幕間「失墜の飛空騎士」(前編)
「第一部・後段」への繋ぎとして位置付けつつ、同時にその「後段」の序章的な面も含みます「幕間」のエピソード。
まずは前編をお届けします。
飛行能力を持った幻想生物騎たちが担う事によって行われている、エリドゥ世界における航空戦の様相をご覧ください。
船底から屹立する前部帆柱の直下、甲板上に聳え立つ船首楼の物見台。
そこへ仁王立ちする掌飛長が、満を持しての号令を発した。
「飛空騎隊、発進に備え! 両舷、跳ね板開口せよ!」
それを受けて。船首楼の左右両舷を守る巨大な防盾が如くになっている、城砦の門扉と同じ造りをした分厚く長大な跳ね板が。
鉄鎖の滑り落ちる音を響かせながら、ゆっくりと外側へ向かって開き始めて。
口を開け出したその隙間から、一気に潮風が吹き込んで来る。
ともすれば逸る心を抑えるべく、ひとつ息を吐いてから。
「よし、行こう!」
編隊を組む同僚騎士のカントに声を掛け、ラグランの飛空騎士ナダーは愛騎の鞍上へ身体を持ち上げた。
そこに腰を据えるなり、もはやその身に染み付いている手際の良さで。
腰周りへのハーネスベルトの装着、各種携行装備の点検と言った一連の流れを進めて行く。
彼らがそうしている間に、開度を増し続けていた跳ね板は停止しており。
さながら船体の両舷へ延びる小翼が如き、甲板と同じ高さでそのまま海面上へ身を乗り出す事が可能な、踊り場の如きスペースがそこには出来上がっていた。
もし真横から今のフネの姿を見たならば――船体を直交する形で貫通している構図になる短い滑走路が、そこへと完成していると言う格好だ。
降りきった両舷の跳ね板上でその固定確認を手早く済ませ、駆け戻って来る船員たちの長が。それを示す合図を出したのに頷くと。
「今日も頼むぞ、〔白頭〕」
鞍上からそう呼びかけ、ぽんと背を叩く相棒に応えて。
白い羽毛に覆われた頭部を持つ彼の愛騎は、腹這いにさせていた身体をぐっと起こすと、足取りも軽やかに跳ね板の上まで進み出て行く。
船体と言う囲いの内から出た事で一挙に体感も増した潮風を受けながら、その際近くに歩を留めると。
巨鷲は畳んでいた両の翼を大きく広げ、ゆっくりと羽ばたかせ始めた。
最初、再度と繰り返し――三度目に羽ばたいた時にはもう、両脚が板目から離昇して行く。
人間をその背に乗せて、苦にもしないでいられる程の雄大な体躯を誇りし大空覇鷲にとって。
既に総員戦闘配置を下令、中央帆柱上へ戦闘旗を掲げた臨戦態勢での急行中であるだけに。
通常の自然風は元より、空気流を造り出す魔導具によるそれも加えた合成風で帆をいっぱいに撓めて航走中の母船からの離昇は、容易な事であった。
船上の将兵へ向け、ナダーが発艦の敬礼を送る間にも。
高さを増し続けて行く視界は直ぐに中央帆柱の頭頂を超えて――対舷側からは、向こうもほぼ同じタイミングで発艦したカントとその愛騎が姿を現して来る。
大雑把に向かう方位との位置関係から、そのまま騎首を巡らすだけで良かったので。
「お先!」とばかりに飛翔へ移ったカント騎を追って。
ナダーも愛騎を大きく旋回させ、母船の頭上を飛び抜けながらそちらを目指す。
「ははっ、今日も絶好調だな? いい加速だ」
もちろん向こうとて、全力で飛ばしているわけでも無いとは言えだ。
少なからず付けられていたスタートダッシュでの差をものともせずあっさりと追い付き、並びかけた愛騎の力強い飛翔を確かめて。ナダーは満足げにつぶやく。
羽を並べて悠然と飛翔して行く、炎の如し色鮮やかな緋色を主にする羽毛をまとった二騎の巨鷲。
翼手亜竜を代表格に、それらの騎乗が可能な幻想生物種を駆って大空へと進出した飛空騎士たち。
彼らによって実現されて幾久しいのが、この世界の航空戦力であったが。
ナダーたちが駆っている巨大な鷲、大空覇鷲は。
それらの内でも〝魔素の力を介さずとも乗騎として空を征く事が可能だ〟と言う、特異な存在であった。
基本的には超常生物――「魔物」と言う総称が用いられる場合も多い、魔素に活性な生物たちの中で。
それに根ざした飛翔能力を有している種の内の幾つかが、乗騎として使役されているのが通例である処において。
非超常生物でありながらも、唯一そこに伍している大空覇鷲は。
そうした「魔物」ではない通常生物の枠内での、猛禽類たちの頂点に座す存在だった。
そんな巨鷲の背に乗って、ナダーたちが目指して行こうとするその先は――。
自邦の港を介しての魔導双話による救援要請を報せて来た、自邦らの船隊がいる筈の海域で。
折悪しくも彼らはそこで海賊船隊と遭遇し、追尾されていると言うのだ。
むろんの事ナダーたちの母船である〔リバティ号〕も、援軍に向かうべく戦闘態勢で航走していたわけだけれども。
そこでまず飛空騎を送り出し、より正確な情報を得る事を狙うと言うのが第一の目的であった。
『〔リバティ号〕より飛空騎隊へ、状況を知らせ。どうだ? 何か見えるか?』
そこに入って来る、母船上で魔導双話具のもう片方を持っての管制を担う通信員からの問いかけに。
『いや、こちらもまだ何もだ』
自身からのハンドサインでの問いに、大きく頭を左右に振ってカントが応じて寄越すのも確かめてから。
ナダーは手元の魔導双話具に向け、そう返す。
順調に高度を上げつつ進んではいるものの、今日の空域には各所でそれなりに雲も出ており。
目指す前方の眼下に目標とおぼしき影は、まだ見出せていなかった。
僚騎とは、互いに左右を分担する格好で水平線上へと目を凝らしつつ。
時折そうやってハンドサインの交換で、互いに意志疎通を図っている格好だったが。
相応には希少な代物である魔導双話具を。
互いの間にも配備できる様な余裕は無いのだから、こればかりは仕方が無い。
「これでも以前に比べれば、改善されては〝いる筈〟なのだから。贅沢な悩みだって言われてしまうのだろうがな……」
誰言うでも無しに、ナダーはそうひとりごちる。
こうして偵察騎として出て――それで〝結果〟を戻って伝えるまでも無く。
即時的な疎通を可能に出来る魔導具の、その存在の価値と言うものを実感させられる事はしきりであったのだけども。
だからこそ、逆に。
編隊長騎と母船ないしは自陣営間のやり取りだけで無く、編隊の各騎間でも同様にする事が出来れば。
「各騎がバラけての、より広範な索敵線を展開したりする様な事も。あるいは可能になるかもしれない……」
現場の人間ならではな発想での〝そんな可能性〟にも思いは馳せつつ、ナダーの目は眼下へ懸命に凝らされていた。
(むっ!?)
と、そんな中でナダーが再び僚騎の方を見やると。
鞍脇から取り出した「遠見の魔筒」を目に当てて、カントはじっとある方向を注視していた。
そして魔筒を降ろすと、おもむろにハンドサインを送って寄越す。
その意味する事はすなわち、「見つけた!」だ。
彼が指し示した雲の切れ間の方へ、交代でナダーが自身でも魔筒を向けると――。
各所に損傷を負いながら必死に逃げている自邦の旗を掲げた帆船に、中小複数の海賊船が群狼の如く追いすがりつつ襲いかかっている。
そんな光景が、魔導による望遠鏡の視界内へ映し出された。
『飛空騎隊より、〔リバティ号〕! 目標発見! 状況は切迫と判断、ただちに援護へ入る! 位置は――』
確認した状況から、もはや一刻を争う段階だと判断し。
ナダーは即座に風圧除けのゴーグルを下ろすと、愛騎をそちらへ向けての降下に移らせながら魔導双話具へ向け叫んだ。
阿吽の呼吸で追随するカントが、後背の宙空へ着火した落烽火を投げ落とす。
上空にいる飛空騎が可燃物を詰めた袋に着火し投下する事で、落下して行く空中へ煙や炎の線が引かれて流れる。
謂わば地上で上げる狼煙の逆回し版であり。魔導双話によって伝える位置情報を補完する、時限式の目印となるものだ。
状況的に、まだ若干の猶予がありそうならば――。
一騎が母船の近くまで引き返し、その前方上空で誘導して行く形とする事で迅速な戦力投入の集中を狙う場合もあるのだが。
今回は直ちに介入をせねば危ういと見て、まず彼らだけで仕掛けると言う判断をしたが為の代替策であった。
本格的な救援の展開は、軍船である彼らが母船の到着を待たねばならないのだとしても。
「それまでの猶予は、〝放たれし矢〟である飛空騎隊の役目だ!」
自らを鼓舞する様にそう言うや、海面に向け伸びて行く煙柱を背に急降下へ移る二騎の大空覇鷲。
彼らが初撃で狙うのは――追尾しながらの攻撃を続ける僚船たちを尻目に、軽快な機動性を発揮し側面から回り込む針路を取っている一隻の小型海賊船。
近距離スプリンター的なフネと言うべき、ガレー船のその特性を存分に発揮しての。こうした状況下における船足の速さは伊達ではない。
獲物である自邦の船の進路を、先回りして真っ正面から押さえようとしているその動きを妨げる存在がいなければ。
その狙い通りに頭を押さえられる格好となって、我が邦の帆船はその行き足を大幅に鈍らされ、追いつかれてしまうだろう。
故にまずはその阻止を! と仕掛けるナダーたちの攻撃は、見事な奇襲となった。
「吠えろッ、魔填杖! 術式解放!」
愛騎の首元に巻く革帯の挿し口から抜き取った、複雑な装飾が施されし魔杖を片手に。
ナダーが〝力ある言葉〟を唱えると――構えた魔杖の先端から、眼下の敵海賊船へ魔術の炎弾が飛び出して行く。
「魔物」ではない彼らの大空覇鷲には、翼手亜竜ら超常生物騎の様な魔咆射を放つ能力が無い故に。
騎手である飛空騎士が、攻撃魔術を充填した魔道具の兵装を携行し、その代用としているのだ。
斜め上空から撃ち降ろす格好となった炎弾は、加速も付けつつ海賊船の船体を左舷に掠めて落ちる!
至近弾――ではない。
そこで忙しなく動いている多数の櫂棒、それらのど真ん中を捉えて。放たれた〈魔炎爆華〉の魔術がその威力を解き放った!
直下の海面も巻き込んだ魔炎の爆裂が櫂棒の大半を打ち砕き、漕ぎ手たちが甲板上へ打ち倒される。
「よおし、とどめは任された!」
狙い通りの初撃を終え、離脱に入っているナダー騎と入れ替わりで。
続いての急降下を仕掛けて行くカント騎が、海賊ガレー船に向け今度は自身が魔填杖を解き放つ。
一撃で片舷の推進力を喪失し。つんのめる様にその行き足を止められ這う様に、ただ惰性で動くのみとなっていた船体のど真ん中を今度は直撃されて。
海賊たちの悲鳴と共に、ガレー船の甲板上は瞬時に火炎地獄と化した。
奇襲からの連係攻撃――まず行き足を止め、それで動きの鈍った敵を確実に仕留めると言う、理想的な初撃を見事に成功させたナダーたちだったが。
本当に大事なのは、むしろここからだ。
海賊たちも襲撃に夢中だったからこそ、相乗効果的な奇襲が見事に決まる形となったわけだが。
その戦果として見れば、小型船を一隻仕留めただけで。旗船であろう中型の帆船以下、追撃中の敵勢はまだまだ健在。
そして奇襲のアドバンテージはもう存在しない。
頭上に敵飛空騎が現れたぞ! と言う事で。
各海賊船の船上では弓兵や、魔杖を手にする魔導士たちが頭上を睨み。
また中型船の甲板上では、それらに加えて弩砲が大わらわで上空へと向け直されようとしており。
ナダーたちとしても、再び急降下で肉薄して魔填杖の魔術を叩き込む様な機動は。
かなり危険な行動に、もう変化している。
とは言え、対応を強いられた事で。
連中の行き足は確実に抑止されているわけだから、それで良いと言う話なのだが。
そして海賊船群の頭上を押さえたままのナダーたちが選べる戦術も、無論それだけでは無い。
多分に牽制だろう弩砲からの一射も、まず届かぬ高度まで再上昇して来たカントと意思疎通を交わして。
ナダーは群狼どもの統率役と目される、最後尾に付く中型船を追撃の標的に定めた。
海賊船群の中では目立って大きな目標となる為、純粋に狙いやすいと言うのもあったが。
旗船に一撃を食らわせ、それどころでは無くしてやる事で。
軽快な機動性を武器としている、健在なままの残る小型船たちにも。
「母船が危ない!?」との動揺を誘う、波及が期待できるだろうと言うのも有る。
「次ッ、行くぞ!」
更に少し高度を取ってからの緩降下に入ったナダーの〔白頭〕が。その加速を利用し、抱えて来ていた革袋を切り離す。
「ヨシ! どんぴしゃだ!」
中型海賊船へ向けての落下軌道にあるそれを、急降下で追うカントが。
持ち替えた新たな魔填杖の先端を向け、充填されし炎魔法の術式を解き放つ。
飛び出した魔術の炎弾が一気に革袋に追いつき、空中に派手な爆発の華を広げた!
魔法の威力だけでは、無論そうはならない。
丸く膨れた革袋の中には、燐や硫黄などの可燃物も混ぜ込んだ油脂が詰められており。
投下したそれを、魔咆射の炎弾や魔填杖の火魔術で破裂させて広範囲に炎の雨をばらまく、飛空騎ならではの空襲で。
前線の砦や軍船の様な相手に対しての、特に有効な攻め手だとされていた。
実際、炎の雨に降り注がれた中型海賊船の甲板上はたちどころに阿鼻叫喚の場と化している。
小さな炎の散弾を浴びせかけられた様なものであり、全身に帆を広げて進む帆船にとっては魔術の炎一つに直撃されるよりかむしろ恐ろしい攻撃となる格好だ。
「どうだッ!?」
確かに手応えを覚えつつ、標的の状態を見定めんとカントは目をこらす。
与えた打撃の度合い次第で、次の標的も変わって来るからだ。
同胞を救う為の戦闘であるが故に。そんな彼の行動も、無理からぬものではあっただろう。
しかし本来的には禁忌とされる事をしてしまったその代償は、やはり高く付く事となる。
攻撃の成果確認と判定を。カントもしてしまっていると言う状況に、舌打ちしたくなる気分で。
やむを得ず頭上を見上げたナダーの目に。
そのカント騎めがけての急降下をかける、全身赤褐色な敵騎の騎影が映る!
「カント! 躱せッ!」
ナダーの全力の警告もかき消す騎竜の咆哮に、カントがはっ!? と頭上を見上げるが――しかし既に、手遅れだった!
太陽を背に逆落としを掛けて来た翼手亜竜の、牙の並んだ顎が魔咆射を放った。
避けようも無く炎弾の直撃を受けたカント騎は、一瞬で全身火達磨となって墜ちて行く。
その途上で大小二つの炎塊に分かれ、それぞれが波間に飛沫を立てて沈む――それが彼らの終焉だった……。
(続く)
地球世界の歴史上においては、帆船の船首楼は徐々に縮小化を辿って行く流れになっていたのですが。
対して本作の舞台である異世界エリドゥでは、そうした傾向はあまり見られないと言う相異があります。
その〝理由〟となるものが、今回の劇中にて描かれた通りでして。
艦載騎として派遣されて、その船を母艦としての偵察騎や連絡騎の役目を担う飛空生物騎たちの。
離発着場および船内厩舎を兼ねる区画としての役割を持たされる様になっているから~と言う、ファンタジーな異世界ならではの事情に基づいての相異である格好となりますね。
※そんな船側における受け入れと運用の責任者となる「掌飛長」なんて言う、地球世界にはそもそも的に存在しえないポストがあったりするのも~ですが。
性質的には、現代の軍艦や巡視船がヘリコプターを搭載するのに――と言うよりも、むしろ第二次世界大戦の頃までの巡洋艦などが。
そうした用途に用いる為の単発水上偵察機や水上観測機を搭載していた~と言うのに近いかもしれません。
もっともこちらの飛空騎たちは、単に偵察や連絡任務だけではなく。
実際には今話の劇中で描かれた様な対水上船・対地上目標への攻撃や、敵飛空騎との制空戦闘までも行っているわけですので。
発揮しているその速度や飛行高度帯は別にして、そうした多用途騎であると言う意味では。
感覚的にはむしろ、ゲーム『艦隊これくしょん―艦これ―』のおかげで、それ以前に比してかなり知名度も向上した万能水上偵察機〔瑞雲〕あたりが。
イメージ的にはより近しい存在であると、そんな風に言えたりもするのかもしれませんね(笑)。





