03 プレートの解析(3)
『公女エレノアが生きていた。南部の男爵家に養女として引き取られ、生活していた。記憶を失っているが、幼女になったタイミング、白銀の髪と紫の瞳、肩のほくろ、すべてがエレノアであることを証明していた』
(ムリありすぎじゃない!?DNA検査した!?・・・ないか、そんな高度な技術)
『ヴィスコス公爵家は、エレノアを迎え入れる。エレノアが18歳の誕生日に、娘の帰還と成人の祝いのパーティーを開き、公表した。純真無垢なエレノアは、公爵家の凍った心を雪解けのように溶けていく。そして、本当の家族の形が戻っていった』
(ミリアは?勝手に養女にした私はどうなるの!?)
『エレノアに嫉妬したミリアが、エレノアに嫌がらせを繰り返すが、公爵家の兄弟や、皇子、エレノアに惹かれる貴族の子息たちナイトが守り通し、ついにミリアの悪事を暴き、中央都市より追放することに成功した』
(追い出されるの!?ならいっそ、今追い出してよ。ここから解放してよ。今が実質軟禁状態って、ありえない)
ただ、冷静に考えてみると、説明のつかないことがある。
本編が始まるのは、エレノアが18歳前後の時だ。エレノアとミリアは同い年という設定なら、現在のミリアは14歳、4年後にこのストリーは動き出す。
私は鏡の中のプレートをもう一度見た。
やはり、「ミリア」の経歴は14歳以降、記されていない。
4年後、ここにいるのは「ミリア」か「私」か、どちらなのだろうか。
どちらもいないかもしれない。だって、「私」のことは、プレートに何も書かれていないのだから。
いなくなってしまった「ミリア」、その体に入り込んだ「私」、これは「現実」か「夢」か。いつ終わるのか、すでに終わっているのか。描かれた「ストーリー」は始まりを迎えるのか。
自分の状況だけが、分からない。
もう一つ分からないのは、なぜ「ミリア」はエレノアに嫉妬したのか、だ。
公爵家での待遇を考えると、ここから逃げたいと思わなかったのだろうか。
公爵家の養女とは名ばかり、使用人に鞭で打たれ、部屋から自由に出ることも許されない現状で、どうしてこの家に執着心が湧くというのか。本物が返ってきてくれたら、お役御免でこの家から追い出されてみんながハッピーエンド、としか思えないのに。いっそ今、もう帰ってきてほしいのに。
「ミリア」はどうして、「メインストーリー」の中で公爵家に執着したのだろうか。
未成年の少女が一人で生きていくには、どんな世界でも多大な困難が待ち受けているだろう。でも、ここよりはましな気がする。
(まあ、私は41年の実績があるから、どうとでもなるって思えるけど)
14年しか生きていない少女には、この公爵家を出て生きていくことなど、想像もできなかったのかもしれない。物乞いをしていたころに戻ることが、恐ろしかったのかもしれない。
もしくは、他に何か、「ミリア」がここにこだわる要因があったのか。
考えても分からないから、「メインストーリー」の続きを読むことにした。
『だが、エレノアが偽者だと暴かれてしまった』
(はあ!?こっちも偽者!?)
『育ての親と思われた男爵が、正真正銘エレノアの父親だった。借金返済のために打った芝居だったのだ。男爵が欲を出し、さらに金をせびろうとして真実が明るみに出てしまう。それでも、エレノアの存在が周囲の男たちの心を癒してきたのも真実。嘘と真実のはざまで苦悩する男たち、ただ純粋に、愛だけを求めて、暗闇から抜け出し、エレノアのもとへ駆けつけるのは・・・』
(なにそれ)
あきれるほど乱暴な設定だ。愛が一番だというなら、最初から悩むなよ。本物のエレノアはどこへいったのだ。
多分、生きてはいないのだろう。プロローグの残酷さを思えば、生きているとは思えない。
ミリアも、追い出されなければならない設定が、同情してしまう。
(そのミリアが、私だった)
疲労感が襲ってくる。
この情報から、私の中に一つの決意が生まれた。
絶対に、メインストーリーには関わらない!
女の子は誰でもヒロインになりたいという夢を持つものだ。それが幼少期であるか、成熟期であるかは、個人差があるが。
ただ私は、心底、自分がヒロインでなかったことに感謝した。
一通り読み終えた「メインストーリー」を閉じると、次に「スキル」を開けた。
現れたグレーのプレートには、「声」と表示されている。あとは空欄だ。欄があるということは、まだ追加される可能性があるということだ。それが確認できただけでも十分だった。
そして「本棚」を開いてみると、見慣れた文字が並んでいた。
数日前に私が読んだ本の題名だと気が付いた。
まさかと思い、一つを開いてみると、本の内容がすべてコピーされたかのように映し出される。
図柄も地図も。しかも補足説明のように要所プレートの小窓が浮かび、それを拡大してみることもできた。
これが一番の収穫だった。神様からのプレゼントと思えるほどの、素晴らしい機能だ。
この機能があれば、片っ端から本を漁り読み、自分だけの書庫を作ることができる。それも、重量のない、いつでも開ける書庫だ。
学生の時に鍛えた速読が、今こそ役に立つ時だ。
ここへきて、初めてやる気がみなぎってきた。
本を読もう、本と言わず、読めるものすべてをとにかく読んで、情報を蓄積しよう。情報は何より武器になる、仕事で培った経験から、私はその重要性をよく知っているのだ。
(この屋敷にどれだけ本があるだろうか)
本を読みたいと頼んだ時、マレンダはすぐに持ってきた。きっとこの屋敷にあった本なのだろう。専門書ともいえる本をすぐに持ってきたのだから、もっとたくさんの専門書がこの屋敷にはあるはずだ。
(できれば自由にその本を選べたらいいのに)
行動範囲を広げられたらいいのだが、それは難しそうだ。
マレンダに頼むのは限界があるだろう。二回目すら希望が薄い。
本を保管してある場所への出入りが可能になれば。
その方法を見つけ出さなくてはいけない、私は少ない情報の中で打てる手を考え始めた。