魔導船〔ファルカン号〕③
仮泊地の外縁部の数か所に置く監視所での当直に就く者や、体調を崩して伏せっている者らと言った例外を除いた〔ファルカン号〕乗組の総員へと呼集が掛けられて。
そうして集ってきた彼らの前にと立った、エンヤ船長とドノヴァン副長からの通達を受け。
その場にいる〔ファルカン号〕乗組員たちの視線は、フィオナ候女と騎士ターニャ卿の二人と、そして彼女らを伴ってやって来たニホンと言う国の結城小隊との間を。トライアングル状に目まぐるしく動く事となった。
それ程に。そこで開示された〝情報〟は、まさに驚くべきものだらけであったからだ……。
流れ着きし今居るこの地は。自分たちが誰一人として知る由も無い、未知なる大陸であり。
そして折しもそれを把握した上で大規模な調査にと乗り出して来ていたニホン国の、軍人であるユウキ二尉以下の一隊にと救援される形でもって。
期せずしての遭遇を果たす格好となったフィオナ候女たちを通じての、先方との接触が成され――その結果として様々な情報を得るのと共に、先方からの救援の打診があった。
「――熟考の結果、私と副長はその申し出をありがたく受けるべきと言う結論に達しました」
そんな新たに判明せし事実を明かした上で、決定に至った事を各員に達するエンヤ船長の言葉に。
乗組員たちの間からどよめきが上がったのは当然ながら、果たしてそれが驚きによるものなのか? それとも、訝しみの成分の方が多いのか? と言う辺りは、些か微妙な処ではあった。
話を聞く限りでは、やって来たのはそう変わらない時期であろうと言うのにも関わらず。ニホン国側は既に、ここが大陸だと言う事を把握した上で来ている事になるが。
もちろん、乗って来たあの魔導騎車を見れば。彼らが相応の文明力を有している相手であろう事は疑いないの自体は判るにしても。
(それにしたって、先に把握してから乗り出して来ているなどと言うのは、流石に吹かし過ぎでは?)
と、常識的には当然そう考える彼らを。
駄目押しとなる衝撃で殴り付けたのは、継いで口を開いたドノヴァン副長の言葉だった。
「あー、それなんだがな。先日来多くの諸君が遭遇した空駆ける怪物の正体もまた、ニホン国が操る代物なんだそうだ」
その一言が与えた衝撃は、それまでのざわめきを一瞬で途絶えさせる程のものであった。
当初は得体の知れない未知なる存在への怖れから、とにかく見つからない様に! と言う意識で、ひたすら身を隠してやり過ごす事を専らにしていたものが。
いざ遭遇して、身を隠しつつも多少なりとも観察をして来たフィオナ姫たちからの報告にと基づいて、以降は徐々に。
僅かながらでも観察を試みてみようと言う方向への意識付けもなされ始めて、木々の切れ目からほんの一瞬でも目を向けると言う様にと変わって行った結果。
そんな未確認飛空物体の姿形にも。全体的な特徴では似かよりつつも、幾種類かの相異がある事が確実だと判って来てはいた処だったのだけど。
それの正体もまた。ニホン国とやらの、ヒトが操る存在だったと言う話に。
(成程、空の高みから見下ろして回っていれば。見えるものも違って来るか……)
と言う、彼ら乗組員たちの大多数が魔導技師や職人であったからこそ逆に。
衝撃感と共にの、しかしある種の納得する感覚をも覚えさせられていた……。まさにそんな構図であったのだった。
そうして目をやった先では、そのニホン国の海兵たちだと言う青斑服の一隊が。海蝕洞の端――海に面した洞口近くで何やらやっている。
その仕草から見るに、どうやら結城二尉なる指揮官は魔導双話具での通話をしている様子で。
だとすればおそらくは、その根拠地だと言う基地との連絡を取っているのだろうと解釈は出来るわけだが。
しかし、彼らが使っているその双話の魔導具(とおぼしきもの)それ自体は。
自分たちが知るそれとは全く異なる様式の代物であるらしい事も、また瞭然であったので。
結果、そんな彼らの様子そのものもまた。
船長たちがそう判断するに至ったのを補強するものだったのだろうな……と、乗組員たちからはその様に受け取られていたのだった。
「我々を救援する為のフネは、既にこちらにと向かって航行中だそうです。フィオナ姫たちと結城二尉のお話では、まずそれに先立っての〝先触れとなるもの〟が空から来ると言う事ですから、まずはそれを待ってみましょう」
エンヤ船長はそう言って。この決定に不服がある者が居たとしても、まずは相手を知る事。
向こうから来てくれると言うのであれば、好都合。それを自身の目で見極めたその上で、各自が判断する様にと言うのを言外に示して通達を終える。
航行中ではなく、停泊中の状態下である以上は。
元より乗組員のほとんどが、自らの意思でもって参加しているプロジェクトであると言う、珍しい運用形態の存在である〔ファルカン号〕ならではの。
一方的に告げて黙って従う様に命ずるのではない、らしい形の提示であった。
そうして解散となり。どこか上の空になりつつも各自が中断させられた課業の再開、ないしは非番にと戻って暫し。
溺れ谷の形となる入り江の最奥に位置する海蝕洞である仮泊地から見て、左右両翼に壁の様に延びる岬の。
その左手側の先端部にとあつらえた、外海側を見張る南の監視所に詰めていた当直員から。魔導双話による緊急通報が入った。
『南方の空より、高速で接近する飛空物体あり! 通達のあったニホン国の飛空魔導騎と思われる』
即座に〔ファルカン号〕側でも、それを告げ知らせる大声が各所で上がってリレーされ。
一様にどうれと言う表情を浮かべた乗組員たちが、各々手を止めて外が見える洞口側にと急ぎ足で集まって来る。そして――。
「なっ!? あ、あれは……!」
「まるで……〝巨大な鉄のトンボ〟だ!」
誘導の為のビーコンを発信するのもあって、ずっとそこでの待機をしていた結城小隊と。それに付き合って一緒に居る格好を見せていた女騎士主従たちの周りで。
漸くその姿を現した存在を目にしての、〔ファルカン号〕乗組員たちから異口同音な驚きの声が上がった。
ことに仮泊地周辺の森林内を行動中に、頭上を駆け抜ける戦闘機たちと森の木々越しでの遭遇を経験していた者達にとっては。
それが轟かせていた飛行音と似た音が響いて来ていると言う点でも、まさに論より証拠と言うやつの具現化な様相であったと言えただろう。
「見ろ! 騎首にヒトが二人、乗っているぞ!?」
「こっちに向かって、手を振った!? あれが……ニホン国の飛空魔導騎だと言うのか!」
しかしながら、こうしてその姿を直接目にすると言うのはもちろん初めての事で。
その異様な姿形にも目を奪われている点においては、本当に初遭遇な者達と何ら変わりは無かった。
全体の形状はトンボを連想させる、やはりこちらも見た事も無い様な騎影の――しかし、オレンジ色の服と不思議な形の兜を被ったヒトが騎乗して操っているものだと、明らかに判る存在を前にして騒然とする彼らの只中で。
結城小隊と変わりない様子で、驚いたそぶりも見せずに平然とそれを見上げているフィオナ候女とターニャ卿に。
エンヤ船長は思わず尋ねる。
「姫様たちは、驚かれないのですね?」
「ええ、昨日にもうそれは済ませました」
「実は、あれをもっと大きくした様なやつに乗せて貰っちゃいましたからにゃあ……」
くすりと笑う様に首肯するフィオナ候女に、凄かったにゃあ……と目をきらきらさせて言うターニャ卿の。
そんな二人の様子が既に、何より雄弁な証明の一端ともなっていたと言えただろう。
とは言えそこはフィオナたちとて。単純に凄い凄いと、ただ見上げているだけでは無論なくて。
気になった事はしっかりと、悠斗たちにと尋ねても行くのだったが。
「でも新治三曹、あれは昨日見たものとは塗色合いが大分違ってますにゃ?」
「そうですね。あれは海上自衛隊のではなく、協力関係にある他組織の所属機です」
明らかな機体塗色の違いにと、直ぐに気付いたターニャが。
傍らに居た新治三曹にとそう尋ね、肯定を返されつつの簡便な説明を受ける。
その隣ではフィオナが。
事前に一通り聞かされていた、ニホン国側が流れとして行う予定の行動について。具体的にはどういう目的のものであるのか? と言うのを確認する様に、悠斗へ尋ねていた。
「結城二尉、彼らがああして入り江の上を飛んでいるのも?」
「ええ。ああやって飛びながら、上空より入り江内の水深を測定しています。まあ、簡易的なやり方にはなりますが」
そう応じる悠斗の言葉に、フィオナは成程……と言う表情で素直に頷くが。
そんなやり取りが端で聴こえるエンヤ船長とドノヴァン副長たちの方が、むしろ訝しみがいや増す処であった。
フネを浮かべる以上、座礁してしまわないようにと、その喫水の度合いと密接に関わる海底までの深さが重要になる事は言うまでもないとして。
その測定をフネの上から、それ用の道具や魔術を使って。或いは海岸線の近くならば直に潜って調べると言う、自分たちが識っている方法ではなく。
空中を飛行したまま、ただそれだけで如何にしたら水深測定が可能だと言うのか? 全くもって見当もつかない。
だが、わざわざハッタリをかます為だけにこんなパフォーマンスをしているとも思えない以上は。
(悔しいが、俺たちには想像もつかない様な何かしらの手段を。ニホン国の連中は持っているって事なんだろうな……)
と、それを面白くないなどと思うどころか、逆に気になって堪らないぜと。
いかにも腕利きの技術者らしく。目を爛々とさせながら内心でそうひとりごちているドノヴァン副長だった。
そうしてひとしきり入り江の上を飛び回っていた、その〝鉄のトンボ〟は。やがて調べが終わったらしく、くるりと騎首を巡らせて。
こちらが大勢で揃って見上げる方へと接近して来ると、それぞれ前方に何やらくるくる回る物が付いた左右の翼を振ってみせた。
「あれは……確か、友好の意を示す合図と言う事でしたね?」
それを眼にして呟かれたフィオナ候女の言葉に。
そんな仕草の意味する処を知らされる、船長副長と周囲の乗組員たち。
そのまま洞口に横一列に並んだ結城小隊の面々と、騎首に跨がっている二人とが互いに。
肘から上げた右手の先を額の横に当てる仕草――彼らの間における敬礼の様式だと言う事だった――を交わし合って。
そうしてやって来た時と同様に、その飛空魔導騎は水平線の向こうへ颯爽と飛び去って消えて行く。
「……何とも、豪快なやり方をなさるのですね?」
それを見送ってから、悠斗に向かって複雑な声音でそう呟きがてらに尋ねたエンヤ船長は。
対して返されたニホン国の青年士官の言葉に、いよいよ目を見張る事になった。
「何分、我々としてもこの地の詳細については、まだまだ調査の端緒を付けたばかりに過ぎません。事前に最低限は調べておかないと、うっかりフネも近寄らせられませんので」
(成程……物事の手順としては、確かに。理に適っているのでしょうね……)
もちろん純粋な技術の産物の方面においては。ドノヴァン副長を基準とすれば、素人とそう大差ない程度にしか理解は出来ていないかも知れない彼女でも。
ゼネラリスト的な意味合い上でならば十二分に、結城二尉の謂わんとする処は理解出来る。
自身も参画した魔導船〔ファルカン号〕は、全く新しい船舶用魔導技術の概念を、実証する為の存在であるが故に。
いくら支援の手を受ける為にとは言え、それを切り売りする以外の途が無さそうだと言う現実には。心中では複雑な想いを抱えざるを得なかったわけだが。
ところが、今し方見送ったニホン国の軍が使役するあの飛空魔導騎――いや、魔導騎に似た機械だと言う事だが――を目にしてしまっては。
(機密も何も、そもそも的に杞憂だったと言う事でしたか……!)
そんな〝ある種の敗北感〟にも類するものを、実感させられざるを得ない心境となるのだった。
とは言えそこは、やはり彼女とて同様に。
期せずして出逢う事となった、そんな〝未知なる相手〟と言う存在を前にしての。
前向きな好奇心が掻き立てられる事しきりでもあるのは、ドノヴァン副長とも全く同じであったわけだが。
もしかしたら、この予期せぬ出逢いから。
(想像だにさえする事もなかった、更なる先への途が拓けるかもしれない……)
直感的にそんな可能性を予見した彼女たちが抱いた〝それ〟は、間違いではなかった。
そんな未来にと通じる新たな出逢いが更なる奥行きを見せに来るのは、まだまだこれからだったのだから……。
と、そんな具合に〔ファルカン号〕の乗組員達に対しては。
現代地球世界の文明の技術力の精華を目の当たりにして、その存在と言う証拠をもっての納得を覚えて貰うのがてっとり早かろうと言う元地球人側のその狙いも。
どうやら目論見通りに行った様子であった。
地を駆ける軽両用機動車たちによっての来訪と言う、最初だけでも間違いなく掴みはOK! と言う格好になっていたその上で。
更には水上浮航機能をも披露する形で直接海蝕洞内へと乗り付けて見せる事で、更にそれへの驚きを掻き立ていた。
既にその時点でも狙い通りに、先方からの喰い付きっぷりが著しかったわけだが。
次いで目の当たりにした〔ゼーアドラー〕と言う存在が、それを更に凌ぐ衝撃感を与えたのは間違いなかった。
まさに「論より証拠」と言うやつを、実践されている格好であったわけだけれども。
驚愕をする事こそ当然ながらも、そこに未知なる代物に対する怖れや忌避感と言ったネガティブな反応は見られず。
むしろ真逆な、ある種の感動とも言えそうな興奮に沸き立っていたと言う辺りは。
流石に〔ファルカン号〕と言う〝特異点〟なればこそのものであっただろうし、その意味でも。異なる世界の住人同士の初遭遇が、そういう形でもって成された事は。
現世界側と、転移勢側のいずれにとっても。非常に幸運なものであろう事だけは確かだった……。
ともあれ、救援部隊を乗せた自衛隊のフネは明朝、湾内に投錨予定である事を悠斗から告げられて。
興奮冷めやらぬままに、〔ファルカン号〕側では課業の締めにと戻りつつの夕餉の支度へと向かうのだった。
フィオナ姫とターニャ卿の無事の帰還と、戻らなかったマリオ卿とシルヴィア卿の二人も負傷こそすれども命に別状は無いと言う朗報を祝い。
そして同時にその恩人であると言う、ニホン国の結城小隊を歓迎するべく。漂着生活で節約する事にしている酒保からの蔵出しも、エンヤ船長より指示されて。
幹部である悠斗と宍戸准尉の両名は、彼らと候女主従の双方をゲストとする船長主催の夕食会にと招かれ。
船長公室で、〔ファルカン号〕の各部門の長となる士官船員たちとの顔合わせも兼ねての会食の席に座る事となった。
また、稲田海曹長が代わって預かる他の下士官たちは。
〔ファルカン号〕が桟橋の如く横付けしている平らに広がる岩棚側で、一般船員たちの輪の中にと交じって。
大鍋で煮る主菜の他に、大皿に盛られた幾品かの肴も加えた心尽くしの料理を振る舞われながらの、歓談の一時を持つ格好になっていた。
流石に調理法であったり、香辛料などの調味料の違いがあるのは確かだったけれども。
どちらもそれぞれ、充分に美味しいと思える食事であった事は間違いなく。
特に地球世界における大航海時代の食事事情などの知識が、多少なりともあれば。
食材の状態や種類などの面で、この世界は――少なくとも〔ファルカン号〕レベルの代物がどれ程在るのか? と言うのは別にしても――比較にならない程に進んでいる事は明らかであった。
先立って夕方の時間帯には、船長副長の合意の下に結城小隊一行への開示が指示されて。
自衛官たちは〔ファルカン号〕の船内各部を、案内されながら見て回っていた事で。
蝋燭や油脂を使わない魔導の明かりであったり、船内にも空気が循環している事で湿気もあまり感じないと言った居住性などの点でも。
現代の科学技術によるそれにも迫る、この世界の魔導技術の精華と言うものを多々実感させられる処であったのだった。
同時にそうして結城小隊が、決して上辺だけの態度でない事は明らかな、賞賛の念の混じった驚きの反応を素直に示して見せている様子を目の当たりにすれば。
案内や担当部署で説明をする〔ファルカン号〕の人々の側としても、当然だが悪い気はしない。
むしろ〝凄い連中〟であるのは明らかな海兵たちに対しても。
自分たちの技術力の精華である〔ファルカン〕号が、逆に感銘を与え、認めさせるモノであるのだと言う事が実証されているわけだと。
ある種の手応えの様なものを感じさせられる――そうお返しが出来た格好かもしれないと、幾ばくなりか自信を取り戻させる結果となっていたのであった。
かくして船長公室と、船外の二カ所に分かれた格好で、それぞれなりの形式でもって。
双方の親睦の一時は大いに盛り上がり、また和やかに過ぎて行ったのだった……。
そうして迎えた翌朝。
〔ファルカン号〕側では普段通りに総員起こしがかかり、それぞれが毎朝の諸々に取り掛かって行く喧噪の下で。
既に早朝の自主鍛錬を行っていた結城小隊もまた、それに合わせる形で動き出した。
その中で迎える今朝の食事についても、結城小隊側が再びお呼ばれする格好での提供を受ける事となり。
稲田海曹長以下の8名は、昨夜親睦を深めた〔ファルカン号〕の船員たちの中にと交じって、交流しつつの朝食の一時を過ごす。
一方、悠斗と宍戸准尉の両名は今朝も船長公室へと招かれて。
昨日の前進基地でのそれを全く反転させた様な格好にて朝食を取りつつの、〔ファルカン号〕の幹部連との間で本日の流れについて確認を交わしていた。
昨日、攻撃兵装でなく探査用の機器を搭載して飛来した海保の〔ゼーアドラー〕による航空レーザー測深の結果。
眼前の入り江内は、基本的に海自の艦艇でも問題なく侵入出来るだけの水深が充分にあると言う判断が成されており。
救援の為に差し向けられた海自艦も湾口で沖留めせずに、入り江の中にまで進入して近付けると言うのは。
〔ファルカン号〕の曳航も考慮している上では都合が良い話であった。
流石に昨日の陸と空、その両方でのニホン国側の持てるその〝力〟を。具現化で目の当たりにした後なれば。
〔ファルカン号〕側の人々としても、彼らが自分たちと同等以上の文明力を持つ相手である事を。
そしてそんな彼らが「出来る」と口にする以上は。本当にそうなのだろうと言うのを、疑う余地はもはや無かったのだけど。
とは言え、そこはやはり海洋国家であるナージゥ邦の民でもあるだけに。
専門外と言う事になる、陸や空の方面では圧倒されたとしても。
本領である海の分野においてならば。例え及ばずとも、そうそうひけは取るものでもあるまいと言う自負がある。
故に、果たしてどんな代物がやって来るのか?
(お手並み拝見と行こうじゃないか……)
と言う風に。程度の多寡はあれ、ほとんどの者がそう思っていたわけだったが……。
『南監視所より〔ファルカン号〕へ。南方の水平線上に、船影見ゆ!』
昨日と同様に、外海側を見張る為に設営した監視所に詰める当直員からの魔導双話での一報が入り。
「お、いよいよお出ましか?」
そう呟いて。ならばこちらも出迎えの準備だなと、動き出そうとした処で。
魔導双話の向こう側から。尋常で無い驚愕に混乱している様子だと判る呻き声で、続報が飛び込んで来たのだった。
『な、なんなんだ……あれは? 島が……島が動いているのか!? い、いや……違う! 灰色の浮城が、こっちに近付いて来る!』
『落ち着け! どうした? 一体、何を言っているんだ?』
にわかにおかしくなった監視所からの送話に、〔ファルカン号〕側も困惑しつつ懸命に宥めて。要領を得ないどころの話ではない、相手側が知らせようとしている事をどうにか読み取ろうとしたのだけど。
とにかく〝良く判らないもの〟が、結構な速さで海上をこっちに向かって来つつあると言う事しか理解が出来なかった。
「動く島だか、浮城だ? フネじゃないって、一体どういう話だ……」
とりあえずそんな類の代物であると言う事は、予告されていたニホン国の軍船なのだろうけれども。
実際に目の当たりにしている者と、離れた場所でそれをただ聞かされているだけの者とでは。その見えているものが決定的に異なるが故に。
視覚準拠の事象を言葉だけで、離れた場所に居る相手にそれを伝えようとするのには、どうしても齟齬が生じると言う点に関してならば。
魔導技術でもってそれを実現させているこの世界も、地球世界と何ら変わらないと言う事でもあった。
そして〔ファルカン号〕側がそうなっている間に、それが彼らの眼前へと実際にその姿を現すに至る。
「なッ!?」
それを目にした全員が等しく、そんな驚きの声を漏らして目を見張らされた。
左手の岬越しから不意にその姿を覗かせた、全身灰色をした〝巨大な剣の切っ先の様なもの〟はあまりにも巨大だった……。
徐々にその姿を現して行くそれは。
さながら巨神が手にする舶刀の刀身を、横に寝かせて下半分を水面下に沈めた状態でゆっくり前方へと突き出したかの様にも見える。
海面を切り裂く切っ先の様な鋭角的に延びるそれが、しかしフネの先端であるに過ぎないと判ったのは。
続いて一体どれ程の大きさなのかさえも判らないひたすら長大な船体が、徐々に視界の内にと現れ出て来る様を目の当たりにしていたからだ。
剛胆なドノヴァン副長でさえ、眼前にしている〝想像を絶する現実〟にと魅入られたかの如くに唖然とし、手にしていた愛用のパイプを思わず取り落としていた。
同様に手にしていた工具などを取り落として、それが自身の足にとダメージを与えて悶絶する羽目になった者達も少なからずいたのだが。そんな騒ぎにさえも気付かない程に、〔ファルカン号〕側の誰もが一様に絶句させられていたのだ。
(こ、これは……! 本当に、まるで動く島か……浮城だ!)
誰もが、監視所からの報告があれ程までに取り乱していたその理由を。圧倒的な納得感と共に、自らもまた認識させられるよりか他に無かった。
そこに在ったのは、彼らが識るフネと言う代物とはあまりにもかけ離れきった〝異物〟そのもの。
〔ファルカン号〕のおよそ三倍ほどもありそうに見える圧倒的なその巨体。
まさに浮かべる城砦と形容するべきだろう、聳え立つ上構を船体上に構えたそれは――
(まさか!? あのフネ……全身が鉄で出来ているのか?)
ドノヴァン副長を筆頭に、それにと気付いた者達にとってはその驚愕を更にいや増す要素であったわけだが。
流石にまだ、それには気付いていない者であっても。一目瞭然に明らかな、決定的な驚愕を覚えさせられる要素は他にも有った。
「は、はは……! 何だよ、これ……? 帆も、オールも一切無しで、あんな巨体が滑らかに動いてるとか……一体どうなってるんだよ?」
集った乗員たちの間から、異口同音にそこここで上がる唖然の呟き。
画期的な魔導船であると自負する、自分たちが造り上げた〔ファルカン号〕でさえ。予備艤装としては欠かす事の出来なかった帆走装備を。
しかし遙かに巨大なニホン国の軍船は、一切用いる事のない造りである事は誰の目にも明らかであった。
(これが……今はまだ見果てぬ夢だと思っていた、完全「魔導船」と言うやつの姿なのか……!)
実際には、彼らの眼前に現れたニホン国のフネ――〔はたかぜ〕型ミサイル護衛艦の三番艦〔いそかぜ〕は。
彼らが想像する完全魔導船とは、収斂進化的に似て非なる存在である機械動力船なのだったが。
そんな誤解を前提にはしつつも、眼前の相手が。
自分たちの本貫とも言えるフネの分野においても、かくもの懸絶さを見せ付ける相手である事を痛感させられていると言う状況自体には何ら変わりが無い。
如何に「論より証拠」と言っても、ここまでだとは……と言う、圧倒的な敗北感にも似た衝撃を。
むしろ彼らはより実感してしまう立場であった事も。
こうしてその規模を拡大しての最初の接触の状況へと進めようかとする上では、より効果的ではあったのかもしれなかった。
そして艦船と言う、互いの技術レベルのその度合いを体現する存在を介する形でもっての。
この世界と元地球人たちとの本格的な接触と、そこにと端を発する新たな時代への途が。いよいよ始まろうとしていた……。
本作の世界線では、海自の護衛艦の各級ごとの要目のみならず建造数などにも。
当然ですが相異が出ております。





