4/7節『熟練勇者の無双劇(上)』
小さな田舎町、“健やかなる者たちの町”の中心にある小高い丘の上。
そこに、“帰らずの迷宮”はぽっかりと口を開けていた。
「いい? 魔力が切れかけの迷宮でも、油断は禁物。気を抜かないで」
迷宮の入口を前に、女魔法使い――ジーンがその小さな体躯をうんと伸ばし。
背丈ほどの長さの杖で各々を指し示しながら、改めての忠告をする。
フードの下の目は、充たちをにらみつけている。
「はいはーいジーンちゃーん? お姉様がアタシたちを守ってくれるなら怪我のしようもないと思うんだけどー?」
いっぽうの、女性の姿をした呪術植物――“千手の”センは。
ジーンの視線などどこ吹く風と、頭の葉を揺らし、気の抜けた返事をする。
「怪我はしなくとも冒険者としてのプライドが酷い傷を負うの。ミツルの魔導書に戦闘参加してもらうのは奥の手のつもりでいて」
「あっ、そーいう。了解ー!」
ジーンは充の手に握られた、古びた本にちらりと目を落とし。
それから、再び充の目を見据えた。
「ミツルも“念話魔法”が使えるでしょ?」
「あ、はい。使えます」
「魔物が出たら“念話魔法”で意思疎通ね。声は皆で共有。あと、口調。固い」
「ああ、ごめん。わかったよ」
「ミッチー! ジーンちゃんだけじゃなくて、アタシにも気安くお願いねー!」
「了解」
充たちのほかに誰もいない丘の上。
熟練の冒険者たちは、慣れた口調で事前確認を済ませ。
充はそのやり取りに、はじまる冒険の予兆を感じ、胸を高鳴らせ。
これまでも、異世界で様々な日雇い仕事をこなしてきたが。
剣と魔法の世界の片隅で、半年間、働いてきたが。
本当に危険といわれる場所に向かうようなことは、一度もなかった。
平和な異世界の、平穏な生活を享受してきた。
これまで、あまりに平和な世界を見続けてきたがために。
初の異世界アルバイト以来、忘れていた感覚だが。
この緊張感、高揚感。
これこそ、剣と魔法の世界の冒険である。
遭難者には申し訳ない話だが、正直に言って興奮している。
――そのような、童心のままの冒険魂を、充は滾らせて。
「それじゃ、出発ね」
「おー! 腕が鳴るねェ!」
ジーンの一声を合図に、“帰らずの迷宮”踏破の冒険ははじまった。
“健やかなる者たちの町”は、丘を中心に、まるく広がる小さな町である。
荒野の只中に、丘の周辺だけが緑に色付く――そのような立地のこの町は。
家は疎らに、テントを思わせる形状の麦藁葺屋根がぽつぽつと建ち。
丘の中腹から湧き出す泉と、よく実る麦とでの自給自足。
それから、湧水に混じって流れ出す、良質の魔力鉱石での交易。
その二本柱で暮らしを続ける、質素ながらも穏やかな見た目の町である。
しかし、丘の下に埋もれる“帰らずの迷宮”。
それは、町の表面上の穏やかさとはかけ離れた、凶悪なものであった。
その迷宮は、周囲の大地に水と実りの恵みをもたらす力を持っていた。
また、ときに価値ある魔力鉱石をもたらすものでもあった。
ただし、それは定期的に生贄を捧げるという条件で、であった。
過去、幾度となく。
この迷宮の中へ、捧げられた生贄を探して自ら立ち入る冒険者たちがいた。
だが、再び帰る者はいなかった。
ゆえに、“帰らずの迷宮”。
「ここ20年は町も潤ってたから、商売相手の町から生贄用の家畜を仕入れてたんだけど、それが最近、生贄のウマがひょっこり穴から生きて出てきてさ!」
「それで迷宮の魔力切れがわかったってわけか」
「そーいうこと」
洞窟のなかに、センの底抜けに明るい声が反響する。
充たちがその危険極まりない迷宮に入り、およそ1時間。
救助隊は、遭難者のいる最深部を目指して歩を進めていた。
充はセンの状況説明を聞きながら、周囲を注意深く観察する。
洞窟内部は、石積みの壁が続く、かなり広い空間であった。
分岐も多く、迷えば地上には帰れないだろう。
石が敷き詰められた壁に触れ、その威圧感から充は大阪城の石垣を思い出す。
大阪城のように青空が見えれば、息苦しさもないのだが。
「そこ、魔力溜まりね。罠が残ってるわよ」
「アイヨー、罠なんて殴れば消える消えるーってねー」
充がいつまでも続く洞窟の重圧に生唾を飲んでいる横で。
ジーンとセンは、さすがに余裕の表情である。
ジーンは宙に浮いて、周囲を観察しながらふわふわと前へ進み。
センは鼻歌交じりに、枝分かれした手を伸ばし迷宮の罠を握り潰す。
充からは無造作に――というより、雑に進行しているようにすら見えるが。
ここは、ほかの冒険者たちが数ヶ月かけても奥へ進めなかった場所である。
気軽にやっているように見えるどの行為も、尋常のものではないのだろう。
ほかの救助隊は、正体不明の魔物にも襲われたという話だが。
まだ噂の魔物らしきものとは遭遇しておらず。
今のところ、充の仕事はミヤ直伝の照明魔法で洞内を照らすだけであった。
魔力が尽き、観光用に飾られてもいない洞窟は、暗く淀んだ暗黒の世界。
息の詰まるような泥と埃の臭いに満ちた洞内。
そのなかを、鮮やかな光の球と3つの人影は悠々と進んでいった。
「ミツル、止まって。ここで戦闘があったみたいよ」
しばらく分岐もない直線の道を歩いていたとき。
不意に、ジーンが待ったをかけた。
「ほら、ここに散らばってる残骸。“調査弾”よ」
「おーおー、景気良く使ってるねェ。魔物の集団に襲われたんだか……にしても、こんな近距離であっちこっちに投げちゃって、こりゃ、錯乱でもしてたのかね?」
「ミヤからここの魔物のことは聞いたでしょ。事前情報なしで、魔力感知もできないような連中じゃ、そんなのに遭遇したら混乱して当然よ」
充がジーンたちの示す洞窟の床を見てみれば。
そこには確かに、なにかの燃えカスが散らばっている。
充もいつぞやのアルバイトの際に使用した、“調査弾”。
あの、魔物の能力を調べる冒険者御用達の道具。
照明を床に向ければ、それがいくつも転がっているとわかった。
「――ということは、そろそろ魔物が襲ってくるかも?」
「そうね。注意して」
「アタシも見たことない魔物だから、楽しみだなー」
状況的に見て、いよいよ危険度が高まってきたらしい。
そう思い、手に持つ本を強く握る充と。
相変わらず眠たげな表情のままのジーンと。
脳天気なことをしゃべり続けるセンと。
それぞれが視線を交わし、再び洞窟進行を開始した。
その直後。
「あ……」
充が声をあげた。
照明魔法の光の球が、赤い火花を散らしている――危険信号である。
ミヤの魔法、“龕灯”は、ただ周囲を明るくするだけの魔法ではない。
魔物が近づけば危険を知らせ、魔法の罠を見破る機能も備え。
はては洞窟の崩落やガス溜まりなども検知する、万能照明なのだ。
「魔物の反応!」
充がそう言って、横を見れば。
ジーンもセンも、すでに異変を察知して身構えていた。
「迂回路はないわ。正面から迎え撃つ」
空中に浮いた状態のまま、ジーンは毅然として言い放つ。
充は“龕灯”の明かりの先、まだ見えぬ闇の奥に目を凝らし。
前方から、なにかが近づいている――おそらくは、噂の魔物が。
そう考えながら魔法の明かりを強め、前方を照らした。
直後、明かりのなかに浮かんだのは、武装した冒険者風の人影。
人数は5人か、まさか洞窟に取り残されていた冒険者たちか。
充がそう思った瞬間、彼の頭のなかにジーンたちの声が響いた。
『うわァ! 実際に見るとホント気持ち悪い! 当たり判定詐欺ィ!?』
『私がやるわ』
そして、頭のなかに声が響いたと同時。
人影の数も正確に数えられたかどうかという、瞬きも許さない時間の後。
前触れも、予兆もなく、人影の足元に剣や槍が突き立っていた。
金属が岩を穿つ甲高い音が、光景に遅れて充の耳に届いた。
「え?」
なにが起きたかわからずぽかんと口を開ける充の前で。
冒険者風の身なりをした人影が陽炎のように揺れて消えた。
暗がりに残されたのは、墓標さながらに突き立つ5本の武器だけである。
戦闘開始から終了まで、0秒。
驚きの早期決着であった。
「ふうん。なるほど。単純だけど質の悪い手ね。幻も嫌らしい見た目にして」
「あー、ありゃあ確かに初見殺しだったねェ。気付けなきゃやられちゃうよ」
2人の熟練冒険者は、戦闘を挟んでも相変わらずの調子を保ったまま。
今の魔物――魔物だったのかすら充にはわからなかったが――を品評しつつ。
すでに進行を再開していた。
地面に突き立ったままの武器はといえば。
ジーンが近づいた直後、現れたときと同じように前触れもなく消失した。
『今の魔物が出発前に説明しました、迷宮に侵入した冒険者の記憶を使って幻を作り出す、本体は影みたいな姿の魔物です。名前は……ミミック……だと印象が違うでしょうか……うん、変幻生物とでも呼びましょう』
そのとき、それまでただの本に徹していたミヤの声が、充の頭に届いた。
困惑する充の気持ちを察した、ミヤの配慮だろう。
『ああ、今のが。一瞬だったけど、本当に人間にしか見えなかった。凄いね』
頭に響く解説に、充は素直に驚きの相槌を返す。
この迷宮の魔物のことは、事前にミヤから説明を受けていたが。
幻を操る魔物。
わかっていても、一瞬の判断力を奪うには充分の存在であった。
実際に目の当たりにして、その恐ろしさがよくわかった。
そしてまた――。
『それと、さっきジーンさんが魔物を倒したのは、ジーンさんの得意な“拾得魔法”の応用です』
『ううん? “拾得魔法”って、持ち物を自由に出したりしまったりする魔法だよね? いわゆるゲームでリュックも背負ってないのにアイテムを大量に拾えるアレ』
『はい、それです。ジーンさんはそれを応用して、いつも物凄い数の武器を、自分を中心に高速回転させた状態でしまっているんですよ。それをタイミングよく相手の懐で取り出して、ザクッ――というわけです』
『はあー……ってことは、だからジーンの二つ名が“魔法蒐集家”なのかぁ。魔法の蒐集家じゃなくて魔法で物を蒐集するっていう……』
状況を飲み込んだ充は、前を進むジーンの鮮やかな手際に――。
恐ろしい魔物をまさしく一蹴する、勇者の高い技能に感心し。
「ちょっと、ミヤ。私の魔法、バラさないでよ」
『あれ? ジーンさんは魔法に関して秘匿主義ではなかったですよね?』
「……私からミツルに話す自慢話が減るのよ」
「おっやァ? ジーンちゃん、さては本気でミッチーのこと気に入ってるなー?」
「ふん……センも冷やかさないで」
横合いから割り込んできたジーンたちの賑やかな声を聞きながら。
この人たちは、本当に余裕を持ってこの迷宮に臨んでいるのだな、と。
充は、同行者の頼もしさを改めて実感したのであった。
※健やかなる者たちの町……周囲に大きな町もない、魔力鉱石が採れなければ目立つこともなかったであろう田舎町。擁する迷宮は“帰らずの迷宮”。名前の由来は、病人や老人を迷宮の生贄に捧げてきた町の歴史に対する、冒険者たちの「あそこは病人も老人もいない、健やかな者だけしかいない町だ」との揶揄から。
※センの言葉「当たり判定詐欺」について……コンピューター・ゲームでよく使われる用語。画面表示上の見た目と、ゲームシステム上の処理が異なる場合に使われる。たとえば格闘ゲームにおいて、画面上に映っている格闘家のパンチが当たっているように見えても対戦相手にダメージを与えられない場合など。ミヤの日本語通訳は、話者が思慮のすえに発言したか反射的に発言したかなどによっても単語の選出を変えている。そのため、この場合のセンの発言は「深く考えない発言」だったため、ミヤも深く考えないで出てきた単語を翻訳として使用した(最近のミヤはゲームに没頭しているため、ゲーム用語が咄嗟に候補となった)。
※シェイプシフター……“帰らずの迷宮”にのみ生息する、影のように平たく黒い魔物。自身の上に幻を映し出し、冒険者を幻惑する。
※拾得魔法……所持品を目に見えない空間へ収納し、また取り出す魔法。魔法使いにとっての基礎中の基礎であり、かつ一流冒険者にとって必修の魔法でもある。これを使えなければ、冒険に必要な荷物が嵩張るため、長期間の迷宮探索が不可能になる。冒険者によってはこの魔法を使い迷宮に休憩用のコテージを持ち込む者も。




