未知との遭遇③(前編)★画像あり
長くなりましたので、今話は二分割とさせて頂きます。
(後編)の方も、月内にはお届け出来るかと。
※(2023/6/6)V-15J改〔パール〕の機体画像を追加しました
空駆ける魔導騎――ではなく、それとは似て非なる航空機とやら言う鋼鉄の機械に乗せられて。
そうして辿り着いた、ユウキ卿たちが拠点としている〝その場所〟は。
「前進基地」だと言う、その言葉からイメージされるそれとは。
もはや笑ってしまう以外には無いくらいに、全くかけ離れたものであった……。
自分たちの概念上における、前線に構築される軍事的拠点――城砦のイメージとは全く違う。
丈の高い城壁や尖塔の様な物は一切持たずに、全体としてはのっぺりとした印象を与える。
しかし反面、その敷地面積は非常に広大で。もはやそれなりの街と呼んだ方が適切に思える程のその規模は。
端的に言えば、非常に贅沢な空間の使い方をしている様に思えるものだった。
更には、先にまず上空から俯瞰する格好となっていた事で確認できてしまった、見事な六芒星魔方陣の形状で築城されている辺りに関しても。
「魔法」とは無縁である筈なのにも関わらず、何故だかそんな〝魔導的な意匠〟を選んでもいる? と言う辺りの〝奇妙さ〟を。
フィオナたちには、強く感じさせるものであった……。
基地の敷地内に配置されている、各種の輸送用回転翼機たちと。そしてV-22〔オスプレイ〕ファミリーを主とした転換式航空機(ティルトローター機とティルトウイング機)たちが離発着するパッドへと。
何の問題もなく着陸するV-15J改〔パール〕の機内から降り立った、フィオナとターニャの騎士主従は。
そのすぐ傍らに建つ二階建ての白い外壁の建物の中へと。そのまま悠斗らによって案内されて、足を踏み入れる。
おそらくはそれも、魔導灯とは似て非なる代物なのだろう。天井から鮮やかに空間を照らし出す白く輝く照明が、規則的に並んだ廊下――無機質さの極みだとも思えるが、見方を変えれば非常に整然としているとも言えるのかもしれない――がまっすぐ延びている中を通り抜けて行き。
そして何やら良く判らないが、厳重な造りであるらしい事だけは瞭然な、仕切りなのだろう区画を潜ると。
そこには、マリオに付いて先に飛び立つのを見送っていたシルヴィアの姿が在った。
「シルヴィア!」
「シルヴィ姉!」
何やら軽快そうな、非常に洗練されたデザインの車椅子に座って。傍らに立つイワセ二曹と共に、眼前の大きなガラス窓の向こうを見つめていたシルヴィアは。
横合いから掛けられたフィオナたちの声に振り向いて、安堵の表情を浮かべた。
イワセ二曹が微笑みを見せながら、その〝車椅子〟の背部へ移動すると。それをくるりと回して向きを変え、フィオナたちと正対する様にしてくれる。
「姫様……、それにターニャも。こんな格好で失礼致します」
そう言って車椅子の上で、上体だけを折るシルヴィア。
「シルヴィ姉、なんだか〝凄いの〟に座ってるのにゃ! こんな車椅子は、初めて見たにゃ……」
シルヴィアが座す、見慣れない格好の車椅子にと。いかにも興味津々な様子を示すターニャ。
(こんな見るからに〝華奢な造り〟で、平気なのかにゃ?)
と、心配混じりに好奇心の方も大いに刺激されている様子で。
その頭頂部に生える猫耳と、腰布の後ろから飛び出して伸びる猫尻尾が、共に忙しなく動いていた。
「こちらの車椅子ですね。シルヴィアさんは脚に矢傷を負われていますので、移動に負担が掛からないようにとお使い頂いています。もちろん普及品ですから、大丈夫ですよ」
話が脱線して行きそうな気配を見て取ってか。
岩瀬二曹は機先を制する様にさっさと簡単な説明を済ませてしまうと、シルヴィアと共に見つめていたガラス窓の先へと再び目を向ける。
それにつられる様に、ターニャたちもそちらへと目を向けると。
窓下の何やら奇妙な物がたくさん並んだ部屋の中では。
作業台を思わせる床の上へ横たえられたマリオの身体に。
頭上に置かれた器具から眩い光を当てながら、手術着に身を包んだ複数の男女が群がって、懸命に外科的手術を行っているところだった。
「マリオ……」
大切な傅役の痛々しい姿に。フィオナの口から思わず、名を呼んで祈る様な呟きがこぼれる。
一見したなら、さながら邪悪な錬金術師の根城で何やら怪しげな実験の対象にされている、その真っ最中であるかの様にと見えてしまいそうな絵面だ。
もちろん、初遭遇の樹海内において。先んじて岩瀬二曹たちによる応急手当の処置が行われるのを、目の当たりにしていたそのおかげで。
奇異感を覚えさせられるの自体は、流石に変わらないながらも。〝それ〟が「非常に高度な外科的医術である」と言う事は、既に体感を伴って理解出来ていたから良い様なものの。
そうでなければ、絶対に。
(何か良からぬことをされている!)
と、そう〝誤解〟してしまって。
暴れるか、あるいは剣を手に。ないしは攻撃魔法を即時解放待機状態にして。
腕ずくでも止めさせねば!
と、(無謀にも)挑みかかって行ってしまう事になっていた筈であろう。
流石に諸々と説明された、〝彼らのこと〟を。
全てを理解は出来ぬまでも、「そういうものであるらしい」と。ひとまず受け容れる覚悟を固めた今はもう、そんな反応を示す余地も無いだろうが……。
なので、少なくとも眼下に見るこちらもまた〝奇妙な服装〟の一団も、マリオの矢傷へ対処する為に。
ユウキ卿が言うところの「本格的な外科的医療」に、取り組んでくれている処であると。そう信じるより他にあるまいと、自身を納得させる女騎士たちだった。
(おそらくは、こうして処置を行っている様を見せてくれていると言う辺りも、彼らなりの「配慮」なのでしょうし……)
少なくとも、彼らの側に何かしらの悪意が有るのなら。引き離したまま、知らない処で個別に〝処理〟しようとする筈で。
ここまでユウキ卿たちが示して見せてくれて来ていた、彼らなりの配慮が随所に感じ取れるその態度とも。整合している対応であろうと、そう彼女たちには思えた。
遅れて到着したフィオナ候女と騎士ターニャ卿の二人も。
最初から全部説明を受けたその上で、見届けをしていた騎士シルヴィア卿と同様に。ひとまず理解をしてくれた模様であるのを確かめて。
岩瀬二曹は、既に指示されている方針の通りに彼女たち一行へと伝え、促す。
「マリオ卿への処置の完了までには、まだまだ時間を要しますので。我々の指令官および帯同の外交官の方より、『その間に会談の場を持たせて頂きたく、お待ちしております』との連絡が来ておりますが、宜しいでしょうか?」
実質的には捕虜の立場である、自分たちに対して。
その将軍たちまでもが、あくまで丁重な物言いで会談を求めて来ていると言う彼らの。ある意味での〝徹底ぶり〟に対しては驚嘆を覚えさせられつつ、フィオナは素直に頷いて受け容れる。
(私たちに対する彼らの態度が非常に丁重であるからと言って、勘違いをしてはいけませんね。そもそも的に、〝彼我の立場〟は決して「対等ではない」のだと言う事を……)
彼女としては、あくまでそういう基本認識でいた為に。
求められた事には潔く従うのみ……と言う態度であったのだった。
とりあえず、会談の席には自身とターニャで行くとして――
(貴女はどうしますか?)
と言うのを、フィオナが視線でシルヴィアに問いかけると。
「もちろん、自分も同席致します!」
シルヴィアは間髪入れずに即答する。
気掛かりなのはその通りでも、マリオ卿に対しては。直接的にはこうして、ただ見守っている事しか出来ない。
そして先程の、ゴブリンたちによる奇襲からの遭遇戦においては。
自身がいきなり戦力としては脱落して、姫様たちを窮地に陥らせた事に対しての悔恨を抱いたままの彼女としては。
自身に何事か出来るのかどうかは別にしても、自分たちのこれから先の運命を決める事になるであろう会談へ臨む姫様の。
ならば、せめてその傍らに侍して。少しでも支えたいと言う一念だけだった。
「判りました。では、このまま同行ですね?」
シルヴィアの言葉を聞いて、笑顔で車椅子を動かそうと言う体勢を示す岩瀬二曹。
先行して来た〔ホスプレイ〕の機内でも、そしてこの病棟区画へ案内されて改めての処置を受ける間も。ずっと一緒であったおかげで。
それなりにうち解けたのだろうなと窺わせる様な、打てば響くと言った反応だ。
「あ、ああ……。ありがとう、ナタリア殿……」
照れた様な表情と声音で言うシルヴィアの姿に。
フィオナとターニャも、そして悠斗たち自衛官の面々も。揃って笑顔にさせられたのだった。
そんなフィオナたちとのやり取りが交わされている処から――時計の針は、しばし遡る。
『偵察行動中のJMSDF海援隊、結城小隊より緊急連絡。「我、この世界のヒト型類たちとの〝接触〟に成功せり」です!』
直にそれを受けたオペレーターが、即座にスピーカー越しに室内へと流したその一報を聴いて。
合同調査部隊の「活動」全般を統括管制している前進基地の作戦指揮所内は、その所属の別を問わない歓声で瞬時に湧きかえった。
誰もが、心中では密かに期待はしつつも。けれども安易に口にするのは憚られると言う様な、そんな意識感覚で来ていたものが。
ついに実現した! と言う事を意味するその一報は。
それほどまでに劇的な、まさに待望の「朗報」であったのは間違いない。
ある日、何の予兆さえもないままに。突然、地球とは分断されてしまって。
異惑星へ時空転移するなどと言う、天変地異に遭遇してしまった事に始まる、誰一人として、まさかそんな事が本当に起きるなどとは想像だにさえもしなかった現在の状況。
そんな中でも……否、だからこそ。表面上では気丈に振る舞おうと、意識や努力はしつつも。
否応なしな現実がもたらす、前例の無い当惑と。〝先行きの予想も付かない焦燥感〟と言うべきものに、ただ晒され続けたまま。
心中ではやはり漠然とした不安感を、抱かずにはおられないでいる。
そんな鬱屈を吹き飛ばすかの様な、〝明るいニュース〟だったわけなのだから。
作戦司令室内に詰める日米台三か国の将兵たちが一様に、そんな反応で湧きかえっていた事も。むべなるかなと言うより他にない話ではあっただろう。
何しろ、文字通りに「右も左も判らない」この異惑星上なのだ……。
近傍にこの土地を発見して。ひとまず探索の為にと、こうして進出して来ているわけだけれども。
まさに不幸中の幸いと言うやつで、頭上にそのまま一緒に転移して来ていた太陽発電衛星からの望遠映像によって。
更には実際にこの地へと近付いて、艦載航空機やドローンによる上空からの航空偵察を実施する事で。
少なくとも自分たちが想像する様なレベルの文明は、この地に存在していないのは確実で――
そもそも論的な話になるが、それ以前に。無主の土地なのではないかと、そう結論付けるより他に無さそうに見受けられる「現状」と言うものが在った。
無論それは、この土地が――ひいてはこの異世界そのものが……と言う可能性さえもだが――「無主の地」であると、100%確証的にそう断定させるまでにはまだ至っているわけではないとは言えだ。
加えて、そんな処へ生起する格好となっていた、先日の合衆国陸軍から派遣の偵察部隊による未確認生命体との遭遇と襲撃が更にまた。
仮にもし、なにかしらの「知的生命体」そのもの自体は棲息しているのだとしても。
それこそ文明を云々する遥か以前の、平和裏に共存などそもそも論的に不可能な。文字通りの〝異世界生物〟だと言うしかない生物が。
地球における「人類」の生息域に相当する位置を占めている格好の……。
ここは、〝そんな世界〟である可能性さえも有り得るのではないか? と言う様な、全く嬉しくない悲観的な予想さえも惹起させられて来ざるを得ず。
もしかすると、〝迷い込んでしまった〟「この世界」では。
我々はむしろ、自分たちの方こそが異質な――謂わば外来種の様な立場なのだと言う可能性すらも。
決して大げさではなしに、有り得るかもしれないと言う。本気でシャレにならない様な、そんな予想さえもが頭をよぎらざるを得ない処ではあったのだから……。
そんな中に飛び込んで来た、今度こそ!? な朗報に。
思わず互いに顔を見合わせ、遅れて理解が追い付くのと同時に。
作戦指揮所内がその所属も、立場をも越えての歓喜の声だけで満たされたのも。至極に当然の流れだったと言えるだろう。
もちろんそんな熱狂は、程なく。
続けて送られて来た、もう少し〝具体的な〟追加報告によって、一気に水を浴びせられる格好となるのだったが……。
『我、偵察行動の遂行中、未確認生命体の襲撃を受ける異世界人の騎士4名を発見。救援し、保護せり。先方は内2名が負傷し、1名は矢傷により意識不明の重体。応急処置を実施するも、至急の医療処置の要ありと認む。騎士たち一行の代表者、フィオナ・ド・ラハミ候女より、当方への支援要請を受く!』
オペレーターにより代読された、追加のより詳細な報告内容を受けて。
作戦司令室内の騒然は即座に、緊迫感を伴った実務的なそれへと変容する。
人命がかかっていると言う、基本構図自体は元より当然として。
そこに、遭遇したと言うその相手方よりの「支援要請」が――となれば。
事が一気に、外交的な。そして政治的な要素が加わって来ると言う話になるからだ。
そしてその報告を受けて、作戦司令室内に生じていた騒然は。
「よろしい、当該の要請を了とする! 各部は直ちに、受け入れ準備に入れ!」
司令ブースの自席から立ち上がり、そう下命する合同調査部隊の総指揮官、本郷隼斗二等陸将の託宣によって一旦鎮まり――
そして各々が明確なベクトルを与えられた任務としての格好へ変貌して、一気に動き出す。
保護したと言う、異世界人の客人たちを伴い戻って来る、結城小隊の緊急収容には。
その「客人たち」の中に意識不明の重体が1名と言う事で、まずは最優先でそちら向けに。
ヘリコプターよりも足が速く、かつ機内でも相応の医療処置が行える各種装備を搭載したHV-22を伴って来ている、空自航空救難隊を出動させるので。
対応して、その他の面々の回収についても同様に。ヘリコプターでは無く、陸自のティルトローター輸送機を差し回す事にするが。
異世界人たちの代表者は、「貴人」だと言う事らしいので。
そこは配慮して。乗り心地などそもそも気にするものではない、輸送機のMV-22をではなく。
要人の連絡輸送任務に充当される、V-15J改〔パール〕を飛ばす事にすると言う恰好だ。
陸上自衛隊航空科においては、連絡偵察および航空救難の用途機として。
史上初の実用ティルトローター機であり、続く〔オスプレイ〕らの祖となった機体でもあるV-15J〔パール〕を運用しているが、それに加えて。
陸自を主に、国防軍の高位将官や、防衛省の上位背広組と言った人々。更には同盟国軍の将官等の輸送と言った任務向けの機材としても、同機を選定しており。
そちらは必要に応じて正副の防衛大臣や総理大臣、事によっては皇族の搭乗さえをも想定している為に。
V-15Jの胴体部分のベースとされた傑作機、三菱MU-2のそれを。そのまま受け継いでいるビジネス機型と同様の客室設備を備え、騒音対策などにも配慮された特別仕様の機体となっている。
今般のフロンティア大陸派遣隊においては、広範な現地の環境調査も……と言う任務の性質上。
同行する多数の民間人協力者や、随伴の外交官らも交えた軍官民合同の恰好にて調査部隊が編成されている為に。
そう言った文民の人々向けの連絡輸送機として充当する為。そうした仕様の機材を専任運用する木更津の第1ヘリコプター団麾下の「特別輸送飛行隊」からも、機体と要員を派遣する形にされていたのだったが。
思いがけずもそれが、本務的な格好にて役立つ事になると言う様相であった。
なので、〝状況的な特例〟と言うべき格好にて。
そんな普通であれば縁の無さそうな機体への同乗と言う、お相伴に預かる立場となった結城小隊の隊員たちの方が。
むしろ恐縮しそうな、思わぬ役得ではあったかもしれない。
――実際には、そんな彼らによるここでの〝功績〟に対しての。
即時的な褒賞が如き意味合いのものにもなるだろうと言う、本郷二将からの配慮だったりもしたわけなのだけど……。
ともあれ、その辺りまでは指示待ちをするでも無しにで。状況を考慮しつつの手配が進められていたのだったが、悠斗が予測した通り。
本郷二将からは、そこで更に。
今回は、直掩護衛機としてMV/SA-33Jも同行させる様にとの、追加の指示までもが出されて来たのだった。
言うまでもなく、思いがけずも迎え入れる運びとなった〝異世界の客人たち〟は。
石橋を叩いて渡ると言う様な、それくらいの態勢でもって対応すべき存在だと言う認識を。体現しているものである事は当然なのだが、それと併せて。
これまでの処は、地味な任務以外には出番の無かった〔ゼーアドラー〕隊に対しての。
重要任務を与えると言う配慮の側面も、一方ではあったと言うわけだった。
ともあれ、そうやって慌ただしさの中にも順次、回収に関しての体制が整えられて行くが。
もちろん〝受け入れる側〟としての準備も、それだけで済む話ではない。
HV-22に乗り組む航空救難隊の空自隊員たちは、飛行関連の打ち合わせとも並行で。
基地の医療セクションとの間での対応、および引き継ぎ体制に関しての打ち合わせも行っているし、その医療関係で言えば。
生化学的な部分の問題も、当然ながら伴ってくる話となる。
大航海時代の西欧人の南北アメリカ大陸への進出や、明の鄭和の大船団によるアラビア遠征など、それまで出会う事が無かった人間集団間の〝接触〟が。
結果的に、免疫を獲得していない新たな疾病や感染症の伝播と拡大を招いて。
片方あるいは双方に、大きなダメージを与える事にもなったと言う歴史的な知見に照らせば。
当然考慮されて然るべき、切実に重要な要素でもあるからだ。
ただ、その辺りに関しては。
ある意味では、何とも皮肉な話だとも思えるものの。
先日の未確認生命体たちとの初遭遇が、〝結果的には〟有意義な作用をしてくれる恰好ともなっていたのであった……。
回収されて来た、合衆国陸軍兵士たちによって殲滅された未確認生命体たちの遺骸は。
初めてその存在を確認された未知種の、貴重なサンプルとして。生物学的にはもちろん、生化学的な方面からも様々な検査や解析が進められており。
現時点までのその所見としては、「衛生的にはよろしくない――端的に言えば不潔ではあるものの。しかしながら未知の病原菌やウイルスの宿主、ないしは媒介者である可能性は、ひとまず心配無用だと思われる」と言う見解が出ていた。
更には、それらとの濃厚接触者となってしまった為に。
帰投した時点から暫くの間は、隔離されての経過観察措置の対象となる事を余儀なくされていた、合衆国陸軍の当該小隊員たちにも。
やはり特段の問題も生じると言う様な事も無く。その間ずっと、毎日続けられていた検査でも何かしらの「異常」は確認される事が無かったと言う事で。
今では無事放免されて、普通に任務にと復帰していたのだったが。
その後も当人たちはもちろん、周囲の者たちにもやはり何も問題は生じていないので。
無論、だからと言ってそちらの方の意味合いで。全く不用心に対応して問題ないと、自信をもって言い切れるレベルにまではまだ達してはいないとしてもだ。
この度ようやく初遭遇を果たした、異世界のヒト達との間でも。
その辺りの問題は、おそらく大丈夫であろうと言う目途は立っていると目されるのは。
大いに幸いな事だった……と、そう言えるだろう話なのは間違いなかった。
そして、そんな前提を踏まえての。
相手が交渉の出来る存在であると言う事は。
同時に話が一気に、外交的な要素を帯びて来始めたと言う事になる。
結城小隊の報告によれば、相手方は「騎士だ」と言う事なので。
もちろんだが、イコールで〝将校同士の対面〟だと言う構図ともなるだろう。
その辺りを勘案しつつ、こちら側のとりあえずの応対の体制を決めねばならないと言う事で。
すぐさま手元の電話機で、三カ国の政府から帯同派遣されている外交官たちの集うオフィスの方へと。
『ああ、多紀さん。どうやらあなた方外交官の、こちらでの思わぬ初仕事の機会が巡って来た様ですよ』
そんな切り出しでの内線を繋ぐ、本郷二将であった。
多紀ら外交官たちにとっても。
対外的な応接を行う〝状況〟が。寝耳に水な格好で、まさかこの地にても生起するだなどとは……な状況であった事は言うをまたない。
最早そんな機会があるだろうとは、思わなくなっていた矢先にの。
ある意味、嬉しい誤算だと言える格好にもなっていたわけだが。
とは言え、それはそれで。
いざ、事が急にそうなってみると。
いろいろとドタバタだなと、自嘲するしかない恰好であった事は否めないと。
後に振り返ってみれば、そう評するより他にない様な状況ではあったのだった。
無論、相手の事は文字通りに「未知数」であるのに変わりはないわけだけど。
少なくとも相手の存在それ自体は認識した上で、こちらから乗り込むのと。
事前のそれすらも一切無いままに。相手が既に、こちらに向かってやって来ていると言うのでは。
やはり「心の準備」と言う意味では、大分違って来るのは確かだ。
とは言え、無いものねだりをしても始まらない。
(事前の根回しなど、しようも無しにの〝ぶっつけ本番〟で。まさに身をもって、相手との友好的な関係を模索する為の先駆けとなる……。これも、本来的な意味合いでの「外交官と言う仕事」の本懐だと、言える話でもあるでしょうね……)
そんな風にモチベーションをすぐに切り替えて、立て直す事の出来る多紀の様な。
真の意味で柔軟で、現場に強いタイプだと評価されている面々が選抜されて編成する様にと。
しっかり配慮された上で行われていたその布石が、実際に活きる格好でもってどうにかなっていたのだとも言えるのだったが。
ともあれそうして外交官たちの側も、肚を括った処で。
それでは、どの様な体制でもって接遇するのか? と言う辺りを、本郷二将ら派遣部隊側と協議する段へと話は進んで行く。
何分、日・米・台三カ国の。
軍官民合同による「統合任務部隊」として編成されると言う、ある意味〝特殊な格好〟でもって送り込まれているわけなので。
純粋な軍部隊だけで統合運用される通常とは異なり、様々な部分でもって。政治的な「配慮」と言うものが加味されて来る事となるのは、まあやむを得ない。
時間制限付きである侃々諤々の協議の結果、軍側ではトップの本郷二将と、次席のマリウス・ブラウン合衆国陸軍少将が。
文民側からは、民間人参加者たちのまとめ役である日本国外務省の多岐弥一外交官が代表者として。
先方側とも同数で応対すると言う格好に、ひとまず決まった。
ぱっと見では、同盟三カ国による「合同」と言う編成であるのにも関わらず。
期せずして、台湾国側だけ八分にされている様な構図となってしまっている格好だったが、これは無論〝やむを得ない仕儀〟ではある。
三カ国の政府(合衆国は臨時代政府だが)間での事前協議において。
それぞれが分担して探索を進めて行くその過程において、活動中に遭遇したものについては、その当事者となった国が、一義的な優先管轄権を持つ。と言う形に決められていたので。
この場合には、当事者となった「日本国」側がまず主管する立場となるの自体は、当然の話だと言う事になる。
更には、迎え入れるそのゲストたちとの遭遇の〝状況〟が――同様にこちらは合衆国軍の一義的管轄となっている、例の未確認生命体たちが絡んだものであったと言う話なので。
副次的な関連性が生じて来る筈だとして、合衆国側からも……と言うわけであった。
加えて、相手側の人数が限られるのにも関わらず。
こちらの側の事情であるに過ぎない「公平性」にだけ拘って、無駄にゾロゾロと雁首揃えて相対する様なナンセンスは、それこそ論外な話だろうし。
言うまでもなく台湾国側とて、その辺りの事が判らないでは無かったわけだけれども。
そこはやはり、「面子」だなんだの大人の事情も絡んで来てしまうのは、業腹ながらやむを得ない仕儀なのだが。
本郷二将とて、その辺りは当然弁えている故に。
もう一人の次席である、台湾国海軍陸戦隊の赫 玄慈少将にと。
言わずもがなである筈の事を、わざわざ皆の前で明言する形で。〝保険〟をかけておく。
「赫少将。万が一の場合には、速やかに貴官へと。この探索部隊全体の指揮権を委譲する事になりますので。委細よろしく願います」
「はっ! 承ります、本郷中将。無論、〝その様な事〟が無い様にと願いますが」
微苦笑を滲ませつつの、生真面目な口調でそう応じる赫少将の方も。
その辺りの機微は当然理解した上で、あえて話を確認する事でもってのプロレスともしていた。
とは言え、もちろん事は単純に。
そういう政治的な要素への配慮だけだと言うわけでもないのだったが。
如何に生理学的な面での「懸念」に関しては、おそらく心配無いだろうと言う見込みが出ているとは言えども。
それが絶対を意味するわけでは無い。
事が事だけに。そこはやはり、実際に対面する事の重要さの方をより重視して。
それ以外も含めて懸念される〝諸要素〟は、無論承知で。それでもなお、自ら直接に膝を突き合わせて応対する決断をした本郷二将とブラウン少将、そして多紀外交官としても。
その辺りの事は必然的に考慮しておくべき、リスクマネジメントでもあったのだから。
なのでそこは、司令部応接室の目立たない各所にと事前に設置して。やり取りの始終を記録する形となる小型カメラの映像と音声を。
ライブでこちらにも流す事で。控えの立場となる、台湾国側をはじめとする関係各位にも。一切包み隠さずリアルタイムで共有すると言う形で、納得して貰う恰好だった。
(後編に続く)
そうなった経緯等に関しては、いずれ劇中にて詳述の予定でおりますが、
本作品世界の「日本国」においては、統一の後に行われた改定によって。
自衛隊の将官の制度を現実と同様の二階級制(将、将補)から、
諸外国軍と同様の四階級制(一等から三等の将、および将補は准将相当に)へと
変更を行っていると言う設定になっております。





