その八、通話と買い物
ちょっと長くなってしまったかな。。。
日の出と同時に鳥たちは活発に動き出す。久しぶりにきちんと夜を眠れた光翼は、起きたと同時に竹筒を持って水を汲みに行く。数回も同じルートを辿れば慣れたもの。テントに戻って時間が合ったため香音と通話をする。
「どう?何とかやっていけそう?さらに必要なものとかある?あるなら店を探さないとね。山だけじゃ調達できないものもあるだろうし。」
山での自給自足の生活は何かと不便だろう、そう思う香音の気遣いからくる言葉に、人割と心が温かくなる。そして、昨夜の初めての夕食を思い出し、思ったことを香音にぶつけた。
「とにかく!調味料が!必要!調味料がないととてもじゃないけど山菜は食べられないことが分かったよ…。魚も美味しいんだけどお塩が欲しくなるし!そういった面ではお店に突入するしかないね。あとは、一緒に暮らす相棒もいればなお最高なんだけど。」
山でまだ2日目ではあるが、誰一人と会話せずに過ごすことはひどく寂しいものだと早くに感じた光翼は、少し寂し気に言った。通話の向こうから香音の苦笑する声が聞こえる。
「まだ2日目でもう寂しくなったのね。私はまだそっちへは行けそうにない、けど!大学卒業するまでに、まとまった収入を得られるくらいの在宅ワーク可能な就職先を探すから、もうちょっと待っててね。それまでは、寂しくなったらいつでも連絡して。長期休暇の時には光翼の元に行くからね。」
それを聞いて光翼は少し驚いた。香音は私のためにここまでしてくれようと考えてくれている。だが、私だけのために優秀な彼女が道を狭められるなんてことがあって良いわけではない。いくら彼女の選択した道でも、それは申し訳ないと思うし、何より親友だからこそ香音の本当に進みたい道へ進んでいってもらいたいものだ。
「香音、私のためにいろんなことをしてくれてありがとう。でも、香音の本当にしたいことを遮ってまで助けを求めようとは私、思えないよ。私は香音が幸せになってくれないと嬉しくないからね。」
「…、そう、ありがとう光翼。でも明らかに大変な状況にいるのはあんたよ。助けが必要な場合は、私は動くからね。」
通話越しで、少し香音の元気がなくなったように感じて声をかけようとしたが、香音のほうから話題を変え、大学の話や山での食料の話、店で必要なものをあーだこーだ話しているうちにいつもの快活な声が聞こえた。従ってそれ以上は何も聞かずに会話を終えて電話を切った。
(本当は私より香音のほうが寂しくて離れたくなかったのかもしれない。)
いささか親友のことが気がかりだが、今の光翼は生きるためにやるべきことがたくさんある。やるべきことを終えてから彼女とまた今度ゆっくり話そうと思った。そして電話で話した通り、光翼は調味料やその他必要になりそうなものを買い足しに人里まで降りる準備に向かったのであった。
―――――――
電話を終えた香音は、先ほどまで浮かべていた明るい表情から一変、物憂げな表情に変わった。光翼と出会うまでは話の合う同学年の友人がほとんどおらず、それをさして重要なことでもないとも思っていた彼女は、今や彼女の親友のことを考えることが、自分の優先度の中で一番高いほどまでになっていた。小さい時から親が喜ぶようなこと、周りが喜び、してほしそうなことを敏感に察していた彼女はいつしか自分のやりたいこと・自分の意志というものが薄れていた。そのため大学に入った現在、今までは自分のやりたいこと=親の喜ぶことであったが、親友という存在が初めてでき、自分のやりたいこと=光翼の為になることに取って代わったのだ。光翼のために会社を選び、人生を選ぶ、そのことは香音にとって当たり前だと思っていた。しかし当の光翼に指摘され、それは自分自身のためとはまた別であると気づかされたのだ。では、自分自身のためになること、自分自身のやりたいこととは何か。それは現在の香音にはわからない。
「自分のためと光翼のため、これが同一化しているな…。光翼の言う通り、今の私は自分の選択の幅を狭めてしまう考え方に寄っているのかもしれない。」
苦笑しながらそう呟く。光翼は言動や雰囲気はふわふわしているものの考えはしっかりしている、私が認める親友だ。助けが要るときは本当に必要な時であり、それ以外は大丈夫だろう。私ができることは彼女を見守ることだ。そう自分に言い聞かせて彼女は街を歩いて行った。
――――――――
貴重品をポーチにしまい、スマホを手にした光翼は大きく羽を広げる。地面から飛び立ったことはないが、ベランダから飛び立つ要領で、一気に地面を蹴ると同時に羽ばたく。山の木々を抜けた彼女はスマホを手に人里がある方向の山へと低空飛行で降りていく。飛行すれば移動時間がこんなに短くできるのに何故昨日は飛ばなかったと少し後悔。
ふもとに小さな村らしき民家の集まりがあったため、少し離れた木々の間で様子を伺う。畑を持つ農家がほとんどのようで、店らしき店は見当たらない。すかさずスマホで店を検索すると、確かにこの村にも店はあるはずなのだが。
よく目を凝らしてみると一軒、野菜や生活用品らしきものを軒下に出している家屋が見つかった。一見普通の家のように見えるそれはマップと照らし合わせても店である。どうか必要なものがありますように、と祈りながら建物に近い森のほうへ飛んで移動する。普通に飛んで行ったら目立つだろうから、そこの森から歩いていくのだ。
この村の朝は早く、どうやらお店も開いているようだ。中に他のお客がいる気配はない。今がチャンスとばかりに中に入る。
「すみません、調味料や小さめの斧はございますか?」
翼をなるべく背中に隠れるように縦に閉じて、朝早くの少し寝ぼけたような顔をお婆さんに尋ねる。お婆さんは目が悪い上に寝ぼけていたため翼は見えなかったのだろう。だが、この辺では見ない綺麗な若い女性だと不思議には思ったようで少し頭を傾げた。急に現れた若い女性に訝しむも、のそのそと動き商品の場所と種類を見せた。
この村の何でもスーパーのようなところなのだろう。食品から生活用品まで種類は少ないがそろっていた。そして、村なので農作業をよくするためか、鍬や金具が多めにそろえてあった。
「お嬢さん、この辺ではとんと見ない顔だねぇ。新しく引っ越してきたのかい?」
お婆さんに話しかけられてギクッとする。と、とりあえずごまかさねば。お婆さんから見て横にならないように気を付けながら笑顔を作る。
「あ、あの、いえ、引っ越しではなくて、しばらくここに寝泊まりさせてもらっているのですよ!それで、いろいろ生活品が必要になりまして…。」
「ほーかい、どこの家だね。何か問題ありゃあ私に言っときゃ大丈夫だからね、ゆっくりしていきなさいな」
どこの家かは応えずに、ありがとうございますとだけ言う。さすがにどこの家とか適当に答えればボロがすぐ出て怪しまれる。お婆さんの近所の世間話的なものに軽く付き合いながら、購入するものの目途をつけていった。
砂糖、醤油、塩、みりん、酒、酢、出汁の素は絶対必要だ。…味噌は冷蔵庫がないため今回は諦めるか。そして保存のきく根野菜を一通りと小さい斧に米一袋を購入し、一緒に買った大き目の竹かごの中に入れて店を出る。もちろん、後ろを見られないようにお礼を言うふりをしてお婆さんに顔を向けながらの退店だ。朝早くから大量の品物を買った美人な女性をお婆さんは不思議そうに見送った。
森の中に入った直後に、村から何人か出てきて農作業の準備に取り掛かった。光翼は急いで森の奥に潜み、存在がばれていないか確認する。見るとちょうど次のお客さんが店に入っていった。
(あっぶな~!もう少しで鉢合わせするところだった…。)
お婆さんは翼については何も反応しなかったため私の存在自体は不思議がっても翼までは気づかなかっただろうが、先ほど入った壮年期ほどのしっかりした体つきのおそらく農作業をしているであろう男性ならば私の翼に気づくはずだ。いや、そもそも店員が目の悪い寝ぼけて人の良いお婆さんでなかったら今頃店は大騒ぎになっているかもしれなかったのだ。未だに心臓がバクバクしているが、ギリギリの運で事なきことを得たことに感謝しながら遠回りをして帰る。
明らかに見えないだろうという場所まで歩いて、飛んでテントまで戻った。重い荷物は背負っても非常に飛びづらく辛いものであったため近い場所で降りて、途中で歩くことにした。
相棒キャラを登場させようと書いたら前段階がとんでもなく長くなったために分割して前段階を一話に区切りました。感想・評価をお待ちしております。