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そして、結論から言えば正しかったのは荒熊さんだった。
紗代と明日香が店を去ってから数時間後。カフェの閉店時間が過ぎた頃。
「すみません、今日はもう閉店でして――明日香ちゃん!」
CLOSEDの札が掛かった入り口の扉が開き、志希がそちらを見てみれば――そこに立っていたのは明日香だった。明日香は胸に落語の本と扇子を抱きかかえ、所在なさげな苦笑で志希たちの方を見ている。
すると、荒熊さんがカウンターの中でグラスを拭きながら、明日香に微笑みかけた。
「こんばんは、明日香ちゃん。家出してきたのかい?」
「さすが旦那、ご名答」
荒熊さんの問い掛けに、明日香は敵わないなという顔で頷く。
グラスを置いた荒熊さんは、続いて志希の方を見て、サムズアップしながらバチンとウィンクを決めた。
「ね、ね! 僕の言った通りだったでしょ」
「何を得意げに言っているんですか!」
予想が当たって鼻高々といった様子の荒熊さんを、志希は全力でしかりつけた。
* * *
そのまま明日香を見せの入り口に立たせておくわけにもいかないので、志希はひとまず彼女をカウンター席に座らせた。
けれど、明日香はばつが悪いのか、ちょっと居心地が悪そうだ。
「はい、明日香ちゃん。ココア。あったまるよ」
「ありがとう、旦那」
そんな明日香の心情を慮ったのだろう。荒熊さんが、温かなココアを明日香に振る舞う。
ココアをちびちびと飲んだ明日香は、体の芯が温まるのに従って、心の緊張も解けてきたのだろう。次第に肩の力が抜けて表情が柔らかくなってきた。
「さてと、一服したところでお話にいこうか。明日香ちゃん、家に帰ってから、何かあったのかな? お母さんと取っ組み合いの喧嘩でもした?」
「ちょっと荒熊さん! そんなストーレトに言っちゃダメですよ! デリケートな問題なんですから!」
歯に衣着せぬ荒熊さんの物言いに、志希が慌てて待ったをかける。
しかし、訊かれた当の本人である明日香が、そんな志希を制した。
「いいんだよ、姐さん。むしろ、このくらいズバッと聞いてくれた方が、あたしも話しやすいしさ」
「明日香ちゃん……」
「それにさ、旦那が言ったこと、中らずといえども遠からずって感じだし。さすがに取っ組み合いはしなかったけど、今まで一番大きな喧嘩をしちゃったよ」
心配そうな目をする志希に、明日香は軽い口調で「まいったね」と言う。
ただ、それが空元気であることは、誰の目にも明らかだ。実際、明日香はすぐに沈んだ顔となってため息をついた。
「……おっかさん、家に帰ったらすぐに『二度と落語をやるな!』って叱ってきてさ。もちろん、あたしは『いやだ!』って抵抗して……。その後はもう怒鳴り合いの大喧嘩だよ。そしたらおっかさん、おとっさんが買ってくれたこの本と扇子を捨てるって取り上げようとしてきてさ。だからあたし、もう我慢できなくて……」
「家を飛び出しちゃったってわけか」
本と扇子を守るようにギュッと抱いた明日香が、荒熊さんの言葉に頷く。
「ごめんね、旦那、姐さん。二人に迷惑を掛けちまうってわかっているのに、ここに戻ってきちまって……。でも、他に行くところが思いつかなくて……」
「まあ、そこは気にしなくていいよ。明日香ちゃんには、いつもお世話になってるからね。これくらいのこと、別に迷惑だなんて思わないよ」
俯く明日香へ、荒熊さんが気楽に笑ってドンと胸を叩く。どうやら明日香をかくまう気満々のようだ。先程は志希が明日香を助けに行くことを窘めていたが、結局のところ荒熊さんも、明日香に手を差し伸べるつもりだったということだろう。
「私が助けに行こうとした時は止めたじゃないですか。荒熊さんは、あっさり助けちゃうんですね」
「僕は、『助けちゃいけない』なんて一言も言ってないよ。ちゃんと覚悟しようね、って話をしただけ。それとも、志希ちゃんはかくまうの反対?」
「いいえ、大賛成です。覚悟は、もうできましたから」
明日香に聞こえないくらいの声で、志希と荒熊さんがこっそり素早く言葉を交わす。そんなふたりの表情は、いたずらをする子供のようだ。
ともあれ、俯いたままの明日香に、荒熊さんが「ねえ、明日香ちゃん」と声を掛けた。




