未知との遭遇①
俗に「怪我の功名」と言う言葉があるけれど。
ついに現実となった、〝二つの世界〟のヒューマノイド型類同士の初遭遇においても。
多分に運命の悪戯と言うのが相応しかったかもしれないけれども、さながらその様な構図が成立したのは――。
多分、〝双方にとって〟等しく幸運な事であったに違いない。
状況が咄嗟的に、期せずしての共同戦線を張らせる様な格好へと導く流れにこそなってはいたものの。
その喫緊の問題であった、未確認生命体たちの殲滅を! と言う、それ自体が片付いたからには。
改めて互いに直にと向かい合う段階へと移る事になるわけだったが。
当然ながら、救援した向こうは未だ、未確認生命体たちの血に濡れた剣を構えたままであり。
対する結城小隊の海上自衛官たちも、流石に銃口を向ける事こそはしていないものの、未確認生命体たちを殲滅したその態勢のまま、代わって今度は自分たちが彼女らを半包囲する様な格好にとなっていたからだ。
あちら側から見れば、陸上戦闘服2型と、同色の帽子に。目元を隠すゴーグルを着用し。
手には自動小銃――さしずめ「けたたましい破裂音と共に〝小さな炎〟を発して、前に立つ者をたやすく打ち倒す、クロスボウの様な持ち方をする黒い杖」に見えるのではないか? と思われる――を構えると言うスタイルで統一されたこちらは。
確かに、普通の意味での〝人間〟には見えなくても、おかしくはないだろうから。
一歩間違えれば、せっかくの〝まともにコミュニケーションが叶いそうな相手〟との、ようやくのファーストコンタクトまでもが。
流血を伴う悲劇にと終わってしまうかも知れない……。
互いの間にと満ちる、静かな緊張を孕んだ空気は――しかし、そんな〝構図〟を理解して。
無念の表情で剣を手放したその姫騎士が口にした〝第一声〟によって、あっさりと雲散霧消するのであった。
「まるで、超能力に依って時を止められたかの様だった……」
当事者たちの片側であった元「海援隊」結城小隊の面々は後々に、揃ってそんな述懐を漏らしている。
それこそ、「ありのまま、今その場で起こった事を述べれば……『まったく、わけがわからないよ!』と言うしかない気分を味わっていたなぁ……」と言うやつだ。
自分たちは、未確認生命体たちの群れにと襲撃されていた異世界人の一行に遭遇し。
救援すべく割って入って共に戦い、ひとまずそれらを制圧した。
そうして改めての、最初の接触のやり取りを交わす事に~と言う段へと進むものだとばかり思っていた、その〝記念すべき第一声〟が――
「くっ、……殺せ!」
と言う〝それ〟であったわけだからして。
ある意味、全く意識外の方向から。いきなり強烈な奇襲パンチを喰らわされたかの様な心境であったと言えばいいだろうか?
もちろん、当の姫騎士本人にしてみれば。
眼前の異様な風体をした「魔導兵たち」の。
そんな奇抜ないでたちとは真逆な、よく訓練され統率の行き届いたものだと一目で判るその戦闘挙動と。あまりにも異質なその武器と戦い方とを目の当たりにして。
自分たちには、万に一つの勝ち目すらないと〝理解できてしまった〟結果として、あくまでも大真面目にそう言っていただけなのだったが。
しかし、それを言われてしまった当の自衛官たちの側はもう、無理だった――
「凄ぇや! 〝姫騎士〟って、ほんとに『くっ殺!』言うンだなぁ……」
などと、初めて本物を目にする「姫騎士」と言う存在が。
まさにお約束の如くにテンプレートなセリフを口にするのを眼前にしての、妙な感動の成分さえ含んだ呟きを漏らす者までいると言う。斜め上過ぎる方向に緊張感を持って行かれる雰囲気へ、一瞬で〝変異させられて〟しまっていた。
それこそ、もしこの時の現場の情景が俯瞰的な〝写真〟にと残されていたとしたならば――
「ざわ……ざわ……」なんて言う擬音がくっ付いて来そうだ……などと感じられたとしても、全く違和感も無さそうな。
(ひょっとして、この「姫騎士」なる生き物は……所謂、〝残念な美人〟と言うやつなのじゃなかろうか?)
と言う、ともすれば湧いて来てしまうそんな疑念と共にだ。
そうした、相手側からの(どうしよう? これ……)と言う〝困惑〟が、はっきりと伝わって来る微妙な空気の前で。
悲壮なある種の、覚悟完了! な決意でいたフィオナの方もまた、予想外のと言うよりない相手側の反応の前で当惑させられ、こちらも立ち尽くすしかなくなる。
ましてや、自身の事よりもそんな〝姫様〟の身を案じながら、状況を見守るばかりのターニャとシルヴィアの二人にとっては尚更の話だ。
そのままなら、双方共にのそんな奇妙なお見合いの体がしばらく続いてしまっていたのかも知れないが――そんな中でも一人だけ、〝平常運転の体なまま〟の猛者がいた。
悠斗は、自身の足下にと投げ出されていた姫騎士の長剣を片膝を付く様にして拾い上げると、取り出した布で剣身を濡らす未確認生命体の血糊に丁寧に拭いをかける。
そしてそれを両手で捧げ持つような丁重さでもって、眼前に立つ彼女へと差し出した。
そんな彼の挙措にと戸惑いを見せながらも、おずおずと姫騎士がそれを受け取ると。
悠斗は一歩を後ろに下がると空いた手でもって脱帽し、更に目元を隠すゴーグルも外して素顔を彼女に晒して見せると、姿勢を正しての敬礼と共に名乗った。
「日本国国防軍自衛隊、二等海尉の結城悠斗です。お怪我はありませんか?」
正史上には、〝それ〟が最初の遭遇の第一声であったと「記録されて」いる、この二人の――ひいては異なる二つの世界の住人同士の関係そのものの。
歴史の幕開けであった……。
いさぎよく剣を捨て、更に煽る様な言葉までも重ねてはみたものの。
果たしてそれが受け入れられるのか? については、フィオナとしても多分に賭けだと言うしかなかった。
もしゴブリンどもと同様に、問答無用! で自分たちも「片付けられて」しまうのだとしたら、本当にそこまでの話。
逆に受け入れられるとしたならば、ひとまずは生き長らえる事を許されたと言う格好にはなるわけだが――それは同時に、自身らの生殺与奪の権を〝相手に〟委ね渡すと言う事で。
たとえどんな扱いをされた処で、否やを言えぬ立場となると言う事に他ならないわけだったが。
それでも、亜人種たちの手に落ちるよりかは〝遙かにマシ〟であるのだけは間違いないと言う、そこだけは確かなのだから……。
結果、屈辱を味わう事にはなろうとも。
それでも生き延びられる目にと、もはや賭けるしかないのだと言う事を彼女は理解し、覚悟していた。
しかし、いざそうしてみたならば――向こうが示したその反応が、何とも予想外なものだったのには驚くしかなかった……。
そんな彼らから伝わってくる〝戸惑いの空気〟は明らかに。痛ましいではなく、痛々しいものを目にしてしまったと言う類のもので。
もちろん彼女たちの側において、「その理由」はまだそんな概念それ自体が誕生してもいない為に。
想像も付かない事ながらも、間違いなく微妙なものを見る雰囲気であると言う、そんな感覚それ自体は伝播して来るわけなので。
フィオナ自身もまた、何とも居心地の悪い当惑を感じさせられる只中で立ち尽くすしかなかったのだ。
――後々になって、日台両国をはじめとする元地球人たちの社会との関係性を深化させ、馴染んで行く中で。
〝その時の〟彼らのそんな反応の「その理由」を、背景ごと識って。
「私……〝とんでもない事〟を口走っていたのですね……」
と、そんな風に当時を回顧させられるその度に。
フィオナはお通夜な表情を強いられる事にとなるのであったが……。
そうして美姫が、一生ものとして背負い込む事になる刻印が如し「黒歴史」と言う、尊い犠牲をもて贖う事で。
エリドゥと地球側の双方にとっての〝最悪の展開〟は、かくして未然のままに無事回避される運びとなったのだった。
とは言え、そんな未来の話はさて置いて。
相対する蒼斑服の一団の物頭であろう青年が、放り出した愛剣を素直に受け取ってくれた事で、フィオナは内心でひとまずの安堵を覚えた。
武器を捨ててみせる事によって「降伏」の意を示されて、それを受け入れるのであれば。
投げ捨てられたその武器を、自らの手に取る事でもってその意を示すと言う、一つの「作法」となる形で定着している慣習に則る反応が示されたからだ。
しかし、そうしてひとまずの小さな安堵を覚えた直後に。
その相手が丁重に剣を拭い清め始めて。そしてそれを返して寄越した事に、フィオナは再び戸惑わさせられる。
彼女らの「常識」に照らせば、有り得ない行動であるのは間違いなかったが。
しかし肌感覚で伝わって来る相手側のその行動に、敵意や冷笑と言った態度は微塵も感じられなかったが故に。
戸惑いは覚えながらもフィオナが、差し出された愛剣を受け取ると。
物頭の青年は相対したまま一歩を下がって、空いた手で帽子を脱し。そしてその目元を覆うバイザーをも外して、その素顔を彼女たちの前にと晒して見せた。
黒髪に、同じく黒い瞳――その瞳が、紅や金色に輝いていたりはしなかった事に、何よりの安堵感を覚えたかもしれない――の端正な容貌。
彫りはそれほど深くは無いが、落ち着きを浮かべたその表情に、何よりも確かな知性と理性を感じさせるその瞳が印象的だった。
静謐さを湛えた穏やかなその佇まいを目にして。
フィオナは不思議と、自身の内心までもが落ち着かされて行くのを感じていた。
自らもまた必死で、それを自覚する余裕さえも無くいっぱいいっぱいになっていたと言う事なのだろうけど。
冷静に観てみれば、眼前の青年が身に纏う〝穏やかな雰囲気〟は。決して敵対的なものでも、侮蔑的なものでも無ければ、むしろこちらを気遣っている様子さえも漂わせているものである事に彼女は気付く。
つい今し方に見せ付けられたばかりの、鬼神もかくやの凄まじい武技の持ち主である事は確かだと言うのに。
武張った風は微塵も感じさせない、もしそんないでたちでさえなければ、誰も軍人であるなどとは思わないだろう――むしろ官吏や学士と言う方が相応しい様にと思わされる容貌と雰囲気の青年だった。
そして彼は、横に上げた右手の先を伸ばして自らの目元に当てる姿勢を取ると、おもむろに名乗る。
初めて耳にする〝国の名〟と、やはり奇妙な印象のその国の軍部隊の名。そして彼自身の官姓名と共に、こちらの無事を問うて来たのだ。
(「ニホン国」の軍の、ジエイタイとやら言う部隊(軍団名か何かであろうか?)のユウキ・ハルト卿――〝海尉〟と言うからには、正騎士相当と言う事ですね……)
聴かされたその名乗りを、その様に解釈し。
そして右手を挙げて見せているその仕草も、おそらくは彼らの間における「敬礼」の様式なのだろうと〝推測〟して。
フィオナは自身も、右の拳を左肩下に当てる自分たちの敬礼の様式で「答礼」しつつ、名乗り返す。
「マズダ連合、構成邦ナージゥの代表参事。フジョー候家息女フィオナ・ド・ラハミです。救援を頂き、感謝致します」
フィオナの返したその言葉によって。
双方の間にと生じていた〝緊張感〟は、ようやくの事でひとまずの解消を迎えられる運びとなったのであった……。
そしてそれを受けてユウキ卿は右手を降ろすと、再び口を開く。
「いろいろと〝お話を伺いたい〟処ではありますが、まずはその前に。お仲間の方の応急手当をさせて頂きたいと思いますが、よろしいでしょうか?」
と、そう丁重に尋ねて寄越した事にも内心面食らいつつも、同時にハッ!? とさせられたフィオナは。
即座に、感謝の念と共に首肯する。
「それは……勿論です。どうか、お願い致します!」
「判りました。福原一曹! 岩瀬二曹!」
ユウキ卿の下命を受けて、その背後に並ぶ部下たちの内から二人の兵士が進み出て、倒れ伏したままのマリオたちの処へと急ぎ足で近付いて行く。
「イワセはあちらの女性を」
と、その途上でユウキ卿と同様の黒髪をしている男性兵士がそう指示を出し、それに従ってシルヴィアの傍らにと膝を付いたイワセ二曹と言う名らしいもう一人は。
金色の髪に蒼い瞳をした女性である事に気付かされて、再び小さな驚きを覚えさせられるフィオナたち。
ようやくそうする〝余裕〟を取り戻した目で見ると、ユウキ卿の配下には他にも二名の女性兵士が混じっている事が判り。
流石にここまでの彼らの態度が、統率が行き届き極めて練度が高い事を窺わせるのみならず、その異様な風体とは裏腹に(失礼!)非常に理性的かつ友好的な姿勢である事も明らかであったが故に。
その意味での不安感はほぼ薄れて来てくれていたとは言えども、女性の兵士が、それも複数名居ると言う事実から受ける〝安堵感〟は、やはり相応に在ったのだった。
海上自衛隊においては、特殊部隊である「海援隊」をも含めて、女性隊員にも前線任務への門戸を開いていた事が。この異世界においても、有効に働いてくれた瞬間だと言う事でもあり。
その点もまた、期せずしての双方にとって〝幸運〟だったと言える事の一つであったのかも知れない。
もっともそんな海自の。直接的に肉体を張る任務分野に対してもの、女性隊員の進出のその〝始まり〟自体は。
別にフェミニズム的な意識の先取りなどと言う美談の様な話でも無い、極めて「現実的かつ切実な理由」上からに過ぎなかったのだけども。
統一以前の自衛隊が〝積年の共通課題〟として抱え込んでいた、大幅な定数割れが続くと言う状況の下において。
隊員の確保の観点から、「海自なら、女性隊員も本格的な陸戦部隊を志望可です!」と。
ある種の開き直り気味にぶち上げたのが大きかったと言う、あまり笑えない様な内実も有ったりしたわけだからだ。
陸上自衛隊では、精鋭部隊は男性隊員のみのものとしているその理由も。
それ自体は決して性差別とかの話では無く、物理的な身体能力上での差異からの有利不利の観点と言う、それはそれで立派な合理性を踏まえた話ではあるわけなのだけど。
そういった一面については当然だが承知の上で。
それでも、違う活かし方を模索すればいいだけなのでは? と言う考え方でもって、女性隊員への精鋭部隊向け門戸開放の実行を進めてしまった海自が。
その結果として、志望した優秀な身体的能力を有する女性隊員を、それなりにきちんと戦力化している――海上自衛官枠で任官後、志望した陸戦訓練で優秀な成績を修めて自隊の陸警隊で務めるのみならず、〝「両用戦機動団」に配属の海自隊員〟としても活躍する事例もだ――と言う〝現実〟を目にして。
流石に陸自でも、変化の兆しが見られつつある様になって来た――。
何しろ、元々からして予算も、人員の配分においても優先されている海自が。そうやって優秀な人材を更に搔っ攫て行ってしまうと言う様な格好を、座視し続けるのか? と言う話になるわけだからして、無理からぬ帰結ではあっただろうが。
そんな矢先に生起した「統一戦争」でもって、相応の消耗をする事となり。
そこからの戦力再編と再構築を図る過程で、多くが志願して来る事になった旧「向こう側」の日本人たちには、女性の比率もそれなりに高かった事もあって。
現在では、陸自においても。女性の空挺隊員たちが誕生しているなど、すっかり様変わりを果たして来つつあるのだったが……。
ともあれ、そうして女性隊員を加えている事の〝狙いの通りなその効果〟が、発揮されてくれたそのおかげで。
相互の距離感をより近付ける事が出来た、ユウキ卿の小隊の兵士たちが倒れたマリオとシルヴィアにと寄り添って、その負傷の確認と応急処置に掛かり始めるのを目にして。
自身もそちらに向かって癒しの魔法を使おう――と、そう思った処で。
フィオナは、眼前に立つユウキ卿の纏うその雰囲気が、一瞬で。つい先程までの、静かな冴えを漂わせるものにと再び変じるのに気付いて、思わず瞠目させられる。
フクハラ一曹と呼ばれた男性兵士が、倒れ伏すマリオの身体を慎重に仰向けに返し、傷を改めようとしている姿を横目に見やっていたと思ったら、唐突にだ。
そして一切の感情を窺わせないものへと変化したその瞳が、彼女の目をじっと見つめて来た……。
言うまでも無く、そこに艶っぽい類の成分などは微塵も存在してはいない。
じっと〝何か〟を見据える様な、透徹した目だ……と、フィオナがそう思ったその刹那――ユウキ卿が一瞬でその身を素早く背後へと翻し、自身のその体躯で彼女の全身の大半を庇う様な体勢を取る。
(ッ!?)
まさにそれと同時に、その先にある茂みの陰からバッと立ち上がる小柄な人型があった。
「BUDADASE!」
間違いなく「死ね!」だのそういう類の意であろう叫び声と共に、弩矢を番えたクロスボウを手にした一体のゴブリンが姿を現し、背後からこちらを射とうとしていた。
しかしその指が引き金を引いた時にはもう、ゴブリンは一つの破裂音と同時にその額に風穴を開けられ、仰け反って倒れ込みながら宙空に向けて空しくそれを射かけるだけに終わったのだった……。
散開して各々周囲を警戒する構えでいた、麾下の兵士たちそれぞれも素早い反応を見せてはいたが、それよりも早く。
物頭であるユウキ卿が自ら、そのゴブリンを瞬時に射ち斃していた。
ゴブリンにと向けて突き出されたその右手には、彼らが手にするその〝魔導杖〟を手のひらサイズにと切り詰めたものと思しき武器が握られて、その先端から紫煙を立ち昇らせている――
間違いなく、背後のゴブリンに対する振り向きざまのその一瞬で、〝それ〟を抜き打ちにしたのだろう。
(ユウキ卿たちの〝魔導杖〟には、あんな小振りなモノまでも在るのですか……!)
恐るべきその威力についてはもちろん言うまでもなく。
それに加えて、極めて高い携帯性を実現した代物まであると言う〝事実〟にも、更なる驚愕を覚えさせられるフィオナたちであった……。
向こう側の指揮官であろう「姫騎士」が。
こちらからの挨拶を素直に受け入れ、おそらくはあちらの様式なのだろう敬礼と思しき仕草と共に、名乗り返して来てくれるのを受けて。
ひとまず相互の、敵対的でない意思の疎通は大丈夫そうだなと、悠斗は内心で小さく一つ安堵の息を吐く。
自分たちの目からすれば奇異に見える、いかにも「異世界の住人」と呼ぶべきいでたちの彼女たち一行――。
と言う事は、翻せば逆もまた然りだと言う話でもある筈なのだから。
考え得る限りの丁寧な態度で接触を試みてみる、と言うのは当然だったが。
もし仮に、その社会文化的な意味での常識にと想像の範疇外なまでの「相異」が在る様ならば、最悪の展開をも〝覚悟〟しなければならなくなる可能性は有る……。
内心の冷静な部分においては、〝その事も〟念頭に置いて当たっていたわけだけれども。
どうやらそれは杞憂で済みそうであり、そうであるのならば何よりな話であるに決まっている。
彼女の名乗りを聞くに、どうやら「マズダ連合」なる連邦国家の一構成邦の政府関係者と言う立場の様であり。
この世界の国家勢力との接触の、端緒になるかもしれないと言う期待も出来そうな〝遭遇〟となってくれた格好の様ではあったが。
まずその前に、倒れている彼女らの仲間の容態の確認と、ことに男性騎士の方はまだ間に合うのであれば応急処置が急務であろうから、その旨を提案してみる。
幸いにもこちらからのその提案を即座に判断し、素直に快諾してくれるその反応ぶりを見れば。
相対している「姫騎士」と言う女性は、聡明な御仁であろうと言うのが判る。
異世界人との初接触の相手がそうであったと言う意味でも、救援が間に合って良かったと思った悠斗は。
だからこそ、深手を負っているのだろう仲間の男性騎士の事も助けられれば良いのだが……と、そう思いながら。
救護員の資格を持つ部下の福原一曹が、うつ伏せに倒れ伏す大柄な男性騎士の傷を改めようと、その身体を慎重に仰向けに返すのを視界の内に収めて――
瞬時に、解放度合いを絞っていたその〝戦闘感覚〟を再び一気に引き上げる。
昏倒する男性騎士の胸に深々と突き立つ矢――太く短い矢羽の小さな独特の形状をした弩矢。
だが、先程殲滅した未確認生命体たちの中に、クロスボウを手にする個体は存在していなかった!
そしてそのタイミングで背後から、沸き立つ様にと発散され始めた〝殺気〟――それも、隠そうとして隠し切れない……と言う様な類ですらない、悪い意味での衝動そのままな、獣性の発露でしか無い剥き出しの〝それ〟だ。
(仕掛けて来るな……)
それはもう確実として、後はそのタイミングを待つだけであるが。
悠斗は、眼前に立つ姫騎士の瞳にと映った自身の背後を〝視る〟事で、計っていた。
そして奇襲で仕掛けるべく、生き残っていた未確認生命体が勢いよく姿を現して、手にするクロスボウの弓床を向けようとした時には。
振り向きざまに悠斗が、既にそれにと相対している。
驚愕の表情を浮かべる未確認生命体に向けて。
悠斗は抜き打ちにしたコンバットパイソンから.357マグナム弾を叩き込み、そのまま射ち斃したのだった。
未確認生命体が弾かれた様に仰け反って倒れ込みながら、脳髄を砕かれたその反射反応でクロスボウの矢を明後日の方向へと射ち上げるのを確かめて。
「各員、全周警戒確認! 〝何も〟見逃すな!」
宍戸准尉以下の小銃を構えて立つ小隊員たち7名は、悠斗からの即座の叱声も含めつつの指示を飛ばされて、弾かれた様に各自が相互に連携し合う態勢を取りながら一斉に周囲へと散開。
そうして全周警戒の外向きの扇形陣形を形作って警戒の態勢を取りつつ、他にも生き残りの未確認生命体が残っていないか? その確認にと動き始める。
扇の要の位置に立つ宍戸准尉は、自身も周囲にと油断なく目を配りつつ悠斗の下にと近付くと、敬礼しつつ厳しい表情で言った。
「小隊長、申しわけありません! 完全に失態でした。猛省しております!」
初遭遇の異世界人たちとのやり取りにと、〝意識を〟完全に持って行かれてしまって。
討ち漏らした敵性生物たちが居ないか? と言う事への注意を完全に浮かせてしまっていたと言う、常ならば有り得ない様な事をしてしまっていた事実を噛みしめている。
悠斗は黙って聴き、そして横目に小隊員たちの動きと表情を確かめてから。了解したと言う体で頷きを返した。
「宍戸准尉」
「はい!」
「各員それぞれに、〝きちんと自覚している〟様ですので。今回はそれでよしとしましょう」
確かに、〝失態〟と言える要素を否定出来ないのは事実であるだろうが。
とは言え一方で、流石に今回ばかりは(誰であれ)状況的にはやむを得ないと言うより他に無い様な、〝成分〟が多々在ったのも。また客観的な事実ではあろうから。
普段の鷹揚な表情にと戻しつつ、悠斗は言葉を継いだ。
「……そうですね。〝怪我の功名〟として、これも今後への昇華させると言う事で。どうでしょうか? 宍戸さん」
全員で同じ方向(だけ)を見てしまっていたと言う、通常ならば有り得べからざる失敗は。
流石に想像の範疇外な「状況」にと遭遇させられる事で。いかな〝自分たち〟であっても、やはりその可能性との縁は完全には切れない――精々が遠ざけられるだけなのだと言うのを、改めて実感させられる経験となったと言う事で。
悠斗には及ばずとも、流石にその辺りは精鋭部隊の名に恥じず。
生き残りの未確認生命体に対しては、姿を現したその瞬間に全員が即座に反応し、その銃口を向けてはいたわけなので。
おそらくはそのまま未確認生命体に有効射は許さずに、斃せていただろうとは思われるし。
少なくとも、そんな取り返しの付く範疇内での失態であるならば。
逆説的にだが、その経験をする事での新たな実感と自覚を伴っての向上にと繋げる事で。それもまた有意義なものへと転じられもする筈だろうし、またそうすべきだと。
全てを言わずともきちんと判っているのですから、であればそれで良い。なので今回の件については、ここまでです。
と言うそれを、その態度で示して見せる悠斗に。
敵わないですな……と言いたげな体で宍戸准尉は、無言のままようやくその表情を和らげつつ頷き、再び敬礼する。
そして、そんなやり取りを間近で目の当たりにしていたフィオナにも。
彼らが見せたその精強な「練度」ぶりを担保しているものの〝その一端〟を、強く印象付けたのだった……。
そんな思わぬアクシデントもあってくれたおかげで。
フィオナがターニャと共に、倒れているマリオとシルヴィアの下にとようやく寄りそった時にはもう、ユウキ隊の兵士二人がそれぞれ手傷の確認と処置の方を進めているところであった。
「〝シルヴィ〟姉、大丈夫かにゃ?」
重態であるのは明らかなマリオの方がより気にはなるのだが、ひとまず先に同輩であり義姉妹の様な間柄でもある、手前のシルヴィアの傍らに膝を着いて声を掛けるターニャ。
声を発する事こそしないものの、やはり気遣わしげな表情でフィオナも同様にその傍らにと膝を着く。
マリオに対しては、フクハラ一曹と呼ばれた男性兵士が付いて懸命に何か処置を行っている真っ最中であるので。
下手に手は出せないだろうと言う事もあって、会話には何も問題ないシルヴィアを先にする格好となっていた。
自身の無様を噛みしめる……と言う表情で、シルヴィアは俯く。
「姫様……ターニャも。不覚を取りました、そのせいで……申しわけございません」
フィオナはそんな彼女を慰める様に、首を振って応じた。
「いいえ、シルヴィア。それを言うのなら、ゴブリンどもにむざむざ奇襲を許した私自身にも油断が有りました」
「そうにゃ! シルヴィ姉の代わりに〝アタシ〟か、もっと悪ければ姫様が貰ってしまっていてもおかしくは無かったのにゃ」
ターニャも続けてそう被せ、決して彼女の――彼女だけのせいでは無いのだと言う事を訴える。
口々にそう言われて、シルヴィアもそれ以上の言葉に詰まってしまった処で。
「よろしいでしょうか?」
と、シルヴィアの応急処置にと当たっていた岩瀬二曹が彼女たちに声を掛けた。
「結城小隊の二等海曹、岩瀬ナタリアです。とりあえず、シルヴィアさん? の負傷の診立てと、処置について説明させて頂いても?」
三人の女騎士たちが、揃って頷くのを受けて。
岩瀬二曹は、用いる用語については考えながら。彼女の矢傷はそれなりに深くはあるものの、不幸中の幸いで血管や腱、骨が傷付いてはいない事。
そしてそれに即して、止血等の応急手当を行った事を一通り説明して行った。
(彼女って……〝耳の形〟からすると、たぶんエルフと言うやつよね? 触診して診た限りでは、身体の造りは人間と何も変わらない様だったけど、あっちのネコ耳さん? の方は、どうなのかしらね?)
そうして相対しつつも内心では、間近で目にしたこの世界の(まっとうな)ヒューマノイド――ネコ耳さんも、エルフ耳さんも存在していた事は、やはり驚きだったが――とは如何なる生態なのかしら? と。
医療面の心得を持つ者らしい観点からの、生物学的な意味合いでの関心をどうしても覚えさせられてしまう岩瀬二曹であった。
「……とりあえず、この様な感じですが、何かご不明な点などおありでしょうか?」
ともあれそうして、負傷の診立てと処置についてのざっとした話を終えた岩瀬二曹は。
負傷者の事はひとまず姫様たち二人に任せて、懸命な処置を続けている福原一曹の応援に回ろうと思ったそこへ。
「ありがとうございます、イワセ二曹」
眼前の〝姫様〟からの、何のてらいも無い率直な表情と共に示される感謝の言葉に。
どういたしましてと言う風に、自身もまた笑顔で応じて。騎士マリオへの処置の応援にと転戦するのだった。
そうして岩瀬二曹も加わって進められて行く騎士マリオへの応急処置の方だが、対してこちらの方は相当に難航していた。
貫通力の高さは伊達では無いクロスボウの殺傷力は、銃器に比肩できる程に威力が有るのだ。
身に付けた胸甲を貫いて胸板に突き立った矢は、大の男を昏倒させるのになお充分な威力であったと言う事だろう。
貫通の衝撃で、胸甲を割り砕いてくれさえもしていたので。
応急処置にかかるに当たっては、それを脱させる手間が省けた事だけはある意味助かったとも言えたのだが……。
もちろん心臓や、胸甲の覆いの無い腹部に突き立っていたならば助かり様自体が無かっただろうが、それも良し悪しではあるかも知れない――。
どのみち致命傷なのであれば、なまじ即死には至らない負傷の方が、苦しみが無駄に長引くだけだからだ。
その辺り、際どい処ではあったが。
ひとまず騎士マリオへの応急処置は功を奏し、どうにかその場での生死を分ける分水嶺は越えずに踏み止まれた様ではあった。
とは言え、危険な状態のままである事自体には何も変わりは無く。
一刻も早い本格的な処置が求められる処であるが、その意味でも実に場所が悪かったのは間違いない。
仮設前進基地や、その眼前に停泊する大型の支援艦艇であれば、本格的な治療が行える医療設備も用意されてはいるのだが。そこまでの搬送の問題がある。
頭上にこんな鬱蒼と樹々の立ち並ぶ場所にはヘリコプターも呼べないし、かと言って人間の手で降着地点の様な開けた場所まで運んで行くにしても。時間も要せば、彼の体力がその間に保つのか? と言う事もあるからだ。
(どうすべきか……)
悩ましい状況に厳しい表情を浮かべた福原一曹と岩瀬二曹は、ひとまず処置が済んだ様子であるのを見て歩み寄って来た悠斗にその旨を報告する。
後は小隊長の判断になるからだ。
とは言え、客観的に見てのその状況判断自体に変わりようは無いわけであるからして。
悠斗としてもどうすべきか? についてを考える処であったが、それまで黙って応急処置の作業を見守っていた姫騎士が立ち上がり、こちらにと歩み寄って来るのに気付いて彼女を見やる。
その左手には大ぶりな結晶体状の宝玉の様なものを握っている姫騎士は、再び敬礼と思しき体を示すと、おもむろに驚く様な提案を言って寄越したのだった。
「私がマリオに、治癒の魔法を掛けるのをお認め頂けますか?」
面と向かってその言葉を受けた悠斗たち3人も、もう視線は周囲へと向けたまま動かさずに耳だけをそばだてている宍戸准尉以下の他の7名の小隊員も。
およそ現実には耳にする事など無い筈のその申し出に、驚きを覚えさせられたのは当然の話だったが。
先程まで応急処置の作業を黙って見守りつつも、彼女が垣間見せてはいた何かをしようと言う様子は、そういう事だったのかと。
気になってもいた〝それ〟についてが判明した悠斗は、躊躇いなく承諾の頷きを返す。
既にこうして遭遇したエルフや獣人も(それに未確認生命体も)実在する「世界」なら。
同じく「魔法」と言う代物も実在していたとして、何らの不思議はあるまい。
むしろ情報収集を任務としている立場から言っても、興味深いものを直接に確認出来ると言うのは願ってもない話であったし。
もちろんの事だが、それで彼が助かるのであれば、その方が良いに決まっている。
承認を得た姫騎士が倒れ伏すマリオの傍らに膝を着き、傷を負ったその胸板の上にと右の掌をかざす。
そして目を閉じ、一つ息を吐くと集中した表情でその形の良い唇から、呪文なのだろう句が紡ぎ出されて行った――
「あまねく天地に充つる魔素よ……我が意に応え、癒しの力を導く光輝となりてここに顕現せよ、〈聖癒光〉!
そう唱えるや、姫騎士のかざす右手から生じた不思議な暖かみを感じる〝光輝〟がマリオの上半身全体を覆う様に煌めいた。
左手に握られた宝玉からも、同様に眩く光が放たれている。
そうしておよそ1分ほども続いたその放射が静かにかき消えると、そこにはその顔色がより持ち直す方向へと明らかに変化しているマリオの姿が在った。
(これが……魔法と言う代物の威力!?)
流石の精鋭部隊員たちも瞠目させられる、文字通りに種も仕掛けも無しに振るわれる〝その力〟との。
地球生まれの人類たちにとっての、初遭遇の瞬間であった……。