第165章「合宿記事と麻里」
女子校の伝統校として知られる月見坂女子学園は、都会の真ん中に立地している。
周囲には、繁華街や超高層のオフィスビルが建ち並ぶ中に立っている。
その昔に校舎が建てられた当初は周囲は閑散としていたが、次第に住宅や商店が立ち並び、今やビルやマンションの中に埋もれるように佇んでいる。
その月見坂女子学園の校舎自体も、一昔前の質実剛健な煉瓦作りの校舎が、近代的なビル建築に立て替えられていた。
ぱっと見だけでは学校とはわからない。
一号棟、二号棟、生徒たちが過ごす建物もすべてガラス張りの立派な建物だ。
そして体育・ホール棟は部活動が活発な月見坂では一際大きい建物だった。
その最新の設備が整えられた練習場の一つで新体操部員たちが、目前に迫った大会の準備に励んでいた。
といいたいところだが、士気は下がっていた。
学校の看板で、全国にもその名を知られた強豪だったが、今はその誇りと伝統が揺らいでいる。
「見てみて、この記事」
厳しいとして知られる尾野寺コーチの姿はまだ見えない。
鬼のいぬ間に洗濯とばかりに、数名が練習場でだべっていた。
月見坂女子学園の部員たちも、練習の合間に、持参した新聞の切り抜きを持ってきていた。
「ほら、載ってるよ。例の合宿のやつ」
記事を二、三人で読み回す。
「すっごーい。栗原さん直々の指導を受けたって。なんで、うちもこれに参加しなかったんだろう?」
「コーチの方針だから、しかたないよ」
文章や練習風景の写真からも、合宿の楽しさと充実感が伝わってくる。
「正愛に行ってるわたしの友達、ここに書いてある合宿、練習はきつかったけど、凄く良かったって言ってた」
面と向かって言うことはできない尾野寺の悪口をここぞとばかりに吐き出す。
自分たちより下の学年の子は、新体操をするなら、月見坂よりも正愛を目指している。
時代の転換期に差し掛かっているのを確かに感じていた。
そんな時期にあたってしまった自分たちを嘆いた。
OBも今の正愛に押されっぱなしの月見坂を聞いたら嘆くだろう。
他を寄せ付けない圧倒的な黄金時代の月見坂新体操部を知る人からは考えられないことだった。
「いつまで、そこでだべってんのよ。またコーチに怒鳴られるよ」
だべっている部員たちが顔をあげると、朝比奈麻里が厳しい顔をして立っていた。
「あ、麻里」
練習用のレオタードに身を包まれた麻里は、猛練習をしていたのか汗が滲んでいる。
手具のクラブを右手に持ってーー。
麻里はこの月見坂では唯一の正愛に対抗できる存在だった。
「ねえ麻里……これまだ見てない? 見る?」
記事の紙切れを気を使って差し出してきた。
「いいよ、それ。もう読んだから」
にべもなく断る麻里だが、彼女たちはまだ話題にしたがっていた。
「記事の中身に出てこないけど、きっとあの御手洗美乃理もここに行ってるんだよね、麻里」
不安そうに、呟いた。
正愛の御手洗美乃理の名前は彼女たちを縛る言葉と化していた。寝ても覚めても、つきまとう。
「そう、ますますやる気が出てきたから」
後ろで縛っている癖強めの髪を一度かき上げた。
「それより、あなたたちは練習しないの?」
強いね、麻里は、という呟きが後ろから聞こえた。
龍崎宏美に惨敗して、失意の上級生たち。
そして御手洗美乃理の前に為すすべもない同級生、後輩たち。
むしろ、自分しかいないという思いが強くなるのだ。
麻里は、部員たちの情けない有様をみても嘆かず練習に取り組む。
「わかってるって……でも大丈夫? 麻里。足はまだ痛くないの」
麻里の足を気遣う。テープが巻かれている。
一週間前に練習中に捻った。診察を受けて一ヶ月ほどの休養を提案されたが、応急処置だけ受けてすぐに練習に復帰した。
「わかってるって自分の体くらい」
大会までに調子を戻さないといけない。一刻も早く、という思いは募っていた。
練習に集中できない部員たちには、目もくれずに、練習に戻る。
「それより、やる前から負けててどうすんのよ……」
練習に再び戻って一人呟く。
自分は正面からぶつかりたい。
やはり美乃理に対抗できるのは自分しかいない。
矛盾しているが、そういう先輩後輩、そして月見坂新体操部の現状をみて、満足している自分がいる。
月見坂女子学園に進学した自分の選択が間違っていないことを確信している。
「龍崎さん、みててください」
自分の最も敬愛する相手にみせてやりたい。
(あなたには美乃理だけじゃない)
もっと私を見て。
更衣室で、麻里の鞄の中にあるスマホにはみのりんという名前の送り主からタイトルのメッセージ着信通知が届いていた。
ー麻里ちゃん、元気?ー
メッセージはまだ未読のままにしていた。
お待たせしてしまいました。




