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15.5 オルドの事情(2)

 まっすぐ、ゼトアを見る。

「ただ稼げばいいわけじゃない。彼女たちから搾取する利息は一過性のものよ。そこにこだわっても、その先が続かないでしょう。私の目的は、コスモナイトを上流階級に食い込ませること。コスモナイトに情報が流れ込み、それを利用して次の事業に役立てること。お金よりも情報が大事なの。お金は、これから始めていく事業で十分稼げるわ」

「情報、ですか。そう簡単に集まるでしょうか」

「コスモナイトは場末の娼館。そこにいる女たちは借金のかたに売られた娘ばかり、字も読めなければ世間も知らない女たち。そう思われているでしょう。でも、見栄えが美しい女たちが、集まれば、そこに馬鹿な男が集まるわ。書類が読めないと思っていれば、目の前で大事な書類を広げるだろうし、話の内容が分からないと思えば、重要な会話も平気でするわ。彼女たちが情報を正確に回収できれば、店の売上よりも価値のある宝の山が積みあがっていく。男たちは何も知らずに情報を垂れ流すのよ」

「だから、イリノアに教育をさせているのですね」

「彼女たちには、馬鹿なふりして、情報を集めてもらうのよ。無理に動かなくてもいいの、勝手に落としていく情報を拾うだけでいい。拾った情報を整理するのは私たちの仕事だから」

「なるほど・・・ですが、上流階級にひいきにされるには、コスモナイトでは信用がありません。もともと平民が開いていた娼館です。貴族は貴族の管理するサロンに集まります。場所も街はずれで人の往来からも外れておりますし」

「だからいいのよ。人目を避けて落ち合える場所。商談用の個室も用意して、客同士がすれ違わないスペースも確保して。入口は一般客用と会員用と分けるの。会員には特別な利用規約を設けるの。完全秘密厳守を徹底してね」

 ゼトアの神妙な顔つきから、きっと頭の中で多様な計算が行われているだろうと分かる。

「それに、コスモナイトはすぐに話題になるわ」

「その確信の根拠は」

「新しいオーナーが、あのカラス婦人だからよ」

 私のことだ。

「一晩で460万テールも稼いだ女が、そのお金で買った店。宣伝効果は抜群でしょう」

 ゼトアが目を見張る。

「確かに・・・そこまで計算の上でのことでしたか」

 感心したように言われた。

「この辺は後付けの計算よ。でも、これなら勝算も出てくるでしょう」

「はい。私の考えが至りませんでした。もっと精進いたします」

 ゼトアがかしこまった様に頭を下げた。

 こうして敬意を払う素振りをされると、体がむずむずするような、落ち着かない気分になる。

 私の本質が庶民だから。 お嬢様と呼ばれる状況が、未だに慣れないでいる。「ミリア」の体も、きっと同じだろう。虐げられた時間の方がはるかに長いためか、大切にされていると思う瞬間に、どうしてもそれを素直に受け入れられないのだ。


 つい疑ってしまう、かわいげのない女。

 昔も今も、どの「世界」にいても、そこは変わらない。


 翌日、ゼトアが手配した待ち合わせ場所は、街中にたたずむカフェテラスだった。

 小さな店だ。

 こぎれいな店内と、窓辺に飾られた花がとても好印象だった。

 店内には私の他に客はいない。

「本日は貸し切りでございます」

 ゼトアが耳打ちしてきた。

 今日の私は、黒いドレスに黒の仮面、手には黒い羽の扇子。カラス婦人の格好だから、昼間のカフェテラスにはとても場違いだろう。ゼトアの気配りがありがたかった。ただ、貸し切りにした費用が心配になってしまう。

(まあ、ゼトアの采配は間違いないから、大丈夫かな)

 考え込んでいる私に、

「ここは私の古い知人が営んでおりまして、余計な詮索もないので、気兼ねなくお話ができますよ」

 ゼトアが説明を補ってくれた。他方への気配りは、やはりさすがだ。

(・・・昔の知人)

 ちらりとみると、人のよさそうな初老の男性が、エプロンを付けて、紅茶を入れていた。

 男の頭上にはグレーのプレートが浮かんでいる。

『ビーグル

 亡国イーリアスの元騎士団副団長、現在はカフェテラス「ソア」のマスター』

(そこつながりなんだ・・・不穏な言葉は含んでなさそう)

 少し、ほっとした。

『国が滅ぶ戦争のさなか、娘を殺したエストアル帝国の騎士を探し続けている』

(・・・見なかったことにしよう)

 人の過去を知るのは、重い。何もできないのなら関わるべきではない。知らないふりが一番だ。

 こうしてプレートを読むことで様々な情報を集めてしまう。消化しきれず胸焼けするばかりだ。

 だから、私がプレートを読めることは、だれにも、知られてはいけない。

 ビーグルが入れてくれたお茶は、とてもきれいな色合いだった。

「ありがとう」と言えば、少し驚いた表情を浮かべ、軽く頭を下げられた。

「お嬢様は公爵家のご令嬢ですから、お茶ごときでお礼など必要ありませんよ」

 ゼトアに小声で言われた。

 でも、厨房で、いつもマロウにスープとコーヒーを淹れてもらう時、ゼトアに休憩用のお茶とお菓子を用意してもらう時、私は当然のように「ありがとう」と言っている。物心ついたときから、母にそう教えられて育った。相手が誰であろうと、してもらえることが当たり前ではないと。お店の店員にも、一言必要だと。一言いうだけでみんながいい気持ちになるなら、ただなんだから言っておきなさいと。いつも一言余計な母が、よくそう言っていた。自分勝手でおせっかいな母だったが、その教えだけは、正しかったと思っている。教え込んでくれたことに感謝していた。

 だけど、この「世界」では珍しい教えなのかもしれない。「ミリア」が、貴族だからだろうか。

「言うのはただなんだから、言った方がお得でしょう」

 そういうと、ゼトアは目を丸くした。

 店の奥から、笑い声が響いた。

「面白いお嬢様だ」

 そう言いながら、ビーグルは片手に皿を持ち、近づいてきた。

 そっとテーブルに置かれた皿の上には、焼きたてのスコーンとジャムが乗っている。

「サービスですよ」そう言って、ビーグルは笑顔を見せた。

「ね、お得でしょう」

 私がゼトアに言うと、ゼトアは降参したというように肩をすくめた。

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