魔導船〔ファルカン号〕④(後編)
(承前)
ともあれ、その様な配慮も功を奏して。
始められた〔ファルカン号〕救援の為の現場活動は、概ね順調な進捗を見せていた。
合同調査部隊側が想定して来た、支援活動として実施する事を大まかに言えば。
同船と言うハードウェア本体の状態確認、そして乗組員たちへの即時的な支援の二本柱に大別される。
この地へと漂着した同船は、そもそもの発端となった謎の武装船団からの攻撃を受けて損傷し。またその窮地から脱するための非常手段として、動力源だと言う魔導機関なる主機に無理をさせた結果。
現在ではその機能を喪って、帆走による航走しか出来ない状態になっていると言う話であったので。
まずは〔ファルカン号〕の船体の状態を確認。負っているそのダメージの状態を見た上で、ひとまずの航行に耐え得そうか否か?
その切り分けを、判断する事になる。
結果として、支障が無い様であれば。
護衛役として随伴して来ている〔いそかぜ〕によって、仮設前進基地脇の泊地まで曳航して。そこで船体の修理等、本格的な支援を実施する想定だ。
逆にもし船体のダメージが、もう航行には耐えられないレベルだと判断される状態にまで達している様であれば――。
その時はここでフネは放棄として、乗組員たちと重要な積荷だけを〔かもい〕で収容して帰投する事になるわけなので。
いずれ最終的には、マズダ連合へと送還するに当たっても。そこに〔ファルカン号〕の姿が伴っているのか否か? と言う部分を分ける事にもなる、大事な処だと言う話になるが。
とにもかくにも、まずは先方側の協力も得つつフネ自体の状態確認を行わねばならない。
そういうわけで、まずは船体の内外両方から。そこを把握する為の作業に着手されたのだったが、その中で。
異様な威容で〔ファルカン号〕を驚かせる側であった地球人たちが。一転して驚かされる側に回る事が多くなると言う、既にパターン化している展開がここでも。
その規模を拡大しながら、繰り返される格好となった事は言うまでもない。
中でも一番それを実感させられる立場となったのが、船底の状況を確認すべく潜水用具を身に付けて海中へと潜った海自隊員たちであった。
いくら事前に話は聞かされて、また〔ゼーアドラー〕の機載カメラの映像でも目にしてこそいたとは言えどもだ。
下半身は魚形をした男女たちが、こちらが身に付ける潜水装備にも興味津々な様子を見せながら一緒に泳いで誘導をしてくれている……。
現実にそんな状況の只中にと在りながら、普段同様の平常心を保つと言う事も流石に無理難題ではあるだろう。
洞口側から照らす陽光に、自分たちが手にする水中ライトの光も加わった海中で。半人半魚形をした男女が自在に舞い泳ぐ様は。
ここが異世界なのだと言う事を、これ以上無く端的に実感させる――まさに幻想的な光景そのものだと言えたかもしれない。
(なんだけどなァ……)
もっとも、そうした状況である事自体にはなんら間違いないのだけれども。
さながら喉に小骨が刺さったかの様な〝微妙さ〟を覚えさせられる点も、同時に在ったのだった。
「人魚ってさ……もっとこう、違うイメージだったと言うかなぁ……」
奥歯にものが挟まったかの様な、そんな微妙な言い方にはなってしまうのだけども。
実際に今日ここで目にした、現実の人魚たちのそのお姿は――。
誰もが幼い頃から、絵本やアニメで慣れ親しんで来たマーメイドの姿でイメージされる〝それ〟とは、大分その様相を異にしていたからだ。
下半身が鱗に覆われた魚体ではなく、のっぺりしたイルカ類の様な皮膚であると言う事、それ自体もなのだけど。
同時にそれが、伊勢志摩の海女さんが身に着ける磯着の様な着衣の裾の中から伸びている……と言う辺りこそがだった。
着衣泳が普通だよ? と言う意味では。より人間に近い存在なのだと言えるのかも知れないわけだけれども。
逆の意味合いで人間くさく感じさせられてしまうと言うか、幻想性はかなり毀損されているのは間違い無い。
まあ、そんな具合に内心で密かに覚えさせられていた〝残念さ〟に関しては。
一通りの船底調査を終え、脇の岩棚へと上陸してから仲間内だけでひっそりと話題に上げていたそこで。
その辺りの疑問についても。先方と既にやり取りを交わし済みであった案内役の結城小隊の隊員たちから説明されて、解消させられるわけだったのだけれども。
「いえね、仕方ない事ですよ。メロウ種って、普通に下半身を人間体へ形態変化させて水上に上がって来るわけなんで。その時に最低限は着てないと、気まずくなるでしょう? お互いに……」
と言う、実にごもっともな理由を。
事実、視線の先でそうやって普通に人間のそれと変わらない二本の足を持った姿になって上がって来る、彼ら彼女らを目にしながら聞かされてしまっては。
慣れ親しんでいた幻想性への幻想などは、ぐうの音も出ないレベルで敢えなく粉砕されるしかないのであった……。
言うまでも無く、そうした微苦笑な話混じりの驚きが展開していた〔ファルカン号〕周りだけに留まらず、乗組員たちへの即時的な支援を始めていた〔かもい〕の側でも。
異世界のヒト型類を初めて受け入れるのに伴っての驚きは、やはり展開されていた。
とりあえず先方では現状、食料や飲料水と言った基本的な生活物資についての不足は無い模様であると言う事で。
まずは治癒魔法では治せない病気や、負傷自体は処置した筈が予後の状態が思わしくない状態で伏せっていると言う船員たちを。
最優先で〔かもい〕へと搬送して。艦内に整えられている医療区画へ収容し、各々の診断と処置に当たると言う処から着手されていた。
もちろん相手が、少し違う身体の造りをした人類種たちを普通に交えていると言う事で。
昨日に前進基地で、そんな一人でもある騎士マリオとシルヴィア両卿の処置にと当たったばかりの医官たちの中からも。空路〔ホスプレイ〕で追いかける形でもって、応援に派遣されてはいたのだけど。
それでもこの世界のヒト種たちは、生物的に実に多彩多様であると言う事実を踏まえれば。
当然ながら、先方の医療関係者たちとの協力が必要になる事は言うまでもなく。
現代地球世界の科学技術の粋を集めた設備機材に圧倒されたり、興味深々になる彼らを宥めつつ。
地球人類――この世界における常人と同義でもあるが――とは形状が異なっていたり、そもそも存在しない部位を持っていたりさえもする人類種を相手に。手探りでの臨床対応にと挑む彼らは。
違う意味で、まさに最前線に立つ人々であると言えたのは間違いなかった。
例えば、シルヴィア卿の様な森人種であれば。
身体的には人間(常人)の耳に比べて、その形が尖っていたりと言うくらいの差であるわけだが。
これがターニャ卿の様な獣人種となれば。
動物のそれの形をした耳が、頭骨の頂部側と言う異なる位置に付いている上に。尾てい骨からは、やはり同じ動物種のそれの形をした尻尾も生えていると言う身体構造上の形質が。もう決定的に違っているわけで。
更には〔ファルカン号〕で待っていた他の乗組員たちの中には。
天使の様な背中に一対の翼を生やした種族はいるわ、下半身を大蛇やイルカ類のそれにと形態変化させる種族までもが実在してしまっている始末であったわけだからして。
「これからは、医者も。獣医としての知見をも求められる様になるのかもしれないな……」
この初接触時の医療当事者となった者たちが、一様に覚えさせられていた驚きの気分を体現したものであろうそんな言葉こそが。
或いは当時の実状と言うものを、もっとも端的に表現していたのかも知れなかった。
そんな具合に、〔ファルカン号〕救援部隊として派遣されている自衛官たちの殆どが。
初遭遇となるこの世界の多彩なヒト型類たちのその姿形に。
そして実に不可思議だとしか言い様が無い、その身体的な特徴や発揮される能力を現実に目の当たりにさせられたりして、大いに驚かされていた事は確かであったのだけど。
しかしそれでも。互いに言葉を交わしてのやり取りで、基本的には問題なく意志の疎通が出来ると言うのが。
やはり何よりも増して大きなファクターであったのだろう事もまた、紛れもない事実だと。
それを証明する様な「現実」が、今まさに展開されている最中である事を。誰もが否定し得ないのは確かな様相となっていた。
そして更に、救援部隊側の事前想定をも超えるスマッシュヒットとなったのが。
〔ファルカン号〕の乗組員たちへの慰労の意味合いで打診された、〔かもい〕艦内での入浴支援の提供であった。
元々が有事に陸自の部隊を受け容れて移送する事を目的とするフネだけに。
彼女たち〔いらこ〕型輸送揚陸艦には、通常の艦艇に比してもより充実した浴場設備が元より備えられており。
更には大規模な災害の被災者たちへの支援として提供される事も有る、陸自の野外入浴ユニットに類似の仮設浴場設備も艦内格納庫の一角に展開設置して。
その対応能力を更に増強させる事もできる。
今回の新大陸調査部隊の派遣に当たっては、現地での仮設前進基地施設の設営が進展するまでの間は。そうして代理供用が出来る様にと準備されていたので。
思いがけずもそれが、ここでも役に立ってくれると言う格好となっていたわけだが。
一昨日の前進基地でのフィオナ姫一行からの聴取に、またその夜に実際提供されてみての好反応からも。
先方にも喜ばれそうなものの一つになるのではないか? と目されてはいたのだったけれど。
いざそれを提示してみた時の、実際の先方からの反応が。
それはもう、思わず目を見張らされる程の劇的な反応であったのだった。
如何に便利な「浄化の魔術」によって、清潔さ自体は維持出来ているとは言えだ。
身体を湯に浸からせてゆったりと寛ぐと言う習慣が、文化として日常の中に根付いているマズダ連合の人々にしてみれば。
それが絶たれたままであると言う状況に覚える渇望、フラストレーションは相当なものであったと言う事なのだろう。
「ほっ、本当ですか!?」
「いいのかよ!?」
「うほっ! ありがてえぜ!」
と言った具合に、それぞれなりの歓喜の声――と言うより、もう雄叫びに近いくらいだったけれども――がそこここで。
異口同音に、そして一斉に、見事なハモりを見せていた。
かくして非直の者たちのグループから順番に。
汎用揚陸艇で〔かもい〕の艦内へと運ばれては、分かれてその艦内で入浴の支援を受ける事となった彼らは。
フィオナ姫たちから2日遅れで同様に。実に母邦を出航する前日以来となる、久方ぶりの入浴を満喫する事になる。
もちろんそこまでの短い未知なる船旅に、迎え入れられた浮かべる城砦が如き異国の箱船の内部の姿に。そして案内された浴場に備えられたシャワーなどにも、大いに驚かされ続けながらも。
それでも渇望していた温かな湯船へと身を浸らせて、その心地よさを思い出せば……。
良い方の意味合いで、細かい事はどうでも良くなると言うか。未知が過ぎる相手に対しての警戒感の部分も、自然と解されて行く。
まさに胃袋を掴むと言うやつにも類似する、人心地を付かされまくりな気分になっている処であったかもしれない。
いろいろともう、理解の範疇を超えまくっている様な存在だと言う事は確かであってもだ。
その一方ではこうして、凄くシンパシーを覚える様な部分を同時に持ちあわせている相手でもあったと言う、そんな事実を。
(ありがたく思うべきだよな……って、素直に受け容れてもいいのかも知れないなァ……!)
と言う、そうした所謂「裸の付き合い」(自衛隊員たちの側も交代で、浴場付帯設備の使用の実演解説をしたりなどの補助もしていた)を通じて。ぐっと近付く心の距離のままに。
おのずと醸成されて行く方向へと向かうのであった……。
水平線に陽が傾きつつある洋上を、威風堂々と進む二隻の自衛艦。
先頭に立つ護衛艦〔いそかぜ〕によって曳航されている、〔ファルカン号〕をその間に挟んだ単縦陣を形作って。彼女たちは一路、拠点泊地へ引き返す途上にあった。
両自衛艦側は通信装置、〔ファルカン号〕側は魔導双話具の片方を。それぞれ携えた連絡要員を、双方が相手側に派遣する形で交換して。
いつでもダイレクトなやり取りが交わせるようにと言う、配慮もされていたのだったが。
幸いこれまでの処は特段の問題も無い、順調な航海となっていた。
曳航される〔ファルカン号〕の側では、受動的なものとなるしかないここでのフネの運航には直接関わらない乗組員たちを。
後方に付いた輸送揚陸艦〔かもい〕へと移乗させて、身軽な状態となってはいたのだったけれども。
先導する曳航艦の方も、明らかに気を遣った機動をしてくれており。
ありていに言えば余裕のある航海となっていた為に。
その分も、今度は船上から彼らのフネの姿を。
実際の航海――いわば生きた状態でのものとして、観る事が出来る格好であるとは言えた。
無論、それぞれが自身の役割はきちんとこなしはしつつも。
驚きと感嘆、賞賛あるいは畏敬も入り混じった眼で。眼前の巨大な擬魔導船たちの、浮かべる城が如き勇姿を見上げていたのであった。
もっとも、そうして彼らが思っている程には地球人側に対しても。決して一方的な圧倒をされるだけの構図だったわけではなくて。
自衛隊の方にもまた同様に。エリドゥ側から相応の驚きを与えられるものが、ちゃんと展開されてもいたのだったが……。
「しかし、あのフネには……本気で驚かされましたね? 艦長」
艦橋横の露天部分に出て、専用の双眼鏡で前を行く〔ファルカン号〕の姿を見やっていた〔かもい〕の迫水艦長に。
当直員を務めるベテランの海曹が語りかけた。
「そうだな。普通に帆船の姿こそはしていても、どうやら〝我々が知る帆船〟と同じに考えてはならないのは、確かだろうね」
首肯して迫水二佐も、その言葉に同意を返す。
眼前の〔ファルカン号〕――近代型の帆船として連想する類の、それにと見える姿形をしているフネは。
なかなかどうして、彼らをして驚かされる様な。まさにこの世界の代物ならではの能力を、見事に発揮して見せてくれていたのだった……。
一通りの船体の状態調査の結果。〔ファルカン号〕の喫水線付近から下部に損傷は認められず、外洋航行に支障は無しと言う判断が下された事で。
その場合の想定通りに、護衛艦〔いそかぜ〕による曳航で仮設前進基地脇の泊地へと迎え入れるその為に。
抜錨した〔いそかぜ〕は入り江内で回頭を済ませ、曳航作業への準備を進めながら相手の出渠を待っていた。
主機に相当する魔導機関とやらの機能を喪っていると言う〔ファルカン号〕が。その動力源に出来るのは、非常手段として備えられている帆走装備となる筈だが。
しかし同船は天然のシェルターとなる海食洞の中へと、船首から突っ込んで停泊している格好であったので。
海食洞の幅からして、内部での回頭はそもそも不可能で。
果たしてどうするつもりなのだろう? と言う、まずは手始めに船尾から曳航する形で引き出す処から……のつもりでいたのだったが。
それについては、心配ご無用との回答を提示されて。
(そう言うからには、自力でどうにか出来る当てがあると言う事だが……?)
果たしてどんな手をもっているのやら? 興味深く拝見させて頂こうか。
と言う、そんなつもりの構えでいたのだったけれども。
そうしたら何と、さながらプッシュバックされる飛行機を思わせる様にそろそろと。船尾からそのまま真っ直ぐに、自力で洞内より出て来たわけなので。
それを目にした誰もが一様に、驚かされるしかなかった。
そも後進と言うのは、自分たちの知る帆船においては非常に高度な機動となるわけだが――魔法の力が存在するエリドゥであれば。
あるいは風魔術で人為的に発生させた空気流を裏帆に向ける手法を用いたりして、自分たちに比べればまだ普通にそれが可能ではあるのかも知れない。
しかし眼前の〔ファルカン号〕は、その備えた帆を今も一切展帆させてもいないままなのだから。
たとえそれが通常の機動であったとしても、動いている事それ自体が不可思議だと言う話になる。
かと言って、蒸気機関による動力走を帆走と併用出来る様になった近代型の帆船(汽帆船)の様な、外輪なりスクリューなりの動力装置を備えているわけでは無い事も。船体状況の調査の過程で併せて確認していたので尚更に。
ならばどうやって動いているのか? と言う点が、大いに謎であった。
もちろんその正体それ自体も謎ではあるが、何かしらの動力システムが有るのだとしてもだ。
そもそもそれを動かす為の主機たる魔導機関とやらがおしゃかになっていると言う状況下では、それも無用の長物と化していた筈では無かったのか? と言う疑問の解消にはならない。
目の前で展開されている現実と、認識から導き出される答えが一致しない状況に戸惑っている彼らの眼前で。
入り江内へと後進で進入して来た〔ファルカン号〕は、そこで更に。
元地球人たちをして、唖然とさせられる以外に無い様な信じ難い機動へと移行したのだから。
「おいおいおい!? ……嘘だろ!?」
「そんな……バカな!?」
「帆船に、あんな動きが……出来るものなのか?」
それを目の当たりにした救援部隊の自衛官たちから一斉に、そうした驚きの呻き声が上がったのも無理はあるまい。
陸側からひとまず充分に距離を取った処で、後進を惰性での勢いのみにした〔ファルカン号〕は。
変わってその場で、船体の中心を軸として時計回りに。船首を湾口に向ける様にくるりと反転旋回をし始めたのだ!
(まるで、超信地旋回じゃないか……!)
眼前に見る光景は、思わずそんな連想を浮かばされるものであった。
戦車も含めた、履帯――或いは無限軌道と言った方が通りがいいかも知れない――を装備する装軌車両たち。
それらの多くが行える、左右の履帯を互いに逆方向へ等速回転させる事によって、車体の中心を軸にしてその場で旋回する機動を想起させる動きであったからだが。
とは言え、その為の動力はどうなって? と言う疑問自体は依然解消されていない。
どころか直前までの自力後進など、むしろかわいいものだとさえ言えるレベルの衝撃となる、超信地旋回を決めてみせる外洋帆船と言う光景であった。
そんな現実に対しての驚愕は当然覚えさせられたままに、それでもそこはプロらしく。
淀みなく曳航に向けてのロープの差し渡しなど、〔いそかぜ〕側でも対応は普通に進められて行ったわけだけれども。
それを見守る側である〔かもい〕の方では、そうする余裕がある為に。
乗り組んで来た〔ファルカン号〕からの連絡士官に対して、早速その疑問はぶつけられる事となり。
そうして説明された疑問に対する回答と、それを通して知る事となる〔ファルカン号〕ならではの能力。
ひいてはそれらを通して、この世界の魔導技術と言うものへの知見を得る事にも繋がって行くのだった……。
スクリューを備えているわけではない〔ファルカン号〕が。
帆にも依らずに自力で移動も、あまつさえその場での旋回さえも出来てしまうその秘密とは――。
彼女の船体状態を確認すべく、内外から船底部を調べに入っていた海自隊員たちは気が付いていた謎の構造物にあった。
喫水線下の船体下部両舷をそれぞれ、船首から船尾まで一本に繋がる形で水面とは並行に貫通して設けられている導水管様の構造物。
浮かんでいる限りは常に海水で満たされている、その導水管の内部で。
水魔法を用いて海水を加圧しつつ後方、もしくは逆に前方へ噴出させる事でもって推力を得ると言うのが、〔ファルカン号〕の〝全く新しい発想〟による推進方式であるのだと聞かされては。
(つまりは、魔法の世界であるこのエリドゥなりのアプローチで。謂わば魔導式のウォータージェット推進の発想と、その実現へと到達したと言う事か!)
との驚きを、抱かされるよりかは他に無い話であった。
いや、ウォータージェット推進を採用するフネと言う事であれば、自分たちとて保有していないわけではない。
海自の高速ミサイル艇や、海保の快速巡視船の数船級がそうであったし。
あるいは数隻がこちらへ転移した、小型水上戦闘艦と総称される合衆国海軍の新世代型フリゲート――ミニ・イージス艦でもある〔フリーダム〕と〔インディペンデンス〕の両級と言った水上艦艇に、一部の反応動力潜水艦も該当するのだけれども。
しかしそれらの推進器はジェット噴射構造内部に、インペラと呼ばれる小型の高速回転プロペラを備えているのに対して。
〔ファルカン号〕のそれは、その内部に回転系推力発生器を一切持っていないと言う意味で。
さしずめ、〝擬似超伝導電磁推進〟とも呼べそうな方式だと言う事になるかもしれない。
もちろん、実際には魔導と言う技術が用いられているとしてもだ。
物理的な装置のその形としては、がらんどうだと言う事になってしまうわけだからして。
まさに魔法か! と言う、呆れと関心をない交ぜにした気分にさせられる類の現実であった。
〔ファルカン号〕では、そんな魔導的な推進システムを稼働させる為に。主機である魔導機関を用いているわけだが。
水魔法の術式を導水管の部分へと送って稼働させるの自体は、短時間・低出力であればエンヤ船長を筆頭とした術者たちが。代わりに自身の魔力を送り込む事でも、作動させる事自体は可能だと言う話で。
後進で海食洞内から自力で出て来たのも、そもそも決して幅が広くはないそこへと上手く進入させていたのも。
全てはそうして、違う意味でのヒトの力でもってフネを動かしていたのだと言う事で。
その辺りは確実に、魔導文明のエリドゥの機械装置ならではの優位点である事は間違いないであろう。
そして〔ファルカン号〕の見せたその場での回頭を、超信地旋回だと思ったその感覚も。間違ってはいなかったと言う事になる。
車両とフネ、履帯とウォータージェットの相異こそはあるとしても。
左右両舷の推進力を互いに逆方向へ均等に向ける事で、その場で旋回する機動と言う概要自体では全く同一の事であろうから。
(もしかしたら、この技術は。求められるものにとなるかもしれない……)
奇しくも双方が、揃って同時にそんな予感を抱く様な格好ともなりつつ。
異なる二つの世界の住人同士の出逢いは、また一つ。
その次なる段階へと進むべくの、船出を迎えたのであった。





