Case 01「〇殺」第八節「いつもの紅茶」
事務所へ戻るとオフィスチェアに体を放り投げる。
「あーやっとひと段落!」
両手を伸ばして背伸びしながらそう言った。
「あの「商品」が納得してもらえてよかったですね。」
助手は扉を閉めて出された茶器を丁寧にしまっている。
「うん、彼女は納得して代金を支払って……。まぁ前払いだったけどね。」
軽く一息をついて私は改めてオフィスチェアに座りなおし、助手のほうを向き口を開く。
「じゃあ改めてこの事件に対する私の見解を述べよう。」
「はい、私も色々と文句がありますから反省会をしましょう。」
助手はそういうと私のデスクの付近へ椅子を持ってきてそれに座る。
あれ?私の推理披露会だと思ったら反省会になっている?まぁ……。似たようなものか。
すると私が口を開くよりも幾分も早く開口して。
「まずは最初の……このメモはなんですか?」
と、すっかり会話の主導権を握られた。一枚のメモを懐から取り出してこちらへ見せつける。
「私が最初君に渡したメモだね。それには何が書かれていた?」
「……名前と年齢です。」
そこにはメモの一番上から2行ほどを使って何とか読める字で書かれている。
「それは私が単に怠惰だったからだと思う?」
「ええ。思います。」
間髪入れずに即答する助手は私に対する信頼が……。ある意味ではある。勿論よくない方向に。
なので、それについての……あまりに自己弁護的に聞こえる推理を助手へ述べる。
「……あの母親はそれ以外の情報を話さなかった。ずっと自身がいかに幸せな家庭を築いていたか。そしてそれがいかに理不尽に奪われたか。そんな自分はなんてかわいそうか。あるいは妄想からなる独自の解釈を延々と述べていただけなんだ。私たちが使える根拠や証拠や情報を彼女は提供しなかった。……いいや?ある意味では提供していたかな。彼女が事実をどう曲解しているかという点においては。」
「それでも……、それを書き留めておくべきです。彼女がどういう人であるかを。あなたの今仰った見解を」
「勘弁してくれよ。私はあの手の話が大っ嫌いなんだよ。作り笑顔へのリソースでいっぱいいっぱいだよ……。」
毎度のこの反省会では私が良かれと思って、あるいは何か意図があったとしても、そこに自身の怠惰であるだとか慢心があって、それを助手は容赦なく突き付けてくるので心底落ち込む。……必要ではあると思う。
「それで、鳴川さんに……売った「商品」と実際のあなたの考えはどこまで違うのですか?」
「まず、主要因は当の本人、鳴川の母親だ。」
そういうと助手は少しも驚かず、思い当たる節を数えたいのか少し考えこむとゆっくりと頷く。
「もちろん当人に自覚があったわけでも悪意があったわけでもないだろうけど、原因は母親の過保護?あるいは教育虐待かな?これは消去法と、鳴川の母親に対する私のプロファイリング、そして彼の……鳴川圭の部屋からそう結論付けた。」
「彼の部屋?」
「うん、彼女は事件当初のままといっていたが、一つ、明確に変わっていたのが壁の紙だ。」
「紙は父親がはがしたのでは?」
「ああ、十中八九そうだね。で、そこに何が書かれていると思う?」
「遺書であったり、何か母を責める内容ですか?見られて都合の悪いもの。……罪の意識を感じさせるもの?」
「その通り。貼ってあった紙は鳴川圭の進路だ。恐らく、彼自身の目標じゃない。だから母親の完全支配、それの象徴にふさわしいものだった。それは父にとっては自身の無力さや後悔、言ってしまえば罪の意識を突きつけるもので、父はそれを見て耐えられなかったのだろうね。自殺するその直前に見たのか、それはわからないが、おそらくはがされた時間からして父の自殺の直近だったろう。」
助手は湿度の高く重いため息をこぼして俯く。彼は何を思って、何に参っているのか私にはわからない。ただ共通して胸くその悪いものだというのはわかる。
もっとも私と助手とでは感情を向ける対象が違うのかもしれないが。
「もし、彼女が自分のせいではないかとそう考え至った時はどうするつもりだったんですか?」
「考え至る人間が私たちを頼ると思うか?」
「……そういって見下すのはどうかと思いますよ。彼女は知性が足りないのではなく、感情の暴走を制御できていないのが原因でしょう?」
「だからこそだよ。あるいは知性と感情を切り離すべきではないかな。」
そういうと今度は呆れたため息をついて今にも小言を言いそうだったのでとっさに訂正する。
「あ、でも少し見下していたかもね。」
とっさに出た言い訳はそれ自体が「見下していた?」「彼女と私の違いはなんだ?」と私自身への問いへと変わってまた少し気分を害して、それがいい具合に助手には反省の色に見えたらしくそれ以上の追及はなかった。
「自分で考え至るのと、他人から突き付けられるのとでは雲泥の差だ。もし彼女が私の話の途中で気付けたのなら苦しみながらも受け入れられるだろう。だが彼女は結局……。あくまでその解釈は顧客にゆだねられる。」
そして今度は私も同じため息をついて続ける。
「私が思うに探偵とは真実を見つけ出して暴き出すもんじゃない。それは科学者とかあるいは警察とかの仕事だよ。……そうだね、どちらかというとこっちかな?」
そういって私はベレー帽を手元にあった万年筆で示す。
するとほんの一瞬の沈黙が流れて、優しく微笑みながら助手は口を開く。
「……私は探偵の助手になったんじゃありません。貴女の助手になったんです。」
失望したか?と聞くまでもなく先回りして答える。
それがどうにもおかしくて少しだけ鼻を鳴らして笑みをこぼす。
やはりこいつには読心術があるに違いないな。あるいはあまりにも顔に出すぎるのだろうか?それはそれで困った。
――それで、ありがとうとそう返す前に、私という人間は先に好奇心が立ってしまって、つい助手に質問してしまう。
「あ、そうだ。尾行してた人物とは接触したのだろう?何か言われなかったか?」
「一応聞きますが、彼らについて見当がついているのですか?」
その質問には意気揚々と自慢げに私は自分の推理を披露する。なんてったって反省点がないわけだからね?
「尾行が手慣れ過ぎだ。複数人を使っている時点で組織で、警察だと思っていたが違うのか?今だから言えるが、母親の動向監視だろう。学校への不法侵入では彼らは私たちを見張っていなかったしね。」
「ええ、おっしゃる通りです。尾行理由も同様に。彼らからはこれ以上こちらから接触をするなと言われました。」
やはり帝國の捜査機関は優秀だな。本土の治安だけでいえば世界トップクラスなだけある。
「さて、これ以上できることもないだろう。やるのは書類仕事かな。それじゃあお茶を淹れてくれ。」
「はい、いつもの紅茶をお持ちします。」




