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七人の少女とたった一人のバッドエンド  作者: 灯月 更夜
第三章 幸せな結末を探して(上)
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3-8 王都からの手紙(1)

 ヒヨヒヨヒヨと窓辺にとまった胸元に赤い刻印のある白鳩に、おや、と、エイネシアは手を差しのべる。

 そこへ真っ直ぐと飛んできた鳩は、シュルリシュルリと羽にくるまれて変形してゆき、あっという間に一枚の手紙へと形を変えた。

 風手紙という緊急用の伝達手段で、優れた風魔法士にのみ飛ばせる手紙鳩だ。

 早馬よりもさらに早く相手に手紙を届けることができるが、悪天候に出遭うとぐっしょりと濡れて文字がにじんでしまったり、雨宿りで時間を取られたりと、気候に左右されてしまう不安定さを伴う。

 だがこの春のよく晴れた道中では被害は受けなかったらしく、エイネシアの手元に現れた手紙はとても綺麗な状態で、ただ聊か乱れた筆跡で『シアお義姉様へ』と書かれているのを見ると、急いで裏返して封蝋を切った。

 差出人はアンナマリアだ。

 王宮の公務員である風魔法士にまで依頼して届けるなんて、なにかよほどのことがあったのだと慌てたのだが、幸いにしてなのか不幸にしてなのか、内容は大半が王宮内での出来事に対する憤りと愚痴だった。

 とはいえその内容や筆跡の乱れ具合を見ると、とてもじゃないが安心できるようなものでもない。

 自分は今こうして所領で両親に守られ、穏やかに日々を過ごしていられるが、アンナマリアの周辺はどれ程に過ごしにくいことだろうか。それを思うと不安だった。

 だからすぐに引き出しを開けて一番良い便箋を取り出すと、ペンを手に取り……少し考え一度ペンを置くと、引き出しの一番上に大切にしまってあった薄紫の薔薇のガラスペンを取り出して、揃いのインク瓶に注いだほんのりと甘い香りのブルーインクを浸してから、『アン王女へ』との文字を綴った。

 手紙には、贈り物のお礼と、皆のお蔭で静かに過ごせていることを。アンナマリアやアレクシスのお蔭でもうすっかりと元気になったことも。それからアンナマリアが手紙で書いてきた内容について、少しずつ、でも丁寧に返書をしたためた。

 思いの他分厚くなった複数枚の便箋を丁寧に乾かし、封筒を用意して、百合の香りの蝋で封をする。

 その書き終えた手紙を手に取って。

 しばらく、そのまま身動きを止めて瞼を閉ざした。


 この数日、とても楽しかった。

 アゼッタの町での出来事も、思いがけない領都の散策も、そしてあの暖かい夜祭の日のことも。

 それからもアレクシスはとても真摯にエイネシアとエドワードの孤児院の設立に助言をくれて、アドバイスや、指針を示してくれたりした。お陰でもうそろそろ、形にして父に提案できるほどになっている。

 出来ることならこうやって、もっと沢山物を教わりたかった。

 かつての大図書館での日々のように。皆で顔を突き合わせて、あーでもないこーでもないと議論して、たまに良い案が浮かぶと思わずはしゃいだりして。そんな日々はとても懐かしくて、とてもわくわくした。

 でもいつまでもそのままでいられないこともまた、分かっていた。

 アレクシスがこのアーデルハイド領にいるのは、陛下からのお詫びの贈り物を届けに来るため。もうその日数はかなり経ってしまい、今か今かとこの有能な義弟を待っているであろう陛下に、早くお返ししなければならない。

 それだけではない。アンナマリアの手紙を見れば見るほどに、その大切な友の側にアレクシスを送り返してあげたかった。

 まだもう少し、という思いが半分と。いいえ早く、という思いが半分。

 そのせめぎ合いの、短い沈黙。

 そうしてようやく意を決し、手紙を手に席を立った。


「ジェシカ。アレク様がどちらにいらっしゃるか分かるかしら?」

「今日は朝から、旦那様と書斎でなにやら話し込んでおられますよ」

「お父様と? 込み入った話かしら?」

「さぁ……しかしアネットが何度かお茶の準備に出入りをしていましたから、お声をかけるのも憚られるような様子ではないと思います。見て参りましょうか?」

「いえ、それならいいわ。直接お訪ねしてみるから」

 そう言って部屋の外を目指すエイネシアに、すぐにジェシカが扉を開けてくれる。

 フィオーレハイド城はとても美しい城だけれど、如何せん大きすぎてどこもかしこも遠すぎるのが玉に瑕だ。お父様の書斎って何処だったかしら、と若干迷いつつ、階段を上ってぐるりと回ってまた降りて、更に降りてぐるりと回って、と、延々と複雑な道を進む。

 その途中で、父付きの筆頭の侍女であるアネットに遭遇した。

 ちょうど紅茶を入れ替えに行った後だったようで、「込み入ったお話をしていらっしゃるかしら?」と聞いたら、「グレンワイス大公息様の悪口で盛り上がっていらっしゃいましたよ」なんていうから、苦笑してしまった。ハインツリッヒが聞いたら目くじらを立てそうだ。

 取りあえず問題はなさそうだと判断し、書斎の扉をノックすると、すぐに「入りなさい」と父の声がした。


「おや、シア。どうしたんだい? 放っておかれて寂しくなったかな?」

 開口一番そんなことを言ったアレクシスには、「もう……」と、一つ呆れた顔をする。あの晩以来、いつもこうやってからかってくるのだ。

「そうではなく。アレクシス様。どうか、すぐに王都に戻ってはいただけませんか?」

 そう口にしたところで、キョトリ、とアレクシスが瞳を瞬かせた。

「なんてことだ……。一体いつ“もう永遠に帰らないで!”とプロポーズされるのか待ち構えていたのに、まさかこうも無下に追い出されるとは……」

「もうっ!」

 茶化さないでください、と頬を染めて文句を口にしたところで、「ごめんごめん。冗談だよ」と言ったアレクシスは、隣で本気で怖い顔をしているジルフォードに、「だから冗談だってば!」と念を押した。

「まったく。ジルは本当に顔が怖いんだから……」

 それで? と、アレクシスがエイネシアの手に持たれた封筒に視線をやる。

 それに気が付いたエイネシアも、その二つの封筒をアレクシスに差し出した。

「一つはシアの字だね。もう一つは……アン?」

「はい。私の手紙は、アン王女にお渡ししてほしいんです」

「構わないよ。それで、こちらは?」

「先ほどアン王女から届いた風手紙です」

「読んでいいのかな?」

「はい。アレク様と。それから、お父様も」

 そう言うとピクリと父も片眉を吊り上げて、「拝読しよう」と頷いた。

 すぐにもアレクシスがアンナマリアの手紙を開いてさっと目を通し、一枚目をジルフォードへ渡して二枚目を。それから三枚目を同じように読み、最後の一枚もジルフォードに渡したところで、ハァァァ、と、重々しいため息を吐いた。

 それから程なく、父からも同じようなため息が零れ落ちた。


「驚いたね……まさかこの情勢下で、大茶会ばりの茶会を。それになんだって? イリア離宮を勝手に取り壊す算段だって?」

 そう呆れたように言うアレクシスに、父がグッと自分の眉間を揉みほぐした。

 イリア離宮を建てたのはエリーシアス・フィオレ・アーデルハイド王妃陛下。イリア離宮の最初の持ち主は、イリアンナ・ルチル・エーデルワイス王女殿下。前者はジルフォードの祖父の姉であり、後者は祖母にあたる。つまりイリアンナ王女は、アーデルハイド家に降嫁した王女の名なのだ。

 イリア離宮はその後、王女の死により王家に還付され、王宮の管理下に入っているが、これを建てたエリーシアス王妃陛下が上王陛下の生母に当たることからも、上王陛下や国王陛下も大切にされてきた離宮だ。

 エイネシアにとっても思い出深い離宮であるが、しかしすでに王宮の管理物であるため、離宮に対しては何の発言権も持っておらず、それはジルフォードも同じである。

 だがイリアンナ王女の直系としてジルフォードが顔を顰めるのは無理からぬことで、アレクシスが呆れるのも当然だった。

 イリア離宮を勝手に建て替えるなど、アーデルハイドの心証を悪くして当然である。

 それに茶会の方も大きな問題だ。

 アンナマリアの手紙では事細かにその次第が書かれていて、上王陛下が激怒なさったことも、そしてアイラ・キャロライン男爵令嬢が、“アイラ・バレル・シンドリー侯爵令孫”として表舞台に立ち、ヴィンセントの許嫁として振舞ったことも書かれていた。

 まさか少し王都を離れている内に、ここまで話が進むとは思っていなかった。

 二人に見せた手紙からは抜いていたが、別の便箋には、アンナマリアがこれに対して、『そんな隠し設定はなかった』こと。明らかに『母が手を回した可能性が高い』ということが書かれていた。

「アン王女のことが心配です。それに、国王陛下のご心労も」

「あぁ……確かに。これは、とんでもないことになっているみたいだ」

「エイネシア。便箋が抜けているようだが、他に何か?」

 そう目ざとく指摘した父には、思わず肩を竦め、「少々の刺激の強いご発言が赤裸々に書かれていましたので、王女殿下の名誉のために抜いておきました」と、言い訳しておいた。

「ただアイラ嬢の素性に関しては、かなり“影”が動いていたようだ、と」

「メイフィールド家の情報操作は厄介だ。キャロライン男爵家もシンドリー侯爵家もこれに加担して口裏を合わせているとなると、覆すのは容易ではないな」

「たしかそのアイラという娘は聖魔法士だとか」

「ええ。アイラ嬢のお母様もそうだと聞いています」

 ふむ、と、ジルフォードは一つ唸ると、おもむろに机から筆記具を出して、さらさらと便箋に文字を綴ってゆく。

「聖魔法士という希少な魔法属性については、信仰心説や聖女説や色々とあるが、以前ハインツがよく私に突っかかって来ていた頃、同じく、こうした希少属性の遺伝性や分布について調べていた男が大図書館に出入りしていた。異端だと言われ学会を追われたと聞いているが、ハインツなら行き先を知っているかもしれない。彼に追わせよう」

 そう一枚で文章を締めくくると、簡単に別の便箋で包んで封蝋を落とし、指から抜いた家紋を刻んだ印章をそのまま押した。

 それを当然のようにアレクシスに渡す。

 エイネシアが言えたことではないのだが、こうも当たり前のように王弟殿下に伝書鳩の役割を押し付ける父子というのもどうなのだろうか。

「ジル……これは要するに、とっとと王都に帰れ、という意味かな?」

「そうとってもらって結構です。大体、いつまでうちにいるつもりなんです? “王弟殿下”」

「こういう時だけそう呼ぶのはズルいと思うんだよ、ジル」

 そう呆れた顔をしながらも父の手紙を受け取ったアレクシスは、エイネシアの渡した手紙と一緒に、上着の内ポケットにそれをしまった。


「名残惜しいが仕方ない。はぁ。折角アーデルハイド領の涼しい春風に休暇を楽しんでいたのに。残念だ」

「イリア離宮の件は、我らに配慮はいらないと国王陛下にお伝えください。もしそれで陛下のお許しも無く離宮を壊したならば、その時は喜んで報復させていただきます、と」

「いやいやいや……え。それ、私が陛下に伝えないと駄目なのかな?」

 そう呆れた顔をするアレクシスの言い分はごもっともで、エイネシアもつい、「お父様……」と唸ってしまった。

「やれやれ仕方ない。シア。私は明日の早朝に出るから、よかったらお弁当とアップルパイでも持たせてくれないかい? それを活力に、急いで帰るから」

「……ええ。沢山お作りします」

 やっぱりなんだか少し寂しくて。

 でもそう頷くと、ニコリとアレクシスは微笑んでくれたから、ほっとした。

「ではジル。雑談をやめて、とっとと本題に戻ろう。あぁ、一体どこからハインの悪口に話が変わったんだ? 一体、何の話をしていたんだっけ?」

 そう真面目な顔をしたアレクシスの様子に、おっと、と、エイネシアはアンナマリアの手紙を回収しながら、こそこそと部屋を退出した。


 父とアレクシス――。

 なんだか少し不思議な光景だ。

 小難しい政治の話を始める二人の声色を聞きながら扉を閉じたところで、なんだかほうぅっ、と吐息が零れてしまった。


 驚いた。


「アレク様って、やっぱり一応王子様なのだわ――」


 そんな今更なことを思いながら。




 この置いてけぼり感に、ちょっぴり頬を膨らませた。






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