15 コスモナイト(9) ※この回は性的表現が含まれます。
まだ、夜の暗闇があたり一帯を飲み込んでいる。
私がいた現代社会は、夜でもそこらじゅうの明かりが街を照らして、昼のように影を作っている。
でもこの「世界」は、夜は闇、昼は光、はっきりと明確に分かれている。街頭を照らす明かりなんてどこにもない。
(きれい)
見上げた夜空には、星がちりばめられている。街が暗闇に沈む替わりに、空が星や月の光で明るく照らされているのだ。
私が生まれ育った場所とは真逆の「世界」。
41年間当たり前のように持っていたものが、この「世界」に落とされることで奪われた。
経験も、キャリアも、未来も、目標も、五感も。
名前も。
じゃあ、代わりに得たものは何なのだろうか。
思いつかないことが、理不尽さを感じずにはいられない。
それにしても。
隣で何も言わないマロウを、私はちらりと見た。
怒っているだろうか。はっきりとは分からない。だけど不機嫌なのは確かだ。
(勝手に話を進めちゃったから、怒ってる?)
どんなに強がっても、マロウとゼトアだけは、特別だ。背を向けられるのが怖い。
今の私にとって、絶望があるとすれば、この二人に愛想を付かされることかもしれない。
私の視線に気づいたマロウが、深くため息をついた。
「・・・ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「勝手なことをしたから」
「あの金はお前が稼いだものだ。お前がどう使おうとお前の自由だ」
「でも・・・怒ってるでしょ」
私の言葉にマロウがまたため息をついた。
「怒ってない」
「でも!」
「ただ、ああいった場所に行くつもりなら事前に言ってほしい。危険な場所も多い、簡単に足を踏み入れていい界隈じゃないんだ。自分の立場は、分かってるだろう」
名ばかりでも公爵令嬢だ。それを利用しようと思う輩は腐るほどいるだろう。
(思いつきだけど、勝算があったから行ったんだけど)
説明のできない根拠は、もどかしさしか残らなかった。
「さっきまでの勢いはどうした」
マロウの声が和らいだ。
「あれだけ堂々と立ち振る舞っていたのに」
「結構無理して頑張ってたのよ」
「・・・知ってるさ」
マロウの手が、私の頭に置かれる。
言いたいことがたくさんあるだろうけど、言わないでいてくれる。
この存在にどれほど救われているだろうか。
「そういえば、ゼトアは」
なんだか涙が出そうで、ごまかすように言った。
待ち合わせの場所に行くことをすっかり失念していた。ずいぶんと待たせてしまっただろう。焦る気持ちで先を急ごうとしたとき、
「終わりましたか」
背後から声がして、思わず声が出そうになってしまった。
振り返ると、いつもと変わらない笑みを浮かべたゼトアが立っていた。
なぜここにいるのか・・・落ち合うはずの場所からはずいぶん離れているのに。
(全部お見通しって感じだ)
説明もいらないのだろうと、感じた。
「お金は回収できましたか?」
「オルドに預けてきたわ」
「・・・マロウが連れてきた高利貸しですね」
「そう。思ったより使える男だったから」
「さようですか」
「あと、コスモナイトっていう店を買ったの。そこで働いている女の人の借金も含めて全部まるっと」
「予定にはなかったと思いますが」
「成り行きでね。でも、必ず役に立つわ」
「さようですか」
ゼトアは私の言葉のすべてを信じてはいないだろう。
「オルドに支払いを任せてあるわ。あと、みんなの使うベッドを新しくするの。服や化粧品も、部屋にはきれいな鏡も欲しいわね」
「その支払いを、あの高利貸しに任せるのですか」
「そうよ」
あまりいい顔をしないゼトアに、私は笑いかけた。
「大丈夫よ。オルドはコスモナイトを大切にするわ」
そうする理由がオルドにはあるから。
「ああ、支払ったものの領収証は必要ね。伝えておくのを忘れてたわ」
「そこも含めて、あとは私の方で確認していきましょう」
ゼトアが言う。
もしお金をくすねるようなことがあれば、オルドの未来が途切れるのだろう。
(たぶん、彼は大丈夫だと思うけど)
「よろしくね」
私が言うと、ゼトアは恭しく頭を下げた。
「さあ、戻りましょう。もうすぐ夜が明けてしまいます」
まだ暗い空だが、闇が薄まってきているのが分かった。
朝、マレンダが部屋に来る前に戻らないといけない。
「路地を抜けた道に馬車を待たせてありますので」
ああ、また「ミリア」の「世界」に戻るのか。
ゼトアに促されて、私は歩き出した。
足取りが重いけど、戻らないといけないことは分かっている。
仕方がない。
少しだけ味わってしまった解放感に、後ろ髪をひかれる思いだけど。
「戻ろう」
自分に言い聞かせるように、言った。
取引が落ち着いたら、イリノアに伝えてあげよう。
きっと、疑いながらも、嬉しく思ってくれるはず。
コスモナイトにいる女たちに、字を教えてあげて、と。
イリノアの知る知識を、好きなだけ、彼女たちに教えてあげて。
こそこそ隠れて学ばなくても、コスモナイトの中では、いつでもどこでも好きなだけ学ぶことが出来るのだと。
なんなら、家庭教師を雇ってもいい。
この「世界」では認められない教育を、私はコスモナイトの中で始めたいのだ。
さんざん、私や「ミリア」を虐げ、侮辱し、嘲笑う男たちを、私たちが利用し使い捨ててやるために。
そして、啖呵をきってやるのだ。
女をなめるなよ、って。




