幕間「失墜の飛空騎士」(中編)
海賊軍側も、航空戦力たる翼手亜竜を繰り出して来て。
飛空生物騎によるエリドゥ世界の航空戦も、偵察機・攻撃機のそれに相当する辺りから、戦闘機同士の戦いに当たる領域へと入って行きます。
(承前)
ほんの一瞬での、戦友の討死。
しかしナダーにそれを悼む猶予など、与えられない。
「〔白頭〕! 落とせッ!」
もう間に合わないと、判ってはいても――戦友へ向けて襲い掛かって行く敵騎の、その背を追っての急降下へ入った直後。
ナダーは本能的な愛騎への指示を叫ぶ。
瞬時に主の意を察した大鷲が、咄嗟に右の翼だけを畳む〝意図的な失速〟による横転――からの錐揉み落下へ移り。
鞍上から放り出されそうになるナダーは、身体へ食い込むハーネスベルトの苦痛に顔を歪ませながら急降下の手綱を執り続ける。
「あ、危なかった……!」
もしそうしなければ彼らが本来進んでいた筈の軌道と交錯して、空振りとなった魔咆射の炎弾が飛び抜けて行く。
カントたちを殺った、長騎であろう翼手亜竜に付き従うもう一騎が。
当然の機動として、彼らの背後を狙って来ていたのだ。
とは言えその一撃を躱しただけで、無論済む状況では無い。
敵の長騎が向かうのと逆方向へ逃げを打ったナダー騎を、その僚騎翼手亜竜も頭を巡らし追尾して来る!
「……まんまと、釣り出されたのか!?」
半ば墜落である急降下から、制御してのそれへと徐々に寄せながら。
一方でナダーの頭脳は、必死に状況を推測しようともしていた。
もし海賊側にも備え――飛空騎の母船となる大型の軍船の姿が覗えていたならば。
当然ながら自分たちとて、用心していた筈だ。
そうでは無かったからこそ、前のめりに海賊船団を攻撃していたわけだが……。
まんまとそこを、より高くからこちらの不意を突いて来た。
「自邦がなけなしで整えた備えを察して、潰しに来たのか……!?」
そもそもの状況自体が、既に連中が掌の上な構図であったのか? と言う可能性に思い至って、ナダーは歯がみする。
『飛空騎隊、どうなっている? 状況を知らせ!』
魔導双話具が〔リバティ号〕通信員からの焦りを滲ませた呼びかけを伝えて来るが、今のナダーにそれへ応じられる様な余裕など無い。
翼手亜竜が、上方から追って来ると言う優位を占めているし。
そもそも的に飛空騎獣としては自方が〝格下〟であるのも、悔しいが否定できない。
これは魔咆射の能力と言う、火力だけの話でなくて。
飛翔するその速度においても、優位は相手側の方にある。
こちらにも優位性があると言えるのは、遙かに小回りが利いた機動が可能な点だったが。
それを担保している鳥類故の骨格は、同時に空中戦での最後の手段となった場合の脆さとも成るので。
そう仕掛けられては、端から勝ち目が無い。
頭上からの急降下で、魔咆射が必中となる距離への占位を狙って来る翼手亜竜をひらりと躱して。
素早く立て直したナダーは、自身の魔填杖で反撃を狙うが――既に敵騎は急降下で得た加速を活かして射点外へ逃れてしまっている。
更にはその加速を利用しての急上昇で。今度は下から突き上げる様に仕掛けて来るのを、ナダーはからくも回避する。
最初に優位を取っての上下動による仕掛けを着実に繰り返す、海賊軍の翼手亜竜と。
都度それを回避しながら反撃の好機を窺う、ナダーの大空覇鷲。
共に人間が空を征く為の騎獣として駆っている、亜竜と大鷲による空中戦は。
めまぐるしい攻防を繰り広げながらも、共に決定機を掴めぬ持久戦の様相を呈しつつあった。
「拙いな……」
一見すれば互角の攻防が展開されている中で、しかしナダーは小さくそう呟く。
この均衡は、あくまで一時的なもので。時間の経過は彼に味方しない。
「ならば、賭けに出る!」
瞬時に意を決して。
ナダーは敵騎へ無謀な突撃を仕掛けるかの様な動きから、一転しての猛烈な急降下に入った。
愛騎に今度は両翼を畳ませての、感覚的にはほとんど垂直降下な突っ込みは――もはや自殺行為にさえ思える域だが。
そんな彼の動きに、敵騎も同じく両の翼を畳んだ矢の様な姿でもって食らい付いて来る。
「かかった! これで、後は――」
思惑通りに敵騎も乗って来た事に、歯を食いしばりつつ快哉を上げて。
ナダーは猛烈な空気の圧に苛まれ続けながらも、決死の賭けに勝つ為の仕込みを進めて行く。
「ちいッ、やはり厄介な敵騎だ……!」
こちらを欺瞞する機動からの――猛烈な急降下で再度逃げを打つと言う、予想外な一手へ出た敵の大空覇鷲騎に。
海賊軍の若き飛空騎士ヌリンは、思わず苛立ちと称賛をない交ぜにした呟きを漏らした。
実際、飛空騎獣としては唯一の格落ちになるが故に。
多対一の構図になってようやく、こちらと互角の攻防になる筈な大鷲を駆っていながら。
一対一の構図で、ここまでのらりくらりと攻防を続けさせられてしまっている。
頭から身体の大部分まで、炎を思わせる鮮やかな朱を主にした羽毛を特徴とする大空覇鷲どもだが。
それらの中にあっては実に際立つ、真っ白な羽毛で覆われた頭部と言う目立った姿をした個体を。わざわざ乗騎としているだけの事はある腕利きかと、得心は行く。
しかも見た感じ、己とさほど年齢は離れていまい――まだ若手の部類であろうにも関わらずだ。
ある意味、尚更に対抗心もかき立てられる存在だと言えた。
「面白い! ならばこれで決着を付けてやる!」
ヌリンは自らに喝を入れる様にそう叫ぶと。
愛騎の翼手亜竜にも敵騎同様、両の翼を畳ませての急降下で追撃に入る。
両翼を畳み、更には頭から尾の先までを一直線にする様な体勢を取らせる事により。
空気の抵抗も最小限にして急降下させる、俗に「槍」と呼ばれている飛ばせ方だ。
上から襲う側が圧倒的に有利だと言う、基本構図自体が変わったわけでは無い。
大鷲側とて、このまま高速で海面に突っ込んで自滅するつもりではあるまいし。ギリギリのタイミングで引き起こして、水平飛行に移った処を狙うだけだが。
もし引き起こしが遅れれば、急降下したまま海面に叩き付けられて命が無いのはこちらも同じであり。
その意味では攻撃の事だけを考えてもいられないと言う、チキンレースの展開へ引きずり込まれていた格好だった。
「さあ、貴様は何処まで行ける?」
それでも追う側に有る点では動かぬアドバンテージをもって。
果たして大鷲が、引き起こしをかける限界点と目される高度まで。どれだけ行けるか? と言う意識でいたヌリンは。
直後、予想だにせぬ驚愕でぶん殴られる。
「馬鹿なッ!?」
彼が追う大空覇鷲は、なんとその限界点さえも飛び超えて――。
それからようやく、両翼をいっぱいに広げての制動に移ったのだから!
もはや間に合わない高度まで、突き抜けてからのその動き。
「まさか!? 最初から、共倒れ狙いの自爆戦術だったのか!!」
そんな〝有り得ぬ可能性〟が脳裏によぎって、愕然とするヌリンの眼前で――しかし状況は更なる予想外の展開を見せたのだった。
「ぐッ……! 術式解放!」
ナダーは、追ってくる敵翼手亜竜に対してでは無く。
眼前に迫る海面に向け、魔填杖の火炎魔術を撃ち込み――。
それで生じる爆発の吹き上げで愛騎を持ち上げ、急降下の勢いを殺し切れない分を補って。
両脚の爪先が波の頭を切る程の、まさに海面ぎりぎりの超低空でどうにか水平飛行への移行を見事に成功させる。
「――しッ、しま……!」
そんな眼前で展開された〝まさかの展開〟に、意識を奪われて――結果、自騎の引き起こし操作を一瞬失念したヌリンは。
そのまま急降下の目標を海神の神殿へと変えさせられて、消えた。
大空覇鷲に比べてより速く、そして遥かに強固な体躯が故の重量が。
いずれもここでは災いする方向へ、作用する結果にとなってしまったのだった……。
「〔白頭〕、大丈夫か?」
からくも自分たちが賭けに勝利したのを確かめて、ナダーは無理をさせてしまった愛騎の状態を気遣う。
大丈夫、問題ない! と言うかの様に鋭く一声鳴いて応じる大鷲の様子に安堵を覚え、ゆっくりと再上昇を始めたのも束の間――。
『こ、こちら〔リバティ号〕! 飛空騎隊、聞こえているか? 本船は、単騎の海賊軍飛空騎に襲撃を受け、現在交戦中! 至急の援護を求む!』
そこで不意に飛び込んで来る魔導双話の音声が、緊迫の状況を伝えて寄越す。
あれだけの時間、一対一の空戦を続けていられたのは――。
敵の長騎が数的優位を作りに来る事無く、代わりにこちらの母船を探して潰しにかかっていたからだったのだ!
『飛空騎隊より〔リバティ〕号、了解! ただちに引き返す!』
痛し痒しな状況に歯がみする思いで、ナダーはとにかく愛騎を上昇させながら自身の現在位置を再確認し。
そしてそこから推定される母船の現在予想地点へ向けて騎首を巡らせ、速度を上げつつ追加の報告を魔導双話具に投げる。
『こちらは海賊軍飛空騎二騎に奇襲され、カント騎が撃墜!
敵騎の内一騎は、本騎が交戦の末に先程排除するも、残る一騎がそちらに向かったものと思われる。〔リバティ〕号、本騎の到着まで今しばらくの奮闘あれ!』
状況報告に含まれている、朗報と言える要素を伝えて。
決死の対空戦闘を展開中であろう母船上の士気が、それでほんの僅かでも上がれば良いのだが……。
ナダーはそう願いながら愛騎に空を駆けさせるも、やはり現実は無情であった。
目指す〔リバティ〕号の現在位置は、ほぼ想定した通りの地点で間違いなかったのだけど。
ナダーの視界の一角に、ようやくその姿が小さく入って来たその直後――彼女は今まさに最期を迎えようとしていたのだから。
必死に矢や攻撃魔術を打ち上げる〔リバティ〕号に向かい、猛然と急降下する翼手亜竜。
撃ち放たれし一際大きな魔咆射の炎弾が、彼女の上甲板を直撃し――弾ぜる!
次いで上甲板直下の船体各所でも、船腹を内部から膨張させる格好での小爆発が連鎖し始めて――。
最後に生じた大きな爆発によって聳え立っていた中央帆柱がぐらりと傾き、倒れて行く。
加速を付けて叩き込まれた炎弾の熱炎が、上甲板の格子扉を越えて甲板下の船内にも流れ込んだのだろう。
上甲板下の階層は、敵船や地上との砲戦を行う為の魔導火砲が並ぶ砲列甲板となっている。
そして海賊船団との交戦に備えての砲撃準備が進められていた筈なそこへ、炎弾の火が流れ込めば――どうなるかは自明の理で。
もはや〔リバティ〕号の命運が尽きたのは、誰の目にも明らかだった……。
「ああッ……!」
如何に予想はしていた光景だと言えども。
長きに渡って苦楽を共にして来たカントに続けて、更に多くの戦友たちをも眼前で空しく喪い。
流石にナダーも、己の無力さを思い知らされるばかりな状況に打ちのめされ、空しく声を漏らすしかなかった……。
だがそんな彼へ向け、喝を入れるかの様に。
跨がっている〔白頭〕が、ピィーッ! と鋭い一鳴きを上げる。
「しっかりしろ! まだ終わってはいないぞ?」
きっとそんな事を伝えようとしているのだろう、愛騎の心意気に。
はっ!? とナダーは闘志を取り戻す。
「ああ……そうだな、〔白頭〕。まだ終わりじゃない!
すっかり勝ち誇っているだろう敵長騎に、ひとつ目にもの見せてやろうじゃないか!」
還るべき母船を、目の前で潰されて。
頼みの綱である魔填杖の残りも、あと二本を残すのみと言う状況である筈なのに――。
何故だか、悲壮感の類いは覚えていなかった。
一切の雑念を排して、ただ目の前の雄敵との勝負に集中するだけ!
そう意を決した思考は、むしろ晴れ晴れとしていた。
〔リバティ〕号への攻撃を終え、上昇に移っている敵翼手亜竜へ向かって一気に。
ナダーは太陽を背にしての急降下を仕掛ける!
「やられたら、やり返す! 倍返しだ!」
無意識に口から出て来た、懐かしい記憶――新人の頃、しごかれまくった先達が口癖にしていた台詞。
それに気付いて、ナダーは愉快げに口元を吊り上げた。
「何をどう返すのが〝倍になる〟のか? は、未だに判らないままだけど……な!」
多分それは――理屈ではなくて、こういう意識の事なのだろう。
そんな確信を抱きながら、ナダーは愛騎と共に加速しながら突き進む。
流石にもう、相手こちらに気付いているだろう。
それで果たして、どう動くか?
「先程は自分が仕掛けた様な、チキンレースに持ち込むのが定石だが……」
しかし相手は、そんな彼の想定を覆す行動でもって対抗して来たのだった!
急降下で仕掛けるナダー騎に対し、敵翼手亜竜は。
なんと真っ正面から対峙する格好で、斜めに急上昇をしながらまっすぐ向かって来る――。
「ッ!? そう来るのか!」
流石に予想外であった対抗策には、ナダーも思わず感嘆の呻きを上げさせられた。
向こうも、敢えての真っ向勝負でこちらに付け入られる隙を生じさせないと言う判断を。
躊躇なしで、即断して見せて来たと言う格好だ。
間違いなく、歴戦の古強者だと言う事実の証明であろう。
「だからこそ、なんとしてもここで討つ!」
本来的には格上の存在だが、現在の状況に限っては。
その差を埋め――或いは僅かながらも覆し得るかもしれない有利さが、こちらに有る。
急降下する大空覇鷲と、急上昇する翼手亜竜。
真っ向から対峙する格好で相対しているが故に、互いの相対距離は驚きを覚える程の早さで近付いて行く。
そして自身の攻撃有効射程の圏内へ、ほぼ同時に互いが踏み込んだその瞬間。
撃ち下ろされた魔填杖の火炎魔術と、撃ち上げられる魔咆射の炎弾、二つが真っ向から衝突して――。
空中に、猛烈な爆華が弾けた!
(続く)
本「幕間」のエピソードにて新たに登場しました魔道具の武器、「魔填杖」ですが。
劇中での描写の通りに、我々の感覚で言う処の重火器――前々話で闘鬼覇者に致命傷を与えた「M72 LAW」ロケットランチャーの様なイメージ・位置付けの武器だと言う事になります。
アニメにもなった『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』の前半に出て来ます「魔弾銃」よろしく。
魔術を放つ代わりに杖の筐体へ、そのエネルギーを注ぎ込んだ状態で携行し。必要に応じて、それを任意に〝解放〟して撃ち出す事が可能なアイテムだと言う事ですね。
本職の魔導士により、範囲を攻撃できるタイプの強力な攻撃術を充填されているので。
翼手亜竜をはじめとした飛空幻獣たちの放つ魔咆射には及ばないものの、大空覇鷲の飛空騎たちもそれに準じた航空攻撃が可能となっている格好です。
(もっとも、その辺りも。超常生物騎を駆る本格の飛空騎士たちからは、「半端ものだ」と低く見られる所以ともなってしまっているわけですが)
そんな具合に強力な武器ではありますが、一方では「M72 LAW」の様な単発使い捨て式のそれよろしく、充填された魔術は一発で放ち切りになってしまいますので。
※もちろん無事に持ち帰れれば、再充填が出来るのですが。
フィオナ姫たち主従が結城小隊との初遭遇時に、彼らの使う自動小銃を目にして「破壊の魔導杖が!?」と驚いていたのは。
一発単位の威力としては〝限定的〟ながら、その一方で長いこと連発をし続けている~と言う。
彼女らが知る「魔填杖」とは全く異なる特性を発揮して見せている、〝未知なる武器〟であったからなのでした。





