14 カラス婦人(1)
深夜の厨房で、私は身支度を整えた。
前回と同じ黒のドレスに黒の仮面。今日は漆黒の羽で作られた扇子まで用意してくれてあった。
髪色はゼトアに染めてもらった。ただ髪の表面を黒く染めただけだとゼトアは言った。専用の薬品で髪を洗い流せば色はすぐに落ちるという。
「手軽ではありますが、髪を痛めてしまうために、あまり好まれる方法ではありません。特に貴族の女性は、洗い流した後の髪のごわつきを嫌い、よほどの事情がない限りは用いらない手法です」
「じゃあ、だれがこういうのを使うの?」
「まあ、異性を誘惑したいときや、身分を隠したいときなどでしょうか」
「ふーん、髪色を変えるだけで何か変わるのかしら」
「その時間、場所に応じて好まれる色彩はありますからね」
ゼトアは言葉をオブラートに包んでいるようだ。「ミリア」がまだ14歳の少女だからだろう。41歳の私には、ゼトアの示すものがなんとなく予想で来ていた。
夜の娼館で目立つため、もしくは身分を隠すための隠ぺい工作。そういったところだろう。派手に着飾り、男の目を引き、客を持つ。そういう時に、持って生まれた自分の容姿を隠すのだろう。それが必要な世界は、いつも、どの「世界」であってもすぐ間近に密やかに存在している。
(ミリアには、ぴったりの方法ね)
銀色の髪のせいで、運命が狂わされたミリア。これからその運命を覆そうとする私にとっては、銀色の髪を隠すことは必須事項だ。
そして出来上がったのが、全身黒色の女。
仮面を付ければ、14歳という若さも隠すことが出来る。私が私らしく振舞えば、大人っぽくも見えるだろう。
この先も、動くときはこの格好にしようと思う。割と気に入っているのだ、カラスのような雰囲気は、「ミリア」らしくない大人の雰囲気を演出できるから。
「さあ、行きましょう」
まだ覚悟が決まらない様子のマロウの背中を押す。
「側におりますので、何かあれば合図を下さい。対処いたします」
ゼトアの言葉に、私は神妙に頷いた。
「今日の目標は、400万テール稼ぐことよ」
「・・・」
最終ゴールを先に伝えると、ゼトアとマロウが黙り込んでしまった。
「どうしたの?」
「・・・予想外すぎた」
マロウが頭を抱えている。
ゼトアも苦渋の表情だ。
「1年アスラ山を維持するのにこれくらいは必要だと思うけど」
「確かに・・・いや、しかし」
この額を一夜で稼ぐとなれば危ない橋を渡ることになるだろう。レオルド・オブリス・サロンも、喜んで掛け金を支払うことはしないはずだ。できないと言った方がいい。これだけ巨額の資金を店の金庫に置いておくことありえない。
私なりに、この「世界」の通貨と生活資金から割り出した為替レートを作ってみた。1テールが1000ニールというこの「世界」では、平民の大人一人が普通に生活できるひと月の生活費は200テールから300テールほどだという。つまり、私の知る価格価値基準だと、ひと月の生活費30万円と考えた時、30万円=300テール、1000円=1テール程度となる。その基準をもとに今回の目標額400万テールを円換算すると、約40億円超といったところだ。会社勤めの私では夢にすら見ない金額だ。だけど、この「世界」でプレートの利用価値を理解している「ミリア」の私なら、手の届く夢になり得ると思ってでいる。アスラ山で鉄鉱掘削作業を進めるなら、半端な金額ではすぐに底をつくはずだ。お金がなければ次の手を打つこともできない。
(平民になって、普通に働いてもいいんだけど・・・)
ヴィスコス公爵家の追手がなければ、そんな普通の人生にしてもいいと思う。だが、必ずヴィスコス公爵家が足かせとなるだろう。「ミリア」の名前が家門の一覧に記されている限り、自由など400万テールよりも遠い夢なのだ。
(ヴィスコス公爵家と対峙できるだけの力を持った家門を味方につけないと、ヴィスコス公爵家との関係なんて断ち切れない。でも、そんな家門を相手にするには、私の肩書もそれなりに価値を上げておかないといけない。結局、お金なんだよね)
どの世界も、お金は最強の看板となる。夢があるのかないのか、むつかしい問題だ。




