09 立案(4)
「先ほどは、何を悩まれていたのでしょうか」
二杯目の紅茶を入れながら、ゼトアが聞いてくる。
(見て見ぬふりをしてくれないんだ)
答えていいものかどうか、悩み、私は黙り込んだ。
こういう時、ゼトアは絶対に引き下がらない。私が答えるまで、無言の圧力をかけてくる。
(でも、ゼトアが協力してくれたら、何とかなるかも)
今のところ、彼以外の協力者など見当もつかない。どうやら私には選択肢がほとんどないようだ。
「ここへ行きたいの」
私は地図上の「レオルド・オブリス・サロン」を指さした。
私の指先を覗き込み、ゼトアは顔をしかめた。
この場所がどういう場所なのか、知っているようだ。
「ここはお嬢様が行くような場所ではありませんよ。紳士貴族の社交場ですから」
「会員証を持っている紳士の同伴であれば、入れるでしょう」
「それは確かに。・・・ですが、どのような目的でここへ行きたいのですか。誰か目当ての者がいらっしゃるのですか」
「人じゃなくて」
言ってもいいのだろうか。
信じてもいいのだろうか。
頼ってもいいのだろうか。
不安しかない。だけど、選択肢もない。
ゼトアの頭上に浮かぶグレーのプレートの記述を信じるしか、私にはできない。
「夜、ここへ行きたいの」
ゼトアの表情が、変わった。
この男は、やはり、普通とは違う。社会の「裏」を、知っている。
「お嬢様がかかわっていい場所とは言えません」
「知ってるわ」
ここが、社交場でないことを知っていると、ゼトアに気づかせる。
「なぜか、話していただけますか」
賭博場に行く理由など、分かり切っているだろう。その理由を、ゼトアはすんなりと信じてくれるだろうか。
「お金が必要なの」
「お金なら、毎月公爵家から知給金があるでしょう。それ以上の金額をご入用なのですか」
「・・・私が使えるお金は、ないわ」
私の言葉に、ゼトアが一瞬、目を見開く。すぐに思案するように目を細め、沈黙した。
「その件は、調べた方がよさそうですね」
表情を険しくさせて、言った。
「その必要はないわ」
だって、分かっているから。証拠も、いつでも用意できる「情報」があるから。
それをゼトアにはまだ話さない。プレートのことは、さすがに話せなかった。
「必要なのは、私のお金。どこともつながりのない、ゼロから私が作るお金が必要なの」
あとから出所を指摘されて、私のやることに介入されないように。お金に関しては特に不安要素を残してはいけない。ヴィスコス公爵家から流れたお金は、あったとしても使いたくはなかった。
「夜、ここへ行きたいの。できればゼトアに付いてきてほしい。最初の掛け金を貸してもらえたら、その日のうちに倍にして返すわ」
私の自信に満ちた言葉に、ゼトアは黙り込む。真意を探るように私を見る。
「ただ、ここへ入るのに、会員証と、その所有者が必要でしょ。・・・準備できないかな」
一介の執事に頼める内容ではない。だが、ゼトアの過去の肩書を知っているから、何とかなるかもと期待してしまう。
「暗殺」ともなれば、裏に通じる「顔」くらいあるだろうと。
ゼトアを利用しようとすることは危険だと思うが、今は、時間がないのだ。
私の期待を込めた視線を受けて、ゼトアが軽く息を吐いた。
「いつまでにご入用でしょうか」
「用意出来次第すぐにでも」
「かなりお急ぎですか」
私は頷いた。
「・・・では、明日の夜までに用意いたします」
「本当!」
「はい。会員証であれば、用意することはそれほどむつかしくはありませんので」
「そう、・・・さすがね、ありがとう」
「お褒めの言葉は、仕事を達成した時にいただきます」
ゼトアの律儀な言葉に、私は笑った。
「問題はここを抜け出す手筈ですね。往復の時間と移動ルートを確保して」
ゼトアの頭の中で計算が進んでいく。
計算が終わったのか、軽く頷いたゼトアが私を見て、恭しくお辞儀をする。
「明日の夜、お迎えにあがります」
私は頷いた。
「じゃあ、今からは・・・」
今日の残りの時間の使い道を考えた。
「コーヒーでも淹れましょうか」
「おおっ、それは名案ですね。私が豆を厨房から調達してきましょう」
「3杯分、お願いね」
私とゼトアとマロウの分だ。
「かしこまりました」
マロウの分が含まれると、ゼトアの表情は、わずかに和らいだ。




