3/7節『魔法蒐集家とマンドレイクの勇者(下)』
「自業自得ってやつですよねぇホント。自殺志願かってぇの!」
「やらかしたのはまた反迷宮主義のやつら。本当、嫌になる」
「反迷宮主義団体ですか……いや、でも、“帰らずの迷宮”は考えなしに行く場所じゃないですよね? なにか勝算が?」
「最近、“帰らずの迷宮”は稼働限界を迎えたの。それを知った反迷宮主義団体、ここぞとばかりに突っ込んで、そのまま行方不明。救助隊も空振りし続けて1ヶ月以上。とうとう私に依頼が来たってわけ」
「ああ……稼働する罠だってまだ残っていたでしょうに……」
黒髪の艶めく女性と、フードを被った暗く不機嫌な女性と。
それから、カラカラと笑い頭の広葉を揺らす植物めいた女性と。
異世界の図書館では、3つの華が異世界感満載の会話を続けていた。
ジーンたちが持ち込んだ話は、要するに遭難者の探索依頼であった。
“水の国”でも指折りの危険な迷宮として恐れられていた“帰らずの迷宮”。
それが最近、魔力切れによりただの洞窟になったらしいとの噂が流れた。
それを聞きつけたのが“反迷宮主義”の団体。
様々な理由により迷宮を嫌悪する人々であった。
「今ならこの忌まわしい悲劇の舞台も破壊できる」と彼らは意気込み。
“帰らずの迷宮”の遺構破壊を目的に、精鋭冒険者10名を集めて吶喊した。
結果、冒険者5名が負傷、5名が行方不明の惨事となった。
その後、同主義を掲げる複数団体により救助隊が結成されるも成果は得られず。
そのまま今にいたるのだという。
「私にも最初に話が来たのよ。反迷宮主義団体、私に『迷宮依存脱却の嚆矢となりませんか』だって。無茶よって言ってやったのに聞きやしないんだから」
「魔力切れの迷宮壊しても偉そうなこと言えないと思うんだけどなーアタシ」
「ネームバリューのある迷宮だから話題性だけで充分なのよ」
2人の勇者は、お互いにやれやれと溜息を交わし。
小柄な魔法使いはフードに隠れ気味の眠たげな目を充に向け、話を続ける。
「それで、そこのミツル。彼……に“扉の迷宮”の案内を頼んだの。彼が貴女の関係者だってことはわかっていたし。私がミツルに会ったと知れば、貴女も私の意図を察すると思って」
覚えのある話だな、と充が思う、その横で。
ミヤは、ああ、と申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ジーンさんが僕と話をしたがっていることはそのときから気付いていましたが、つい先日までジーンさんの家に連絡が取れなくて……ジーンさんに直接“念話魔法”を使うのは、怒られるかと思って……」
「それは気にしないで。貴女のせいじゃないから。喧嘩別れした反迷宮主義団体に星間念話用の家を壊されていたの。やったやつらはとっちめといたけど」
「あ……道理でそこまで探索依頼に不機嫌なんですね」
「しばらくアタシの迷宮でお酒を呑んでくだ巻いてましたからねー。『せっかくミヤお姉様に“帰らずの迷宮”の構造を聞いて、情報提供してあげようと思っていたのに、あいつら、自分たちでそのチャンスをふいにして!』って。ねー?」
「言ってないわよ。そんなこと」
フン、と鼻を鳴らし、女魔法使いが横の呪術植物に肘打ちを入れる。
「結局、自分たちでどうしようもなくなったら私に泣きついてきたの。『生存は諦めているが、せめて仲間の亡骸だけは見つけたい』って。なまじ大義を掲げているから、仲間は見捨てられないってわけね」
「虫がいい話だよねー。アタシなら縊ってやるね!」
「……それで、家も直したし、今度こそミヤに話を聞こうと思って連絡したの。貴女は知ってるんでしょ? “帰らずの迷宮”の構造」
「それは、まあ、はい……ちょっと待っていてくださいね」
話を聞いたミヤは、ソファを立って棚から“水の国”の模型を取り出した。
そしてそれを前に、なにか細かい調整をはじめる。
真剣なその横顔に、「お姉様今日も麗しい!」とセンが黄色い声をあげ。
ジーンはふくれっ面のまま、出されたお茶を啜っている。
いっぽう、横で話を聞いていた充はといえば。
交わされる会話を神妙な面持ちで聞きながら。
会話内容の重さからして、自分が関われる仕事ではなさそうか。
かといってミヤさんに別の仕事がないか尋ねるのも申し訳ない。
今日のところは日本に戻っておとなしくしておくべきだろうか。
そう考えはじめていた。
――そのときであった。
「“帰らずの迷宮”ですよね? 内部に5人、全員生きていますよ」
「――!?」
「さっすがお姉様迅速ゥー!」
模型を操作していたミヤの一言で、場の空気は一変した。
「ここは駆動機型と要塞型と牧場型が複合された迷宮なので……内部の牧場機能がまだ生きているんですね。水と食料のあるエリアに全員固まっています」
「――? ――?」
「ここです。こんな状態です」
「さっすがお姉様万能ゥー!」
どうやら、ミヤの持つ模型は“水の国”の迷宮を遠見できる道具だったらしい。
小柄な女魔法使いは先程までの不機嫌さが嘘のように、ミヤの元へ飛びついた。
「本当!?」「どこ? 映像は見られる?」といった意味の言葉をまくし立て。
映された映像を、その眠たげな目でじっと見つめ――。
やがて、にやりと口の端を歪めた。
「どうしましょうか? こっそり僕が彼らを外に転送します?」
「こいつら元気そうね。今更1日2日じゃ、くたばらないでしょ?」
「えっと、そうですね。全員、怪我もなく健康体です。急は要さないと思います」
「じゃあ――」
そして突然、女魔法使いは充のほうへ振り向くと。
「ミツル? 私が貴方を雇うわ。仕事を探してたんでしょ? 前に会ったときから見所があると思っていたの。私と一緒に迷宮救助隊と洒落込みましょ?」
妖しげな笑みを浮かべながら、そう提案したのであった。
充が週末を異世界で過ごすようになって、半年。
彼は“水の国”でも、様々な仕事の経験を積み重ねてきた。
また、ミヤから必要な魔法を習い、独学で剣を振るう練習もしていた。
ミヤの書斎には、最近、充の剣が置かれるようになった。
彼が異世界での仕事の報酬を使い、現地で購入したものだ。
日本でのアルバイトも、最近は数を減らしていた。
今でも連日務めているのは、綾絹荘に住む後輩の家庭教師くらいである。
それほどに、充は剣と魔法の世界に入れ込んでいた。
そのような彼にとって、今回の仕事の依頼は。
難攻不落の迷宮への突入などという仕事内容は。
当然、胸躍って仕方ないほどに魅力的な響きであった。
「な、なにを言い出すんですかジーンさん!? 充さんをそんな危険な場所には行かせられませんよ!?」
むしろ、ジーンの提案に驚きの声をあげたのは、ミヤのほうであった。
だが、ミヤのその反応を予期していたか、女魔法使いは涼しい顔である。
「じゃあ、ミヤも“水の国”に一緒に来て、ミツルを直接守れば問題ないでしょ?」
「おっ! お姉様が直接来てくれるならアタシも大歓迎だよー!」
最強の魔女が一緒ならば危険はなかろう、との追加提案に、ミヤは反論を失い。
「ジーンさん……それが目的ですか……。僕を引っ張り出すために、充さんをダシにして……」
「私は万全を期す慎重派なの。それに勘違いしないで? 私がミツルに目をつけているのは本当よ。逃げ帰ってきたやつらからの情報からしても、ミツルの実力なら通用すると思っての依頼だから」
そこからは、あれよあれよと話が進んだ。
途中、
「あの、ミヤさんが表立って遭難者を助けられないのは、それなりの理由があってのことなんですか?」
理由なく人を危険地帯に置いたままにするわけにもいかない、と。
充が生来の生真面目さを発揮して疑問を投げかけ。
その言葉に、ジーンが「説明していないのか」と、ミヤをじっとりと見つめ。
「あ! えっと、その! 僕と主人の力は“水の国”では秘密なんです! バレると、きっと無駄な権力闘争を生むからってことで……前にも、やらかしてしまったことがあって……迷宮の建造理由を伏せているのと同じでして、ええと……」
「その子の魔法は誰も真似できない貴重なものばかりなの。知れたら大騒ぎね。特に、迷宮から一瞬で脱出可能な魔法なんて、使い手が存在すると知れただけで国がひっくり返るわ」
ミヤがおおいに慌てながら、自分の立場を説明するという一幕も挟みつつ。
「それで? ミツルは私の誘い、受けるの?」
小さな勇者の、再度の誘いの言葉に対し。
遭難者も健康体、疑問も解決、ならば己の冒険心を燃やしても良いだろう、と。
最終的に、充は笑顔で応えた。
「わかりました。では私もジーンさんの迷宮救助隊に加えていただけますか?」
「……ふぅん」
ジーンは目の前の若者の、好奇心に溢れた表情をじっくりと見つめると。
もう一度、フードの下に隠れた表情をにやりと歪ませ。
そして、彼の色好い返事に、上機嫌の言葉を返した。
「いい返事ね。いい表情。私の好みだわ。私のことはジーンと呼んで」
こうしてここに、魔法使いのジーン、前衛担当のセン。
正体を隠すため本の姿となったミヤ。
そのミヤを持ち、「魔導書を扱う魔法使い」の肩書で行動することになった充。
この3名+1冊の即席パーティーが生まれたのであった。
パーティー名は、「迷宮救助隊」。
目指すは、かつて難攻不落と謳われた迷宮――“帰らずの迷宮”。
――これまでの異世界アルバイトや、ミヤたちを連れての日本観光。
それらが、充にとっての日本の日常生活を激変させるものだったとするならば。
今回の、この迷宮救助活動こそが。
これからの、充の異世界での日常生活を激変させるものとなった。
※反迷宮主義……主に迷宮で命を落とした者の縁者が提唱する、迷宮に頼らない生活を推奨する思想。世の中に広まってから日が浅いこともあり、この主義を掲げる団体には血気盛んな若者が多く、たびたび騒動を起こすことでも知られている。
※星間念話用の家……ここでは、ジーンがミヤとの“念話魔法”を可能にするために用意した、自身の足りない魔力を補うための道具等が用意された住処のこと。“水の国”と“石の国”のように、距離の離れた場所にいる相手と“念話魔法”で会話する場合、多量の魔力が必要となるためである。この設備を利用することで、ジーンは“古代図書館”にある受信機と交信できる。ミヤに魔法の発動を任せれば魔力不足の心配はないが、魔法使いのプライドから、ジーンはミヤとの“念話魔法”には自分の魔力を使用することに拘っているため、このような道具を介してのやり取りをおこなっている。




