第1話 起き上がるとそこは……
『カレン。すまない。お前はこのタルに入って逃げてくれ』
『お父様とお母様は一体どうなさるのですか? わたしと一緒に……』
『2人も入ることはできん。カレン。私達は必ず迎えに行く。お前は特別だ。必ず助かる。だから、どこかの街や村で待っていてくれ。必ず迎えに行くから。分かってくれ』
「う……うぅん……」
わたしは目が覚め、目を開ける。
いつもの見慣れた天井……ではなく、葉っぱが重ねて作られた天井だった。
「お、起きたニャ。気分はどうかニャ?」
わたしがその声の方を向くと、2足歩行している猫がいた。
色はグレーで毛並みが良く、野良のようには見えない。
でも、そんなことよりも、大事なことを思い出した。
「紙、紙とペンが……ないかしら!?」
わたしはいつも枕元に紙とペンを置き、レシピを思いついた時に書けるようにしている。
なのに、それがない。
わたしは猫の方を振り返って聞く。
「あの、おネコさん? 紙とペンはありませんか? いや、この際書けるものであればなんでもいいのですが」
「この状況でそれを聞けるってすごいニャ……。書くものはないけど、枝と地面があるからそれで問題ないニャ?」
「それでは消えてしまうではありませんか……いえ、でも、今はそれでいいです。ありがとう」
わたしは起き上がって近くに転がっていた枝を手に取る。
書いても邪魔にならない場所は……周囲に目を向けると、ここは葉っぱを組み上げて作った家のようだ。
中央には囲炉裏のような焚火が置かれている。
他の床には大きな葉が何重にも敷き詰められていて、書くようなことはできない。
「ニャ! その枝はダメニャ。外にならいっぱい枝が落ちているから、そっちを使うニャ」
「分かりましたわ」
わたしはそう言って、手に持っていた枝を元の床に置き、入口らしき所から外に出る。
外は案の定森で、枝もそこら中に落ちていた。
わたしはそれを拾い、地面にがりがりと思いついたレシピの案を書く。
「あきれたニャ……起きて最初にやることがそれニャ? しかも……なんて字か読めないニャ」
わたしは猫の言葉を聞き流し、思いついたレシピを全て書き記す。
「ふぅ……とりあえずこんな物ですわね。早い所紙に書き写したいのですが……こんな場所ではありませんわね……」
場所はザ・森の中。
こんな場所には紙なんてないだろう。
というか、なんでわたしはこんな所にいるのだろうか。
そう思おうとして、自分は元々の自分でないことを思い出した。
わたしは少し前に両親と共に船旅をしていた。
その船が大嵐に遭い、氷山に当たったことで沈み……わたしは樽に入れられて、運よくここに……。
「こんな所とは失礼ニャ。立派な家ニャ!」
というか、そもそも、現代日本にしゃべる猫なんていたか? いや、いない。
なら、このしゃべっている猫は……妖怪?
「あの……わたしを食べるつもりとかありますか?」
「あるわけないニャ! 助けたのに失礼だニャ!」
「だって……しゃべる猫を見たことはなかったので……」
「まぁ……ボクは結構レアなケットシーっていう種族だからニャ。普通は見ないのが当然だニャ」
猫……ケットシーは仕方ないというように自身のヒゲをピンっと弾く。
よく見ると、大きさも1m20cmくらいあり、かなり大きい。
毛はグレーだけれど、両足は靴下を履いているように黒く、瞳はスカイブルーだ。
「なるほど、ケットシー……」
そこで、わたしは前世のことと、今世のことの記憶が混じっていることを理解した。
前世は日本で料理人として働いていたこと。
今世は貴族の令嬢として生まれ、生活をしていたこと。
だからか、口調はどうしてもお嬢様言葉になってしまっているみたいだ。
そして、この世界では魔法があり、魔物や魔獣がいるということも思い出した。
ケットシーはその魔獣なのだろう。
「あ、みんな帰ってきたニャ」
「皆?」
ケットシーがわたしの後ろを向いたので、わたしも同じ方向を向く。
そこには、体高1m50センチはあろうかという大きな狐……しかも尻尾が9本もある狐と、その頭に乗っている小さな真っ赤な鳥がいた。
「おや、目覚めたか」
「ピー!」
九尾は優しく微笑み、鳥は自己主張するように羽を広げてアピールする。
「さて、みんな帰ってきたから、そっちの……人間の話をするといいニャ」
「わたしの?」
「そうニャ。樽に入って浜辺に転がっていたのを拾って助けたのニャ。話くらい聞いてメシの肴にした……相談くらい聞くニャ」
「それ絶対間に合っていませんわよ」
まぁ……助けてもらった恩返しに話の種になるのであればいいか。
ということで、家の中に戻ってお互いの自己紹介をする。
「わたしはカレン、カレン・グラスバーンズと言いますわ。グラスバーンズ家の長女です」
わたしが自己紹介をすると、次に紹介をはじめるのはケットシーだ。
「ボクはケットシーだニャ! 名前はまだないニャ!」
「名前は名乗らない主義ですの?」
「色々とあって名前はないので気にしないでいいニャ」
「わたしがつけましょうか?」
「必要ないニャ!」
ケットシーの文化にも色々とあるのだろうか。
まぁ、わたしがそれに介入するのも違うだろう。
「次は俺だな。俺は九尾と呼んでくれればいい。敬称は誰もいらない」
まんま九尾の狐でいいのかしら。
わたしは彼の姿をよく見ると、ほんのり赤みが差した白い毛に、目の縁などが赤い色で縁取られている。
狐と言っても優しさを感じる姿で、おおらかさを感じると言ってもいいかもしれない。
「ピー!」
そして、今度は小さな真っ赤な鳥が鳴く。
「おっと、この子はまだしゃべれなくてな。フェニックスだ。この子も名前はない」
「ピー!」
よろしく! とでも言うように羽を広げてアピールしてくる。
「こちらこそよろしくお願いしますわ」
「うんうん。それで、なにがあったのか聞かせてもらえるかな?」
優しく聞いてくるのは九尾だ。
「ええ、あれは数日前のことだと思います」
わたしはなにがあったのかを話す。
それにくわえて、よくわからないので前世のことも話した。
九尾は色々と知っていそうだし、アドバイスをくれるかもしれないと思ったからだ。
「なるほど、異世界の記憶を思い出したのか。ふむ……君は特別なようだね。ただ、その言葉を信じる者は少ない。余計なことに巻き込まれないためにも、話さない方が賢明だろうね」
「そうですか……」
「ああ、だが、君がこの過去を思い出したということはなにか意味があるはずだ。何かやりたいことはないのかい?」
「やりたいこと……それはもちろん、料理ですわ!」
料理……前世の時はそれはもうずっと料理をやっていた。
料理を学び、歴史を学び、あらゆる料理を学ぼうと躍起になっていたと言ってもいい。
というか、そのことを思い出したら料理がしたくなってきた。
「あの……お礼と言えるかは分かりませんが、お料理させていただけませんか? それで、助けていただいたお礼になるかと……いえ、無理なら……この服でも差し上げればいいでしょうか?」
わたしが着ていたのは深緑色のドレス。
普段使い出来るように多少ゆとりは持って作られているが、装飾も入っていてそれなりの価値もあるだろう。
貴族の令嬢ということで下にも何枚か着ているし、ジャングルならそれにあった服にした方がいい可能性もある。
「いや、いらないニャ。ボクはこの美しい毛並みがあるからそれを隠すなんてとんでもないのニャ」
「そ、そうですか……」
ケットシーには断られてしまう。
「俺もそのサイズは入らないからいらないな。君が着ているといい」
「ピー!」
「フェニックスもいらないそうだよ」
「そうですか……では、やはり料理でお返しいたします」
わたしができることなんてそれくらいだ。
そう思って立ち上がろうとしたら、ケットシーに止められる。
「待つニャ! ここの料理番はボク。ボクの作る料理を食べてからにするべきニャ!」
「なるほど。わかりました」
彼がここでのシェフなのか。
助けてもらっておいて、彼らの役割を邪魔するのは違う。
それに、食材をどう扱うのか見たいというのも大きい。
今世の記憶で食べた知識としては知っているが、実物を見ると必ず違うだろう。
「では早速作ってみせるニャ! ボクの美技に酔いしれるといいニャ!」
ということで、ケットシーの調理が始まった。
食材は30cmほどの魚で、鯖に近いだろうか?
所々違う箇所はあるが、おおむね近いように思う。
ケットシーの調理方法は独特だけれどしっかりとしていた。
彼は包丁ではなく、自分の鋭い爪で魚をさばいていくのだ。
鱗を剥がし、腹を開き、わたを丁寧に取り出す。
下処理を加えた魚を串に刺して焚火の火で焼いていく。
味付けは塩のみで、適度に回しながら調理を進める。
ケットシーは集中し、じっと焼き加減を見つめていた。
「焼けたニャ!」
彼はそう言って魚を取り、わたしに向かって差し出す。
「さあ食べるがいいニャ! ボクの最高傑作ニャ!」
わたしはそれを受け取り、じっと見つめる。
すると、心配してくれたのか、九尾が口を開く。
「彼の作る料理は美味しいよ。街で売られているのにも負けないくらいだ。安心して食べてみるといい」
「ピー!」
九尾は優しくそう言い、フェニックスは自分も食べたいというように鳴く。
とりあえず食べねばならないだろう。
「いただきますわ」
わたしはそう言って口を開き、魚を口に入れる。
「美味しいですわ」
口に入れた途端広がる魚の風味は塩味のみのあっさりとしたもの。
ただ、魚自体の旨味がこれでもかとあり、むしろシンプルな味付けだからこその良さが出ていた。
「どうニャ。ボクにひれ伏して毎食作ってくださいとお願いしてもいいニャ」
「ええ、美味しいです。美味しいですが……わたしなら、もっと美味しく出来ますわ」
わたしは料理が好きだ。
料理をして、わたしが作った料理を美味しいと食べてくれる人を見るのが好きだ。
そして、その料理のためなら、なんだってする。
どれだけ手間がかかろうが、わたしは手を抜かない。
「ケットシーさん。九尾さん、フェニックスさん。わたしに、この魚を使った料理をさせてくださいませんか?」
わたしは、はっきりとそう言った。
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