14 カラス婦人(3)
夜の闇に紛れながら、私とマロウはサロンのすぐ近くまでやってきた。
ゼトアが用意した会員証は、マロウが持っている。会員証は紳士しか持てないものだからだ。私はあくまでも同伴者でしかない。改めてこの「世界」の女の立場の低さを痛感する。
ふいに、マロウが立ち止まった。
どうしたのだろうと見上げると、マロウは建物と建物の間にできた暗がりに視線を向けた。
その暗がりから、一人の男が、ひょっこりと現れた。
「遅いっすよ」
へらへらと笑いながら、マロウに近づいてくる男。
「いきなり呼び出しておいて、自分は女連れてどこへしけこむんすか」
けたけたと笑う男の首をマロウは左手でつかんだ。力を籠めると、男がじたばたと暴れだす。マロウはさらに手に力を加えていく。
苦しそうにもがく男の体から力が抜けていき、男の手がだらりと落ちる瞬間に、マロウが手を離した。
男は地面に崩れ落ち、せき込むように荒い呼吸を繰り返した。
「言葉には気を付けろ」
鋭利な刃物のように、鋭く冷たい声だ。
私はマロウのこんな姿を初めて見た。これが、マロウの心の奥に潜む本質的な部分なのかもしれない。
「じ・・・じょ、冗談、っすよ。マジにならないでくださいよっ」
「余計な一言ですべてを失うぞ」
マロウの右足が、男の肩を踏みつけた。
「今、命がある理由を正しく理解しろ」
「分かってる!分かってますって!」
「静かにしろ」
マロウが男の肩を蹴り飛ばす。男は地面を転がり、痛みに蹲った。
その一連の流れを、私は茫然と見守るしかなかった。
言葉を失い、固まる私にマロウが気づく。
しまった、といった表情を浮かべて、ため息を吐いた。自分を落ち着かせるためのため息だ。
「悪い、変なところを見せた」
いつもの、そっけないが冷たさは感じられないマロウの声だ。
ぎこちなく、私は首を横に振る。
「そのレディはどちらさんで?」
男がまじまじと私を見て言った。
正体を明かすべきか、それよりもなぜこの男がここにいるのか、説明が欲しくてマロウを見た。
「お前が知る必要はない」と、マロウが男に冷たく言い放つ。
「こいつは、この前ボーゼ男爵の邸宅で鉢合わせた高利貸しだ」
私に対しては、声を和らげてくれるようだ。
「掛け金の受け取りにこいつを使おうと思ってな」
「・・・信用できるの?」
「金に汚い奴ではあるが、俺を怒らせる行動はとらない、その点だけは保証する」
マロウはにやりとした。
「きちんと躾てあるんでな」
(・・・ほんと、何したんだろう)
男はかなり怯えたように、マロウに対してこびへつらっている。
(まあ、マロウが言うなら、大丈夫・・・だよね)
私を値踏みするような眼に、嫌悪感を感じずにはいられない。
だが、マロウのことは信頼している。
だから、賭けてみることにした。
私は男の頭上に浮かぶプレートを見た。
『オルド
高利貸し、とにかく金を稼ぐことに執着している
仕事上の衝突により、マロウに拷問を受け、以後マロウには逆らえなくなった
今も、生き別れた妹の安否を気にかけている』
簡単な説明分しかない男。気がかりなのは、未来のことが書かれていないことだ。
私と同じように「未来」がないということだろうか。
まだ下に文が続くような感じに思えるため、何かの要素が加わってようやく、この男の未来が決まるということなのだろうか。
今日の仕事に影響がなければいいのだけど。
(何かあっても、マロウとゼトアがいれば、何とかなるか)
考えても仕方がない。やるしかないのだから、私が覚悟を決めないと。
私は改めて、オルドを見た。
目が合い、オルドはへらりと笑う。だがその目は、こちらを値踏みしているように笑ってはいない。
この表情にうろたえてはいけない。
「自分の役割は、聞いてる?」
「いやー、なにも。いきなり呼びつけられたもんでね」
「そう」
私は余裕のある笑みを浮かべた。そう努力した。社会人の経験の蓄積があるから、この年になってはったりだけは得意になったのだ。
「自分の役割は、聞いてる?」
「いやー、なにも。いきなり呼びつけられたもんでね」
「そう」
私は余裕のある笑みを浮かべた。そう努力した。社会人の経験の蓄積があるから、この年になってはったりだけは得意になったのだ。
「私はあなたを信用していない。あなたが誰かも知らないから」
「俺はオルドってんだ」
「私の名前は、まだ知らなくていいわ」
「おいおい、そりゃないだろう。俺は名乗ったんだぜ」
「私とあなたでは、立場が違うのよ」
「お偉いお方ってわけか」
「物分かりはよさそうね」
オルドの目が、ギラリと光る。馬鹿にされていると分かったのだろう。
「私はマロウを信頼している。あなたはマロウを恐れて従うしかない。今はその事実だけで十分よ」
「別にそこまで恐れちゃいねーよ」
「そう?ならあなたに仕事は任せられないから、帰っていいわよ」
そう言い放てば、オルドは黙り込んだ。迷っていることがその表情から丸わかりだ。
「手の内を知られるようじゃ、役不足よ」
私の言葉に、オルドは目を見開き、すぐにへらへらと笑い出した。
「手厳しいお嬢さんだな」
「そうやって何を考えているか分からない状態を保てるの?」
「ははっ、俺はいつもこうさ」
「そう・・・できるならいいのよ。それで?あなたはマロウに逆らえる?」
「だから、別に怖がってもねーし、子分ってわけでもねー」
「聞き方を変えましょう。マロウはあなたを処分しなければならなくなる?」




