第9話 この婚約には反対だ!
「姉様から離れろ! 血みどろ辺境伯!」
「テオ、どうしてここにいるの? 学園は?」
力強くだきしめてくるテオの腕の中で暴れて、私はなんとか腕の中から脱出した。
「冬休みです、姉様。王太子殿下のことと新しい婚約の話は聞きました。迎えにきたんです」
「へ?」
――迎えに来た?
テオドールは力強く頷いた。
「この婚約には反対です。一緒にツェラー領へ戻りましょう」
「だ、駄目!」
私は思わず、テオドールを強く押しのけた。
テオドールは、信じられないとでも言いたげに目を大きくする。
この婚約は、王命だ。
それを私が勝手に無視すれば、困るのは私の家族やツェラー領の領民たちだ。
家族は社交会に出ることはできなくなるだろうし、政治的にも王家を敵に回すことになる。領民たちだって、他の領地から後ろ指を指されることだってあるかもしれない。
婚約破棄されて、私の存在が忘れ去られるまで、一人でひっそり生きるしか方法はないのだ。
だから分かれ、テオドール。な……?
私は、自分の思惑を以心伝心で伝えようと、テオドールにへたくそなウィンクをした。
「姉様……そんなにこの男のことが好きなんですか」
「う、うーーーーーーん」
断じて好きではない。つい先日まで、愛人を城に置いていた人間だぞ? 追い出したとはいえ、次に別の女を連れてくる可能性だってあるじゃないか。
でも辺境伯の手前、ここで違うとも言えないし……恰好だけでも、王命に喜んで従う顔をしておかなければ……
そんなことを考えながらうなっていると突然、辺境伯が私を後ろから抱きしめた。
何してんの!?
「ツェラー嬢、この男は?」
私が紹介する前にテオドールが私の手を引っ張った。
「弟のテオドールです。自分の婚約者の弟も知らないだなんて。やっぱり、お前は、姉様の結婚相手に相応しくない」
私を引っ張るテオドールの手を辺境伯が叩き落とした。
「ツェラー嬢のことは渡さない。彼女は俺と結婚式のことまで相談してるんだ」
「んん?!」
そんなことしましたっけ?!
私は結婚式の時期を聞かれて、「雪が融けたら」って答えただけで……もしかして、あれのこと?
遠回しにお断りしたつもりだったんだが?
なんだか話が噛み合わないが、それを今どうこう言っても仕方がない。
ここにテオドールがいても話がこじれるだけだ。
私は、自分の力で婚約破棄を勝ち取るんだから。
「テオ、そういうことだから」
不服だが、ひとまず辺境伯に便乗する。
諦めろ、弟よ。
私の言葉にテオドールは、今にも泣きだしそうに顔を歪め、反対に辺境伯の私を抱きしめる力が強くなった。私のつむじをくんくんしている。この人は、本当に犬みたいな人だな……
「……じゃあ」
テオドールはぐっと涙をこらえて、くんかくんかしている辺境伯を睨んだ。
「お前が姉様に本当にふさわしい男か、しばらく見て判断させてもらう」
「好きにしろ」
辺境伯は抱きしめていた腕を解いて、私の手を握った。
手袋ごしだが、大きな手の感触が伝わってきて、なんだかそわそわする。
「行こう、ツェラー嬢。領の見回りに行かないと」
「う、うん……」
辺境伯と私は、手を繋いで城の前の坂道を下り始めた。
テオドールは、そんな私たちを睨みながら、大人しく後ろからついて来た。
町へ降りると領民たちは、今日は雪かきをしていなかった。
前は、家の前にどかっと積もっていた雪もどこかへ消え、赤茶色のレンガの道が姿を現していた。
「あ! 奥様だ!」
私に気がついた子供たちがこちらへ手を振りながら駆け寄ってきた。今日も子供たちは、皆かわいい。
私は、辺境伯の手を離して、駆け寄ってきた子供たちに目線を合わせた。
「奥様が温かい石を教えてくれたおかげで、家がとても温かくなったんだよ」
「家の周りの雪も融けちゃったんだよ」
子供たちが口々に報告してくれた。
なるほど、こないだ皆で探した火の精霊の寝床のおかげで雪が減ったのね。
「奥様のおかげだって、お父さんもお母さんも喜んでるの!」
「そう、それは、良かったわ」
私が集まった子供たちの頭を撫でると皆嬉しそうに目を細めた。
「他に何か困ってることはない?」
集まった子供の中で一番年長に見えた子に聞いてみた。
栗色の髪にそばかす顔の男の子だ。
「うーん、お父さんは、魔物退治の仕事があるからいいけど、お母さんも何か仕事をしたいってぼやいてたかな。雪かきがなくなったから、少しでも領のために働きたいって」
「その話、詳しく聞かせてくれないか」
辺境伯が急に身を乗り出すように、その子に聞いた。チラチラと後ろのテオドールを見ている……
子どもは、急に辺境伯が見下ろすから、怯えて一歩後ろへ逃げてしまった。全く、子どもの扱いが分かってないわね。
「あなた、お名前は?」
「クリスです」
「そう、クリス。辺境伯様は、背が高くて怖いかもしれないけど、皆のことを心配しているだけの無害の男よ。話を聞かせてちょうだい」
私がそう言うと、クリスが戻ってきてくれた。
「前までは、雪かきの仕事があったけど、それも今はなくなっちゃったでしょ? だからちょっと暇みたい」
他の子どもたちの顔を見ると他の家も同じようで、皆うんうんと頷きあった。
「ちょっと待ってください。この土地の領民は、仕事をしていないのですか?」
話に割り込んで来たのは、テオドールだ。
「それは、違うのテオドール。この領は、他とは違うのよ」
私は、ここ一週間で分かったグラーフ領の話をテオドールに説明した。
「いい、テオドール。グラーフ領には、一年中雪が降っているの。これがどういうことか分かる?」
「一年中寒いってことですよね」
私はテオドールの言葉に首を横に振った。
「それだけじゃないわ。基本的にグラーフ領では、作物が育たないのよ」
隣の辺境や子供たちは、私の説明にしょげたように頷いた。
「じゃあどうやって生きているのです?」
「グラーフ領には、魔物が多く出るの。その魔物を討伐して、他の領地に魔物が出ないように防衛することで、近隣の領から食料を売ってもらっているのよ」
「なるほど……」
テオドールも顎に手を当てて唸った。
気候をどうこうするというのは、私にはできないことだが、領地に仕事が魔物討伐しかないのは、大きな問題だ。私が婚約破棄されるまでに、この領地に他の産業を発展させないことには、安心してここを出ていくことなんて、できそうにない。
私は話を聞かせてくれた子供たちに向き合った。
「お話を聞かせてくれてありがとう。何かいい案がないか、辺境伯様と一緒に考えてみるわね」




