。
自分は今、その一員になっているのだと、充は改めて実感する。
『私が受け止める? 背中側に盾でも出せば止められるわよ? なんなら足場になるものも用意できるけど』
そこへ、ジーンからの“念話魔法”が届いた。
どこかから戦場を見て、充の状況を把握しているのだろう。
しかし、
『いや! せっかく見晴らしの良い場所に飛ばされたし、ここから魔法を使うから大丈夫!』
『そう。ミツルの魔法は派手だから。全員を驚かせてやればいいわ』
充はジーンの助力を断り、再度、足元の戦況を注視する。
リーダー役を務めていた隻腕の剣士、“炊き出しの”ジゲイン。
後頭部で結わえた黒髪を揺らして戦う、少女剣士。
この2人は、それぞれ単独で泥人形を1体倒していた。
充を空中に打ち上げた泥人形は、まだ足元に留まっている。
残る5体の泥人形は、それぞれ複数人の冒険者で囲っている。
皆、敵を釣り出して散開し、各個撃破を狙う形となっている。
敵と味方の位置関係を、すべて確認した充は。
手に持つ剣の切っ先を、足元に向け。
次の瞬間、呪文を叫んでいた。
「――“雪花”!」
呪文にあわせ、充の剣の先端から水柱がほとばしる。
それは複数の頭をもつヘビのようにうねり、枝分かれし、首を伸ばし。
地上に立つ、6体の泥人形の頭を、瞬く間に咥え込んだ。
そして、直後にすべての水柱が青白く輝く氷へと変わり。
泥人形たちの動きを、一瞬で封じ込めた。
同時に、泥人形の頭と氷の柱でつながった充の身体も、空中で急停止する。
「ここでっ!」
そこから息つく暇もなく、充は剣の先端部分のみ氷を消すと。
自由になった身体で、地面へと伸びる氷の道を駆け下りた。
目指すは足元。先程は仕留めそこねた、3体目の泥人形。
頭部を氷漬けにされ、身動きが取れないでいる敵を目掛け。
充は急斜面を駆け下りてきた勢いを乗せた剣戟を振るい。
「――ぃやっ!」
鋭い刃は、過たず泥人形の首を斜めに切り裂き。
見事、その頭部と胴体を切り離した。
「よし!」
泥の山となって崩れ落ちる泥人形を背にして、充は一息つき。
それから、周囲を見まわした。
地上に降りてしまうと、砂埃と地形の凹凸で戦況がよくわからない。
ひとまず自分の周囲の敵は殲滅完了。
ほかの敵も魔法で動きを止めておいた。
順調ならば、すでに各所でも決着はついているはずだが。
そのように充が思案していたところへ、
「話には聞いていたが、本当に君は凄い魔法を使うんだな」
そばにある崖の上から、野太い声がかかった。
見上げれば、ジゲインが片腕を大仰に振りまわし、笑いながら崖を下りてくる。
自分の担当する泥人形を倒した後、岩場に登って戦況を確認していたらしい。
「リーダー! 拙の言ったとおりでしょう? あの魔法が、“帰らずの迷宮”で拙たちを救ったんです!」
その背後から、少し距離をおいて、黒髪の少女剣士もやってきた。
いつぞや、ミヤに挨拶をしては逃げ出していたところを目撃したり。
あるいは先日、“帰らずの迷宮”で彼女を救助したり。
なにかと、充と縁のある少女――ライミである。
「ほかの人たちは大丈夫ですか?」
「ああ、君の魔法のおかげで、すべての泥人形の討伐完了だ。怪我人もいない」
「皆、勝利に喜んでいます! これも遊撃班を買って出てくれたミツル様のおかげです! 重ねて、御礼申し上げます!」
「俺もはじめは、かの“勇者”からの斡旋とはいえ、君のような少年が突然に団体戦のなかに混じって、他人の邪魔をせず遊撃班などできるのかと思っていたが、本当に凄いものだな。そもそもほかの人間と協力するまでもなく、単独でここまでの戦力になれるとは」
「いえ、どういたしまして。あと一応、私も少年と呼ばれる歳ではないのですが……」
充は、2人からの褒め言葉に照れ笑いを浮かべつつ。
自分も最終的な状況を確認しようと崖に登り、あたりを見まわした。
荒れた赤茶色が地平まで続く荒野。
充の“雪花”が砕け、氷の粒となって煌めきの雨を降らすなか。
各々、泥人形の残骸を囲む荒くれ者の冒険者たちが。
それぞれの武器を天高く掲げ、勝利の凱歌を歌いあげていた。
それから充は、ジゲインたちに別れを告げると、すぐにその場を離れた。
冒険者たちからは派手に歓迎され、あれこれと声をかけられたものの。
充は丁寧な挨拶だけを残して、宴でもはじめそうな雰囲気の現場を後にした。
仕事の報酬は、かの“勇者”――ジーンを通してもらうことになっており。
また、充の今日の仕事は、これだけではないためである。
“水の国”の一日は、日本と比べてはるかに長い。
一仕事終えた気になっている充だが、まだまだ朝の時間帯なのだ。
『私はほかの泥人形が悪さしないか監視しておくから。ミツルは先に“終焉と始まりの町”に向かって。町はずれの酒場に行けば、ビィミィたちが待っているから。そこで、“勇者”の冒険譚でも聞いているといいわ』
『了解。先に行ってるね』
ジーンからの連絡も入り、充は1人、荒野を歩きはじめた。
道中、充はここ1ヶ月のことを思い出す。
ジーンから、突如の愛の告白を受けたあの日のあと。
充は、生来の律儀さを発揮して、本気でその返答に悩んだ。
3日かけて、知恵熱を出すほどには悩んだ。
世界を救った勇者。魔法使い。少女人形のように美しい姿。
告白を受け入れたくなるのに充分な魅力が、ジーンにはある。
だが、相手をよく知りもせずに告白を受け入れられはしない。
ジーンの友人である“千手の”センに助言も求めた。
“扉の迷宮”の最奥まで、充は乗り込んで話を聞いてきた。
「ジーンちゃんは理詰めで考える質だし、なにか告白を受けるのに不安があるならドーンと真正面から聞けばいいよー。真面目な質問なら、多分、どんなこと聞いたって感情と切り離して答えてくれるだろうしィ。まァ、当たって砕けてきなー!」
結果、勢いよく放り出された。
自分の友人である綾絹荘の隣人、久保内匠にも相談した。
突然、とある女性から「一目惚れした」と告白されたと打ち明けた。
「は? ミヤがいるから無理って断ればいいじゃん」
そうだった、綾絹荘ではそういう認識だったのだ――と。
結果、頼みの綱の相談相手はもういないということだけを把握した。
そうして散々に悩み抜いたすえ。
充は、律儀で生真面目な性分をそのまま現したような結論。
「まずは友達付き合いからはじめませんか」という平凡極まる答えを出した。
充からすると、「煮え切らない!」と怒らせはしないか心配な答えであったが。
ジーンはその答えを、笑顔で受け入れた。
むしろ、小躍りするほどに喜んで充の提案を受け入れた。
「ミルツは私のこと、邪険にしないのね? 二度と顔を見せるなとか、近寄るなとか、言わないのね?」
「え、そりゃあ、そんなことは言わない、けど?」
「私が遊びに誘ったら、来てくれる?」
「……節度を守った付き合いなら」
「そう。そうね。いいわ。凄く!」
そのときのジーンの、涙を浮かべた笑顔と。
「いいわ、ミツル。お友達から始めましょ。その答えだけでも、私は嬉しいわ!」
晴れやかなジーンの言葉は、忘れられそうにもなかった。
彼女の過去に、どれだけ人間不信になるようなことがあったのか。
当然かもしれないが、勇者にだって暗い過去や人生の悩みもあるのだろう。
ジーンの反応を見て、そうした思いを充は抱いたものであった。
それから、冒険者稼業を彼女に学ぶという話のほうも無事に進展し。
まずは“水の国”でお試し生活をしてみよう、と話がまとまり。
充は1ヶ月、日本を長期不在にしても問題ないよう、雑事の片付けに奔走し。
「おおっ!? カノジョとハネムーンか! 楽しんできなー土産もよろしくー!」
「沙々木さんも所帯をもつのねぇ。おめでたいわねぇ」
綾絹荘の友人や大家からは、盛大に勘違いをされてしまったが。
どうにか無事に、こうして“水の国”滞在生活を開始したのであった。
――それにしても。
最近のことを総ざらいして思い返すあいだ、充は歩き続けていたが。
そのとき、周囲の景色がずっと代わり映えしないことに、彼は気付いた。
充はその場で一度立ち止まり。
自分の歩いてきた荒野を見まわした。
――それにしても、この世界は思っていた以上に生活が難しそうだ。
動物の影も見えない。植物らしきものも生えていない。
ひたすらの荒れ地には、道もない。
ここを真っ直ぐ進めば、やがて町に到着するはずではあるのだが。
地面の起伏があるため、見通しも悪く、町までの距離はわからない。
充にとっても、“水の国”の町の外をこうして眺めるのは初のこと。
この世界は、ここまで色気もなにもない土地ばかりなのだとすれば。
ミヤたちが日本の景色に大喜びするのも、わかる気がする。
充は、これから自分が生活する世界に対して。
そのような感想を思い浮かべたのであった。
“水の国”の観察と考察も一段落を迎え。
町へ向かい、充が再び歩きはじめてから、しばらくしたとき。
『ところでミツル? どうだった? “水の国”の冒険者連中を見て』
ジーンのおかしげな声が、充の頭に響いた。
告白について悩んだことを思い出していたばかりのタイミングである。
なんとなく、気恥ずかしい。
そう思い、充は耳を赤くしながらも。
そうだ、今は冒険者見習い期間なのだから、しっかりせねば――と。
浮ついていた気持ちを切り替え、意識を先程の戦闘に引き戻し、
『あの人たちは、冒険者としてどれくらいの腕前なの?』
“念話魔法”で返事を返した。
『リーダーをやっていたジゲインと、あの女の子が二流冒険者としてまずまずってところね。ただし、一流冒険者は少ないから。冒険者を適当に集めたら、さっきの団体と同程度の実力になると思えばいいわ』
『あれで平均くらいかぁ』
充はジーンの言葉を聞き、それから考える。
ジーンがかつて言っていた、「ミツルは冒険者の才がある」との言葉。
その意味が、まだ一例にすぎないが、わかってきた――と。
ミヤがこの世界で最強の魔法使いである、とは元々本人から聞いていた。
だが、ミヤの言動を見ているとどうにもその凄さが伝わってこなかった。
しかし、ミヤの魔力で身体強化した自分は。
あの場において、剣の速さですら一番であった。
小学生のころから柔道や剣道は習っていた、程度の自分がである。
本格的な魔物との戦闘技術など学んでもいない自分がである。
魔力による身体強化が、技術を補ってあまりあるほどのものなのだ。
ジゲインが1体の泥人形を倒すあいだに、自分は2体を倒していた。
魔法に関しては、もはや言うまでもないくらいであろう。
周囲の反応からして、異常な効力を発揮していることは間違いない。
異世界を訪れるようになって、半年以上。
自分はどうやら、この世界において凄まじく恵まれている。
そのような実感を、充はこのときになってようやく覚えたのであった。
『ミツルも、少しはこの世界の常識がわかってきたかしら?』
そうした感慨にふける充のことを、どこからか見ているのか。
ジーンは面白おかしそうに、そう言って冷やかすのであった。




