04 もう一人の公子(3)
ただひたすらに本を読み続け、気が付くと、書庫内に明るい光が差し込んでいた。
記憶にある書庫内は、とても薄暗かったはずだ。室内を物色して、蝋燭を見つけ、その灯を頼りにまた本を読み続けた。本の出し入れも面倒になって、書棚の下に座り込んで読んでいたのに、気が付いたらその床で寝ていたらしい。そして朝を迎えていた。
すぐそばに積み上げられた数冊の本と、そのそばに散らばる本。
どれを読んで、まだ読んでない本がどれか、分からなくなってしまった。
私は片付けられない女ではない、と思っていたのに。
(ちょっと飛ばしすぎたかな)
自分の加減のなさに苦笑してしまう。
だが、いつ状況が変わり、ここへの出入りが禁止されるか分からない。
ここにいられるうちにどれだけ多くの本を取り込めるか、時間との勝負だと思っていたから、焦ってしまうのだ。
ふいに、手元が暗くなった。突然の影に驚いて、影の先を負うように見上げると、初めて見る男が立っていた。じっと見下ろしてくる視線は鋭く、好意などみじんも感じないほど険しい。ただ、その面立ちは見覚えがあった。
(誰?)
男の顔を見つめると、男は隠す様子もなく舌打ちした。
性格が悪そうだ。
「何をしている」
疑い、探るような視線と声音だ。
この屋敷の中に私の見方は一人もいないだろうが、この男は、完全に敵側だと感じた。
だから、私から何かの情報を提示することなどありえない。自分の身を守ることを最優先にすべきだからだ。
押し黙ったままの私に、男はもう一度舌打ちをした。
次の男の行動が全く読めなかった。でも、手にナイフや鞭や、武器になりそうなものは持っていない。深緑のスラックスに少し光沢のある薄いグレーのシャツという軽装だから、隠し持っていることもなさそうだ。よく見るとシャツは少し光沢があり、絹製か、もしかしたら銀糸などを織り込んでいるかもしれない。生地は全体に柄が織り込んであり、光に当たるとその柄が淡く輝き柄を浮き上がらせる。ずいぶんと手の込んだ質のいい生地だと分かる。だからきっと、この公爵家の人間なのだろう。
そこまで考えて、私はプレートの存在を思い出した。
男の頭上に視線を向ければ、ピンクのプレートが浮かんでいた。
『ベルト・ヴィスコス』
ヴィスコス公爵家の次男らしい。
どうりで、以前鉢合わせした長男、アロルド・ヴィスコスにどこか似た面立ちがあるはずだ。
(現在、16歳・・・若!)
私から見れば外国人のような顔立ちの為か、もっと大人びて見えるが、実質41歳の私からしたらお子様、若造、この威圧的な態度はいきがった若者と思えば少しかわいらしくもある。
長男のアロルドも確か、18歳となっていた。
どちらも子供だ。年齢だけ見れば、自分の息子と言ってもあり得るほど若い。
そんな若者の鼻をへし折ることなど、私にとっては造作もないことだ。さんざん仕事で新卒の新入社員を相手にしてきたのだ。経験と、そこから構築された理論で若者の概念を打破することには慣れている。若者特有の想像力と発想力は、確かに魅力の一つだが、それを利益と実用性、効率化につなげるには、やはり経験が必要なのだ。
とはいっても。
(ここの情報が少ないから、なるべく対立もさけたいんだよね)
私は無言を貫くことにした。何かを言って足元をすくわれる危険を避けるためだ。私が「ミリア」ではないと知られることは、命にもかかわる危険なことかもしれないから。
そして、ベルトは「メインストリー」に関わる人物である。
あらすじを読む限り、関わらない方がいいに決まっている。ピンクプレートの人物たちは、「ミリア」を追放する役目だから。
(ここから出られるのは願ったりだけど、どこへ追放されるか分からないうちは、まだ避けた方がいい)
自分が冷静なことに安心する。
何も言わずに立ち尽くすのも居心地が悪いから、私は足元に散らばった本を集め始めた。
ヴィスコス家の所有物に傷をつけたといわれないためだ。
「ここで何をしていた」
質問っぽく言ってはいるが、反論も言い訳も許さないといった強固な姿勢がひしひしと伝わってきた。
きっと。
(何を言っても信じてくれない。どれだけ説明しても疑われる。存在自体を否定するように、きっと、こいつは「ミリア」を追い詰める)
だから私の直感と、「ミリア」の体は、ベルトを敵だと認識しているのだ。
「答えろ」
命令するように言われて、本を抱えていた腕に力がこもる。
私の抱える本を見て、ベルトは目を細めた。
また何かを言おうと口を開いたとき、
「何をしている」
背後からの声。
振り向かなくても分かる。
この兄弟は、人と会った第一声が決まっているのだろうか。
「兄様」
ベルトのつぶやきに、先ほどまでの威勢が消えていた。
ゆっくりと振り返ると、予想通り、冷めきった表情のヴィスコス家長男、アロルドが立っていた。
とくん、と鼓動が跳ねる。
アロルドを見て、心臓が早く波打った。
また、この感覚だ。私の意志とは関係なく反応する体に、混乱する。
なぜ。
頭は冷静だが、体は熱を帯びたように、熱い。
とても不思議で、気持ちの悪い感覚だった。
「こいつがこんな所にいるから、また何か企んでるんじゃないかと思って」
言い訳のようにベルトが言う。
アロルドが、浅く、ため息を吐いた。
「書庫への出入りは、ミリアから申請があり、公爵閣下がお許しになった」
だから、問題はないとアロルドは言った。
意外だった。
ベルトは感情的に「ミリア」に敵意を向ける。アロルドも「ミリア」に敵意があるかと思っていたが、少し違うようだった。
好意は一切感じられない。ただ、興味も何もないだけかもしれない。
つきん、と胸が痛んだ。
その痛みにも、私は戸惑うしかない。
頭の中には、懐かしい歌詞がリズムと一緒に流れた。




